45 見覚えあるけど……
「――……ぃたいいだい、いだい、いだあぁっい!?」
ふかふかのベッドとフワフワの毛布に包まれた中で、目覚めとともに襲い掛かってきた全身の激痛にサクは悲鳴を上げながら悶えた。感覚的に表すとすれば全身が攣ったような感じ。しかもそれが収まることなく延々と続くからたまったものではない。
あまりの痛みにもはや悲鳴すら上げられなくなり、いつも半開きの目を完全に開いている状態で固まってしまう。見るも無残なサクを上から何かが優しく押さえつけてきた。滲んだ涙でぼやける視界の先に映ったのは微笑むカーラ。慈愛に満ちた表情だが、僅かに頬が膨らんでいるように見える。
微笑んだままカーラは瞳をつぶり、唇を重ねてきた。そして舌を巧みに操ってサクの口をこじ開けると、口に含んでいた水と薬を流し込んだ。驚きつつも、サクは抵抗することなく口移しされたものを全て飲み込んでいく。
同時にかけてくれた治癒魔法も効いてきて、徐々に痛みが和らいでいくサク。キスとは違うカーラの救命措置にサクは心の底から感謝していた。
この痛みに慣れることは永遠に無理そうだと考えたサクの目から溜まった涙が零れ落ち、枕を濡らした。その様子を片目を開けて確認したカーラが、予想外の行動に移る。
「……!? んもろにゅほぉ!?」
サクの口の中に再度侵入してきたカーラの舌が、淫らに且つ激しく動き始めた。相も変わらず圧倒的な舌技を受けたサクは、顔を真っ赤にしながらもだえる。
しばらく続いた後、満足そうな笑顔を浮かべてカーラは離れた。痛みと快楽を連続して味わったサクは頭から湯気を上げながら、安堵の意味を込めた大きなため息をついた。
「この反応があるならもう大丈夫そうですね~」
「……助けてくれてありがたいんだけど、もう少し抑えめな方法はなかったのか?」
「となれば注射かお尻から入れるタイプになりますね~。そちらの方が良かったですか~?」
「いや、これでよかったかも」
いくつになっても注射は怖いし、尻に異物を入れる気にもなれない。カーラなりにサクを気遣って判断してくれたことはとてもありがたかった。それでもあの確認方法はどうかと思うが。
消毒のような特殊な臭いは漂っておらず、精神を安らげるような花の香りがしてくる。落ち着いてきたサクは横たえたままで今自分がいる部屋を見渡してみた。
すぐ右横の椅子には微笑むカーラが腰かけている。それ以外の所には高級そうな家具の数々が並び、生活するうえで全く必要なさそうなオブジェが置いてあったりした。パッと見でここはかなりの金持ちの人の部屋だというのが理解できた。
一体ここはどこなのかと考えていると、腰かけていたカーラが立ち上がって扉の方へと向かっていった。
「サクが目を覚ましたことを伝えてきます~。そのままでいてくださいね~」
「おう」
その微笑みを絶やすことなく、カーラは扉の向こうへと消えていった。女神のような存在がいなくなったことで部屋は静まり返るのだが、どこからか人の視線を感じた。
もしかしていわくつきの場所なのか。そんな小さな不安が徐々に大きくなっていき、いてもたってもいられなくなったサクは上半身を起こし、改めて部屋の中を見渡してみる。
すると、部屋の隅の空間がぼやけ始めた。目にゴミが入ったかと思って目を擦るサクだったが、それが消えることはなかった。ぼやけは拡大していき、大人の大きさにまでなると見覚えのある老人が姿を現した。
「ようやく会えたの、サク君」
「おお、クロノスの爺さんで……、合ってるよな?」
「いかにも。さてさて、あの者が来るまでに少し時間がある。話でもしよう」
そういって現れたクロノスは足早にベッドの隣にある椅子に移動し、腰をいたわりながらゆっくりと腰かけた。
何かしらの紋様が所々に散りばめられた白いローブ。サクに似た暗く、冴えない表情を見ると不思議と同類に会えたような親近感が沸いてくる。肩まで無造作に伸びている白髪はその年季の入った渋い雰囲気とマッチして、とても似合っていた。
クロノスは短く咳ばらいをすると、真っ直ぐとサクを見つめてきた。アイリスと同じ綺麗な青い瞳だったが、そこからはテンガに似た揺るぐことのない強い意志を感じ取ることができた。
「こちらも聞きたいことがあるが、今はサク君からの質問に答えるぞ。ささ、思い浮かぶ疑問をこの老いぼれにぶつけてみなさいな」
「分かった。そんじゃまず最初に、どうして俺がここに来たかだな」
「やはり最初はそれか。まあそうなるよの」
そういうとクロノスはおもむろに手を広げ、胸の辺りに止めた。しわが目立つその手に軽く息を吹きかけると、どこからともなく発生した白い粒子が何かの形を形成していく。
摩訶不思議なファンタジーっぽい光景にサクが心を奪われていると、その粒子はサクが轢かれた事故現場を作り上げた。割と細かいところまで作り上げられていることに感嘆していると、クロノスが説明を始めた。
「本来であれば、君はいつも通りお気に入りの雑誌を買って自室で自家発電をするはずだった。しかしながら、こちらの世界の介入を受けたあの卓とかいう男の事故に君は巻き込まれてしまったのじゃ」
説明と同時に現場の時間が進んでいき、サクと思われる人物が横断歩道を渡っていたところに車が突っ込んできた。サクを巻き込んだまま塀に激突し、車は煙を上げてようやく停止した。
