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異世界の記憶:冴えない愛・輝く愛  作者: 田舎乃 爺
第一部 第一章 冴えてる三日間
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01 エロ本は武器になる

 とりあえず、ハクを上半身の寝巻の中に入れたサクは河原を歩き始めた。目標は下流の方角にあるであろう街とか村とか何かしら。

 ついさっき自らを称賛したが、家を出た時に適当に履いたのが運動靴で非常に助かっていた。もしサンダルでも履いていたらこの足場の悪い中、今以上に四苦八苦しながら進んでいたかもしれない。

 照り付ける太陽とそれに熱された石の熱が上下からサクを挟み込んでいた。実際の気温はそれほど高くないのだろうが、その熱は地味にきついもので、運動不足のせいもあってか汗がだらだらと流れ出てきてしまっていた。

 自宅の冷蔵庫に常備されている麦茶が恋しく思え始めるサク。それでもなんとか歩みを進める中、寝巻からハクがその長い首をひょっこりと出した。



(サク、蒸し蒸ししてしょっぱい!)


(え? まさか汗舐めちゃったの? やめとけ汚いぞ)


(汚いの?)


(ああ。衛生上よろしくないからやめときなさい)


(えーせーじょー? よくわかんないけど、やめとくね! じゃあこっから前見るよ!)



 心の中で会話を交わした後、ハクは器用に小さな両前足を寝巻の襟に引っ掛け、楽しそうに首を進行方向へと向けた。ざらざらしたその体が腹や胸に当たる感触は悪いものではなく、むしろイイと感じているサクがいた。

 途中で川の水を飲んで水分補給をしながら歩き続けること約1時間。汗でぐっしょりなサクの耳に、勢いの強い音が入り込んできた。

 ごうごうと音を上げるその場所にたどり着いたサクとハクは驚いた。3mほどの小さな滝になっていたのだ。そして、そう遠くないところに整備された道のようなものが見える。

 回り込めば降りられる道があるかもしれない。だが、この高さならばギリギリ飛び降りることが出来そうだった。さてどうしたものかとサクが悩んでいたその時、



(先に行ってるねー!)


(あ、ちょ――)



 ハクが胸元から飛び出して行ってしまった。勢いよく水面に着水し、姿が見えなくなる。不安そうに見守っていたが、滝から少し離れた水面でハクが顔を出した。



(大丈夫! 行けるよ!)


(すげーな、勇気凛々元気溌剌じゃねーか。……はあ、やるしかないのかね)



 確か滝壺は水流がエライことになってて下手したら抜け出せずに死ぬ可能性もある。小さな滝だからって油断しちゃいけないはず。そう考えると余計に怖くなってきてしまうヘタレなサクだった。

 何度か深呼吸をして、ビビる自身を落ち着かせることに専念する。数秒後、意を決したサクは持っていたビニール袋を下の河原の部分へと放り投げた。

 さあ、後は行くのみ。足場は悪いが若干下がって、助走をつけられるように気を付ける。はち切れそうな心臓の音を耳元に聞きながら、今一度しっかりと深呼吸した。

 そして、走り出した。まあ最悪、夢が覚めるか死ぬかの二択。その足が宙に浮いた時、サクは気づいた。



「あ、服」



 寝巻を着たまま足から着水した。大きな水しぶきが上がる。何とか滝壺からは離れたところに落ちることには成功したようだった。

 水を吸って重くなった寝巻が動きを阻害する。袋と同じように投げておけばよかった後悔しながらもすぐ上の水面を目指した。

 しかし、



「ぶふぉあっ!?」



 その視線の先にあったのは、水面の下で小さな手足をパタパタと動かして犬かきのように泳ぐハクの姿。可愛らしいその姿に、サクは水中で思わず吹き出してしまった。

 肺の中の酸素が一気に失われた。笑いつつも苦しみながらサクは水面から顔を出した。それを見たハクが嬉しそうに泳いで近寄ってくる。



(楽しかったね! サク!)


(ああ。ちょっと死にかけたが)



 無邪気な笑みを浮かべるハクの頭を軽く撫で、咳き込みながらも河原に上がる。びしょびしょに濡れた寝巻はさらに重量を増し、非常に煩わしいものとなっていた。

 寝巻を一旦脱ぎ、水を絞る。びしゃびしゃと勢いよく水が絞り出される中、周囲を見渡したが服を引っかけるのにちょうど良さそうな木などは近くには見当たらなかった。

 仕方なく大きめの岩に着ていたものと運動靴を置き、乾くのを腰かけて待つことにした。冴えない男子高校生が全裸で河原に佇むという警察がいれば通報待ったなしな絵面が出来上がっていた。

