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異世界の記憶:冴えない愛・輝く愛  作者: 田舎乃 爺
第三章 帰るべき場所へ
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43-2 通り魔VS秀才+α②

 高揚する卓の周りにいくつものナイフが構成された。薄っすらと透けていた赤いナイフはまるで鮮血の如く真っ赤に染まっており、1つ1つがが凄まじい邪気を放っている。それらを目にして吐き気を催すほどの嫌悪感を抱くテンガに向け、ナイフは蛇行を繰り返しながら迫っていった。

 意気揚々といった様子のタクはその場から動き出すことはなく、数多の凶刃がテンガへと届くの見守っている。その視線の先にあるナイフは一斉に突っ込んでくるわけではなく、それぞれが僅かに間をあけてやってきていた。

 一振りで全てが払えぬように嫌らしい工夫が施されていた。その動きから剣の一撃だけでは払いきれないと即座に判断したテンガは、術名呼称をすることなく放ったウィンドウでナイフを迎撃していく。

 風の刃は次々と深紅のナイフと衝突して甲高い音を響かせる。あるものは広場の至る所へと突き刺さり、またあるものは耐久限界を迎えて強烈な光を発しながら消えていった。

 火花にも似た光が散る中、テンガは卓が指の間にナイフを挟んでそれを投擲しようとする動作を見逃さなかった。テンガの急所目がけて一斉に放たれたナイフをテンガは剣を振り下ろすと同時に展開した斬撃魔法スラッシャーで弾き落す。

 だが、



「――っ!!」


「後方注意ってなぁ!!」



 深紅のナイフの表面がテンガの血でさらに赤く染まったのを確認し、卓は上機嫌な声を上げる。死角である後方から迫っていた数本のナイフが脇腹を掠り、魔法による強化が施された騎士団制服ごとテンガの表皮を切り裂いたのだった。

 直前で気づいて体を逸らすことで被害を最小限に抑えたテンガ。傷は深くはないものの異様に高熱化し、出血が止まらなくなっている。どうやらナイフは対象物を苦しめる呪術に似た効力を有しているようだ。

 凶悪な殺意と醜悪な邪気を合わせることでその力を悪質極まりないものへと昇華させつつある卓。彼の危険度を改めて実感するテンガに向け、嗤う卓はその口を三日月型に歪めながら中指を立てて見せた。



「防ぎきって見せろ青芝ァ!!」



 治癒魔法で傷口を塞ごうと試みるテンガを無数のナイフが取り囲む。斬撃魔法スラッシャーやウィンドウなどの迎撃に備え、何重ものナイフの層が形成されていた。

 テンガを中心として、まるで真っ赤なドームのような光景が広場に出来上がっている。確実に命を絶たんとする悪意に囲まれ、竦んでしまってもおかしくない状況だが、テンガは違った。



「ふぅ……――」



 傷口を塞ぐことを諦め、迎撃に全身全霊を込めるべくテンガは息を整える。一度閉じ、ゆっくりと開いた深い蒼の瞳は深紅のナイフの向こうにいる卓を捉えていた。

 燃えるような痛みを発している傷口から鮮血が漏れ、全身からは汗が噴き出す。体が所々で異常をきたしていることを感覚で理解していたテンガだが、その様子から焦りは微塵にも感じられない。むしろ傷口の熱とは違う熱が彼自身を包み込んでいた。

 静かでありながら煮えたぎる思いを胸に宿し、熱く燃えるテンガ。そんな姿を把握しないまま、卓は号令を轟かせる。



「串刺しになれや!!」



 勝利を確信した卓の浮足立った声ののち、取り囲んでいたナイフが動き出した。命を刈り取ることに特化した凶刃がテンガへと迫る。



「――!!」



 そして、テンガも動き出した。



「『斬撃魔法スラッシャー』!」


 

 詠唱破棄はすれど術名呼称は実行し、より強靭な魔法をテンガは展開する。鞘に納められたままの剣を煌びやかな光のように可視化できた魔力が包み込み、その切っ先は卓へと真っ直ぐに向けられていた。

