第十五話 槍使いちょううんの奮闘
「くそっ、やはり数が多かったか」
こうそんさんはペガサスにまたがり、指示を飛ばしながら毒づく
一度撤退するしか選択肢はなさそうだ
かなりの被害が出るが、仕方がない
「ちょううん!」
こうそんさんが中央前面をほぼ一人で支えているちょううんに声をかける
事実、もしちょううんがいなければ、前線の歩兵団の被害は倍増していただろう
あれほどの武人が浪人をしているのはもったいない
「こうそんさん様、どうしましたか? 」
全身返り血と、泥で汚れまくっているちょううんが槍を携えて戻ってきた
「いったん撤退し、陣形を立て直す、前線の兵たちの指揮は任せたぞ」
「はい、しかし、義勇兵は腰抜けどもばかりですね。あんなところで見ているだけとは」
「ちょううん、そんなに言ってやるんじゃない」
「しかし、やはり私は後ろの方でただ戦を眺めている軍師という連中は嫌いです。先日会ったあの男も本当に臆病者です」
そう言い放ち、ちょううんは再び前線へ戻っていった
しかし、りゅうびも変わったな、あいつならたとえ一人でもただ見ていることなどしないと思っていたけど……
まぁだから僕が義勇軍を極力巻き込まないように、意地をはったんだけど
あいつは、こんなとこで死ぬ人間じゃない
僕と違って、戦う義務もないんだから、こんなつまらない戦で死んで欲しくない
可愛い妹分にもう少しいい所を見せたかったが、撤退するか
生き残ったら、後ろでふんぞり返っているじじい共にいろいろ文句を言われるだろうが、こんなところで全滅するわけにはいかない
「伝令! 一旦撤退する。撤退の鐘を鳴らせ」
こうそんさんがそう叫ぶと、がーんがーんと大きな鐘の音がなる
その後、こうそんさん軍は急激に後退を始める
しかし、鶏巾族もただ黙って後退させてくれる訳がない
撤退するこうそんさん軍に対して、我先にと襲いかかる
特に兵の薄い、左翼と右翼はかなり押し込まれている
こうそんさん軍は撤退するよりも先に、敵に飲み込まれ壊滅寸前だった
「突撃!!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
こうそんさん軍後方から、突然号令がかかる
こうそんさん軍の兵士は鶏巾族軍の増援かと、さらに顔をこわばらせる
この状況で追撃されれば、もはや脱出は不可能だろう
全員が諦めたところで異変が起きた
敵の攻撃が弱まったのである
よく見ると謎の部隊がこうそんさん軍と、鶏巾族前線の間に割り込み、鶏巾族軍を蹴散らし始めている
こうそんさんは中央で、突然の事態に驚いていた
すると、後ろから急に声をかけられる
「こうそんさん、助けに来たぞ」
「っ! りゅうび、なんでお前がここに」
そういって、こうそんさんが後方を見ると、先程までいたはずの、義勇兵がいない
「まさか、あの攻撃はりゅうびが? 」
「ああ、私の軍師、こーめーの策だ」
そういって、りゅうびはいつも通りない胸を反らして偉そうなポーズをとる
「それに、こうそんさん、ぼーっとしてないで、指示はしなくていいのか」
はっと、こうそんさんは我に返り、撤退速度を速めろと全軍に指示を出す
かんうとちょうひは、右翼左翼それぞれから、鶏巾族軍に攻撃を仕掛けていた
ただでさえ、一騎当千の二人である
戦線が伸び、陣形が崩れ、奇襲をかけられた戦の素人がこの二人を止められるはずがなかった
味方がいるため、鶏巾族軍は弓を打つこともできず、もともと脆弱な指揮系統は大パニックに陥った
そのため、恐ろしい速度でこうそんさん軍の前線に沿って、かんうとちょうひは攻め上がる
その頃こーめーは、りゅうび隊の大半を連れてこうそんさん軍の中を逆進していた
さすがに集団で逆進は不可能なので、隊ををいくつにも分散させ、かんう隊とちょうひ隊の旗を目印に、その二つが合流するであろう集合地点を目指した
一見非効率である上、危険な行為でもあるようだが、敵陣を突破するだけの武力を持った頭がいないりゅうび隊にとって、これが最も安全かつ、先端まで攻め上がったかんう隊ちょうひ隊の援護ができる、最も効率的な方法であった
さらに、敵は鶏の被り物をしている為、この様なことをしても、こうそんさん軍から敵として認識されないのも、この作戦を立てた理由であった
まぁ、俺が鶏巾族の軍師なら、鶏の被り物をしていない別働隊を用意するがな
しかし、かなりの激戦を繰り広げていたようだ
前線の方に行けば行く程、満身創痍である
俺は、もう目視できるほどまで近づいた最前線に目をやる
っ!
