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異世界の記憶:冴えない愛・輝く愛  作者: 田舎乃 爺
第一部 第一章 冴えてる三日間
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03 綺麗なお姉さん(奴隷)


「ぶぅえっくしょくそくらえーい」



 『ロメル』という名の街の中で、サクはおっさんじみた盛大なくしゃみをかました。そばを通りすぎる通行人がそのおかしな様子を見てくすくすと笑っている。

 2発目のくしゃみが出そうだったが、胸元で動いたハクが気になって止まってしまった。違和感が口と鼻に残る。



(すごいくしゃみだねサク。風邪ひいた?)


(いや、大丈夫。もしかしたら誰か俺の噂でもしてるのかも)



 鼻水が垂れてきたが、残念ながらティッシュなどは持ち合わせていない。仕方なく最終手段として財布から取り出したレシートを2枚重ねて鼻をかんだ。

 周囲を見渡すが、もちろんゴミ箱のようなものは見当たらない。ここまでで通り過ぎた要所要所を思い返しても、外にゴミ箱が設置されていた記憶は残念ながらなかった。仕方なく、くしゃくしゃに丸めたレシートをリュックの横にあった小さな収納ポケットへとしまい、サクは街の中を進んでいった。

 それなりに賑やかな街中。商店街とは思われる大通りには多くの人でごったがえしていた。至って平和な光景に思えたが、その中にはサクの見たことがない『人』が何人もいた。

 見た目が完全に犬だったり、猫だったり。爬虫類っぽい人もいれば鳥類っぽい人。そんな人(?)たちが半数を占めていた。街の人々はそれが当たり前であり、普通であるようだったが、サクにとって異様な光景であることには間違いない。

 本当にファンタジーな所なのだと痛感しつつ、見慣れぬ姿に若干怯えながらサクは街中を歩いてきたが、やがて限界がやってきた。



(すまんハク、人通り少ないところ行っていいか?)


(うん。いいよ)



 インドア派であるサクに人混みは苦痛でしかなかった。ましてやそこにいる人の見た目が衝撃的だったのもさらなる苦痛を与えていた。

 サクにとって人と話すこと自体は苦痛ではない。単純に人が多いところが本当に苦手なのだ。もしこの苦手を克服できたのであれば、この冴えない顔と性根も改善できたのかもしれない。

 大通りから一本離れた少し狭くて薄暗い道に出た。ひっそりとしたその感じに、サクは安堵のため息をついく。やはりこうした薄暗い雰囲気の方が自分にはあっているとしみじみ感じながら、歩を進めて行った。

 先ほどの通りとは違い、商人の元気な声は聞こえてこない。というか、まるで活気がない。さすがに落差がありすぎるのではないかというレベルだっ。

 薄暗さは好きだが、こんな犯罪が起きそうなどす黒さは求めてはいない。我慢して先ほどの通りに戻ろうかとサクが迷い始めていたところで、声をかけられた。



「あらあら~、こんなところを歩くなんて危ないですよ~」


「へ?」



 物凄くふんわりした感じの女性の声。サクはその声の主がいるであろう方向を見た。

 そこには、それはそれは見事な物を胸部に携えた女性がいた。瞳は綺麗な赤。黄色みの強いオレンジの髪は腰のあたりまで伸びている。身長は頭一つ分大きいぐらい。ドストライクのその見た目に、サクは思わず息を呑んだ。

 美しい女性なのだが、大きな疑問点が3つあった。耳が尖っていること。ボロボロの布切れのような衣服(?)を身にまとっていること。両腕を手枷で、首には鎖の付いた首輪をつけていること。

 パッと見で察してしまったが、サクは確認のために女性に問いかけた。



「お姉さん、もしかして奴隷として捕まっちゃった系?」


「そうですね~、お昼寝してて気づいたら車の中にいました~。大変ですよね~」


「マジですか」


「マジです~」


(いかん。こりゃ凄まじいレベルのフワフワ美女だわ)


(でもすっごい綺麗な人だね!)


