18-2 戦いを終えて②
咆哮を轟かせる『何か』の姿が、投影機からスクリーンに映し出される。そのまま流れ続ける映像はサクとテンガを迎撃する『何か』を中心に捉えており、何としてでも記録を残そうという撮影者の意地が垣間見えた。
記憶に新しい『何か』との戦闘の光景が映像を見た2人の脳内に鮮明に蘇った。自分たちが有する魔法や戦術をものともせずに向かって来た『何か』に対して抱くのは、純粋な恐怖だった。その表情を暗くさせていく2人に対し、バルトは短く咳払いした後、語り始める。
「トイズさん救出に加わる前のテンガ君、そして新たな守護騎士の介抱に携わる前のアイリスから情報を提供してもらったが、残念なことにそれらの情報と観測手が防壁上から撮影した映像以外、有力な情報は一切ない。今届けられた調査結果をまとめた資料にも書かれているが、グリール創建後のこれまでで邪悪な存在からこの『何か』が発生したという記録はなかった。これに目を通してほしい」
そういってバルトは予め2人の分も用意されていた資料を各々に手渡した。数枚で構成された資料には、バルトの言う通り過去に『何か』が現れたことがないという事実が書き記されていた。
「現在、王政府とも協力して他国にも情報提供を呼び掛けているが、好ましい返答は帰ってこないと推測される。何かしらの伝承に記されていないかと調査が進行中だが、そちらも期待はできないと考えられる。首都国営大学に在籍する有力な考古学教授たちがお手上げ状態な時点で、大体は察しがつくからな」
「今回の出現が初めて、ということでいいのですね」
「そうなる。こんなにも凶悪な存在が現れれば、必ず後世に語り継ぐための何かが残る。それが微塵にも存在しない今、そうとしか考えられない」
テンガの問いに答えたバルトは、困り果てた表情でため息をついた。こうも思い通りにいかないことが連続するのは久しぶりで、尚且つその問題の中心にあるのが人々の脅威となる存在だということがバルトを悩ませていた。
映像は戦闘を繰り広げる『何か』を映している。体表の鱗を剥がれ飛ばし、武器に変形させて戦うさまを見たバルトは、顎に手をやりながら続けた。
「判明しているのは、この『何か』は誰にでも可視化できるようになった邪悪な存在から発生しとこと。現行の最上級魔法を物ともしない特異性質を持つ真っ黒な本体と、頑強なだけではなく様々な物へと変容する灰褐色の鱗状の外装を有していること。それらを駆使した圧倒的な戦闘能力。目についた者全てに襲い掛かる凶暴性。厄介極まりないこと要素勢ぞろいといったところだが、最も恐ろしいのは――」
「――単騎でこの『何か』を制圧できるのが、現状では守護騎士の相棒である竜しかいない。ということね」
「その通りだ、アイリス。我々騎士団の総力を挙げれば打倒することは可能だと推論が出たが、被害も甚大なものとなると予想が出た。グリールだけでなく、他の国全てが今日からこの『何か』が発生する危機に怯えることとなったわけだ。記念すべき、最悪の厄日となったわけだ」
「……なんともいえないわね」
バルトと言葉を交えたアイリスの表情はさらに暗いものとなっていく。致命傷をくらった経験があるため、『何か』の脅威は身に染みて理解しているからこそ、アイリスは安易に楽観的な言葉を出せずにいた。
『何か』に対する恐怖がここにきて心を満たしつつあるアイリスは、資料の最後の一枚に目を通したところで固まってしまう。反対側からアイリスが硬直するのを見たテンガは、急いで自らも最後の一枚へと読み進めて行く。そしてたどり着いたそこに記されていたことについて、テンガはすぐさまバルトに問いかけた。
「団長、これは……」
「ああ、それか。君たちの前に『何か』が現れた直後、足踏みをしながら口にした内容の”解読結果”だ。予測の範囲内のものだが、早期の段階で解明できた。できたのだが……、問題は、その内容だ」
「『レワラ。ガラジョウ。リイジュウ。ジイカッセ。デオズダック。レワラ。アラガミ』」