 全方位に対する薙ぎ払いではなく、一点突破を目指した突進突き。足元を踏み砕きながら凄まじい勢いで繰り出されたそれは、進行先にあるナイフを弾き飛ばし、そのまま卓へと突き進んでいった。

 卓の笑みが驚愕へと変わった刹那、その顔の数mm横をテンガの剣から放出された斬撃魔法スラッシャーが掠める。そのままの勢いで進む斬撃魔法スラッシャーは城壁に直撃し、特大の破砕音と共に大きな風穴を開けることとなった。

 驚きこそしたが仕留めそこなったことへの苛立ちから卓の表情は怒りのものへとすぐさま変貌する。目前にまで迫ったテンガを迎撃すべく右手のナイフを振り落とそうとするが、僅かにテンガの方が上回っていた。



「せぇい!!」


「がッ――!?」



 強烈な突きが卓の右肩に直撃した。大幅に強化された身体さえも打ち崩すその一撃をくらい、卓は手からナイフを落とし、大きく体勢を崩してしまう。



「はあああぁぁぁぁっ!!」


「ぐっ!? がぁっ!? このッ――!!」



 生まれた隙を見逃さず、間髪入れずにテンガは剣による追撃を繰り出していく。圧巻の速度で繰り出され続ける攻撃は卓から反撃の余裕を奪いさった。

 目にも止まらぬ速度でありながら、テンガは確実に急所を外していた。だとしても一撃一撃が強力なモノであることに変わりはない。このような対人戦闘の経験が浅い卓をテンガは圧倒し続ける。

 続く連撃。止まらない痛み。有する力では勝っているのにも関わらず、技量で大きく劣ることで感じる屈辱。様々な思いが積もりに積もった卓は、その思いを力に変えて一気に放出した。



「――図に乗るなぁっ!!」


「!!」



 怒号と共に卓の全身から衝撃波が発せられ、テンガを数m後方へと吹き飛ばす。突然の反撃ではあったが見事に受け身をとって見せたテンガへ、卓はさらなる怒気を撒き散らす。



「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇぇ!!」



 単純でありながら明確な卓の殺意に呼応し、空中に形成されたナイフが変則的な軌道を描きながらテンガへと向かっていく。それらを時には躱し、時には弾き落しながら少しずつテンガは卓へと近づいていった。

 身を翻す度に、甲高い音が響く度に、光が散る度に、その傷口から飛び散る鮮血が広場に赤い血の跡を残していく。常人では耐えがたい苦痛を耐え凌ぎ、テンガは着実にタクとの距離を縮めていた。

 勇猛果敢に向かってくるテンガ。決して諦めることなく、且つ迷いなく向かってくるその姿を目にしたタクは無意識のうちに疑問を口から漏らしてしまう。



「何で諦めない……。何で迷わない……。何で止まらない……! 何をどうすりゃこの青芝を押し殺せる……!?」



 募る苛立ちはすでに限界へと達しようとしていた。早々にテンガの顔を苦痛に歪めたものへと変えたい卓は、その手にこれまで以上に力を集約させたナイフを形成していく。そして我慢の限界を迎えたテンガは勢いよく駆けだした。

 駆ける卓は一呼吸の内にテンガの目前にまで到達した。狂気に満ちた卓を迎撃するために、テンガは一帯のナイフを斬撃魔法スラッシャーを駆使して弾き飛ばす。迫る卓は防御することなど微塵にも考えず、真正面から堂々と突っ込んできていた。

 体勢からしてこちらの動きに合わせてわざと致命傷になる部位へ無理矢理ずらすことも可能。かといってそればかりに気を取られて威力を抑えようものなら進行を止められず、その手のナイフが己が身を貫くこととなるだろう。

 瞬く間において思慮を巡らせるテンガだが、行きつく先がもう決まっていたことを思い出し、持ちうる全てを全開にして鞘に納められたままの剣を構える。ただならぬ覇気を纏うテンガに臆することなく、卓は肩目がけて両手のナイフを振り下ろした。

 


