13 背後に注意
神器の名を冠する騎士と同じ姓。化学肥料とか農薬とか使っていない健康に配慮してそうなその名前に、サクは全く聞き覚えはなかった。
勉強会において歴代の守護騎士の名を教えてもらったが、記憶の中にあるそれらから該当する名はない。だとすれば、結構力を持った魔術師か何かか。棚にあった写真には竜と思われる女性と映る男性の姿が確認できる。恐らくは彼がこのメッセージを残した者のはず。誰からも認識されることなく、人知れず活動を続けた守護騎士なのだろうか。
そこまで良い処理能力を持たないサクの頭がパンクしてしまいそうになっていると、物体は輝きを失った。そして役目を終えたかのように、肌への驚異的な吸着力は消える。
手から落ちた物体はころころと転がっていく途中でひび割れていき、壁に当たったところでいくつもの欠片に割れてしまった。水晶のような透き通ったその見た目も黒々とした石のようなものへと変化していく。
とりあえず落ち着こうと座ったままサクが深呼吸したところで、家の中に異常が発生し始める。地震に似た大きな揺れとともに、出入り口となる扉からボロボロの家屋へと変貌していく。凄まじい速度の変化は、寝ているハクの目前にまで迫っていた。
何が何だかさっぱりだが、とにかく今やるべきことに集中せねば。痛む尻を床から上げ、棚にあった写真を自らの力で吸収すると一目散にハクのそばへと駆ける。
「ハク!」
ぐらつきながらも何とかベッドからハクを抱き上げることに成功した。揺れと変化の音と一緒に、触られたことによって敏感に反応したハクは耳元で艶めかしい声を上げる。
緊迫した状況下であるためか、いつもならヘタレ心が揺れるハクの声はサクの耳には届いていない。愛する存在と自身の安全を確保すべく、すぐさま出入り口へと向かって駆けだした。
「……おおっと?」
しかし、風化が始まっている木の軋む音を足元から聞いたところでサクは止まった。ボロボロに変化したところでは、もう揺れがなくなっていたからだ。
すでに変化は奥の壁にまで到達している。温かみのある木造の壁が年月を重ねて無残に風化した様へと変わり果てていくのを見届けると、内部は先ほどまでの異変が嘘だと思えるほどの静けさに包まれていた。
僅かな体重をかければ床下まで踏み抜いてしまいそうなほどにまで傷んだ床。所々にカビが生え、埃にまみれている家具の数々。強風が吹けば倒壊しそうな廃屋の様相がサクの眼前に広がっていた。
摩訶不思議な状況ではあるが、これといった怪我もなく済んだことに安堵のため息をつくサク。変化後に調べられそうなところがないことを見渡して確認するが、目ぼしい物は見つからない。であればこんないつ倒壊してもおかしくない場所からは出た方がいいと結論に至ったサクは、ゆっくりと足場を確認しながら動き出した。
「んむっ……!」
「すまんハク。ちょっと我慢――」
耐えてもらう様に声をかけたが、それは途中で止まってしまう。ふとももの方に回していた腕に垂れてきた水分が当たったのを感じたからだ。
繋がる心の先で凄まじい羞恥心に耐えているハクを感じ、それが汗ではないことを瞬時に悟ったサク。鼓動を高鳴らせながら、これ以上は声をかけたら逆に刺激してしまうと考え、無言のままで外へと急いだ。
不気味な音を立てる扉を開けば、心地よい自然の香りが全身を包み込む。ボロボロになった内部のかび臭いものとは大違いだった。僅かにハクの臭いもするが、それに関しては目をつむる。つむらなければいけない。
上がり気味な心拍数を抑え込むためにサクが周囲の景色と空気に意識を回そうと奮闘していると、家のすぐ近くの切り株の上に座っていたタクがこちらに気づいた。やっとかといった表情でため息をついた後、こちらに近づいてくる。
「お疲れさん。何かあったみたいだけど、どうだったんだ?」
「まあ、それなりに興味深かったかな。もう二度と入れないみたいだけど」
「二度と?」
それを聞いてタクは扉へと向かう。今にも壊れてしまいそうなそれを開いた先にあった光景を見て、驚きを超えた苦笑いを浮かべながらサクに話しかける。
「本当に入れないな。踏みどころがマズかったらそこから崩壊していきそうだ」
「だろう? さ、街に戻ろう。ハクはちょっと厳しそうだから、迎えを呼ぶよ」
「頼むわ。楽できるなら楽したいしな」
ため息交じりにそういったタク。自分だけ待たされ、尚且つサクのいう興味深いものが見れなかったのが悔しいといった思いが顔に滲み出ている。
腕の中で辛そうにしているハクをすぐにでも安全な場所で寝かせつけたい一心で、屋敷近くにて暇をしているであろうワーたちを呼ぶ。彼らが来るまでの間、切なそうに反応するハクに興奮せぬよう心に言い聞かせながら待つのだった。
◆◆
「はい~。解毒剤も飲ませたのでもう大丈夫ですよ~」
「解毒ってことは、体にとって毒なんだな」
「分量を間違えなければ大丈夫です~。私がサクに使うみたいに~」
「んー。そんなもんなのかね」
ワーたちに乗って屋敷の中庭に降り立ったサクたち。苦しそうなハクに関しては、カーラがすぐに用意してくれた薬でようやく落ち着くことができたようだ。
この後も手伝いに参加してもらう予定だったが、あの状態では無理。なので急遽、カーラに手伝いに来てもらうことになった。これによってただでさえ混む『我ら一番』がさらに混雑するのは間違いない。
中庭で待っていたサクたちの下へ報告に来たカーラの準備はすでに万全。いつも着ている女性使用人用のメイド服ではなく、質素な感じの普段着。それでも綺麗に見えるのだから、やはりカーラは圧倒的に綺麗なのだろう。
「ちなみにだけど、屋敷の仕事は大丈夫なのか?」
「問題なしです~。午前中に全て終わらせました~」
「流石。んじゃ、行くか」
「はい~」
仕事も出来て、綺麗で、配慮も完璧。街中の人たちから女神と称されるのも納得できる。皆がその内に眠る性癖を知ったとしたらどうなるのか心配だ。
待たせていたタクに目くばせをすると、彼は先にバーンの背に乗って空へと舞い上がる。サクもワーの背に乗ってカーラにイーの背に乗るようにと伝えようとしたが、それよりも早く柔らかくて温かな感触が背に押し付けられた。
「準備できました~。いつでもどうぞ~」
「いやちょっと待ってこれだと――」
(出発するでー!)
サクの言い分を受け入れることなく、ワーは舞い上がった。後ろから落ちないようにと右手は胸に、そして左手は股間へと回される。
結構物知りであるカーラでならばオーガニックという存在を知っているかもしれない。そう考えていたサクは移動中に問いかけようと思っていたが、もうそんな余裕はどこにもない。
「わ~。やっぱり空はいいですね~」
「か、カーラ。もう少し弱めに……」
「何ですか~? 風の音で聞こえません~」
「あっちょ、だから、その、ね? 夜一緒に寝るんだからその時に――」
「な~ん~で~す~か~?」
(あっはっはっはっは!! サクが攻められとる! 糞おもろいわぁ~!)
(だねー。情けない、情けないー)
攻められて女々しい声を上げるサクに大爆笑するワーとイー。ワイバーンに馬鹿にされながら、ある意味では夢のようなひと時を過ごしながらサクは『我ら一番』の手伝いに向かうのだった。




