18-1 戦いを終えて①
「……――」
暗闇の中で、もうすぐやってくるその時を待ち続ける。上部から聞こえていた作業音は間近まで迫っていた。
事の顛末を見届けることができず、尚且つ些細な手助けしかできなかったことの後悔がため息に乗って口から吐き出される。結界で防護された密閉空間で木霊したそれをかき消すように、作業音と数人分の声が耳に入り込んできた。
「その瓦礫は錬成合金です。あの赤い旗のところへ運んでください」
「分かりました」
「足場が悪いので気を付けてください。無理だと思ったらすぐに人を呼んでくださいね」
「いよいしょ」
「ほっこらしょ」
「どっこいしょ」
「よっこらせ。これ、お願いします。通常の石材です」
「了解です」
「だいぶ撤去しましたね。テンガ様」
「ああ。後もう少しといったところだろうな」
声の中には5人分の聞き慣れたものが混ざっていた。配下であり、大切な存在である彼らに気苦労をかけることになった不甲斐なさで、再びため息をついてしまう。そんな感じに落胆する”彼”に、瓦礫越しにテンガが問いかけた。
「聞こえていますか、”父上”。可能であれば返事をお願いします」
「――聞こえているぞ、テンガ。迷惑をかけて本当に申し訳ない」
「気になさらないでください。今瓦礫を撤去していますので、もうしばらくお待ちください」
「分かった。頼む」
埃まみれの顔の”トイズ”は、向けられた息子の優しさを甘んじて受けた。声が届くほどに撤去された今、その気になれば魔法を駆使して地上へせり上がることもできた。だが、彼らの手で救い出され、多くの目にさらされることが自らに課せられた罰だと判断したからだ。
最後に覚えているのは出張で『カーボン城』を訪れた時のこと。それ以降から大広間で白銀の竜と灰褐色の怪物がにらみ合っている場面までの記憶が微塵にも存在していない。この大規模な記憶の欠落が意味することをトイズははっきりと理解していた。グリールの重役にある自らが邪悪な存在に感化された。不意を突かれたとはいえ、何度も見てきた悪に体を乗っ取られたという事実はトイズから自信を喪失させてしまっていたのだった。
南西部を任された領主の面目丸つぶれ。グリール王国を支えたクロムウェル家で初めて邪悪な存在に感化された者として、未来永劫末代まで語られることになるだろう。これが恥と言わずに何と言い表せばいいのか。
吐き出された3度目のため息には、積もり積もった思いが込められていた。そんなトイズの顔を差し込んできた陽の光が照らしあげる。
「む……」
陽の光が入り込んでくる範囲は徐々に拡大していき、やがては全身を照らした。眩いそれに目がくらみながらもトイズが結界を解除すると、光の向こうから手が差し伸べられた。
「父上、手を」
「ああ」
差し出されたテンガの手を取り、トイズは瓦礫の暗闇から快晴の空の下へと這い出した。陰鬱な表情の彼だが、出迎えてくれた者たちの声と姿で変化が生じていく。
「ご無事で何よりです、トイズ様!」
「お怪我はないのですね! 流石です!]
