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異世界の記憶:冴えない愛・輝く愛  作者: 田舎乃 爺
第二章 そうだ首都、行こう
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20 サク一家

 朝日が昇り、街に活気が戻り始めていた頃。アルーセルの郊外に騎士団の車両群の姿があった。停車しているその近くには折り畳み式のテーブルが設営され、上には地図を広げられている。テーブルを囲むようにして集まった団員が揃っていることを確認したゲイリーは、重々しい口を開いた。



「――皆、準備は?」


「「「「「完了です」」」」」


「よろしい。では、確認することとしよう」



 広げられた地図にはグリール王国が統治するプレート大陸の全容が描かれている。その表面には数カ所にバツ印が記載されていた。



「昨日あれだけの大事があり、皆疲労がたまっているのは承知だが休んではいられない。知っての通り、今朝、友好国である『スモーク』からの緊急連絡が入った。王城におけるパーティの最中に、王女の妹君が誘拐されたとのことだ。犯行に及んだとされる組織の名は『レカー団』。昨今において人身売買に手を染めた悪党どもの集まりだ」


「このバツ印が、奴らの拠点である可能性があるんですね」


「その通りだ。世界各地に点在するとされる奴らの拠点の割り出しが既に済んでおり、一斉確保直前であったことが不幸中の幸いだった。既に各地の騎士団は悟られぬよう行動を開始し、各国の勢力も動き出した。明日正午、踏み込む算段となっている。我々は昨夜の会議で決定した遊撃部隊との合流後、ここからしばらく北上した山間部にあるとされる拠点を叩くこととなった」


「妹君の身の安全を考慮するならば、作戦実行を早めた方がいいのでは?」


「これだけの大物となれば、奴らから冷遇されることはないはず。奴らは確保した商品を闇市場に流すまでは決して傷つけないことも分かっている。その闇市場の情報はスモークの精鋭部隊が制圧、制御下においたことで判明したことなので、信憑性は高い」


「取引先を先に奪取し、いつも通りに営業していると見せかけ、もし妹君がそちらに渡っても確保可能。といった二段構えの構図ですか」


「妹君の安全を最大限に考慮しての結果だ。秘匿性が高い案件のため、急遽ここで打ち合わせを行うことなったが、全容は把握してくれたかな?」


「「「「「問題ありません」」」」」


「よろしい。アイリス少佐が不在ということもあり、心もとないかもしれないが、皆全力を尽くしてほしい。以上だ。目標地点への移動を再開しよう」


「「「「「了解です」」」」」



 ゲイリーの指示に団員たちは従い、各々の車両へと戻っていく。地図とテーブルを収納方陣へとしまい込んだゲイリーも、自らが乗車する車両へと急いだ。

 車両のドアへと手をかけたゲイリーは、ふと視界に入り込んだアルーセルに目がいってしまう。そこには今回の件を知らされぬままサクたちと首都へと旅立つアイリスがいる。本人がこの緊急案件を知れば、休暇など後回しにして解決に尽力する未来が見えた故に、ゲイリーは知らせることなく彼女の下から去ったのだ。

 後々、何故自分を呼び戻さなかったのかと憤慨するアイリスの姿がゲイリーは容易に想像できていた。しかしながら、彼女の旅を、彼女の恋路を応援したいゲイリーは叱咤されることへの覚悟は疾うに出来ていたのだった。



「……お嬢様、良い旅を」



 届かぬと分かっていても、ゲイリーは愛する孫娘のような存在であるアイリスに向け、そう告げる。別れの挨拶を終えたゲイリーは車両へと乗り込み、目標地点へと向かっていくのだった。 







     ◆









「これからの行動の確認をするわ。いい?」


「「「は~い」」」



 朝食を終え、部屋に戻った後の荷物整理の終盤でアイリスがサクたちに呼びかけた。それにサクたちは手を上げて応える。皆の前に立つアイリスはとても楽しそうに見えた。

 騎士団の服ではなく、どちらかというとサクのいた世界にありそうな可愛らしい服を着ている。素性を隠すためか、伊達眼鏡をかけ、髪を後頭部に綺麗に一つにまとめていた。今までとは少し違う雰囲気だが、素直に可愛いといえる感じは変わらなかった。

 ちなみにサク自身のファッションセンスは皆無に近い。某ファッションセンターや二十日と三十日に5%オフになるところでマネキンが着ているものを適当に購入しており、よく数少ない友人たちから似合っていないとからかわれたりしていた。

 アイリスを頭からつま先まで観察しながらにやけるサクに、アイリスが問いかけてきた。



「何よ、これから話すって時に。私の格好が気に入らないの?」


「いや、いつもと違うけど、相変わらず可愛いなーって考えてた」


「……ありがと。っていいのよ今はそういことは! 調子狂うわね……!」



 少し頬を染めてもじもじしたが、すぐに我に返ったアイリスは紛らわすようにサクを指さしながら叫ぶ。この一連の動作を意識せずにやる純粋な心に、サクは改めて惚れ惚れしていた。

