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異世界の記憶:冴えない愛・輝く愛  作者: 田舎乃 爺
第三章 帰るべき場所へ
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47 予想外です

 窒息しかけてから小一時間が過ぎた。あらかじめ用意されていた服を身に纏い、サクは大広間の扉の前に立っていた。重厚感たっぷりの大きな扉は、まるでこちらを見下ろしているかのようにも感じられる。

 ここにやってくるまでの間で鼓動の高まりは限界を超え、他人に聞こえているのではないかと思えるほどに大きくなっていた。油断すれば口から心臓とその他の多数が全て出てきてしまいそうな気がしてならない。

 落ち着くことができずにその場でそわそわしていると、隣にいたハクとアイリスがサクの全身を今一度確認して思ったことを口にした。



「丈が……合ってないね」


「私からもそう見える。ちょっと印象が悪いかも」


「ただでさえ緊張してるのに追い打ちかけるのは止めてもらえない? 俺、泣くぞ」



 指摘されずとも合っていないことはサクでも理解していた。今サクが身に纏っているのは、グリール王国の騎士団の制服。急いで用意されたために大きめのものを着る羽目になってしまったのだ。

 ほんの少しでも見た目が良くなるようにと、やる気のない半開きの目を全開にさせてみようと試みるが上手くいかない。驚いた時などは開くのになぜこういった重要な状況で開かないのか。自分自身に苛立ちながら、他にやれることはないかとサクは思慮を巡らせた。



「「「「お時間となりました。扉を開きます!」」」」



 足掻くサクの耳に入ったのはテンガの付き人であるいつもの四人組の元気な声。素早く移動を開始し、その重々しい扉に手をかけた。

 待ってほしいと懇願してももう遅い。サクは深呼吸すると覚悟を決め、しっかりと前を見据えた。どうせ小規模なのだ。そんなに深く考えずに行こう。

 ゆっくりと扉が開いていき、その向こうからの光が徐々に漏れ出していく。それによって心臓がはち切れそうになっていると、アイリスの下にゲイリーがやってきた。慌てた様子で何かを小声で伝えているが、何を言っているのか聞き取れない。

 今後の予定に関して変更でもあったのか。そう考えていたサクに対し、伝言を全て聞いたアイリスがゲイリーと同様に慌てた様子でサクに話しかけてきた。



「サク! ごめん、耐えて!」


「え? それってどういう――」



 アイリスの言葉に聞き返そうとしたサクの声を扉の向こうから聞こえてきた歓声がかき消した。それに驚くサクが扉の先にある大広間に視線を移すと、信じられない光景が飛び込んできた。

 広間の中心には国王と重鎮と思われる人物とその他関係者。彼らの場所とサクが進むべき道以外には多くの人で埋め尽くされていた。広間を見下ろせる2階からも多くの人が今回の式を見守っている。

 誰か今自分が見ている光景を嘘だと言ってほしい。話が違う。全く小規模ではないし、活気に満ち溢れているではございませんか。様々な思いを心の中でサクが吐き出していると、近づいてきたアイリスが耳打ちしてきた。



「街を救った存在を一目見ようと街の人が押しかけて来たらしいの。駄目だっていうこっちの要求に応じてくれそうにない勢いだったから入れたんだって」


「だからといって、この量は……」


「これでも半分以下に抑えたそうよ。お願い、今は我慢して」



 商店街など賑わう場所と同じかそれ以上の人数。しかもその全ての視線がサクに対して向けられている。心の底からその状況をサクが嫌がっていると、アイリスが勇気づけるように手を握ってくれた。

 自らの手よりも少し小さいそれに励まされたサクは、勇気を振り絞って大広間へと足を踏み入れた。万雷の拍手と歓声の出迎えを受けつつ、ハクたちに送り出されて待ち構えているイヤサの下へと向かう。

 真正面に見据えるイヤサは笑顔だったが、どことなくこちらに対して申し訳ないと思っているのが感じ取れた。というか他に関しては緊張しすぎて気にかけることもできなかった。

 尋常じゃなく重く感じられるその足を何とか動かし、やっとの思いでイヤサの前にたどり着いた。その手に持っていた感謝状の文面をイヤサが読み上げ始めるが、心に余裕のないサクの耳にその言葉が届くことはない。

 早く終わってくれと心の中でサクが叫ぶと、手早く感謝状が手渡され、着ていた制服に勲章が取り付けられた。サクを気遣ったイヤサが可能な限り早く手順を進めてくれたようだ。イヤサがサクから離れるとすぐ、人々から今まで以上の歓声が上がった。

 本格的に気分が悪くなってきた気がする。イヤサに頭を下げ、見守っている人々に適当に応えると、サクは足早に扉の向こうへと歩き出した。扉の向こうにはこちらを心配そうに見つめているハクとアイリス。そして次に表彰されるテンガとカーラが準備を整えて待っていた。

