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異世界転生してみたけれど…

作者: NiCo

 多分だけど、僕は所謂異世界転生というのをしている。


 前世の記憶はあやふやで、どんな人生を歩んだのか定かではない。何となく、ごく普通の人生だったんだろうと思う。記憶など残らないぐらい平和な平凡な感じ。

 そんなあやふやな感じで、マジに異世界転生したんかって言われるかもしれない。僕もそう思う。


 最初は既視感と違和感だった。初めて習うことを知っている不思議さと自分の記憶していることと異なる違和感。


 例えば、前世では『いい国作ろう鎌倉幕府』が1192年じゃなくなって、えーと別の年になったらしいんだけど、この世界では未だに1192年だったりするやつ。日本史で覚えてるのあれだけだから助かった。

 本当は『人の世の虚しい乱れ…』も友達に覚えさせられたんだけど、肝心要の最後の語句が不明だ。年をいくら語呂合わせして覚えても、どんな争いごとが最後に入っても不思議じゃないじゃないか。

 年だの人名だの覚えて、人生で何の役に立つんだろうかとか考えてたから、余計に鎌倉幕府発足?の年が変わったのが納得がいかなかった。正確じゃなかったなら何のためにあんなに必死にやらされたんだよ。ほとんど覚えてないから文句言う筋合いじゃないんだけど。

 高校3年生で受験科目にないからもうどうでもいいや。


 じゃなくて…うん、前世からすると異世界であるこの国の名前は日本で、今は21世紀に入ってちょっとのところで、ガラケーが終焉を迎えつつあって……で、もって異世界。

 どこら辺が異世界かって感じだよね。

 でも、絶対に異世界。



 なんて考えてたら、親友の葵が頭を小突いてきた。


「何ぼーっとしてんだよ。勉強教えてやってんのにその態度はどういうことだ」


 葵が睨むと迫力が違う。やっぱり狼の獣人が怒るとハンパないわ。


「ごめん、ごめん。暑くてさ」


「毛皮も着てないくせに贅沢だな」


 てへって笑うと、葵はそう言いつつ冷房の温度を下げてくれた。

 うん、確かに葵の方が暑そうな見た目だね。

 葵は顔は普通に人間なんだけど、耳は頭の上の方にぴょんと立っている。身体は肘から手首まで、膝から下は毛皮に覆われている。毛色は狼としては一般的な灰色だ。髪の毛も同色で、葵から見ると、真っ黒な僕の髪は暑苦しいらしい。無精して長めであるのもいけないらしく、伸びてくると切らせたがる。


 今日は夏休みの補講の後で、葵の家で苦手な数学を教えて貰ってる。

 生物とか化学とか物理とかは特に問題ない。だが、微分・積分が壊滅的に出来ない。

 困った僕は理系のくせに

「入試に数学の無いところを受験する」

って言ったら、葵に叩かれて、勉強会をしてもらうことになった。



 葵と僕は高校に入って同じ化学部に属したことから知り合った。僕は化学が好きだし、運動が苦手だから選んだんだ。

 葵はバイオ系に進みたいから生物部に入りたかったらしいけど、うちの高校は理系の部活は化学部しかない。

 生物をやるに当たって化学をより深く探求することは悪くないって考えて入ってきたんだって。真面目だな。


 獣人だし、運動能力が高いんだからそっちは考えなかったのって聞いた時には、

「獣人なんてありふれてるだろ。なんで好き好んで先輩後輩関係の厳しいとこを経験しなきゃいけないんだ」

って返された。狼の獣人の身体能力は獣人の中でも優れているんじゃなかっただろうかとかそんな反論は許されない雰囲気だった。

 運動部で先輩後輩が厳しいのはまぁ事実だけど、みんな頑張ってんだし、それを言ったらおしまいじゃん。って、僕もそう思ってたことを棚に上げた。

運動が苦手なヤツにはその上下関係が特にツラいのは中学でよくわかっていた。


 出来れば帰宅部希望なんだけど、ウチの高校は全員部活に所属することが決まっている。だったら、文化部だよね。ウチの文化部には、放送部、文芸部、漫画研究部、美術部、吹奏楽部、書道部、化学部、そしてなぜか調理部、華道部がある。念のために言っておくが、男子校である。

 伝統と実績のある放送部、吹奏楽部、趣味的な要素の高い部活が人気があるのはわかる。美術とか本格的にやってる人も居るだろうけど、進学校なんで勉強の息抜きにやってる人が多い。

 意外なのは調理部で、食欲旺盛な高校生には堪らない魅力があり、大学から一人暮らしを考えているヤツらには実用性の高さでも定評がある。体験入部を匂いで釣られたヤツも少なくないとか。

