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異世界の記憶:冴えない愛・輝く愛  作者: 田舎乃 爺
第二章 そうだ首都、行こう
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22 バスの車窓から

 アイリスおすすめのお店での昼食はとても有意義なものだった。これまでのホテルでの食事よりもさらに格上の料理の数々はサクの舌をうならせた。その分お値段もそれなりだったが、それらももちろんアイリスが払ってくれた。買い物だけでなく、食事に関しても工面してくれるアイリスにその他3人は深く感謝していた。

 大満足の昼食を終えて再び買い物へと戻ったサクたちは、順調に一通り必要な物を買いそろえることができた。特にこれといった問題が起きなかったことを皆で喜びつつ、予定通りの夕刻にロメル行きのバスへと乗り込むために発着場へと向かうのだった。

 バスがあるということにサクは驚いたが、ファンタジーなこの世界にはすでに自動車がある程度普及しているようだ。しかしながらこの地域の道は整備が間に合っていないようで、道は昔ながらのごつごつとした石造り。お世辞でも乗り心地は良い物とはいえないものとなっている。

 アイリスの話によれば、もっと内陸部に入り込めば鉄道もあるとのこと。飛行機はまだないようだが、代わりにワイバーンによる高速飛行伝達が主流となっているそうだ。そういった点はファンタジーっぽいとサクはしみじみと感じていた。



「おお。予想はしてたけど、人多いな」


「ちょうど仕事や学校も終わる時間だからね。安価な移動手段のバスは人気なのよ」


「ほえー。そうなのな」



 長距離移動バスが人気なところは前いた世界と変わらないことに親近感を覚えるサク。そんなサクの肩に乗るハクは、瞳を輝かせながら辺りを見回していた。



「ママ! 私たちはどれに乗るの?」


「席を予約したのは……、6番のロメル行きね。よかった、もう停車してるわ。乗り込んじゃいましょう」



 生き生きとしているアイリスは、人混みの中でハクを肩車するサクとカーラとはぐれないようにしっかりと手を繋いでいた。心強いそれに引かれながら、本日乗るバスへと向かっていった。

 ほどなくして今回乗車するバスへと到着。予め発行しておいた切符をアイリスが運転手に手渡し、サクたちはバスの中へと順番に入っていく。



「おおっと。お父さん、娘さんは下ろして入ってくださいね。頭をぶつけちゃいますから」


「あ、すみません。ハク、下すぞー」


「はーい」



 にこやかな運転手の指摘に従い、サクはハクを肩から下ろした。そのままバスの中へとうきうきな様子で進んでいった姿を見れば、サクだけでなく運転手も笑顔になってしまう。



「お父さんも、足元にお気をつけて」


「ありがとうございます。ロメルまで、よろしくお願いしますね」


「はい。安全運転で参りますので、ごゆるりとおくつろぎください」



 互いに温かな言葉を掛け合い、サクはハクの後をおってバスの中へ進んでいく。可愛い存在は誰の心でも和やかにしてしまうことをこの些細なやり取りが物語っていたのだった。

 サクたちが座るのはバスの一番後ろの席。4つ並んだその右側窓際の席にサクは座った。最初は中央寄りの場所に座るようにと促されたが、外の景色を見てみたいがために自らの意思を押し通した。

 定員約30人ほどの中型バスは満員となり、予定時刻通りに出発。発展したアルーセルの街並みが平原へと変わっていくのをサクは車窓から眺めていた。

 夕日によって赤く照らされる大地。とある橋を渡っていく間、遠くの方で見たことのない動物の群れが川の方から近くの森の方へと移動していく様子が見えた。普段の田舎町での冴えない生活ではみることはできない光景に、サクは釘付けになっていた。

 揺れる車体から幻想的なそれを見ていた時、サクの膝に何かが倒れこんできた。気になったサクが自らの膝を確認すると、そこには静かに寝息を立てるハクがいた。どうやらはしゃぎすぎて疲れて眠ってしまったようだ。夢の中で楽しんでいるのか、その寝顔は嬉しそうだった。

