18 覚悟はいいか? 俺はできてない(緊張)
店内のショーケースの中にはお金持ちなマダムたちが好みそうな宝石をあしらったジュエリーやアクセサリーが丁寧に並べられている。宝石そのものの質も高いが、それらを加工する技術の高さが品物の完成度から理解することができる。
もちろんお値段はとんでもないことになっている。5年間使わずに貯めておいた分の金額を優に超える物が大半で、買えるとしても貯金の全てをかけることになる有様だ。
どうして綺麗な石ころにこんなにも金をかけるのかという誰しもが一度は持つ疑問を思い浮かべるサクだったが、口には出さない。目の前にはそれを専門としている紳士がいるからだ。
今回の極秘任務は約1ヶ月ほど前に決行することが決まっていた。だからこそ、アイリスやカーラもほぼ同じタイミングで思いを告げてきてくれたのかもしれない。自らを支える女性陣だけの強固な絆があるとゲイリーから聞いたことがあったが、それは本当なのだろう。
しみじみとしながらもサクは収納方陣からずっしりとした重みのある鞄を取り出した。掃除の行き届いた真っ赤でフワフワとした床にそれを置いて、ゆっくりとファスナーを開いていった。
サクだけでなく、その場にいる全員が中身を確認する。鞄に入っている総額は5万ゴルド。自分なりに頑張ったサクの努力の結果であり、自らの手で稼いだ大切なお金だ。
この大金があと少しで宝石店の物となり、自分の手の中から消えることとなる。そう考えると大事な息子を婿に出すような気になり、悲しく思えてきてしまった。しかし、出会いには別れもある。そう言い聞かせながらファスナーをしっかりと閉じるのだった。
「サク様。では、ご主人に代金を」
「ああ。これ、お願いします」
「ありがとうございます。裏に待機させている者に一応確認を取ってもらいましょう」
そういって店主でもある老紳士が指を鳴らすと、孫ほどの年齢の差がある弟子が店の裏から現れた。サクたちに深く一礼し、鞄の中身を手早く確認していく。
こいつ、できる。年齢は同じぐらいで戦闘向きではない見た目だが、その手つきは一切の無駄がないように見えた。お金が関わっているから当然と言えばそれまでだが、鮮やかな手さばきは美しく思えてならない。
2分経たずして確認し終えた弟子は老紳士に揃っていることを目くばせで伝える。言葉を介さない完璧な連携を披露しつつも、老紳士は温かな微笑みを向けてきた。
「お待たせしましたサク様、ゲイリー様。今、ご注文の品を持ってまいりますので、少々お待ちください」
「はい」
にこやかな表情のままで老紳士と弟子は程よい速度で裏へと消えていく。こちらにストレスを与えないためにと徹底されたその行動に感服しつつも、サクは近くのショーケースへと視線を移した。
ルビーだとか、エメラルドといった宝石等々。自らの第一の故郷と言える世界にもあった宝石もあるが、この世界にだけにあるであろう物もちらほらある。『シェル』、『ズワイー』、『トリューフル』といったどことなく食べ物に近い名を持った物が多かった。
こうした宝石類はお洒落にも使えるが、種類によって異なる内包した魔力を利用した魔法などがあったりする。そのどれもが強力なのだが一発で宝石が気化してしまうという欠点を持ち、余程の金持ちでなければ使えぬ魔法として有名だ。
ちなみに王室ご用達でもあるこの宝石店の最高金額商品は、大きな壁付けショーケースに入っているネックレス。金額は9700メタ。ゴルドのさらに1つ上の桁であり、サクが一生を手伝いに捧げても届かない金額だった。
これをイヤサは自前で買い、結婚記念に叔母さんに渡したら物凄く怒られたらしい。それだけの金があったら他に使えだとか、私には似合わないとか。用は照れ隠しである。いい年こいて。でも何だかんだで受け取って、何かしらの特別な日には絶対に付けるらしい。良い夫婦である。
そんな仲睦まじき夫婦のことを考えていれば、自然と視線は対をなす指輪の方へと移動していた。随所に小さなダイヤモンドが散りばめられたそれを見ていると、最後になって頭の中に不安が生まれてくる。
「なあゲイリー。指のサイズに関しては大丈夫なんだよな?」
