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異世界の記憶:冴えない愛・輝く愛  作者: 田舎乃 爺
第一部 第一章 冴えてる三日間
14/264

13 2つのお山

「ちょ、ちょっと待ったカーラ。何で俺が違う世界から来たって分かったんだ?」


「出会ってからすぐに分かりましたよ~。以前に1人、目の前に転移してきた人に会ったので~」



 衝撃的すぎて頭が上手く働いてくれない。倒すべき敵が父だと知った某スカイウォーカーもこんな感じに混乱していたのだろうか。

 というかこういった感じの事情を話すのはタブー的なことではないのだろうか。しかしながら、カーラは普通にしゃべっている。もう何が何だか分からずに混乱するサクに、カーラは微笑みながら話し続ける。



「この世界の住人であれば、赤子の時から何らかの魔法を体内に施されますからね~」


「そうなのか。ちなみに、どんなことが施されるんだ?」


「病にならないようにする抵抗力増強魔法とか、精霊の力を付与する加護魔法といった感じです~」


「ほえー、ファンタジーっぽいな」



 違う世界から来たサクにはもちろんそんなものは施されていない。特徴的と言えば、幼い頃から育まれた巨乳をこよなく愛する紳士の精神ぐらいだ。

 しかしながら、カーラは気づいているようだがハクやアイリスたちは気づいているとは思えない。となると、エルフだからこそ分かることができるのだろうか。

 多くの疑問が浮かび上がり続けるサク。次の質問はどんなものにしようかと考えていた、その時だった。



「んむっ――!?」


 

 突然、サクはカーラに抱き寄せられた。いきなりのことで驚いたが、それはスキンシップ的な行為ではないことに気づく。自らの背の間近を『何か』が掠めたのを感じたからだ。

 カーラが抱き寄せていなければ、間違いなく『何か』はそkにあったサクの背を通過していた。掠めた際に聞こえたのは空を切る音。勢いよく何かを振りぬいた時に聞こえる音だった。

 自らの命が先ほどの瞬間に危機に晒されていたことを察したサクの顔から血の気が失せていく。青ざめるサクの視線の先には、今までに見たことのない真剣な顔のカーラがいた。揺るぎない強さを秘めた目で、カーラはサクの背後に現れた存在を睨み付けていた。



「あら、ばれちゃったか。簡単に殺せるかと思ったけど」



 カーラの視線の先にいる『男性』は、想定外といった感じでつぶやいた。その手に持っているのは『サバイバルナイフ』。その服装はどう見てもこの世界のものだとは思えない。男は、”ジャージ姿”だった。

 ファンタジーとはかけ離れた異質な身なり。そうした姿が気にならないほどの異様な雰囲気を男性は纏っている。明らかに、常人ではなかった。

 不気味な笑みを浮かべる男はナイフの切っ先を2人に向けてくる。そして、余裕たっぷりといった様子で口を開いた。



「綺麗なお姉さん、その”援行相手”のガキを渡してくれ。そんな糞野郎なら、内心じゃ『死んでも問題ない』と思ってるんだろ?」


「渡したら、どうするんですか」



 カーラの語尾が伸びていない。フワフワな感じも一切ない。最大限の警戒がそうさせているのか、それともこれこそが本来の彼女なのか。サクには分からないが、言いようのない凄みが今のカーラからは感じ取れた。

 胸元から解放したサクを庇う様に、カーラはサクの前に立つ。勇ましいその様に対し、男性は薄ら笑いを浮かべながら答えた。



「”殺す”さ。このナイフで手早くね」


「何故そんなことを?」


「そりゃ、”殺したい”からだよ。俺、”人殺し”が趣味なんだ。別にいいじゃんかお姉さん。そいつ、『死んでも問題ない』奴だろうからさ」



 そういって男は笑う。人としての倫理観が著しく欠けており、まともに話が通じない相手だということ。そして危険極まりない人物だということが、その言動から理解することができた。

 絵にかいたような精神異常者。隠そうとすらしない明確な殺意。狂気に満ちた危険人物なのだが、何故かサクは既視感を覚えていた。



(……どっかで見た顔? いや、でもこんなヤバい奴と接点なんて皆無なんだが?)