『何か』が口にした内容の原文をテンガが声に出して読んだ。それに続くように、固まっていたアイリスが解読文を口にした。
「『我らは。力の象徴。蹂躙せよ。灰燼に帰せ。全てを打ち砕く。我らは――、≪アラガミ≫』」
その後、アイリスは重々しく口を閉ざした。再び固まってしまった彼女に代わり、バルトが語り始める。
「≪アラガミ≫。それこそが、『何か』の名称なのだと思われる。そして問題なのは、≪アラガミ≫は『我ら』と言い放ったことだ。その発言と行動から判断するに、≪アラガミ≫は複数存在し、本来は集団行動をとる存在だと推論が出ている」
「一個体であれほど強力な存在が、列をなして向かってくる……。考えたくもないですね」
「それが現実にならないことを祈るばかりだ。そうなった場合、竜でも対抗するのは難しいだろう。無論、世界全体は総崩れ状態になるだろうな」
嘆息を漏らしたバルトは顎にやっていた手を頭にやり、その金短髪を掻く。その最中で映像に流れたのは≪アラガミ≫が粉塵爆破を発生させて瓦礫のピラミッドから抜け出した場面だった。
降り注ぐ瓦礫から逃れるために観測手は慌てて安全な場所を求めて駆けだしたようで、映像は派手に乱れた。進行先を映したり、はたまた背後を映したり、見ていて少し酔ってしまいそうになるほどだ。緊迫した状況化が映像で流れる中、バルトは掻くのを止めて話を再開する。
「悲観的な事柄ばかりだが、希望も見いだせた。≪アラガミ≫は邪悪な存在から発生するが、邪悪な存在が複数同時に発生でもしなければ群を為すという状況は生まれないということだ。過去に邪悪な存在が同時期に大量発生したいう事象はないと分かっている。これからどうなるかは分からないが、判断材料としては心の救いになるものだな」
「そう祈るばかりです。団長、ちなみにですが各国へ自国内の邪悪な存在の捜索を要請してはいかがでしょうか」
「良い意見だテンガ君。だが、もうそれは実施済みだ。安心してほしい」
「そうでしたか。根回しがはや――」
「――え!?」
「ん? どうしたんだ少佐」
「何か気になる物でもあったかアイリ――」
「と、止めて! 映像止めて!」
「わ、分かった。慌てるなアイリス」
暗い表情のまま映像を横目で見ていたアイリスが急に声を荒げた。慌てる彼女の進言に従い、バルトは待機していた団員に映像を止めさせる。
「映像を戻せない?」
「可能です」
「じゃあ、ゆっくり戻して。私が『そこ』って言ったら止めることもできるかしら」
「可能です。少々お待ちください」
アイリスの要望通りに、映像がスローで巻き戻され始めた。逃げ惑う観測手の映像は激しくブレおり、めぼしいものが映されているとは思えない。そんな映像をアイリスは食い入るような目で見ていた。
娘であり優秀な部下であるアイリスのその様子を見て、ただならぬものを感じたバルトも映像を静かに見守り、テンガと団員もその時を待った。進行先と思われる方向が一瞬映った後、画面いっぱいに防壁上部と思われるものが映る。そして映像が観測手の背後と思われる方向を映した時だった。
「――止めて!」
「了解です」
団員の操作で、映像は停止された。そこに映されたものを見て、テンガとバルトが目を凝らしながら静かに驚きの声を上げた。
「……『イヤサ』国王?」
「そんな、馬鹿な」
ブレた映像の中心近くにあったのは、黒い礼服に身を包む緑髪の男性の姿。この場にいる全員が驚きを隠せずにいた。見慣れたその姿は、間違いなくグリール王国現国王、『イヤサ』だったからだ。
品行方正。才色兼備。誰をも愛し、誰からも愛される歴代最高の支持を受けている国王。そんな彼が、危険の真っただ中である現場にいることなど、ましてや映像に映りこむ可能性など全く考えられなかった。根拠となる事実を持っていたバルトは驚愕の表情のまま口を開く。
「私はアカベェへ赴くことを国王に進言してからここへ来た。城外への外出の用は今日はないのは確認済み。間違いない」