(ああ。それは間違いない)



 この状況を笑顔で説明する女性にサクは危機感を抱かざるを得ない。こんな素晴らしすぎる体つきの女性が無視されるわけがなく、恐らくそれを目当ての男性とかに買われ、あんなことやそんなことをされてしまうだろう。

 よからぬ想像で少し興奮してしまったサク。そんな自分を恥じつつ、さらに女性に問いかけを続けた。



「俺はサク、胸の中のこいつはハク。お姉さん。名前は?」


「『カーラ』って言います~。もしかしてあなたも大変な事に巻き込まれたんですか~」


「まあ、そうとも言えるけど、何でそう思ったの?」


「すご~く暗い顔をしてるんでそう思いました~」


「あ、すんません、これはそういう性分なものなんで」


(ブレームと似たようなこと言われたね)


(1日に何度も顔のことを指摘されるのはもう慣れてるよ)



 そのまま何事もなかったようにこの場を立ち去ることももちろん可能。だが、サクの中の良心と魅力的すぎるカーラがその場に留めさせた。

 全く邪気のないフワフワとした笑顔をカーラはこちらに向け続ける。そんな顔を見たら離れることができなくなってしまう。サクは股間を甘硬くさせながらも必死に考えを巡らせた。

 買う。といってもここの事情を何も把握していない自分にはどうしようもできないように思えて仕方がなかった。こんな冴えないやつと美女が一緒にいれば、警察的な人たちに職質されることは必至。かといって買って逃がしてもまた捕まってしまいそうな気もする。というか捕まるだろう。

 どうするかを真剣にサクが悩んでいた所で、低身長の汚いおっさんが手を拭きながらどこからともなく現れた。



「おおっと、お客さんですかい?」


「え? あ、ああ。そうだと言えるかな」


「すんませんな、今便所から帰ったところでさあ。この女が気に入ったんですかい?」


「まあ、そんなところかな。ちなみに、いくらならいい?」



 それを聞いたおっさんはドス黒い笑みを浮かべた。ところどころ虫歯になっているその口からは、離れていても異臭が漂ってきた。

 おっさんは懐から計算機を取り出すと、ぶつぶつとしゃべりながら何かを打ち込んでいった。その楽しそうな見た目に、サクは嫌悪感を抱いた。

 このおっさんにとってカーラは商品でしかない。カーラの人生のことを気にも留めていないその様子が嫌でしょうがなかった。



「今日入ったばかりの新品。しかもエルフの美女だ! ともなれば8000ゼントだな。お買い得ですぜ旦那~」



 聞いたことのない通貨の名称。それも8000ともなればかなりの金額なのだろうか。

 サクは試しに収納方陣からブレームからもらった札束を思い浮かべ、その内の1枚を取り出してみた。恐らくこれが1ゴルド。これで足りないとしたらかなり厳しい状況になる。

 自分がカーラをどうこうしようとは考えていない。ただ、こんな美女がひどい目に遭うのだけは嫌だという善意がサクを動かしていた。



「これでいいか?」



 手渡した札束を眉間にしわをよせながら確認している。もしかして足りないのだろうか。不安に思うサクだったが、その思いはすぐに打ち消された。



「毎度ありだ、旅人の旦那! ほい、釣りの2000ゼント。ちなみに次の出店は『アルーセル』の裏通りでさぁ! またお越しください~」


「お、おう。それじゃ、行こうか、カーラ」


「は~い」



 足りるどころかお釣りが来た。安堵したサクは、手枷と首輪が外されたカーラを連れてそこから離れていく。

 離れたところにあったちょうど良さそうな路地裏に入っていくまで、汚いおっさんは笑顔で手を振っていた。



「楽しんでくださいね~」






     ◆






 路地裏を抜けてしばらく歩いていくと、人がそれなりにいる通りへと出た。彼らからの訝しげな視線を避けつつ、さらに歩いて一般的な住宅が集まっている場所を目指す。

 街中から離れ、人通りはかなり減っていた。ごくまれに人が通り過ぎるぐらいの閑静な住宅街へとサクたちはたどり着き、その中で完全に廃屋となっている建物を探した。

 しばらくして、だいぶ前に入居者がいなくなったと思われる少し大きめの廃屋を発見した。数年前にはお金持ちな輩がいたであろうそこへと侵入し、一段落着いたところでサクは特大のため息をついた。

 埃くさい場所だが、ここでならば人が来る気配はなさそうだった。人気のないこんな場所でも、カーラは微笑みを絶やさない。そんな彼女に対しサクは収納方陣から札束を取り出し、差し出した。