 男に見覚えがあるような気がしてならない。しかしながら、間違いなく会ったことはない。デジャブ的なものかと疑うが、そんな感じではない。もっとかなり近い距離で、どこかで見た気がしてならなかった。

 しかし、どうにも思い出せない。それっぽい朧げな記憶を脳内で繰り返し再生し続けるも、答えにはたどり着けそうになかった。思い悩むサクだが、男性の足が一歩前へと進んだのを見て鼓動の音を跳ね上げてしまう。

 これほどに明瞭な殺意を向けられたことのないサクは純粋に恐怖し、その身を震わせた。そんなサクをカーラはさらに後方へと下がらせ、逆に自身は男へと近づいていく。



「誰だか知りませんが、さっきサクのことを何て言いましたか?」


「『死んでも問題ない』奴って言ったんだ」


「訂正してください」


「あ?」



 サクは鳥肌が立った。短いカーラの一言に、尋常ではない鋭さを感じたからだ。もはやフワフワなど何処かへと消え、そこにあるのは非常に逞しく、恐ろしいまでに凛々しい。

 普段怒らない人が、いざとなったときに凄まじい怒り方をするあれだ。間違いない。カーラの別側面をその冴えない目でしっかりと見たサクは、そう心の中で独り言ちる。



「もう一度繰り返します。訂正してください」


「あら、もしかして援行じゃなくて彼氏だったのか? こんな根暗でキモイもやしみたいなのが? お姉さん、趣味悪いね」



 男の発言が全てサクの心に突き刺さる。正直に言ってその通りだから何も言えないのがもどかしい。

 だが、それがカーラの怒りをさらに助長させたようだった。サクですら感じられるほどの闘気を放つカーラは、さらに一歩前へと踏み出す。

 最悪の場合を想定して、サクは吸血鬼状態になれるように戦闘準備を始めた。おずおずと体勢を整えるサクの前で、カーラは力強く言い放つ。



「これ以上の侮辱は許しません。もう一度だけチャンスを与えます。訂正し、土下座して謝りなさい」



 冷徹なカーラの発言に、今一度サクは身震いする。自分であれば即刻土下座して瞬く間にとんずらすること間違いなしの凄まじい気迫だ。

 しかしながら、男も引き下がることはない。そればかりかかなり苛立っているようだ。険悪な空気が薄暗い路地裏に立ち込め始める。

 一触即発といった雰囲気の中、サクが吸血鬼状態へと変化を完了した。全身の感覚が鋭敏になったのを手のひらを開いたり閉じたりして確認する最中、男性が動いた。



「あんま調子乗るなよ」



 その手に持ったナイフでカーラへと切りかかる。喉元へと放たれたその一閃は素早く、微塵の迷いも感じられない。

 しかし、



「……!?」



 直後、男は驚愕していた。振りぬかれる途中のナイフは刃の部分をカーラに握りつぶされたからだ。砕け散る凶刃の欠片が宙を舞い、僅かな明かりを反射しながら地へと落ちていく。

 そしてカーラは、男性の目と鼻の先にまで一瞬にして距離を詰めた。優しい甘い香りが男性の鼻に届いた次の瞬間、彼の足に激痛が走る。繰り出されたカーラの右脚による強烈な足払いが男性の脛に直撃したのだ。

 骨が割れ砕けそうな壮絶な痛みを感じながら、男性は空中で2回転ほど回ってうつぶせの状態で地面に叩き付けられた。地に伏せて呻き声を上げる彼に対し、カーラは踏みつけによる追撃を繰り出す。



「っの野郎!!」


「!」



 悶えながらもジャージのポケットから2本目のナイフを抜き放った男性は、手あたり次第といった様子で振り回す。その軌跡にあったカーラの足に刃が掠り、裂傷から赤々とした血が近くの壁に飛び散った。



「か、カーラ!」



 その光景を目の当たりにしていたサクは思わず叫んでしまった。一旦男性から遠のいてサクのそばへと戻ったカーラは、動揺するサクを安心させるかのように柔らかな笑みを向ける。



「大丈夫ですよサク。かすり傷ですので」


「でも、血が……、血が……!」



 ここまでの道程で、黒焦げになった様を見たり、吸血されたりしたりはあった。それでも、それらは『魔法』や『呪術』といったファンタジーで現実性がない要素によるもの。実際に身近に感じられる『ナイフ』という凶器によって現実味のある痛々しい傷は、一般人であるサクの心を激しく揺さぶっていた。

