04 苦手なタイプ
その声の方向を見る。どこかの国かは不明だが、青が特徴的な騎士的な服を身に纏う男性がいた。仁王立ちで立っていいるその様子に、ガイナ立ちかな? と思いつつも、サクは目を凝らして全体像をちゃんと確認していく。
鮮やかな青い髪に深い蒼の瞳。整った顔に高身長。自信に満ち溢れる堂々とした雰囲気。サクはその見た目だけで理解した。この男性は自分とは正反対の存在であり、苦手なタイプであると。
友人からの誘いなどがない限り、休み時間になって特に何もせずに机に突っ伏して昼寝するサクとは違い、ああいうのは終始仲の良い友人たちと戯れたり彼女とどこかで楽しそうに話すようなタイプだ。そうに違いないという確信があった。
可能な限り接したくないと願うサク。そんな淡い期待を裏切るようにして、廃屋の入り口に立つ男性は一歩前へと踏み出した。
「服に隠すだけでバレないとでも思ったのか? この私、『テンガ・クロムウェル』にはお見通しだ! その悪しき竜をこちらに渡せ!」
「嘘だろ、すげえ名前だな」
追及の最中に語られた名前にサクは仰天する。まさかかの高名な神器の名前がそのままつけられているとはたまげた。この世界では知れ渡っていないだろうからいいが、サクのいた世界では絶対にいじられること間違いなしの名前だ。
そのサクの表情を見て、テンガは鼻で笑う。完全にこちらを見下すその態度に服の中にいるハクが苛立ちを覚え、じりじりと体温を上げていくのがサクは肌越しに感じた。
「私に恐れをなしたか守護騎士よ。それもそうだろう。私は完璧だからな!」
「あ、そうっすか」
全く恥ずかしがる様子のないテンガ。もうここまでくると尊敬すらしてしまうほどの態度だった。
しかしながらハクを渡せとか物騒なこと言ってるから、早く逃げた方がいいかもしれない。自信があるということはそれ相応の実力を持っているはず。
悟られぬようにゆっくりとカーラの手を握り、唯一の逃げ道である裏口をサクがちらりと見る。しかしながら、その行動も見逃されることはなかった。
「逃がさん!」
テンガのその一言の後、どこからともなく発生した突風が大きな円を形成し、サクたちとテンガの周囲を包み込んだ。
ごうごうと音を立てる風に転がっていた壊れた椅子が巻き込まれ、一瞬にしてバラバラに砕け散っていった。単なる壁ではなく、攻撃にも活用できるその突風を見てサクは思わず息をのんでしまう。
これはマジでやばいかもしれない。いざという時を考えてサクはハクを取り出すと、カーラに手渡した。川で少女の燃える球を消すことができたのと同じ要領で、魔法的なものであればなんとかできるはず。だが、もしかしたらハクには影響が出てしまうことを考えてカーラに渡したのだ。
エルフの美女と小竜を守るようにサクはその前に立つ。勇ましくも見えるが、サクの体は震えていた。その頼りない背の中心にカーラが手を添えると、そこから漏れ出した光がサクの体を駆け巡り、浸透していく。
「人体強化魔法、かけておきました~。いざとなったら私も戦いますので~」
(サク! 私も戦えるよ!)