「じゃあ、何でここにイヤサ国王が映ってるのよ、お父様。生霊がここに現れたとでも言うの?」
「それは――」
「団長、失礼します。気になる情報が……」
「どうした」
「これを」
動揺広がる会議室内に入ってきたのは調査班の男性団員。少々息が上がり気味な団員は、一枚の資料をバルトへ手渡して説明を始めた。
「アカベェに邪悪な存在に感化された状態で侵入した例の脱走した殺人犯について調べていたのですが、殺人犯が拘束されていた留置所に在中する団員全員がイヤサ国王を見たと証言しています」
「イヤサ国王が……!?」
「その姿と言葉遣いと雰囲気。そして礼服に、襟の部分に着けられていたバッチを団員全員が目視で確認しています。国王に会った直後、皆意識を失ったとのことです」
「信じられん……。裏取りはどうなっている」
「それが……」
「なんだ、どうしたと言うんだ」
バルトの問いに団員は言葉が詰まってしまう。報告している彼自信が非常に困惑しているといった様子だった。そんな彼の視線の先にあるのは資料の最後の部分。そこへと目を通したバルトも、彼同様の困惑した表情を浮かべるのだった。
「……王は早朝から城内執務室におり、外出しておらず。転移魔術師の出入りもなし、か」
「アルーセルには当該時刻にはいなかったと言わざるを得ない証拠です。ですが、下の欄の通りの証言を意識を取り戻した殺人犯から得ました。写真を参照に使用したので、間違いはありません」
「迷うことなく、『こいつが逃がしてくれた』と証言したのか」
「はい。正直に言いまして、もう何がどうなっているのやら……」
「無理もない。ちなみにだが、君たち調査班はこの映像に映るイヤサ国王には気づいたか?」
「映像、ですか? 一体何処の……――」
バルトに促された団員は言葉を失ってしまう。しばらくの間開いた口が塞がらないといった状態が続き、そこから我に返った団員は顔を引きつらせながらバルトに答えていく。
「――そんなまさか。アカベェで戦闘が繰り広げられている間、イヤサ国王は執務室内に警護のための団員を執務室に入れていました。つい先ほどにも裏取りのために私自身が執務室に赴き、警護の団員から話を聞き、この目でイヤサ国王を目にしてきたばかりです」
「……そうか。報告ご苦労。この後も慎重に調査を進めてくれ」
「りょ、了解しました。失礼します」
心ここにあらずな団員は言葉を若干詰まらせてしまいながらも会議室を後にした。その後静まり返った会議室内で、今日何度目か分からないため息をバルトは盛大に吐き出すのだった。
テンガであっても、アイリスであっても、同じ立場であればそうなってしまう自信があった。いないはずの者が脱走を援助しただけでなく、それによって引き起こされた戦闘を傍観していた。そのいないはずの者が、よりにもよって現国王であるという事実は、到底信じられないものであった。
一体何故、ここにいるのか。一体何故、こんなことをしたのか。誰もが混乱する会議室は無言が続き、凄まじい居心地の悪さで満たされる。微かに聞こえてくる瓦礫を移動させる作業音が、時間が無為に過ぎ去っていくのを全員に実感させていた。
埒が明かないが、このままこうし続けるわけにもいかない。今一度ため息を吐いたバルトは、表情を真剣なものへと切り替え、やってきてくれたテンガとアイリスに告げ始めた。
「今回の件の当事者である君たちへの現状報告と今後について指示だけで済ませようとしたが、まさかこんなことになるとはな。だが、このままここにいてもらうわけにもいかない。以降の動向についての指示を出す。まずはテンガ君だ」
「はい」
「この後、テンガ君は瓦礫の整理に従事してほしい。終わり次第、首都の騎士団本部に来てくれ。療養に入るトイズさんの代理で、君が今回の騒動解決の宣言と帝国解体条約に調印してもらうことになる。いいかな?」
「問題ありません」