 深くはなくとも、裂傷からは血がだらりと体表へと漏れ出ていく。自らもこうなるかもしれないという恐怖と、早くどうにかしなければというカーラを気遣う思いが入り混じり、サクは混乱状態に陥っていた。

 すでに吸収してあるはずの治癒魔法を使おうとしても、中々うまくいかない。激しく動揺しながらもなんとかしようと四苦八苦するサクの頭をカーラは宥めるように優しく撫でた。



「本当に大丈夫ですよ、サク。心配はいりません。ほら、この通り」


「あ、ああ……」



 カーラは裂傷に空いている手をかざす。その手から漏れ出した光はあっという間に傷を塞ぎ、元通りの綺麗な足へと戻った。カーラの鮮やかな手際に感服すると共に、サクは自らの不甲斐なさを痛感して何ともいえない声を漏らしてしまった。

 慣れていない状況だったとはいえ、男として情けなさ過ぎる。ヘタレで冴えない自分自身を心の中で叱りつける。そんな間でも、カーラは頭を撫で続けてくれていた。



「行動しようとしただけでも、すごいことです。こんな状況で最初から思い通りに動けるなんて無理ですからね」


「……ごめん。カーラ」


「いえいえ。サクは十分に頑張りました。偉いですよ~」



 僅かだがフワフワが戻ったカーラ。宥めるというよりも、落胆する幼子をあやす様な感じだった。母というよりも、姉のような感覚。こうされ続けると、カーラが非常に魅力的なお姉さんのように思えた。

 こんな最高のお姉さんが欲しかった。そんなことを考えられるようになったことで、自分が正気を取り戻したのを実感できた。未だに撫で続け、慈愛に満ちた微笑みを向けてくれているカーラを安心させるため、精一杯の気力を込めて告げた。



「ありがとう、カーラ。もう大丈夫」


「そのようですね。お力になれてなによりです」


「カーラって、お姉さんみたいだな」


「あら~、そうですか~」


「いちゃついてんじゃねえっての……!」



 殺伐とした空気の中で和やかに会話を交える2人に、男性は痛みを堪えているような震え声を発しながらぎこちない動きで立ち上がった。

 脛の痛みが酷いようで、男性はまともに立っていられずにそばの壁へともたれかかる。先ほど以上に苛立った様子で、鋭い視線を2人へと浴びせ続けていた。



「こんだけ抵抗されんのは初めてだ。だけど、引き下がらねえぞ。逆に燃えてきた。何としてでも”殺してやる”。絶ッッ対に”殺してやる”……」


「……まだ続けますか? 勝ち目がないのは先ほどのやり取りで理解したと思いましたが」


「油断さえしてなけりゃ負けねえってのっ――」



 発言の最中、不意を突く形で男性は動き出した。崩れ落ちる寸前まで体を前方へと倒し、痛みを堪えながら地を蹴ってカーラへと迫る。

 その手に持ったナイフは切り裂くためではなく、貫くために一直線にカーラの脚部目がけて突き進んでいく。その鋭利な刃が間近まで迫っているのにも関わらず、カーラはまだ動き出そうとはしなかった。

 もしや反応が遅れたのか。微動だにしないカーラを見てそう考えたサクは、男性の迎撃を行うために急いで動き出そうとした。




「――っ!?」



 しかしながら、その心配は徒労に終わることとなる。男性のナイフは突き刺さることなく、身体強化魔法で増強されたカーラに綺麗な肌に弾かれたからだ。

 鋼に負けず劣らずといった頑強な肌に負けた男性のナイフは先端が欠けてしまう。流石にこれは予想出来ていなかったようで、男性は目を見開いていた。



「私も油断しなければこの通りです」


「ぐがッ――」

 


 そう短く告げたカーラは躊躇うことなく男性を蹴り上げた。結構な高さを舞った男性は、その勢いを落とすことなく地面へと落下するのだった。

 あっという間の攻防。見慣れたフワフワとは違う真剣なカーラの対人戦闘技術はそれはそれは見事なものだった。そばで見ていることしかできなかったサクは改めて自らの不甲斐なさを実感してしまっていた。