「……面目ない。そん時は頼むわ」
守るべき存在たちから逆に支えられていることに、サクは申し訳なくなった。彼女たちの援護と声援に深く感謝しつつ、冴えない半開きの目でテンガをしっかりと見据えた。
さて、どうくるのか。身構えるサクだったが、テンガの視線がサクではなくカーラに向いていることに気が付いた。
「う、美しい……」
「あら~、ありがとうございます~」
どうやらカーラに見惚れてしまっていたようだった。まるで女神を見ているようなその輝く瞳に、サクは吹き出してしまう。騎士様といえどもやはり男なのだという事実がツボに入ってしまった。
我に返ったテンガは自らの両頬を叩いて気合を入れ直す。そして腰につけていた剣を鞘から引き抜き、サクへとその切っ先を向けた。
「貴様ぁ! 竜を所持するだけでなく、美女までその毒牙にかけるとは! 絶対に許さん!」
「あー、もう、反論しても無駄っぽいな。面倒くさいはあんた」
「問答無用! くらえ、ウィンドウ!」
「OSの名称かな?」
適当なサクの突っ込みの後、テンガの前方に形成された無数の風の刃が襲い掛かってくる。それに対しサクは避けることなく、真正面から受け止めるべく構えた。
空を切る音を上げて突き進む風の刃。無数の刃の内、地を這っていったものは容易く床に傷痕を残して速度を落とすことなく迫ってきた。圧倒的な切れ味を誇る刃は、一斉にサクの元へと到達した。
だが、
「何ぃ!?」
想定外の結果にテンガが驚きの声を上げた。風の刃は全てサクの体に当たると同時に消えてなくなったのだ。予想通り、魔法的な物が自身には効かないことを確認したサクは、一歩踏み出した。
半開きの目を頑張って開け、8割開きぐらいの目でテンガを睨み付ける。勇ましいとは言えないその見た目で、やれる限り腹立たしい口調でサクはテンガを煽った。
「ほろほらどうした完璧な騎士様。俺はまだぴんぴんしてるぞー」
「舐めるな!」
その安い挑発に乗り、今度は風の刃と同時に鋭くとがった氷の矢を宙に形成し、一直線に飛ばしてくる。しかし、そのどれもが再び体に当たると消え去ってしまうのだった。
サクの中に、燃える球と同様に漠然とした風の刃と氷の矢のイメージが浮かび上がる。それが飛んでいくであろう先に、接近戦に持ち込もうと駆けだそうとしていたテンガを捉える。
「そのまま返す。受け取ってくれ騎士様」
「んなっ!? き、貴様ぁ!」
先ほどまでの自らが繰り出した攻撃が絶え間なく飛んでくることに、テンガは驚きつつもそれらを咄嗟に展開した紫色の結界でそれらを防ぐ。展開したその結界に、サクは見覚えがあった。ハクを苦しめていた罠を包んでいたのと同じ色だ。ということはあの罠はテンガが仕掛けたものだとサクは分かった。
そんなにまでして竜が嫌いなのか。何か理由があるのだろうが、今はそれを聞き出す余裕はなさそうだった。確実に戦意をそぎ落とすべく、サクはさらに攻撃の手を強めていく。
絶え間なく続く魔法攻撃にテンガは苦しみ、苛立っている。このまま行けば押し切れると考えたサクは、ついでに燃える球も形成して投げつけてみた。
「そーら、こいつもくらえーい」
風の刃と氷の矢の間をふよふよと浮かび、燃える球はテンガ目がけて進んでいく。ぱっと見では風の刃や氷の矢よりも危険性が低いようにしか見えないものだった。
投げては見たものの、そんな様子を見れば暴漢用の簡易的な攻撃魔法だとしか思えなかったサク。それはテンガも同じようで、ゆっくりと近づく燃える球に新たな策を講じることはしなかった。
「そんな物、避ける必要もっ――」
「ほあぁっ!?」
ゆっくりと結界に当たった燃える球は弾け、テンガの勇ましい声がかき消される。予想をは遥かに上回る光景に、サクは度肝を抜かれて変な声を出してしまう。
凄まじい勢いの炎の渦が形成され、テンガを包み込んだ。渦の勢いは衰えることなく、巨大な火柱となって廃屋の天井を貫き、天高くまで登っていく。その炎は廃屋に燃え移ることはなく、中心にいるであろうテンガのみを焼き尽くしていた。