 滝からの水しぶき。照り付ける太陽。近くの森から聞こえてくる鳥の囀り。そして裸の自分。よくわからない爽快感をサクはしみじみと感じていた。

 ちらりと横目で寝巻の状態を確認するが、乾くにはまだまだ時間がかかりそうだった。仕方なくそのままぽけーっと呆けていると、水遊びを終えたハクがこちらにやってきて、興味深げな視線を向けてくる。



(サクって、男なんだね……)


(ああそうか、ハクは女の子なのか。こんな汚い物見ない方がいいぞー)


(いや、もうちょっと見てみたい気が……)



 キラキラ目を輝かせながら、ハクはサクの体を見ていた。頭の先から足の先までくまなく見るハクの視線。気まずくなってきたサクは、持ってきたビニール袋で股間の部分を隠す。竜とはいえ異性にまじまじと見られるのは恥ずかしく感じられたからだ。

 ハクの観察は続き、ときたま触れ合ったりしていれば約30分程が過ぎた。運動靴は後もう少し。寝巻は表面は良い具合だが裏側がまだ乾いていないようだった。寝巻を裏返して濡れていない別の大きめの石の上に乗せ換え、再びサクはその時を待つことにした。

 頭上の太陽はちょうど真上にある。夜にはまだ時間があることに安堵しつつ、暇つぶしに『月刊巨乳エクスタシー」でもを読もうかとサクが考えていた時のことだった。



「!!」


 

 滝の近くの水面に勢いよく『何か』が着水した。驚きで全身をびくつかせたサクは、つまずきそうになりながらも急いで近くの岩陰へと身を隠す。

 魚とかの大きさが飛び込んだ音ではなかった。明らかに人か同等の大きさの何かが飛び込んだぐらいの音だった。びくびくしながらサクが様子を窺っていると、飛び込んできた『何か』水面から姿を現した。



「――おお」



 思わずサクは声を魔らしてしまう。少女だった。金髪の髪を肩まで伸ばし、美しい青い瞳。整ったその顔は女優としていてもおかしくないぐらい綺麗で可愛い。胸は貧相なのだが、純粋にサクは見惚れてしまっていた。

 何故か裸の少女は河原へと上がると、右手の人差し指を1回転させる。すると、一瞬のうちに全身の水が巻き起こった風で吹き飛んだ。大きくなびいた髪が美しい。

 胸は貧相なのだが(2回目)、それ以外は完璧。釘付けになってしまっていたサクだったが、何かがいないことに気が付く。



(……あれ? ハク?)

 


 近くにハクがいないことに今更になって気づき、周囲を見渡しても姿が見当たらない。慌てるサクの耳に、きゅーきゅーといったカワウソのような鳴き声が聞こえてきた。

 ハクの鳴き声だ。まさかと思いその方向を見ると、嬉しそうに少女に近づいていくハクの姿があった。少女はそれに最初は驚いたものの、すぐさま笑顔となってハクを抱き上げた。

 笑顔も可愛い。だが、今はそんなことはいい。股間も甘硬くなってきてるけどそれもどうでもいい。こんな状況でも興奮し始めている自身に渇をいれ、サクは学のない頭をふる回転させ始める。

 この色々分からない状況で、ハクがいなくなるのはきつい。急がねばハクが拾った子犬のように連れていかれてしまう可能性もある。だが、強引にハクを引きはがして怪我をさせるようなことはしたくはない。さてどうしたものか。

 悩むサクだったが、結論に至った。確実に、且つ迅速にやるのであればこれしかない。どうせこれは夢。もし現実だとしたら、その時はその時だ。そう割り切ったサクは、勢いよく全裸のまま岩陰から飛び出した。



「へーい、美少女ー!」



 出だしこそ若干震えたものだったが、はっきりとした大声でサクは少女に呼びかけた。その声に反応し、少女の視線はこちらへと向けられる。そして、少女は固まった。目が点になっている。

 ここまでは予想通り。緊張を奥底へと追いやり、サクは”秘密兵器”を片手に少女へと近づいていく。



「――っ!!」



 顔を真っ赤に染めた少女は右の手のひらに小さな燃える球を形成した。その口から発する言語は聞いたことがなかったが、大体は予想ができた。目の前を冴えない顔の男が全裸で迫ってきているのだ。これほど恐ろしいことはないだろう。

 赤々と燃え盛る球は、凄まじい熱量を帯びているようだった。反撃は予想したがまさか魔法的なものをくりだしてくるとは想定外。しかし、もう退路など残されていないサクはそのまま震える足で距離を詰めていった。

 歩を進めていくと、少女は燃える球をこちらに投げつけてきた。避けられないのは明白。ならば正面から受け止めるしか方法はない。せめて熱かったり、痛かったりするのは一瞬で済んでほしい。夢ならばそれで覚めてもらえればなお嬉しい。そんなこんなを考えたサクだが、当たる直前に目をつぶってしまう。ヘタレである。