 華道部?毎年数人が入部し、細々ながらも決して廃部の危機が訪れない謎の部だ。


 化学部はゆるゆるだった。進学校のわりに運動部が盛んなうちで、どちらかというとあんまり人気もない文化部。しかも、勉強以外にさらに勉強っぽいことなんて……で、一番廃部に近いと評判な化学部では部の存続をかけて先輩達は一年生を逃がさないように甘やかし、先生は生徒の自主性を重んじ……つまりはやりたい放題。

 実験室にある実験器具、試薬使い放題で、テルミット反応とか、炎色反応とか化学にちょっとでも関係してれば何でもOKとばかりに楽しんじゃったよ。燃える系が好きなのは、そういうお年頃ってことで………は、どうでもいいことで。



 要するに遊びすぎて、ヤバいことになってる。

 そこは前世の記憶で乗り切れって思ったヤツ前に出ろ。前世の記憶があったとして、苦手科目が出来るようになるハズがない。

 習う前から微分積分って聞くだけで、ドキドキする心臓が何より雄弁に語っている。前世っから苦手なんだ。

 で、微積をやったってことは前世も理系………大丈夫なんか?もしかしたら、微積で挫折した人生だったのかもしれない。



 でだ。

 前世には獣人居なかったよね。「ケモ耳キタコレ」って、ファンタジーの中の話だったよね。ちょっと自信ない。前世の記憶のどこまでがフィクションでどこからがノンフィクションだったのか。曖昧な記憶の中で判断するのは難しい。

 そしてこれが僕が異世界転生したって信じる唯一の根拠だってのが、非常に悲しい。


「こら!いつまでも現実逃避してないで微積に向き合え」


 葵からゲンコツを食らった。もちろん、かなり加減しているハズだ。狼の獣人に本気で殴られたら入院騒ぎだ。

 ふさふさの尻尾もちょっと怒りを示している。獣人って感情が耳とか尻尾に出やすいよね。


「僕にだって悩み事の一つや二つ…」


「今、悩む必要はない。今やるべきは微積だ。悩むのは大学に受かってからにしろ」


 ごもっともで。


 でもさ、やっぱり……理系でも入試に数学が無いところを受ければ……思わずつぶやいたら、丸めたノートで頭を叩かれた。


「祐樹は大学に行って何をしたいんだ?その後はどうするつもりだ?」


「とにかく、もう少し化学を学びたいかなぁ。就職は大学入ってから考える」


 親には悪いが、ちょっとモラトリアムだ。化学で就職できるかっていうと悩ましいものがあるんだよね。高度成長期じゃあるまいし、そんなに就職先があるとは思えない。

 研究職に着くなら最低で修士、普通に考えて博士号を取らないといけないと思う。親にそこまでの学費を出してもらう価値が自分にあるのか、化学に関係なくても卒業したら就職すべきか、その結論はまだ出そうもない。


「理系だと大学入ってからも微積あるかもしれないぞ」


 えっ!考えてなかった。大学に進んだら化学だけやってればいいんだとばかり思ってたよ。


「ウチの両親によれば、一年生の時は英語だの数学だの法学だの体育もやったって」


「葵の親って建築学科と情報学科だよな」


「そう。工学部」


「まぢで?英語?数学?体育?」


「第2外国語は2人ともドイツ語」


 僕は両手を付いてガックリとうなだれた。受験が終わっても微積から解放されないんだ。


「大学進学止めようかな」


 衝撃にしばらく立ち直れそうにない。


 2回連続で、丸めたノートという名の愛のムチが来た。直接的じゃない分、拳骨より力の加減が楽なんだろうな。頭よりノートの方が先に壊れるわな。


「今、微積を理解しちゃえば済む話じゃねぇか」


 ごもっともで。理系科目オールマイティな葵らしい発言だ。

 ただ、前世の記憶が微積を拒むんだ…………と、いうことにしておこう。物理で微積に関係するところはかろうじてクリアできてるってことは単に微積を微積として扱うことが苦手なのかな?


「祐樹の好きな化学をより深く理解するために微積は不可欠。やれるかじゃない、やるんだ!」


 鬼のしごきが始まった。



 異世界転生してみたけれど、微積に苦しむとは予想外だったんだよぉ~。

 ファンタジーの世界じゃないなんて酷すぎる。いや、ケモ耳もふもふのファンタジーの世界なのに、微積があるなんて聞いてないよぉ~。


 異世界転生なら、中世ヨーロッパ風なとこにしてくれ、ケモ耳もふもふなだけでチートもなく前世と同じような生活なんて………前世の記憶要らんじゃん。



 えっ?

 モテモテチート?

 男子校に行った僕に何期待してんの?

 進学校で勉強漬けだし、親と一緒に住んでるし、高校と最寄り駅同じでチャリ通だし、出会いなんてないよ(泣)


 

 そんなこんなで、鬼の教官ならぬ狼の葵のおかげで、無事に隣村の大学に受かって、楽しいキャンパスライフならぬ実験・レポート地獄にハマるのは別の話。

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