「良かった。本当に良かったです!」
「帰還をお待ちしておりました!」
「お前たち……」
瓦礫の撤去作業に従事していた騎士団の面々が次々に喜びの声を上げてくれたのだ。無事を確認して感極まってしまう者もいれば、笑顔で拍手を送る者もいた。
彼らはトイズの指揮下の騎士団員たち。感化されたトイズを見放すことなく付き従い、帝国が滅亡する今日まで行動を共にしていたのだ。何故彼らがトイズを見放さなかった理由は、本来の彼は人望の厚い存在だと知っていたことに他ならない。それを象徴するような光景が、瓦礫の山周辺に出来上がっていた。
「あ、トイズさん見えたよパパー!」
「本当だ! トイズ様ー! ご無事ですかー!」
「傷薬とか、食べ物も持ってきてますよー!」
「怪我はしてないんですかー!? 大丈夫なんですかー!?」
「お、押すな押すな!」
「私も見たい~!」
「皆々様、危険ですから下がってください! 面会の時間は設けますので、お待ちください!」
派手な騒ぎに驚いたアルーセルの人々が、トイズを案じて集まってきていた。かなりの人数に通行止めを任された団員は、手間取りながらも必死に呼びかけを続けている。
「――っはは」
こんな自らを心配してくれる人々の姿を目にして、思わずトイズは小さく笑ってしまう。そんなトイズにテンガは優しく微笑みかけた。
「大丈夫です、父上。感化されていた間も、人々に対する姿勢に変化はありませんでした。逆に多くの人々に、騎士団に拘束され、酷い仕打ちを受けないかと心配されていましたよ」
「……そうか。ありがたいものだな」
「これが、父上の日頃の行いの賜物です。気落ちする必要などありません。皆のためにも、どうか笑顔を見せてください」
「そうするとしよう。テンガも手を振れ。親子2人の方がより効果的だろうしな」
「はい」
やってきてくれた人々に無事を伝えるべく、トイズは笑みを浮かべながら手を振る。その横で同様にテンガも手を振り、領主親子の姿を確認した人々は安堵の歓声を上げるのだった。
沈み切っていた表情と心には明るさが戻っていた。そうでもなければ、期待を寄せてくれる存在たちに示しがつかない。上に立つ者としての責務を果たすため、トイズは自らが強くあることを決意し、手を振り続けていた。
「失礼します、トイズ様」
「うむ? 君は、衛生管理班の者かな?」
「はい。急で申し訳ありません。念のための身体検査を行いたいのですが、よろしいでしょうか」
その最中にトイズに話しかけてきたのは騎士団衛生管理班に所属する団員。彼が手で指し示す方には、瓦礫の山と防壁の間に設けられた救護用テントがあった。感化された状態から戻った自身への気遣いを受け入れたトイズは、名残惜しく思いながら手を振るのを止め、物腰柔らかな様子で返答した。
「分かった。テンガは、これからどうするんだ」
「私は――」
「トイズさん! ご無事で何よりです!」
以降の動向をテンガが語ろうとしたが、向かって来た声に遮られてしまう。その声の主は、グリール王国騎士団の制服を身に纏う快活な金短髪の男性。非常に喜んだ様子で近づいてきた男性は、その大きな手でトイズの埃に塗れた手を握りしめた。
こんな場所にいるはずではない男性にトイズは非常に驚きながらも、されるがままに握手を交わす。無事の喜びをその手と雰囲気で伝えてくる男性に、トイズは問いかけた。
「『バルト』”騎士団長”? 何故このような所に?」
「アカベェ崩壊を伝聞で聞き、ただ事ではないと判断して騎士団本部より駆け付けました。お元気そうで何よりです。安心しました」
トイズよりも若いこの男性こそが、グリール王国騎士団団長を務める『バルト』だった。本来なら首都の騎士団本部に座して指揮を執る彼がここにいるということは、異例中の異例な出来事。それ故、トイズは驚きを隠せなかったのである。
再会できたことを喜ぶバルトだが、「早く行かせてもらえないでしょうか」といった衛生班の団員の視線に気づいた。申し訳ないと目くばせしたバルトは気持ちを落ち着かせるために小さく咳ばらいをして握手をやめると、しっかりと口調でトイズへ告げ始める。
「今回は災難でしたね、トイズさん。後は我々に任せ、しばしの休養に入ってください。英気を養った後、万全な体制で南西部領主として戻ってくることをお待ちしております」
「私は、その座に戻ってきていいのですね」
「もちろんです。今日までの南西部の発展はあなたの手腕によるもの。これからもぜひ頑張ってもらいたいのです」
「……ありがとうございます。団長。では、そのための準備に行ってまいります。その時が来るまで、南西部のこと、よろしくお願いしますね」
「はい。トイズさんの顔に泥を塗ることがないよう、尽力します」
そう言葉を交わしたトイズとバルト。2人が終始笑顔であった様子を見て、多くの者が今回の騒動が集結したことを改めて実感するのだった。