「……ん?」


「――!? ――!!」



 だが、ここでサクと少女にとって想定外の事態が発生した。燃える球はサクに直撃する寸前で跡形もなく”消え去った”のである。サク自身も何が何だか分からないが、少女のほうもかなり混乱しているようだ。

 再び燃える球を形成して投げつけてくるが、それも消える。3度、4度と繰り返す全てが同じ結果で終わった。そうした状況の最中、サクは自分の心の中に漠然としたその燃える球のイメージが浮かび上がっていた。

 おもむろに少女を真似て右の手のひらを広げてみる。すると、魔法など使ったこともないサクの手のひらに目の前の少女と同じ燃える球が形成された。



「あつっ! 熱ぅい!」



 形成できたのはいいが、それはかなり高温。肌が焼けるといった実害は発生していないようだったが、素直に熱いと思えるほどの熱量をもっていた。

 感じたこともない異様な感覚に戸惑い、すぐさま頭の中で消えろと命じると球は跡形もなく消えさった。火傷はしていないのに熱いままの手のひらを冷ますようにサクは急いでふーっ、ふーっと息を吹きかけてしまう。

 もしかしてこれが自分の能力だといえばいいのだろうか。夢であるなら納得だが、現実のものとは到底思えない。自身にやってきた唐突過ぎるファンタジー要素満載な展開にサクは驚きを隠せなかった。

 1人で慌てふためいていたサクだが、何とか心を静めて少女へと視線を戻す。目の前の少女は息切れしていた。MP切れ的な感じなのだろうかは分からないが、少し苦しそうだった。

 ならば自分と少女のためにも早く決着をつける。距離的にももう十分だと考えたサクは、ビニール袋から”秘密兵器”を取り出し、それを開いて見せつけた。



「――っ」



 秘密兵器の名は『月刊巨乳エクスタシー』。巨乳好き紳士のサクににとっての最強の武器にして、最高の雑誌。毎月必ず自宅近くのコンビニで購入することがサクにとっての生きがいの1つだった。

 女性のあられもない姿が写されているそのページを見た少女は、今まで以上に顔を赤く染めて硬直した。効果は抜群のようだ。

 続いて今月号の特集コーナーのページを開く。さらに過激な内容を見た少女の頭から、湯気が上がり始める。その様子にちょっと効きすぎかとサクが心配になったところで、目をぐるぐる回しながら少女は左手にハクを抱きかかえたまま仰向けに倒れ始めてしまった。



「おおっとぉ!?」


 

 そのまま河原の石に後頭部を強打させぬよう、急いで駆け寄ったサクは少女を受け止める。我ながらよく動けたとサクは自身を褒めてあげた。

 腕の中の少女は、真っ赤になりながらうなされている。すばらしいレベルの純情。見た目も可愛ければ、心の中までも可愛いとは。そしてなんかよく分からないけどいい匂いがした。

 鼻孔をくすぐる良い香りに誘われるように少女の体の方へと目が行きそうになったが、それを必死に我慢したサクは少女を抱き上げ、少し離れた所にある木陰に連れて行く。サクが持ち上げられるほどに少女の体は軽く、ちゃんとご飯を食べているのか心配になる程だった。

 少女を木の根を枕にして寝かせつける。持ち前のヘタレスキルを押し殺してよくやったと思いを込め、特大のため息を吐き出した。安堵しているサクの元に、ハクが近づいてくる。



(あの本、大きい胸の女の人がいっぱい写ってたね)


(すまん、あれは呪いの本なんだ。ハクもやばいかもしれないぞ。すぐに忘れるんだ)


(わ、わかった)



 冗談を真に受けたハクが震えながら頷いた。少女も可愛いがハクも十分可愛い。

 気を失った少女が起きる気配はない。このまま放置してもいいが、風をひかれたりしても困る。どうするかと思慮を巡らせていると、先ほどの燃える球を有効活用する案を思いついた。

 立ち上がったサクは寝巻を置いておいた岩へと歩いていく。裏側が乾ききっていないそれに手のひらを近づけ、ついさっきと同じ要領で燃える球を形成した。



「……うっし。いけるみたいだな。焦がさないように、焦がさないように……」



 自らにそう言い聞かせながら、サクは燃える球の熱量を駆使して寝巻の水分を蒸発させ始めた。肌を焼くような熱量も、しばらく形成し続けているうちに徐々に慣れ始める。



(頑張ってサクー!)