 自責の念に苛まれて動けずにいるサク。そんな彼に、全てを終えたカーラは笑顔で振り向いた。



「終わりました~。怖かったですね~」


「お、おう」



 そこにあったのはフワフワないつものカーラ。こんな美しくも可愛らしい存在が通り魔を巧みな体術でノックアウトしたと誰かに話しても、誰にも信じてもらえないような気がした。

 地面とすっかり仲良しになった男が目を覚ます気配はない。見事な空中2回転と大ジャンプだった。審査員がいれば、かなり高めの技術点がもらえたことだろう。

 気絶した男性に近づきながらその身柄の処遇をどうするかサクが考えていると、すぐ近くのカーラが何やらごそごそと動き始めた。




「ちょおっ!? な、何してんのカーラ!?」


「ちょっと考えがありまして~」



 カーラが身に着けている衣服を乱し始めていた。その大きな乳房の大事な部分があともう少しで見えてしまいそうなぐらいにまで乱していく。突然のことに驚きつつもサクは視線を外すことができずにいた。

 後もう少しで見えそう。そんなだらしない思いを抱いて股間を甘硬くさせるサクに、カーラは指示を出した。



「サク~、こんな感じでこの男を押さえつけてください~」


「りょ、了解」



 カーラが目の前でやってくれた見本を頼りに、気絶した男を取り押さえるような感じでサクはその場に待機した。

 「一体何が始まるんです?」といった感じでサクが不安になっていると、カーラがそのフワフワした声で叫んだ。



「きゃ~! 誰か~! 助けてくださ~い!」



 本人は精一杯の悲鳴を出した気なのかもしれないが、サクの耳にはそこから危機感を感じとることは出来なかった。サクが出来ないのなら、他人でも同じはずである。

 しかし、違った。表通りの方向から、赤を基調とした制服に身を包んだ男性が駆け付けた。



「そ、そこで取り押さえられている男は……! 大丈夫ですか!? お怪我はないのですか!?」


「大丈夫です~。そこの男に襲われたんです~。何とか夫が取り押さえたんですが、とっても怖かったです~」


「そうでしたか。お若いお父様、お手柄ですね」


「あ、ああ。まあな」



 その場のノリに合わせて、サクは王国騎士団の団員と思われる男性に頷きながら答える。昨日の面子の中では見なかった顔から、アイリス率いる遊撃部隊所属の者ではないことはサクでも分かった。恐らく、この街の配属の団員なのだろう。

 駆けつけた団員は屈んでサクが取り押さえている男性に近づき、その右手のひらを男性へと向けた後、サクに言った



「ご苦労様です。もう大丈夫なので、離れていてください」


「分かりました」



 団員の言うことに従い、サクは拘束を解いて距離を置く。十分に離れてくれたのを確認した団員は、右手に意識を集中させていった。



「『拘束魔法バインド』、並びに『鎮静魔法カーム』を対人拘束レベルで展開。構築、捕縛、移送準備……、完了」



 男性を囲むようにして空中に現れた白く発光する魔法陣から純白の鎖が伸び、対象となる男性を縛り上げていく。目を覚まして暴れても簡単には解けないほどの拘束は、数秒で完了するのだった。

 眠ったままの男性を担ぎ、団員は立ちあがる。そしてサクとカーラへと向け、深々と頭を下げた。



「この度は、申し訳ありませんでした。この男は、恐らく今現在我々が捜索していた殺人犯だと思われます。もう少し早く発見できていれば、このようなことにはならなかったはずです。重ねて、申し訳ありませんでした」


「そうだったんですか~。珍しいし、怖いですね~。殺人なんて~」


「お力になれたようで、良かったです。後は頼んでも大丈夫でしょうか」


「お任せください。それと、お手数ですが後程この街の騎士団駐在所に足を運んでもらってもよろしいでしょうか。凶悪犯拘束に協力してくださったお二方に、謝礼をお渡ししたいのですが……」


「わかりました~。駐在所ですね~」


「用を済ませたら向かいますね」


「お待ちしております。それでは、失礼いたします」



 爽やかな笑みを浮かべた団員は騎士団の駐在所へと男性を連行するべく、表通りの方へと去って行った。彼が去った後、またあっという間に事が進んでいった、と唖然としているサクにカーラが微笑んだ。