その後、衛生班の団員に連れられてトイズは救護用テントへと向かっていく。仕方がないとはいえ話が途切れてしまったことを残念に思うテンガ。それでも、まだ伝えていない大事なことを遠ざかっていく背に向けて言い放った。
「父上! あの怪物の足を止めていただき、ありがとうございました! 見事な精度の拘束魔法バインドでしたよ!」
テンガの礼を耳にしたトイズは気恥ずかしくて振り返れず、テントへ向かいながら手を上げることで返答を行う。自惚れることなく静かに去って行くその背中をテンガと彼の配下の団員たちはテントの中へと消えていくまで目を逸らすことなく見届けるのだった。
あの『何か』を倒すために稼ぐことになった一分間の中盤。サクが瓦礫の連続投擲を行ったとき、瓦礫の下で息をひそめるトイズの拘束魔法バインドが『何か』の足を捕らえたのをテンガは見逃さなかった。見えていなのにも関わらず、感覚を頼りに繰り出されたであろうそれを見て、あの時テンガは感嘆の意味を込めて小さく笑ったのだ。
大広間から脱出する際に倒れこんだフリをしたまま目くばせで「私はおいていけ」と伝えられたからこそ、テンガはトイズを敢えてそのままおいていった。結果、不意を突いて『何か』を僅かな時間でも止めることに成功。あの一瞬が生まれなかったら、さらなる苦戦を強いられることになったのは間違いない。
謙虚でありながら確実な一手を叩き込んでいくやり方は、幼少の頃から何度もテンガは見続けていた。今回も、それが上手くいったのである。誇らしい父の一面にテンガが満足そうな笑みを浮かべていると、バルトがこの場にいる者たちへ向けて告げた。
「皆、今回の一連の騒動の中でよく奮闘してくれた。この瓦礫の整理が終われば、しばしの休息がとれるはずだ。それまで頑張ってほしい。よろしく頼んだぞ」
「「「「「「「了解です!」」」」」」」」
バルトの言葉を受けた団員たちは真剣な面持ちに戻り、しっかりとした声色で返事を返した。各々が瓦礫の撤去、分別に戻っていく中、バルトはテンガに耳打ちする。
「ではテンガ君。よろしいかな?」
「はい。お前たち、このまま撤去作業を手伝っていてくれ」
「「「「了解です」」」」
短く返事をしたテンガは従者である四人組に指示を出した後、動き出したバルトを追って瓦礫の山を後にする。2人が向かう先にあるのは、城を囲む防壁の向こう側。臨時で設営された騎士団専用のテント群だ。
ほどなくして到着したそこでは、多くの団員たちの姿があった。現行における最新機器が並び、数人の転移魔術師の姿も散見できる。張り詰めた空気漂うテントの最奥に設けられた会議室にテンガは導かれていった。
長方形の大き目なテーブルを囲むようにして椅子が配置され、そのテーブルの中央には最新式の投影機が設置されている。再生した映像を流すための吊り下げ式のスクリーンは室内で待機していた団員の操作で稼働し始めた。
「そこに掛けてくれたまえ、テンガ君。ほどなくしてアイリスが来るだろうから、少し待っていてほしい」
「了解です」
「団長。首都の調査班から結果が届きました。これを」
「ありがとう」
促された席にテンガが腰を掛けたところで、会議室に団員が入ってくる。団員から手渡された資料にバルトは目を通していくが、その表情は曇ったものとなっていった。
「……予想はしていたが、その通りだったか」
「はい。現在他国にも確認を取っていますが、同じような結果になると推測されます。各地における伝承調査の件は現在進行中ですが、あまり期待はできないかと」
「そうか。ご苦労。引き続き作業にあたってくれ」
「了解です」
手短に報告を済ませた団員は、急ぎ足で会議室を後にした。静かな会議室内で資料を深刻な表情を浮かべるバルトは、手にしていた資料をテンガへ差し出した。それを受け取り、内容を確認していくテンガの表情も芳しくないものとなるのだった。
「ごめんなさい、遅れました」
「おお、来たかアイリス。テンガ君の対面側の席についてくれ」
「だいぶ切羽詰まってるみたいですね、『お父様』」
「その通りだ。今はとにかく情報が欲しいといったところだな」
やってきたアイリスはバルトが指定した席に着く。彼女が彼を『お父様』と呼んだが、それは間違いではない。バルトの本名は『バルト・フォードゥン』。騎士団団長であり、二児の父なのだ。
しかしながら、家族として談笑する余裕など今この時にはない。2人をここへと招集した目的を果たすために、バルトは待機していた団員に指示を出して投影機の準備をさせた。
やがて起動した投影機に、団員は懐から取り出したテープを取り付ける。それに保存された情報の再生が可能になったことを伝えられたバルトは、座る2人へ向けて重々しい口を開いた。
「2人に集まってもらったのは他でもない。アカベェ崩壊の原因ともなった……――」
『――シィィィィイアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!』
「――この未知の怪物についてだ」




