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異世界の記憶:冴えない愛・輝く愛  作者: 田舎乃 爺
第二章 そうだ首都、行こう
31/264

24 2人っきり(?)


「先に体洗った方がいいよね?」


「お、おう」



 そういってアイリスは収納方陣から自前の入浴用品を取り出し、手早く体を清め始めた。湯船につかるサクの視線は嫌でもそちらの方を向いてしまう。それにアイリスも気づいているようで、恥ずかしそうに頬を染めていた。一緒に風呂に入るというこの特殊な状況にサクは尋常じゃなく鼓動を高鳴らせていた。

 昨晩同じベッドに横になった時に嗅いだアイリスの髪の毛の香りが浴室に充満している。ホテル備え付けのシャンプーとは段違いにいい香りのそれにサクは酔いしれていた。

 何故入ってきたのかという疑問もあったが、それを問いただす気にはなれない。冴えないヘタレ野郎にとって二度とないかもしれないこの状況を脳裏に焼き付けるため、どうにでもなれと開き直ったサクは目の前で体を洗うアイリスから視線を逸らすことなく真っ直ぐと見つめことにした。



「……えっち」



 まじまじと見つめていることに気づいたアイリスが放った一言が、サクに心に突き刺さる。これまで通りであれば変態と罵られて終わりだった。しかし、たった今放たれた一言に嫌な様子は感じられなかった。

 心の中に悪魔の囁きが響き渡る。「お風呂プレイとかもいいんじゃない?」と。それに対抗するように天使の声が囁く。「するんだったらベッドの上の方が良い」と。結局することに変わりはないじゃないかと心の中で言い争う彼らに突っ込みを入れる。

 実際にはヘタレって実行不可能なあんなことやそんなことを脳内会議で繰り広げるサクは一点を見たまま固まっていたようで、洗い終わったアイリスが不思議そうに思いながら顔を近づける。



「大丈夫? 固まっちゃってるけど」


「だ、大丈夫だ。その時は優しくするから」


「その時って……」


「だああ! 違う! 今ちょっと心の中で葛藤してたんだ!」


「そ、そうなんだ。……えっと、それじゃあ入るね」


「分かった。じゃあ俺は――」


「そのまま入ってていいよ」


「……え゛」



 顔を真っ赤にしながらも湯船から出ようとしたサクをアイリスが止める。前面をタオルで隠したアイリスも、同様に顔を真っ赤にしていた。



「私も一緒に入る。駄目……かな?」


「大丈夫だけど……、それでいいのか?」


「うん。そのために入って来たんだから。2人っきりで話もしたいし。その……、し、失礼しまーす」


「い、いらっしゃいませー」



 お互いに緊張でがちがちになって可笑しな言動をしつつも、アイリスはサクの上に乗るような形で湯船につかった。

 柔らかな体ととても良い香りを漂わせる髪の毛。お湯の温度とは違う温かさを体の前面に感じるサクは耐えようとしたが、体は素直に反応してしまっていた。

 ちょうど腰のところで確実に大きくなっているのを感じたアイリスが、少し驚いて体を震わせた。それに心の底からの謝意を込めて話しかける。



「……本当にすまんアイリス。これが健全なヘタレ男子の反応なんだ。嫌ならすぐに出てもらって構わないぞ」


「しょ、しょうがないよ。それに、その、私で興奮してくれてるってことだよね?」


「そんなこと言われると、ああ、駄目だ。マジですまんアイリス」



 振り向かずに言われたそれを聞いてサクのムスコが最大仰角にまで達した。本当に、本当に申し訳ないと言葉と心でアイリスに謝罪する。

 正直に言ってこのままの状態を維持するとなれば理性がもちそうにない。何か気を紛らわせることを考えなければ。

 破裂しそうな心臓の鼓動は背を通してアイリスに伝わっていると思えるほど大きい。必死にそれとムスコを静めるために、サクはバスの中でのことを問いかけてみた。



「バスで見たあの怪物。アイリスや他の乗客もビビってたけど、ほとんど見ない存在なのか?」


「ベヒーモスね。大きな森とかに生息してる高等魔生よ。自分たちの縄張りからは基本的に出てこないから、結界で守られてる街や街道のすぐそばで遭遇するのはすごく珍しかった」


「全部の個体があんなに大きいのか?」


「いいえ、あんなに大きくて強そうな個体は初めて見た。もしかしたら群れのボス的な存在で、言うなればキングベヒーモスとでも表せるかもしれない」


「そうか、あいつはキングベヒンモスなのか……」


「ベヒンモス?」


「ああ、いや、こっちの話」



 自らの名をゴウと名乗ったベヒーモスを脳内に思い浮かべる。はっきり言って二度と会いたくないとビビっている自分にサクは気づいた。

 この問いによって、彼らのような高等魔生物と称される動物が複数存在することを今になって知ったサク。これまでの間でハク以外にそういった生物を見たことのなかったこともあり、この世界がファンタジーな場所だと改めて思い知った。

 また1つ新たな知識を得られたことで、ほんの少しだけ心とムスコが落ち着いてきた。次に話すことを考えていく中で、サクは無意識のうちに腕を組もうとした。しかしながら、組もうとしたそれの間に柔らかなものを感じた。ちょうどサクの腕はアイリスの腹部に回され、そのまま体を引き寄せる形になってしまったのだ。

 無意識だっとはいえ、さらに体を密着したことで先ほど以上に緊張するサク。これはさすがに嫌がると思ったサクは早めに腕を緩めようとしたが、その腕は止まった。

 まるで離してほしくないといった感じで、アイリスが優しくサクの腕を掴んできた。そして、ためらうことなく全体重をサクの方へと倒してくる。

 もうどうしていいか分からず、思考停止状態になったサクは遠い目をしたまま頭から湯気を上げ始める。視線は真っ直ぐと浴室の壁の方を向いている。少しでもそこから視線を落とせば、ズレたタオルから見える小さな2つの丘が見えてしまうからだ。