圧倒的すぎるその光景に、サクたちは唖然とするしかなかった。まだ治まりそうにない炎の渦に、サクは苦笑いする。
「あの子、全力で俺殺す気だったんだな……」
燃える球を消すことができずにいた場合、自分はあの河原でこれの中心に立つことになっていた。そんなことになればどうなったかを考え、サクはその場で身震いしてしまった。
展開していたテンガからの供給的なものが絶たれたようで、気が付けば周囲を取り囲む突風が消滅していた。外へ逃げることが可能になったことをサクが安堵していると、ようやく炎の渦は消滅するのだった。
「お、おおぉ……」
渦の中心にいたテンガの有様を目にしたサクは、何とも言えないといった言葉を漏らしてしまう。中心にいたテンガは真っ黒焦げになり、綺麗な青髪は見る影もなくちりちりのアフロのようになっていた。
満身創痍といった様子のテンガは、閉じていた口から黒い息を吐き出す。唯一綺麗な深い蒼の瞳でサクを睨み付け、その場に仰向けに倒れてしまった。
どうやら死んではいないらしい。あれほどの火力を耐えきったとなれば、本当に凄い奴なのかもしれない。そんなことをサクが考えていると、どこからともなくテンガと同じ服に身を包んだ者たちが現れた。
「テンガ様がやられた!! 退却、退却ぅー!」
「衛生兵! 衛生兵ぃー!!」
真っ黒焦げのテンガを4人で抱き上げ、素晴らしい連携でその場から風のように去ってしまった。見事ともいえる完璧な引きだった。
あっという間に静かになった廃屋。ぽっかりと穴の開いた天井からは、地平線の向こうに沈み始めていた日の光が差し込んできていた。
とりあえず、終わった。静けさの中でサクは小さくため息をつくと、カーラとハクが話しかけてきた。
「すごいじゃないですかサク~。私が動くまでもありませんでしたね~」
(サク、すごかった!)
「ありがとう。褒められること少ないから、照れちまうな」
「見つけたわよ変態!!」
「ん? この声は――」
安心するのもつかの間、響き渡ったのは少女の怒声。背後からしたその声に振り向こうとしたが、それよりも早く凄まじい一撃がサクの尻に叩き込まれた。
「うわらばぁ!?」
直後轟いたのはサクの悲鳴。ただでさえ割れている尻が6つぐらいに割けそうな激痛を感じながら、サクは廃屋の中に積まれていた埃まみれのソファに弾き飛ばされた。
視界が遮られるほどの塵と埃が舞い上がる。その中を、カーラの腕から離れたハクが小さな手足で全速力で駆け抜けていった。
(サク!! サク!!)
悲痛な叫び声がその向こうから聞こえてくる。カーラも少女を睨み付けながらサクの下へと向かう。その間、赤を基調とした軍服を着ていた少女は唖然としていた。
身体強化魔法を駆使し、頑強な岩さえ容易に打ち砕くほどの強撃。自らが使う最大級の魔法をいとも簡単に使うその様子から、変態だとはいえ防御魔法も精度の高い物を使ってると考えていたために、持ちうる限りの全力で蹴り飛ばしてしまったのだ。
まさか殺してしまったのか。不安になった少女は、吹き飛ばした変態であるサクの方へ向かおうとする。だが、その先で何かが光り輝いた。
「近づかないで!」
幼い少女の声が眼前から聞こえ、少女は立ち止まる。塵が晴れていく中、その姿が見えてきた。
白いワンピースを着ている。綺麗な白い肌に、透き通るような金色の瞳。光を反射するほどの美しい銀色の髪を持つ幼い少女が、両手を広げてその進行を遮っていた。
その身に纏う魔力。小さいながらも強い意志が感じられる瞳。少女は彼女を、正確に言えば”前の姿”の彼女を見たことがあった。
「あなた……、もしかして河原で会ったハクっていう――」
「そうだよ。これ以上、私の大切なサクに近づかないで!」
幼い少女へと姿を変えたハクが、少女の行く手を遮っていたのだった。