 左側の席に座っているアイリスとカーラを見ると、笑顔で無言のまま頷いてきた。ハクを起こさないように静かにしていてくれるようだ。それに感謝しつつ、サクは膝の上で気持ちよさそうに寝ているハクの綺麗な銀髪の頭を撫でてみた。



「……サク、……ずっと一緒。ずっと……」



 満足そうな笑みで寝言をこぼすハク。寝言に返事をするのはよくないと聞いたことのあるサクは、それに応えるように優しく頭を撫でてあげた。

 窓の外も絶景だが、今の膝の上もそれに負けない絶景だと確信していた。我が子を愛でる父の慈愛に満ちた心がサクの中に広がっていく。

 そんな中、視界の中にちらりと黒い物体が入り込んだような気がした。それは窓の外にいるようだ。カラスか何かの群れが通り過ぎたのかと思いつつ、サクは視線を車窓へと移した。



「……!?」




 無言の驚愕。ハクの頭を撫でていたその手が止まる。窓の向こう、石造りの道から少しだけ離れたところで、巨大な真っ黒な獣がバスと並走していたのだ。

 たくましい筋肉。強靭な四肢。頭部に生えている鋭い2本の巻き角。漆黒の体毛。その見た目から、サクは某最後の物語シリーズでよく登場する怪物の名を心の中でつぶやいた。



(……ベヒーモス? こりゃまたとんでもない怪物が――)


(ほう。我が種族の名を知っているのだな)


(直接脳内に系でございますか!?)


(脳内に系? 何を訳の分からないことを言っているのだ貴様は)



 大きくてぎらぎらとした瞳がサクに対して向けられた。どうやら、返答の主は外で並走するベヒーモスっぽい怪物のようだ。もしや幻覚なのかと疑ったが、近くに座るアイリスとカーラも驚いており、車内の他の乗客が少しざわついていることから実物だということが理解できた。

 随所からベヒーモスの名が車内から震える声で囁かれている。どうやら前々から存在してはいるが、滅多に遭遇することはないらしい。道に展開されている保護結界にぎりぎりにまでベヒーモスが近づくと、所々で小さな悲鳴が上がる。

 緊迫した状況だったが、ハクは気持ちよさそうに寝たまま起きようとはしない。これほど驚異的なものならばハクが起きてくれると考えたサクが焦っていると、ベヒーモスが心の向こうから語り掛けてくる。



(襲う気はない。新たな主の姿を確認しに来ただけだ)


(主……。っていうと、まさかハクのこと?)


(自覚がないようだな。まあいい。素質は十分にあるようだな。いずれまた会おう)


(う、ういっーっす……)



 何とも言えない微妙なサクの返答を聞いた後、ベヒーモスはバスから離れていった。サクだけでなく、車内のいたるところで安堵のため息がつかれた。

 敵ではないように感じられたが、如何せん見た目が凶悪すぎる。様々なファンタジーゲームの主人公たちはあんな化け物と戦ったりしたことを考えると、素直に尊敬の念を抱くことができた。また会ったら間違いなくその場で腰を抜かす自信がサクはあった。

 とんでもない存在に遭遇し、戦々恐々するバス内。車窓から見える景色が夕焼けから暗闇へと変わっていく中で、バスは目的地であるロメルに到着しようとしていた。

 車内の電灯と石造りの道に設置されている街灯が点き、柔らかな光で暗闇を照らしてくれる。その輝きにサクが心を安らげていると、再び心の中にベヒーモスの声が聞こえてくる。



(私の名は『ゴウ』。覚えておいてくれ)


(覚えておいて利があるっぽい?)


(困ったときに呼べ。可能な限り――)


(……? もしもーし。……だめか。心の声にも圏外ってあるんだな)



 聞こえなくなった声に、サクは若干の不満の声を漏らす。結構すごい存在なのであればそういった点も頑張ってほしいと思えた。

 車窓の向こうには照らされた石造りの道しか見えない。揺れるバスは、ロメルの発着場へ向けて静かになり始めた街の中へと入っていった。

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