 アイリスが少し頭を傾け、サクの胸に耳を近づける。はち切れんばかりに高鳴る鼓動を確認すると、頭をもとに戻した。その後、感慨深そうな顔で浴室の壁を見つめる。



「最初は遭遇した時は守護騎士としても認めたくないし、こんな変態は絶対に嫌だって思ってたんだけどね……」


「……やっぱ嫌だったんだな」


「そりゃそうよ。初対面で丸裸。それにあんな卑猥な本。あの時は恐怖しかなかったわ。トラウマよ、ト・ラ・ウ・マ」


「その……、すまん」


「もうその件に関しては許したでしょ。深く考えなくていいわ」



 そういって腕の中で笑うアイリス。もう結構前に感じられるが、出会ってから三日しか経っておらず、その短い間でここまで関係を深めていたことにサク自身が大変驚いていた。

 本人はもういいと言っているが、それなりに酷いことをした。元の世界であればこんなことをすえば間違いなく警察にお世話になるだろう。



「車の中でゲイリーが言っちゃったこと、覚えてる?」


「ああ。嫁にしたくない女性1位のことだな」


「そう。私、異性に関して興味が持てなかったの。だって、一緒になるなら対等の力を持っている人がいいと思ってたから」


「なるほど。んで、自分が強すぎて男性として見ることのできる存在がいなかったと」


「そういうこと。でも、今はサクがここにいるわ」


「喜びたいけど……、俺なんかでいいのかと今でも思ってるぞ」


「サクじゃなきゃ嫌。だって、その……」



 しゃべり続けていたアイリスが突然口ごもる。恥ずかしいのか、密着している肌越しに感じられる体温が少し上昇し始めていた。



「砦で私を助けてくれたのは本当に嬉しかった。あのままだったら、間違いなく私は私じゃなくなってたから」


「……そうか。助けることができてよかったよ」


「裸だったけど、かっこよかったわよ」


「……ありがとうな」


「もっと、ぎゅってしてくれてる?」


「りょーかい」



 言われた通り、アイリスの腹部に回していた腕の力を痛みを感じない程度に強める。それを感じ、アイリスは真っ赤になりながらも満足そうな笑みをサクに向けてきた。

 サクははっきりと理解した。その可愛い見た目以外にもハクとカーラにないものがアイリスにはあることを。

 恥じらいだ。無邪気なハク、フワフワなカーラ。そんな2人とはまた違う属性を持っているアイリス。その圧倒的な容姿と少女としての大切な部分を申し分なく発揮し、サクを無意識のうちに魅了していた。

 こんなにも素晴らしすぎる存在が好意を寄せてくれている。こんな冴えない自分に。もとの世界では絶対にありえないであろうことに、サクは心の底から喜んでいた。

 お互いに感じたことのない満足感に浸る。愛しい存在の温かさを素肌を通して感じ取っていると、腕の中にいたアイリスが体を反転させた。湯船の中で向き合う2人。しばらく見つめあっていると、アイリスがゆっくりと目を閉じた。

 ヘタレのサクでも、雰囲気的にキスをしてほしいということを察することができた。自らを落ち着かせるために、ゆっくりと深呼吸をして顔を近づけていく。

 後少しで唇が重なるといったところで、サクも目を閉じた。静かに、唇を通してお互いを感じようとした次の瞬間。



「サク!!」


「「!?」」



 バスルームの外から元気のいいハクの声と同時に勢いよく部屋の扉が開かれた音がした。驚いた2人は目を開けて後少しで触れそうになった顔を離す。



「サク~。あれ、いない?」



 どうやら眠りから覚め、サクのことを探しに部屋にやってきたようだ。バスルームの扉の向こうからはパタパタと走り回る足音が聞こえてくる。

 鍵は開けたままではあったために簡単に入ってくることができるが、このタイミングで入ってくるのは予想外だった。どう対処するかをサクが混乱気味な脳内で模索していると、結論に至った元気な声が響いた。



「あ! お風呂か!」



 脱衣所の扉が開かれ、バスルームの扉の前で足音が止まった。また話しかけてくると思ったが、何故か声は聞こえてこない。というか、僅かながらに服が擦れる音が聞こえてくる。

 サクがまさかと思った刹那、バスルームの扉が勢いよく開いた。



「私も入る~!」


「危がぼっふぉう!?」



 素っ裸で無邪気な笑顔を浮かべた幼い少女の姿のハクが、その勢いを落とすことなくサクに飛びかかった。咄嗟にアイリスはサクからさらに離れる。飛んできた小さなハクを受け止めることができたものの、サクは湯船の中に沈没してしまった。

 湯の中に沈む前に呼吸を整えていなかったために、肺が酸素を切望している。苦しむサクだったが、湯の中で開けた目の先にあったハクの笑顔を見て少し心をほっこりさせてしまう。だが、すぐさま耐えがたい苦しみの波がサクを襲った。

 目の前のハクを抱きかかえてそのまま湯船から顔を出した。むせながらも急いで呼吸し、酸素を取り込む。すでにアイリスは湯船から上がり、苦笑いしながらこちらを見ていた。それに構うことなく、サクの腕の中でハクは嬉しそうに笑みを浮かべている。



「えへへ~、サクとお風呂~!」


「そ、そうだな。ふう……」



 一切の邪気のないその笑顔を見たサクは、愛らしさ全開のハクを怒る気にもなれず、小さくため息をつくのだった。

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