「君はたまたまその現場に居合わせて巻き込まれただけなんじゃよ。その事故をとある技術でたまたま儂は発見することができた。そのまま放っておけば間違いなく死ぬ。それを申し訳なく思った儂がサク君に救いの手を差し伸べたのよ」
「てことは、やっぱり向こうの世界にも俺はいるのか?」
「その点については色々あっての。サク君の体に試験段階だった異世界転生魔法を使ってみた結果、死にかけだった魂はこちらに移動して器となる新たな肉体を作り上げることに成功したんじゃ」
「ふんふん」
「予想外だったのが、向こうの世界に残された肉体に再びサク君とほぼ同じ魂が形成されたのよ。肉体は死にかけでも魂はほぼ無傷。そこから奇跡的に回復し、普通に生活してるようじゃ。試験段階だとはいえ、まさかこんな状況を作り上げるとはのー」
粒子は事故現場から病院の一室へと変わり、その後サクの自宅へと姿を変える。そこには、いつもと変わることのない日常を過ごすサクの姿があった。
この前で見た夢は本当のことだった。両親に迷惑をかけていないことや悲しんでいないのを知って、安心するとともに少し寂しい気持ちになるサク。その思いを隠しながら、クロノスに話しかける
「なるほど……。でも、その魔法がなけりゃ俺は今ここにいないし、助けてもらったことに変わりはないな。本当にありがとう」
「いやいや。悪いのはこちらの方だからの。どんなに頭を下げても許されないことをしたから、喜んでくれるのはありがたいわい」
座ったまま深々と頭を下げるクロノス。誠意を込めたその謝罪はサクの心にも十分伝わっていた。
しばらくして傷めないようにゆっくりと首を元に戻したクロノスに、サクは2つ目の質問を投げかけてみた。
「転生と一緒にこの特殊な力も付け加えてくれたんだよな? おかげで物凄く助かってるよ」
「あー……、それに関しても伝えとかなきゃいかんよな」
「え? もしかして何か訳あり?」
申し訳なさそうにしていたクロノスの表情がさらに険しいものへと変わった。伝えづらいといった感じが口に出さなくとも分かる。
「君のその力、ここに来てから与えられたものではない。その力は、”元々君の中に眠っていたもの”なのじゃ」
「……え゛」
あまりにも予想外過ぎる答えに思考が停止してしまうサク。信じることができずに戸惑うが、視線の先にいるクロノスが嘘を言っているとも思えない。
そんなことがあるのか。冴えない巨乳好きの一般男子高校生にこんな力が。というか魔法とかそういった類はないはずなのに。様々な思いが渦巻いて混乱しているサクに対し、クロノスは続けた。
「恐らく、君のその力は迫りくる何かに対抗するため、世界そのものが意図的に付与したものだと考えられる。圧倒的ともいえるその力から考えて、その『何か』は余程強力な存在だったようじゃの」
「……もしかしてだけど、俺の力ってまだ完全には発揮できてない?」
「ご名答じゃ。まだ本来の3割程度しか解放されていないようだの。サク君。君はとんでもなく強い存在なんじゃよ」
「ま、マジかよ……」
そういってサクは何の変哲もない自分の手を見てみる。鍛えてもいない一般人のそれからは、特別なものは欠片も感じられない。
信じられないけど、信じるしかない。混乱しているサクの脳内にはそれしか選択肢がなかった。
「ちなみにじゃが、その力は今ここにいるサク君だけが持っとる。向こうの君にはその力はないようじゃ」
「それってヤバくないか?」
「確かにヤバい。でも、世界は一応予備も用意していたようだから何とかなると思うぞ。そう信じるしかない」
「仕方ない……か」
何だか申し訳ない気持ちになってくるサク。どうせならば向こうの自分にこの力が残ればよかったとも思ったが、もしこの力が無かった場合のこれまでを考えると恐ろしくなった。
この力さえなければ自分はひ弱な冴えない一般人。アイリスを助けることも出来なければ、邪悪な存在にも対抗することも、あの『何か』と渡り合うことなども到底不可能なのは目に見えて明らかだった。
そう考える中で、自分には邪悪な存在を祓う力があることを思い出した。これに関しても聞き出そうとクロノスの方を向いたサクだが、視界に入るはずのクロノスの姿がない。集まり固まっていた粒子も跡形もなく消滅していた。
「あれ? 爺さん? おーい、どこに――」
突然姿を消したクロノスに呼びかけようとしたその時、部屋の扉が開かれた。
今更になって外から入ってくるのか。面倒くさいことをするものだと思いながらも話しかけようとしたサクだったが、半分開いたところで口が止まった。
部屋に入ってきたのは男だった。鮮やかな緑髪に黒い礼服。つい先ほど見たことがあるような気がしてならない男性。サクは必死に思い出そうとするが、混乱してぐちゃぐちゃになっていた頭ではすぐに思い出すことができない。
サクが固まっていると、男は温かな笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる。そして、ベッドの隣にある椅子に静かに腰かけた。
自信に満ち溢れた雰囲気を醸し出している。間違いなく苦手なタイプである男は、サクに対してその大きな右手を差し出してきた。
「初めまして、現守護騎士よ。私は『イヤサ・ベジタ=ブリリアント』。このグリール王国の国王を務めている者だ」