「らぁっ!!」



 凶刃を剣で受け止めたものの、鞘の表面が断ち切られて刀身が露見してしまう。数倍に増大した力を完全に対処しきれずテンガの腕が僅かに下がってしまった。押し切れると踏んだ卓はそのまま圧を強め、再度構成された飛翔するナイフをテンガの背後へと向かわせる。

 がら空きの背を刺し貫かんと迫るナイフ群は、接近を察知してテンガが放ったウィンドウに阻まれて光と音を残して散っていく。であればこのまま追いつめようと力を強める卓だが、違和感に気が付いた。

 己が身に巡る力の大半を注いでいるのにも関わらず、テンガの腕が現状から下がることがなかったのだ。そして、微動だにしない剣の向こうにあるテンガの深い蒼の瞳を見てしまった卓は、思わず体を震わせてしまう。



「――っ」



 憤っているわけでもなく、哀れんでいるわけでもなく、卑しめるわけでもない。ただただひたすらに力強い意志が込められた瞳が、圧倒的な熱量を有する瞳がそこにあった。

 多くの者をこれまでに殺めてきた卓だったが、これほどの熱を持った存在を目にするのは初めて。どんな困難においても挫けぬ屈強な面持ちは、人の世の影を行く身である卓にとって眩しすぎる物であり、畏怖の念を抱かせるほどの代物だった。

 卓が気圧されたことを目を通して勘付いたテンガは、すかさず素早く一歩後ろへと引き下がる。圧をかけていた対象がいなくなったことで両手のナイフは勢いよく空を切り、卓は大きく前方へと体勢を崩していった。

 そのまま行けば顔面から地面に接触することを悟った卓はナイフを消し、空いた両手で受け身をとった。地に着けた両手の平から力を放出し、卓は無理矢理起き上がる。安定姿勢へと戻るまで、テンガは敢えて手を出すことなく剣を構えて待ち続けていた。



「休ませる暇なんて与えねえよ!」



 震える心境を律することも兼ねた卓の叫び。それと共に後方へと飛びのく。直後、再びテンガを取り囲むようにしてナイフが空中に形成された。

 逃げ場は無し。囲んだナイフも先ほどの倍の層を形成してあり、波状攻撃の準備も出来ている。たとえ耐え抜いたとしても、何度でも繰り返す。それで勝てるはず。勝てるはずなのに、卓は動揺し続けていた。他を圧倒できるだけの力を自らが有しているのにも関わらず、卓は今この時においてテンガを仕留められる確信を抱いていなかったのである。

 揺れたままで平静を保てない卓の脳裏に、その答えともいえる光景がよぎった。それは、ここへやってきてから経験した敗北の数々。これまでの間で惨めな思いをした経験がなかった卓だからこそ、強烈にそれらは焼き付いていた。

 有利であっても、どれだけ力をもっても、敵わないのではないか。そうした後ろ向きな思いが卓を揺さぶり続ける。不愉快極まりない揺さぶりを抑え込むべく、勝利のために卓は叫んだ。



「今度こそくたばれ――」


「せぇいっ!!」



 ナイフが動き出そうとした次の瞬間、テンガは斬撃魔法スラッシャー風刃魔法ウィンドウ氷矢魔法アイスピックを織り交ぜた強烈な一撃を放ち、全てのナイフを蹴散らして見せたのだった。

 予想はしていたが本当にやってのけたことに驚きつつも、卓はすかさずテンガを取り囲むためにナイフを形成しようとする。だが、それよりも早く動き出したテンガが強化した身体を駆使して一気に距離を詰めた。



「はぁっ!」


「くがっ――!?」



 右薙ぎに払われた剣の一撃が卓の頬を強打した。得た力で強化された身体であっても、テンガの渾身の一撃は確実な痛手となって卓の思考をかき乱す。形成しようとしたナイフも、その形を定められずに霧散していった。