「これで1件落着ですね~」


「カーラ、もしかしてこういうの慣れてる?」


「はい~。人を魔法を使って操るのは得意なんです~」


「フワフワにも裏があるってことか……。中々のギャップだな……」



 ただ美しいだけではなく、人知れぬ裏の面を兼ね備える美女。どちらかと言えば嫌いじゃない。むしろ良いではないか。そういった最終的な結論へとサクは至った。

 とりあえず、緊迫した状況は終了した。カーラの新たな一面を見られたことに喜びつつも感謝しつつ、サクは静かになった路地裏で安堵のため息をついた。

 こうして五体満足でいられるが、もしかしたらそうはいかなかった可能性があったことに今更になって変な汗が出始めたサク。そんなサクを心配して、カーラが近づいてくる。



「大丈夫ですか~サク~」


「ああ、大丈夫ぅぅうう!?」


「あら~」



 近寄ってきたときの揺れで、カーラの乱れていた服がさらに乱れた。その結果、見事なぽろりがサクの眼前で発生するのだった。

 生である。大きな、大きなお山が2つ。ああ、生きていてよかった。こんなにも素晴らしい光景を目にすることができた。感無量である。

 襲い掛かってきた男性の正体。カーラが異世界を知っていたこと。気になることは山ほどあったが、ヘタレには強すぎる刺激的な光景に耐えきれず、頭に血が上ったサクはその場に倒れこんでしまった。

 理想郷とはおっぱいのことだった。理想郷おっぱいこそが孤高の存在。以前にもどこかで考えたことを頭の中で繰り返しながら、サクは鼻血を流しながら悟ったような安らかな表情で意識を失ってしまうのだった。







     ◆








「――ふ、ふふ……、大きいぃ……、んん……?」



 だらしなく口元を緩ませながら、サクは目を覚ました。何か柔らかい物を枕にした状態で横になっており、ぼやけた視界の先には何かがあった。

 ここはどこなのか。少なくとも、路地裏ではない。程よい気温と湿度。どこからか差し込んでくる日の光はオレンジ色になっていた。枕にしている柔らかな物は温かく、いい匂いがする。精神が和らぐような香りを嗅ぎつつ、全く働く気配のない頭を回転させようと奮闘する。

 視界の先には光を遮っている2つの山のようなものがあった。雪をかぶっているかのように真っ白なお山が2つ。少なくともこの街の周辺に雪山はなかったはずだが、一体これはなんなのだろうか。

 回っていない頭を回転させても結論など出るはずもなく、サクはただただその2つのお山を眺める。時折微細な振動で揺れる2つのお山はとても柔らかそうに見えた。お山なのに。



(……もしやこれも理想郷おっぱいなのでは?)



 ふと脳裏をよぎったカーラの立派なお山。あれと同じような揺れ方をしていることにサクは気づいたのだ。だとしたら、これは一体誰の理想郷おっぱいなのか。呆けたままのサクのそんな疑問に答えるように、お山の向こうから何かが顔を出した。



「起きたんだね、サク」


「……ああ、ハクか」



 お山の向こうから柔らかな微笑みを向けてきたのは、ハクだった。となればこの理想郷おっぱいの持ち主はハクということになる。つい先日ではまだ幼い姿だった故に、彼女が持ち主の正体として浮かび上がらなかったのだった。



「……ここは?」


「図書館の読書スペース。カーラが倒れたサクを連れてきてくれたの。騎士団の方に色々と説明してくるってカーラは行っちゃったけど、もうしばらくすれば戻ってくると思うよ」


「そうだったのか。迷惑かけちまったな……」



 状況を確認しながらもハクの柔らかな膝上に寝転がったまま豊かに育ったその理想郷おっぱいを眺め、よくここまで成長したものだと再認識するサク。それでもいつまでもこうしてはいられないとサクが起きようとした、その時だった。