「よろしい。では早速瓦礫整理に向かってくれ。ちなみにだが、つい先ほどのイヤサ国王の件は内密にしてくれ。これは、簡単にはすまない案件だからね」
「承知しました。それでは、失礼いたします」
重苦しい空気が少しずつ変わり始めたところでテンガは席を立ち、バルトとアイリスに一礼した後、会議室を出ていった。去り際のテンガの背を目で見送ったアイリスは、ゆっくりと席から立ち上がる。
「それで、私はどうすればいいの、お父様」
「アイリスは新たな守護騎士の身辺警護を頼む。彼と彼の相棒である竜こそが、≪アラガミ≫を倒せるだけの力を持っているからな。彼の動向に合わせ、柔軟に対応してくれ」
「分かった」
「それとだが、先ほどの映像からの発見、見事だった。証拠物の1つとして有用に機能するだろう。イヤサ国王の件については、他には内密に頼むぞ」
「ええ。それじゃあ、私も行くわね」
頷いたアイリスは警護対象であるサクの下へ向かうために会議室を後にしようとする。その様子からは沈み込んだ感じが消え、どことなく喜んでいるようにも感じられた。公私を分けるのが上手いことを父として知り得ていたが、それ以上の何かをその姿から感じ取ったバルトは、思わずアイリスを引き留めてしまう。
「アイリス」
「ん? どうしたのお父様。まだ何かあったの」
「その、あれだ。呪術の件は大丈夫なのか。アージュはもう大丈夫だとは言っていたが、気になってな」
咄嗟に思い付いたことをバルトは問いかけた。その様は騎士団団長ではなく、娘を気遣う優しい父親のそれだった。そんなバルトに、気遣い無用といったような微笑みをアイリスは向けるのだった。
「大丈夫。問題ないわ。いざとなったら、サクがいるしね」
「サク? ああ、現守護騎士のことか。確か、アイリスを助けたのも彼だったか……って、まさか。その、まさかなのか、アイリス」
アイリスが向ける微笑みが、いつもとは違う何かを秘めているのを察したバルトは、驚きの表情で恐る恐る問いかける。その目は心なしか潤んでいるようにも見えた。
「まあ、そういうことよ。彼なら、いや、彼だからこそ、私はそばにいたいと考えてるわ」
「おお……! そうか……! ついに、ついにお前にもそういう相手が……!」
「ちょ、ちょっと。大げさよお父様。いい大人が泣かないでよ」
待ちわびていた時がやってきた喜びがバルトの涙腺を刺激し、ほろりと涙を流させた。団員の目がある中で泣き出してしまう父にアイリスはたじろいでしまう。
「訓練学校時代、そして現役の男性団員対象の嫁にしたくない女性アンケート1位。誰も寄り付かなかったお前に遂に……!」
「お父様?」
「アイリスの当たりがきつ過ぎると何度団員から相談を受けたことか……」
「お父様」
「表面100点、内面0点。冗談は胸だけにしろと陰口を叩かれていたお前が……。ああ、なんと喜ばしいことか……!」
「お・と・う・さ・ま」
「だ、団長。心の声が漏れています。気を確かに持ってください。アイリス少佐が暗黒微笑を浮かべております」
「は、はあぁっ!? す、すまないアイリス。嬉しすぎて我を失ってしまった」
「まあ、別に見慣れてるからいいけど……。今後は無いようにしてね。それじゃ」
父親の背筋が凍り付くほどの覚めた微笑を浮かべていたアイリスはそう言い残し、足早に会議室から去って行く。”また”やってしまったと落胆するバルトを慰めるように、団員が何とも言えない複雑な表情で肩に手を置くのだった。
落胆しても、嬉しいことには変わりなく、バルトはすぐに立ち直った。父親としては今後どう立ち回るのが正しいかと胸を弾ませるバルトだったが、その目に停止されたままだった映像が入り込んだことで意気消沈していった。
天国から一転して地獄へ逆戻り。先行き不透明な現状は娘に相手ができた喜びを超えるストレスをバルトに与えていた。今でも信じ難い映像が映るスクリーンを見据えたまま、心労を吐露するかのようにバルトはつぶやくのだった。
「――なにが、どうなっているのやら」