「こ、このっ!? やろっ、があっっぁ!?」



 急所を外しつつも強烈な連撃が卓を襲う。さらに恐ろしいことに、それらの攻撃は突進突きの後に繰り出されたところと全く同じところに集中していた。

 痛打は重ねれば重ねるほどに効力を増していく。徐々に全身が悲鳴を上げ始め、意識も掠れ始める。テンガの攻撃は、着実に卓を戦闘不能へと追い込んでいた。

 激しく揺れる視界と思考で卓は吐き気を催しながら、ただ攻撃を受け続けることしかできない。意識が遠のいていくのをが自覚できた卓。そんな彼の脳内に、『何か』が響き渡る。




 ――悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい


 ――妬ましい、妬ましい、妬ましい、妬ましい、妬ましい


 ――許さない、許さない、許さない、許さない、許さない


 ――殺す、殺す、殺す、殺す、殺す


 

 それは、卓自身の感情と別の『何か』が入り混じった怨嗟の声だった。どす黒い声は脳内に響き続け、それ以外のことが考えられないほどに卓を染め上げていく。

 心の底から溢れ出した怨嗟は心内を満たしつくす。そこにおいて卓個人の領域は存在しない。ただひたすらに、眼前の障害物を排除したい殺意が蔓延っていた。



「!?」



 テンガが卓の異変に気付いた直後、突如胸倉を掴んまれて広場の端の方まで投げ飛ばされてた。驚きながらも受け身をとって身構えたテンガは、その目に捉えた光景に絶句してしてしまう。



「これ……、は……!?」


「――力を。力を。力を力を力を。殺すために、殺すために、殺すために殺すためにコロスタメニぃ……!!」


『ぁぁぁァァアああ……! ううウゥゥゥぅううあああああぁぁぁぁァァァ……!』


『アッハッハッハッハッハッハッハっ! あぁッはっはっはっはッハハッハッハッハぁッ!』



 怨嗟の声を吐き出し続ける卓の背後に、テンガでも見えるようになった赤いオーラが形を成して声を上げていた。

 悲しみに嘆く声と、喜びに満ちた笑い声。正反対といえる感情。それらを表す様な表情が波立つ赤いオーラ表面に形成されは消えを繰り返している。

 似たような光景をアカベェにて目撃していたテンガはあの時の『何か』が来るのかと危機感を抱いたが、どうも様子がおかしいことに気づく。背後の赤いオーラが、卓の体へと吸い込まれ始めていたのである。



『ぁぁぁァァアああ……――』


『アァッはっははっはハハハ……――』


「あの『何か』取り込まれて……、いや違う。あれを糧にしようとでもいうのか……!?」



 赤いオーラが吸収されるごとに卓の保有する力がさらに増大していく。あの『何か』を2体分輩出するだけの力が、卓に集約されつつあった。

 より強力な『何か』の出現の土台になるのか。それともその全てを力へと変換して再び”卓”として向かってくるのか。どちらにせよ、油断は許せない。確固たる意志で迎え撃つ覚悟を決めたテンガ剣を構えたところで、卓が叫び声を轟かせた。



「――シィィィィイアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!」


「いよいしょぉっ!!」


「クガっ!?」



 空気を震わせるほどの叫び声は途中で止まった。テンガの後方、広場南側の入り口から突っ込んできたサクのドロップキックが炸裂したのだ。

 城門付近にまで卓は弾かれ、倒れこむ形で着地したサクはゴロゴロと転がってテンガの下へとたどり着き、立ち上がった。擦り切れ、埃まみれな衣服の汚れを払いながらサクはテンガへと問いかける。



「いきなりの乱入になったけど、邪魔しちゃったか?」


「そんなことはないぞサク。というか、元に戻ったんだな」


「ああ。足手まといにはならないと思うから安心してくれ」


「そうか。では、奴をどうにかすることに専念しようか」


「おう。任されて」



 秀才と称される騎士と現守護騎士。この世界の内でもトップクラスの戦力が、カーボン城の広場に立ち並ぶ。そんな最高戦力2人に対し、卓が狂気に満ちた鋭い眼光を向けて歩き出した。

 その両手以外にいくつものナイフを空中に生み出し、その先端をサクたちの方へと向ける。言葉として表現できないような奇声を卓が発すると、そのナイフたちとともに卓はサクに向けて突進していくのだった。

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