「これだけあれば故郷に帰れるでしょ。さ、もらっていっちゃいな」


「いえ、私はサクに付いていきますよ~」


「え? いやいや、冗談でしょ? 故郷に帰りたくないの?」



 フワフワしたカーラの言ったことが理解できずに、サクは聞き返してしまった。

 ああそうか。いきなりこんな札束渡しただけじゃ混乱してしまうか。もっと分かり易いような説明をした方がよかったかとサクが考えた時、カーラが微笑みながら口を開く。



「私、里を追放されちゃったんです~」


「え゛。でもさっきお昼寝してたって……」


「はい~。行く当てもないんで森の中でお昼寝してたら車の中に~。この度は買ってくれてありがとうございます~」


(サク、この人のこと心配になってきたの私だけ?)


「心配してくれなくても大丈夫ですよハクちゃ~ん。私は大丈夫で~す」


「(!?)」



 ハクとサクはそのカーラの言葉に驚愕した。聞き間違いでなければカーラはサクではなく、ハクに対して声をかけていた。

 唖然としている様子の2人に、カーラは笑いかける。



「私のように高い魔力や能力をもっているなら、竜などの高等魔生物の心がわかるんです~。サクもお話しできるからそうなんですよね~?」


「マジか。俺ってそんなの持ってるのか? こんな一般男子高校生が……、自分のことなのに信じられないな」


(じゃあ、サクはすごいんだね! かっこいいよサク!)


(何か恥ずかしいからやめてくれ。褒められるのは慣れてないんだ)



 ハクの言うことが分かるカーラなら、付いてきてくれれば心強いかもしれない。しかし、一緒に来てくれるとしても問題が山積みだった。

 フワフワしているのも危ないが、恐らくというか、間違いなく、こんな美女が常に近くにいるなんて状況にサクのムスコが黙っているわけがないからだ。実際今でも十分にやばい。つい数分前に考えた職質の可能性も捨てきれない。

 日常生活を内またになって過ごすことになるか否か。割と本気でサクは悩んでいた。結論が出ないまま、その場で考え込む。

 その様子を不思議そうに思いながらも、カーラはサクに近づいていった。



「それじゃ~、お近づきのしるしに~」


「!?」



 ふっわふわのマシュマロのような柔らかい物がサクの顔を包み込んだ。右手を背中に、左手を後頭部に回してカーラはサクを抱きしめていた。

 ボロボロの衣服からは埃のにおいがしたが、暖かい体温とカーラから発せられる香水のような甘い香りに、サクはただ顔を真っ赤にして硬直するしかなかった。

 しばらくして、サクとカーラの間からハクが勢いよく首を出した。



(ぷはあ! く、苦しかった!)


「あらあらごめんねハクちゃ~ん。人間の男の人ってこういうのが好きだって聞いてたから~」



 もがくハクのためにカーラは離れた。解き放たれたサクは、まるで悟りを開いたような清らかな表情で、何もない一点を空虚な目で見つめていた。



「理想郷とはおっぱいのことだったか……。おっぱいこそがやはり孤高の存在……」


(だ、大丈夫? サク?)


「……はっ。俺はおっぱい。じゃなくて俺は一体何をおっぱいしてるんだ」


(目を覚まして!)


「あつぅい!!」



 混乱したままのサクに、ハクがその口から小さな火の粉を吐き出しす。鼻先をかすめた熱に驚いたサクは、我に返ると同時に悲鳴を上げた。



(ごめんね。熱かった?)


「い、いや。大丈夫だ。問題ない。ありがとうなハク」



 謝るハクに礼を言うサク。その様子を楽しそうにカーラは見守っていた。

 今までの人生でたぶん今が一番冴えてる。でも、これがずっと続くとなると体がもたないとサクは感じていた。早くいつもの心地よい冴えない生活を確保しなければ、どうにかなってしまいそうだった。

 とりあえず、今は付いてくることになったカーラの服を買う。資金面ではたぶん問題はないのだから、それから後のことはまた考えよう。そうサクが考えていた時だった。



「見つけたぞ! 邪悪なる守護騎士よ!!」



 廃屋の中に自信に満ち溢れた男性の声が響き渡った。

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