(おーう。頑張るぞー)



 愛らしいハクの声援を心越しに受け、サクはそれに応える。緊張感あふれる局面でも可愛い存在の癒しは良いものだと痛感しつつ、作業を進めていった。

 数分で寝巻の乾燥は終了。そのままの流れで運動靴へと移る。寝巻が大丈夫ならこちらも平気だろうと高を括るサクだったが、甘かった。



「……あ゛。や、やっば!?」



 慢心の結果、靴紐の先に火がついてしまった。マッチの火のように少しずつ火は先端から本体へ向けて進んでいく。

 このまま一足使用不可となり片足だけ履くことになるのは絵面も最悪だし、何しろ自身への負荷が大きいはず。どうにかしなければとサクが焦る内に、火は勢力を拡大していく。

 そうだ、滝の方に放り込もう。時間はかかるが、また乾かせば問題ない。その考えにサクが至ったその時。



(えい!)


(おお!?)


(消したよー!)



 ハクが両前足で靴紐を挟み込み、火を消してくれたのだった。しっかりと鎮火するべく、拍手をするような感じで何度か挟んでくれた。



(大丈夫かハク? 熱かったりしないのか?)


(全然大丈夫! 私役に立った?)


(そりゃもう、最高に。ありがとうなハク)


(えっへへ。良かったー!)


(うわっと。はは。くすぐってえよハク)



 お礼を言われて嬉しかったのかハクは肩のあたりにまでよじ登ってサクの横顔をぺろぺろと舐める。そんな可愛いことをされれば焦る気持ちは一瞬で消えさり、サクの心はとても和やかなものとなっていた。

 燃える球を一旦消してハクの頭を撫でる。その感触はとてもリアルで、夢のものとは思えない。現実でもこんな可愛い存在が欲しかったと痛感しつつ、サクは自らの頭を指さし、ハクにそこへ行くようにと促した。

 それに従って、器用に肩から頭へとハクは移動してくれた。感覚的にはちょっと重めなヘルメットをかぶっているような感じ。頭上に小さな温かさを感じながら、サクは作業を再開するのだった。

 今度は引火せぬよう慎重に乾燥作業を進めて行く。内部を裏返しにできない分、寝巻よりも少し時間がかかってしまったが、なんとか無事に終わらせることできた。



「よし、完了っと」


(終わったねー!)


(待たせてごめんな、ハク)


(楽しかったから大丈夫!)


(そっか。ならよかった)



 頭の上にいたハクは、軽快な身のこなしで石の上へと着地した。滝の時もそうだが、ハクは結構身体能力が高いことがその様から分かる。そんなハクを捕らえていたあの罠は、相当厄介な代物だったのだとも改めて分かった。

 乾いた寝巻を着直していくサク。だが、その流れは下半身を覆ったところで止まった。上半身の寝巻に袖を通すことはなく、そのままそれを少女の体にかけてあげるのだった。

 これで風を引く可能性は低くなったはず。できれば下半身部分も使ってあげたかったが、そうなればパンツ一丁で行くことになってしまう。それは流石に避けたいし、サク自身にも抵抗があった。変態紳士であっても露出狂ではないのである。

 やれることはやったと短くサクがため息をつくと、ハクが少女へと近づいていく。その舌で少女を気遣う様に数回舐めてあげた後、ハクが問いかけてきた。



(その子、大丈夫そう?)


(あらかじめ温かくしといたやつかけたから、大丈夫だろう。ちなみにこの子と何か話とかした?)


(こんなところに竜がいるのが信じられない。すぐに保護してあげる。”守護騎士”はどこにいるの? とか言ってたよ。すごく嬉しそうだったね)


(あっちゃー……。もしかして話せばわかる系だったかな。言葉わかんないけど)



 自らの判断が少し軽率だったかもしれないことに気づき、サクは自身に対して嘆息を漏らす。唯一コミュニケーションができるハクのことを優先的に考えすぎてしまい、ハクを介して意思疎通するという選択肢を見逃してしまったからだ。

 だが、過ぎたことはどうしようもない。人生そう言うこともあるものさ。それに、まだこれが現実だとは決まっていないから問題ない、はず。そう考えて自らを慰めたサクは、涼しい木陰から離れ川の流れ行く先を見つめた。それほど遠くはないところに、目的だった道のようなものが見える。

 陽が沈むまでには村でも町でもどこでもいいから安心できる場所に着きたい。もう少しの辛抱だと冴えない自らの体を鼓舞した後、サクは最後に木陰で眠る少女を見た。上半身の寝巻をかけられ、木の葉の隙間から漏れる光が優しく照らしている。その顔からはもう苦悶は感じられなかった。

 正直すまんかったと心の中で謝りつつ、上半身裸のままサクはハクを頭の上に抱き上げて歩き出す。静かに眠る少女のすぐ近くには、お詫びとしてサクが夜食として購入したオレンジ味のグミが一袋置かれていた。

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