遠目にだが、ひとりの少女が鶏巾族軍に飲み込まれるのが見えた
一瞬しか見えなかったが、あれはちょううんに間違いなかった
一人で殿をかってでたのか
なんて無茶を
「おい、みんな急ぐぞ」
俺の周りにいたかんようさん達に声をかけ、俺はさらに足を速めた
さっき、ちょううんが飲み込まれた辺りを目指して
ちょううん死ぬんじゃないぞ
お前はこんなとこで死ぬ人間じゃない
私もここまでですね
短い人生でした
仕えたい主も見つからずに、果てるのですか
殿をかってでたちょううんは、なんとかこうそんさん軍を撤退させるのに成功した
しかし、そのせいで鶏巾族の中で完全に孤立した
いくら槍の達人であるちょううんと言えども、多勢に無勢である
体力も気力もすり減り、致命傷はないものの、全身傷だらけであった
それでも、懸命に槍を振るい孤軍奮闘している
「っ、くっ!」
倒しきれなかった、敵に足をつかまれる
僅かに動きを鈍らせたその隙を狙い、敵の刃が無情にもちょううんに降り注がれる
くっ、避けきれない
死を覚悟したとき、横から人影が突然現れた
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」
俺は、ちょううんに対して剣を振りかぶる男めがけて突進した
不意を突かれた男は俺の攻撃を真横から受け、吹っ飛ぶ
俺もその反動で、反対側に転び尻餅をつく
すかさず、俺とちょううんを守るように、護衛の奴らが間に入る
「まったく、無謀なことをしやがる。あんたが死んだら俺らがりゅうび様や兄貴に怒られるんだからな」
いや、わるいわるいと言って、ちょううんの方を見ると目が合った
「なっ、あなたがなんでここに……」
ちょううんは驚いたように目を見開き、俺を見返しおずおずと尋ねる
「軍師は後ろで偉そうに指揮をとっているものですよね」
まるで自問するかのように、ちょううんがつぶやく
「しょうがないだろ、俺以外手が空いてる奴がいないんだから。それに、かわいい女の子がこんなとこで死ぬのを黙って見てらんないだろ」
こーめーにとっては、軽口のつもりだった一言
ああ、きっとこんな人をわたしは待っていたのかもしれない
「あなたは、とんだ馬鹿者です」
ふふっ、とちょううんは笑うと、晴れやかな顔をして立ち上がる
「さぁ、いきますよ」
先程までも、ちょううんは強かった
しかし、今のちょううんはそれをはるかに上回る槍捌きを見せる
槍が煌めき、瞬間、周囲の敵だけが吹っ飛んでいく
こーめーはもとより、護衛の兵士たちも目を見張る
「さぁ、軍師様、次の指示をお願いします」
生き生きした顔のちょううんが手を差し伸べる
「ああ、じゃあみんな、手はず通りに頼んだぞ」
おう、と言い、かんようさん達は手にした球に火をつて敵の方へと投げつける
球からは、もうもうと煙が立ち上り、鶏巾族たちに動揺が走る
「その球は、爆発するぞ! 3……2……」
こーめーの言葉を聞いた、周囲の鶏巾族たちは慌てて飛びのき、混乱が周囲に伝播していく
「さぁ、ちょううん撤退するぞ」
「? 爆発はしないんですか?」
「そんな物騒なもん作れるか。あれは煙がめっちゃ出る草を油まみれにして、紙でくるんだだけのただの煙幕だ」
「あなたという人は……でも、そういう戦い方もあるんですね」
ちょううんは、あきれながら感心するという器用な表情をする
「俺は、弱いからな」
ふふっ
再び、ちょううんが笑い、怯んだ鶏巾族の残党を吹き飛ばし、包囲を突破する
そしてなんとか、こうそんさん軍に合流したのだった