 狂った調子を整えるように、アイリスは咳ばらいをした。そして、ゆっくりと今後の予定について話し始める。



「今日はこの街であんたたちの衣服や身の回りの物を買い揃えた後、夕方のバスに乗ってロメルまで行くわ。寝床はこの前と同じホテルを使うことになりそうね」


「はい! 質問!」


「何かしらハク?」



 元気に手を上げたハクをアイリスが指さした。さながら好奇心旺盛な生徒と先生のような感じだ。体の大きさは正反対と言えるが。



「私収納方陣持ってない!」


「サクのに入れてもらいなさい。どうせ全然物は入ってないんだろうから」


「分かった!」


「は~い、それじゃあ私も質問です~」


「何? カーラ」


「お金はどうするんですか~? 私持ってませんよ~」


「私が出すわ。最悪の場合でも預金を下ろすから大丈夫。私こうみえても結構持ってるのよ」


「……その点に関してはマジで助かる、アイリス。いつか俺の賠償金の分返すよ」


「いいのよ。というか、あんたが9万2000ゼントも持っていたのが私には予想外だったわ。もう一回聞くけど、どうやって手に入れたの?」


「その件に関しては……」



 流石にこれ以上の言い逃れは出来ないと諦めたサクは、大金を手に入れた経緯を手短にアイリスに説明した。ブレームの名を聞き、そしてあの禁断の本のその後を聞いたアイリスはため息をついた。



「あのお人よし商人……。感謝しときなさいよ、サク。たぶんあんたのこと気遣って交換してくれたんだから」


「ああ。今度会ったらまた礼を言っとくわ」



 そういってサクは脳内に思い浮かべたブレームに感謝の意を表した。褐色の気前のいい笑顔が頭の中に浮かぶ。巨乳好きに悪い人はいないのだ。

 アイリスが知っているということは、かなり広範囲で活動しているのだろう。確かに、あれほどの大金をポンッと出してくれたことからも、かなり儲かっているのが予想できる。

 ここにやってきてからの第2村人ならぬ第2異世界人のことをサクが考えていると、アイリスが自分の胸に視線を落としていることに気が付いた。

 その様子から、サクはすぐに察することができた。慰めるようにアイリスに話しかける。



「俺は確かに巨乳好きだが、貧乳が嫌いってわけじゃないぞ。むしろアイリスぐらいなら好きなぐらいだ」


「……」



 恨めしそうな目で睨み付けてくるアイリスに、サクは静かに頭を下げる。手は出してこないものの、浮かべる微笑と無言の圧力は中々に強かった。



「……まあ、もういいわ。時間の無駄だし。それじゃ、あんたたちの見た目もちょっと手を加えようかしらね」


「はえ? 俺たちも?」


「ええ。必要ないかもしれないけど、一応よ。一応」


「一応ねぇ……」



 そんなこんなで街へと繰り出すことが決まったが、そのまま出かけるとなると目立ちすぎるとアイリスの指摘を受けてそれぞれが思い思いに容姿を変えてみようと試みた。

 とりあえずサクはぼさぼさの前髪をオールバックでまとめてみたが、ただでさえぱっとしない人相がさらに悪化するといわれて却下された。割と気に入っていたがために少し落ち込むサク。

 すぐ横で、カーラは手早く髪の毛をアイリスと同じようにまとめ上げた。交互に見てみると、姉妹か母子に見えなくもない。最後はハク。アイリスとカーラと同じように髪をまとめるかと思ったが、予想外なことを言ってきた。



「私、たぶん小さくなれるよ」


「え? マジで?」


「うん! ちょっと離れてて!」



 サクたちは言われた通り、ハクから少し距離を置く。自らの脳内に変身後の姿を思い浮かべているのか、ハクはその場で何度も首をかしげていた。

 その美しい見た目からの可愛い仕草のギャップでサクは思わず見惚れてしまう。僅かな動作でも微細ながら揺れる胸部も中々。こんな存在と昨晩お楽しみをしたことを思い出し、大きくなってきたムスコを隠すために内股になると、すぐ隣にいたアイリスがぼそっとつぶやく。



「やっぱり大きい方が好きなんじゃないの……」


「ん? 何か言ったか、アイリス」


「何でもないわ」


「よし、イメージできた! いくよ!」



 不満げに唇を尖らせるアイリスを不思議に思っているサクの目の前が光り輝いた。まばゆいそれに目がくらむ。光が収まっていくと、そこには以前の可愛らしい幼い少女へと姿を変えたハクがいた。

 変化した自分の体を確認するハク。小さなその手で柔らかそうな頬をむにむにとつねるその様子はとても可愛らしい。愛らしすぎる姿を目にしたサクの大きくなっていたムスコは徐々に小さくなっていく。しかしながら、サクは別の意味で興奮していた。