「わぶっ」


「ひゃっ。ご、ごめんねサク」


「い、いや、大丈夫だよ」



 ちょうど屈んだハクの理想郷おっぱいと正面衝突してしまった。素晴らしすぎる柔らかさと心地よい反発力によって、サクの頭は再びハクの膝上へと押し返されてしまう。



「おはようのチューしてあげようと思ったんだけど……」


「そうだったのか。いきなり起きようとした俺が悪いなこりゃ」


「何も言わずに動いた私も悪いから、お互い様かな」


「そういってくれると助かるわ」



 そんな感じに言葉を交え、笑い合う。互いを想い合うことは気恥ずかしくも思えたが、同時にとても穏やかな感情も芽生えていた。

 このままこうしているのもありかと思える程、サクは優越感で満たされていた。自宅で1人で自家発電する時とは比べ物にならないほど安らいでいた。

 そうしてるうちに、サクは睡魔に襲われ始める。現在状況が危機的なものへ発展する気配は感じられず、睡眠を妨害するような存在を感知できないことから、それに抗うことなく瞼のシャッターを下ろし始めた。



「サク、すごく嬉しそうな顔してるよ」


「そう……、なのか?」


「もしかして、私の胸、気持ちよかったの?」


「……ああ。正直に言えば、最高だった……」



 眠りに入り始めているためか、ハクの問いかけに素直に答えてしまうサク。別に彼女相手ならば問題ないと思えたからこその発言だったのだが、直後に想定外の申し出が投げかけられることとなった。



「……じゃあ、触ってみる? 私の胸」


「ぉお!?」



 耳に入り込んだハクの口ごもった声を聞き、一瞬にして眠気が吹き飛んだサクは飛び起きて後ずさる。そんなサクの目に映ったのは、困ったような表情で顔を赤くしているハクだった。

 自らの心臓が口から飛び出そうになるまで鼓動を跳ね上げているを感じた。体温は急上昇し、止めたくとも止まらない汗が全身から噴き出す。これまでにない凄まじい緊張がサクを襲っていた。

 頭から煙が上がり始めるサクは、唾をのむ。上目遣いのままこちらが動くのを待つハクの姿の破壊力は、圧巻だった。



「……もう夕方になって人が少なくなってきたから、サクが触りたいなら、好きなだけ触ってもいいよ?」


「お、おお……」



 破壊力満点な状態のまま放ったハクの発言を聞き、もはやまともに動かない口でサクはなんとか返事を返した。

 周囲を見渡すが、人の気配は感じはしない。ここでやらねばいつやるのかと狼狽える自らを鼓舞し、男として、そしてハクが勇気を出してくれたこのチャンスを逃さないためにサクは震えながらも動き出した。

 設置された長いソファに座るハクの前に屈む。お互い真っ赤になっている顔を見合わせ、無言のまま意思を確認するように2人は頷いた。サクの震える両手がハクの成長した2つのお山に近づいていく。ハクは耐えきれなくなったのか、読んでいたであろう本で顔の下半分を隠し始める。



(や、やってやる。行け、俺! 男を見せろ! 俺ェ!!)


 

 心の中でサクは自らに向けて叫ぶ。ヘタレな自分を全力で心の端へ追いやっていく。そして、その手は2つのお山から発せられる体温が感じられるほど間近まで迫った。

 だが、



「図書館の中で……、何をしようとしているのかしらねぇ」


「「っッッ!?」」



 ようやく触れようとしたその時、2人は何かの気配を感じ取った。すぐ左横。読書スペースのすぐ外側にそれがいる。

 いいようのない危機感を感じ取りながら、サクはその方向へと錆びついた歯車が動くようなガチガチな動きで顔を向けた。



「危険人物の確保に協力したって報告受けたから、褒めてあげようと思ったけど……。親しい間とはいえ、公共の施設で堂々とそういう行為に及ぶとか、常識的に考えてありえなくないかしら……?」


「あ、アイリス……!」



 頬を赤く染め、不愉快そうに眉を吊り上げてこちらを睨むアイリスがいた。これは、間違いなくアウトだ。

 言い訳をしようとその場から立ち上がるサク。しかしながら内股になるのを忘れていたために、興奮によって大きくなっているシンボルがばればれになってしまった。

 それを見たアイリスはさらに顔を赤く染め上げ、すぐさまサクに詰め寄っていく。万事休すかと諦めたサクの頭部に、強烈な手刀の一撃が繰り出されるのだった。



「こぉんの変態っ!!」


「あべしぃ!」

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