 僅かな時間だったのにも関わらず、何時間も活動し続けたような疲労感を体に感じながらサクはハクたちの下へとたどり着いた。交代するかのように入っていったテンガに対しても大きな歓声が上がっているのを背で感じたが、もうサクは振り返る気はしなかった。



「お疲れ様、サク。城の中にある食堂は人がたくさんいるだろうから、私の家の方に行きましょう。廊下には人はいないから安心して」


「行く……、アイリスの家に……。飯……、俺……、食う……」


「さ、サク、大丈夫?」



 先を行くアイリスとゲイリーの後を追うサクは満身創痍の状態でこれからのことを小さくつぶやいていた。その横でハクが心配そうに声をかけるが、それは届いてはいないようだった。

 城の中を関係者でしか知らないであろう隠し通路を駆使しながら進み、アイリスの家、フォードゥン家へとサクたちは向かうのだった。






     ◆






 大きなテーブルの一角に突っ伏しているサク。いまだに消えることのない疲労感に苦しみつつも、少し遅めの昼食が運ばれてくるのを待っていた。

 今回の式と街の復興のためにアイリスの家族と従者たちはほとんどが出払っており、城から少し離れたところにあるフォードゥン家の屋敷はその大きさに見合わずとても静かだった。

 平穏な時間に喜ぶサクだが、人手が少なすぎるためにアイリスたちは昼食づくりの手伝いへと向かったため、一人取り残されることとなった。とりあえずは待つしかないためにこうして無心になって待っているのである。

 綺麗に掃除されているためか木製のテーブルからは生活臭がしみ込んでおらず、自然豊かな香りがしていた。それによって徐々に心を落ち着かせていると、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。



「お疲れさんじゃの」


「おお、爺さんか」



 その声を聞いてサクが顔を上げると、その手に水が入ったコップを持ったクロノスがいた。その1つをサクに手渡すと、クロノスはサクの近くの席へと腰かける。

 式の準備を始めるときには姿を消していたクロノス。いつ消えてまた現れるか分からない神出鬼没。彼なりの考えがあっての行動だとは思うが、頭を働かせたくないサクは思考を停止し、コップを傾けた。

 疲れ切ったその様子を見たクロノスは、笑いを堪えながらサクに話しかける。



「まあ、予想外なこともあるものよな。というよりも、サク君にとってはこれまでのほとんどがそれか」


「その通りだ。ああ、ゆっくりしたい……」



 中身を飲み干したコップをテーブルの上に置き、サクは大きなため息をつきつつ椅子の背もたれに寄り掛かった。城の一室で考えた質問も、今は投げかける気にはなれない。



「昼食の後、城の地下に行くことになっていたのう。その引きこもる者についてなんじゃが――」


『おい昼飯はまだか! いつまで待たせるんだよ! こっちにも人はいないのか!?』



 説明を始めようとしたクロノスを突然響き渡った声が遮った。それに驚いて椅子から転げ落ちそうになったサクだったが、何とか持ちこたえる。

 広間の一角に置いてあった小型の無線機のような物からその声は聞こえてきた。荒々しい女性の声だったが、一体誰なのか。

 直接的な被害はないが身構えるサク。広間に緊張した空気が流れたが、それはクロノスの大きなため息によってかき消された。落胆というよりも、呆れているといった感じがクロノスからはにじみ出ている。



「サク君。覚えているか分からんけど、結構前の夢で儂の娘を頼むと言ったの覚えてる?」


「あー……、薄っすらと覚えてるぞ」


「今聞こえてきた声の主。それが儂の娘であり、弟子の『カノン・フォードゥン』じゃ。いつの間にか邪悪な存在に感化されて、地下室に引きこもっておってのう……」


『おい! 聞こえてんのか!』


「じゃあかしいわボケ! 作ってるから黙っておれ!」


『いるじゃねえか! 早く持って来いよな!』



 無線機に向かってクロノスが怒声を轟かせると、それに対して全くひるむことなく威勢のいい声が返ってきた。その返答を聞き、クロノスは先ほどよりもさらに大きいため息をつく。

 これはかなり性質が悪い感じだ。それも全く悪びれることなく飯を要求してくる。筋金入りの引きこもりか。そのサクの考えをクロノスも察したようで、式でイヤサが見せたのと同じ申し訳ないといった雰囲気でサクに対して頭を下げてきた。



「約一ヶ月ほど前からこの有様での。祓えばたぶん出てくるはずなのじゃ。手間をかけさせるが、よろしく頼むぞ」


「分かった。任せと――」


『ちなみに今日の献立はなんだ! あたし肉が良いんだけど!』


「我が儘を言うなぁ! 今日はまだ儂でも知らん! 持っていったものをありがたく食え!」


『何だと糞親父!?』



 サクの存在を忘れて口論を開始するクロノスとカノン。屋敷中に響いてるともいえる罵倒の応酬をサクは苦笑いしながら見ていることしかできなかった。

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