 素直に抱きしめたい。なでなでして笑顔にしてあげたい。恋人というよりも、父親のような感じで高揚する気持ちを抑え込みつつ、サクは変化したハクに提案した。



「本当に変われるんだな。よし、それじゃあ俺たちの呼び方も変えてみよう」


「呼び方を?」


「ああ。小さい子が俺たちのことを呼び捨てにするのも少し違和感があると思うからな。好きなように呼んでいいぞ」


「分かった! それじゃー……」



 ハクは提案を受け入れると、首をかしげながらサクたちをくりっとした大きな瞳で見つめる。真剣に考えているその姿はとても愛らしく感じられた。 

 前と同じように、養いたい、育ててあげたいという願望がサクの中で渦巻く。やがてハクは、その思いを汲み取ったかのような呼び名を口にしながらサクに近づいていった。



「パパ~」



 やられましたわ。これは完全にドストライク。無邪気な笑顔で両手を広げて来るとかもう反則だ。俺はパパなのだ。そう、ハクのパパなのだ。

 そんなことを考えながら、近づいてきたハクをサクは満面の笑みで抱き上げた。予想していたよりも軽く、柔らかくて温かなその小さな存在に、サクの顔は緩みきっていた。



「どうしたハク~、パパに出来ることがあったら何でも言ってくれ~」


「ずっとパパと一緒にいたい!」


「もちろんだ! 俺もずっと一緒にいたいぞ!」


「えへへ~、パパ~」



 娘にでれでれな父のようなサクを左右からアイリスとカーラが見守っていた。何故か、対抗心が芽生えることはない。それどころか自分たちも無邪気で可愛らしいハクを抱き上げてみたいとも2人は考えていた。

 しばらく家族愛に溢れる触れ合いを続けた後、ハクは抱き上げられたままの状態で隣にいたカーラを見た。微笑みを絶やさないフワフワとしたカーラに、ハクはサクと同じような笑みを浮かべながら呼びかける。



「カーラお姉ちゃん!」


「はい~。私はハクのお姉ちゃんですよ~」



 嬉しそうに返答したカーラは、綺麗なその手でハクの頭を優しく撫でた。温かなそれをくすぐったく感じながら、ハクは楽しそうに笑っていた。

 残されたアイリスは次に呼ばれるであろう自分の呼び名を予想していた。恐らく、カーラが姉だということは自分もその位置に存在すると考えるのが妥当。ともなればサクの娘としてこれからの街で立ち振る舞うことになるだろう。

 そうした予想を立て、恋人としてではない関係に若干の不満を持ったアイリスは少し残念に思った。だが、目立たないようにするとなれば仕方ないと割り切る。

 自らの考えをまとめたアイリスに対し、ハクが顔を向けた。邪念が一切感じられない笑顔。それを優しげな笑みで迎えたアイリスにハクは口を開いた。



「ママ!」


「ま、ママぁ!?」


「うん! ママ!」


「ちょ、ちょっと待って! ななな、何で私がママなの!? 見た目的にもカーラの方がそれっぽいでしょ!?」


「ママはママだよ!」


「そうですね~。アイリスの方がママとして適役だと私も思います~」


「あ、あー……そう。私がママ。私はママ。じゃあハクは私とサクの……」



 見る見るうちに顔が赤くなっていくアイリス。目の前でサクがハクを抱き上げているその姿が、未来であるかもしれない可能性を脳内に浮かび上がらせてしまったからだ。

 こんな感じになるのだろうかと考え、恥ずかしくなりながらも喜んでいる自分にアイリスは気づいた。そんなアイリスに対してサクはヘタレスキルを押し殺し、左手でハクを支えながら右手を差し出してきた。



「よろしく。ママ」


「う、うん」



 差し出されたその手をアイリスは握った。その2人の様子を満足そうにハクは見守り、すぐ近くではカーラがにやにやしながら見ていた。

 緊張で上がっているお互いの体温が手を通して伝わってくる。正直に言って、ノリでやったはいいが、サクの心臓ははち切れそうだった。アイリスも同じようで、その頭からは湯気が出始めている。

 どんな言葉をかけていいか分からずに、沈黙が流れる。気まずいというよりも、嬉しいといったことがこの沈黙からは感じられた。しかしながら、ずっとこの状態を続ければサクも心臓と精神がもたないと理解していた。ヘタレにとってこの状況は嬉しくもつらいものだ。

 アイリスに話しかけようとするサク。だが、それよりも若干早く限界がやってきたアイリスが目をぐるぐると回しながら手を放した。



「も、もう行きましょ! ほら、ちゃっちゃと準備、準備!!」



 そういいながら気を紛らわせるように、アイリスは凄まじい勢いで荷物の整理を始めた。その姿にサクは安堵したながらも、自らの荷物整理に取り掛かるためにサクを下ろそうとした。



「パパ」


「おう、どうし――」



 呼びかけに応えてアイリスの方からハクへと顔を向けたサクの唇に、柔らかい物が触れた。いつぞやの夜の公園での感触と同じものだ。

 ゆっくりと顔を離したハクは、これまで以上の笑みを浮かべていた。



「大好きだよ、パパ!」


「……可愛すぎんだろーがあああぁぁぁぁ!」


「きゃ~!」



 ハクを強く抱きしめたまま、サクはその場でぐるぐると回転する。その遠心力を感じながら、楽しそうな悲鳴をハクは上げていた。家族的な幸せを心の底から味わいながら、サクは小さな恋人の温かさを堪能するのだった。

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