「ご安心ください。幼少女、少女、美女、竜の全てのサイズを気取られぬようにしっかりと計り、ご主人にお伝えしてあります」
「耐久力は」
「現世界において形状変化魔法に適し、その中でも最も堅牢とも言われている『ギルガメス』を主軸にしているので問題ないはず。ご主人ほどの腕が無ければ加工、錬成はできない代物ですな」
「提案通りでいけた……、はず……だよな」
「ええ。ですので、大丈夫ですよサク様。私とご主人を信じ、気分を落ち着かせてください」
「おう。落ち着け……、俺ェ……」
不安は解消されても、まだ先である指輪を手渡すときのことを考えて緊張してしまうサク。カーラとアイリスは向こうから来てくれたが、今回は自分から行かねばならない。
最初に出会い、これまでの間ずっと一緒にいた。まごうことなき相棒でもあり、大切な恋人。何時かはくるであろう重要な一線を越える時がすぐ目の前にまで迫っている。大切なその時で、絶対に何かしらミスをしてしまうだろうといった悪い方向への自信が心の中で大きくなっていた。
せめて、せめてこの時だけは決めさせてください。冴えない自分ですが、割と頑張ってきたんですよ。そんな懇願をいるかどうか定かでない神的な存在に向けて心の中でつぶやいていると、老紳士が裏からゆっくりと出てきた。
その手に乗せられている小さな箱の中には、2つの指輪。暴れまわる心臓を押さえつけながら、サクは老紳士が来るのを静かに待つ。そんな緊張丸だしな様子をゲイリーが楽しそうに見ていることに、サクは全く気付くことができなかった。
「お待たせしましたサク様。こちらが商品となります」
「ふぁ、ふぁい」
何とも言えない微妙な返事をしたことで耐えきれなかったゲイリーが少し吹き出す。老紳士は何とか持ちこたえたが、僅かに口元がぴくぴくと動いていた。それだけガチガチになっているサクは見ていて滑稽なのだ。
自らが笑われていることも理解できないサクは眼前の指輪を凝視し続けた。ハクの状態に合わせて形状を変化させる特注の指輪。機能性を重視したためにそれほど綺麗とはいえないが、これであればどんな状態のハクであっても付けていられる。これが2人の大切な絆の証となり、両者をこれまで以上に強く繋げることになるはず。
真剣な面持ちで指輪から老紳士へと目線を上げていき、確認できたことを頷いたことで伝えた。すると箱は閉められ、綺麗な紺色のそれを老紳士は笑顔でそれを手渡してきた。おぼつかない手つきで受け取ったサクは、絶対になくさないようすぐに収納方陣へとしまうのだった。
これを渡すのは明日。スモークへと旅立つ前夜であり、ハクが美女状態の時だ。喜んでくれるようにしっかりと気を引き締めるため、サクはその場で深呼吸をすることにした。
商品のために徹底して管理された室内の空気が肺に満ち、ゆっくりとそれを吐き出していく。それによって乱れていた気持ちも整い、鼓動の方もようやく治まってきた。とりあえずは今回の礼を主人に述べようとしたとき、来客を知らせるベルが鳴り響いた。
「いらっしゃいませ。少々お待ちを……。おや、これは珍しいですね」
珍しい来客に思わず老紳士は出迎えと対応の後に率直な感想を付け加えてしまう。それが気になったサクとゲイリーは主人が驚いた存在がいる後方へと振り向く。
「お邪魔させてもらうよ。今日は結婚5周年の――」
柔らかな笑みを浮かべる見慣れた男性は、予想だにしていない友人の姿を見て途中で口が止まってしまった。しかしながら、その表情から絶対的な温かさが失われることは決してなかった。
確かにご用達の店だとは知っていたが、まさかその本人が来ようとは。だが、こうして会うことができてよかったかもしれない。地図の件もあるし、結婚を申し込むときの覚悟を教えてもらえる可能性もある。これも自らに与えられた恩恵のお陰なのだろうか。
しばらく続いた沈黙。それを破ったのはサクの視線の先にいる笑みを絶やさぬ国王、『イヤサ』だった。
「久しぶりだなサク。元気そうでなによりだ」
「そっちこそ。大変だって聞いてたから心配してたけど、その様子だと大丈夫そうだな」




