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エマニュエルは目の先にある一点を凝視する。風に踊らされたどり着いた場所には、人を誘うかのようにようやく人一人通れるほどの穴がポッカリと空いていた。ただ、普段であれば地面に不自然に空いているその穴にエマニュエルは入ろうなどと思わなかっただろう。なだらかな丘に急に顔を出したそこの見えない深い穴。けれどよくよく見てみれば、歩きやすいように緩やかな段が出来ていた。
―――あきらかにおかしい。それなのにエマニュエルはその穴から目をそらすことができなかった。見れば見るほど足を引かれ、体を引かれ。あと一歩足を踏み出せば穴に入る事になるその状況になってはじめて、エマニュエルはほんの少しの恐怖を覚えた。ごくり、と口内の唾液を飲み込む。
風は相変わらずエマニュエルの髪の毛を揺らしている。エマニュエルは、膝を折り、穴のふちに手をかけ、穴の奥を覗き込んでいた。
アキは、目の前のものをじっと見た。細すぎる川を流れとは逆に辿ってきたら、おかしな場所に来てしまったらしい。林のような中を通ってきて、川の流れる地面にだけ視線を落としながら歩いていたから周りが見えていなかった。歩いていたら急に頭上から光がもたらされ、地下ではありえないその光の量にアキはびっくりして足を止め、頭上を見上げた。
重たそうな葉を蓄えた木々がその場所にだけ生えていなかった。川の水の出処は、まるで渦のように丸まった手のひらサイズの水たまりであったらしい。その周りを木々が囲うように生えている。
アキは湖を見つめる。そこには少し疲れた顔をした自分が映っていた。しばし、呆然と水面を眺め、ふと水筒を思い出す。軽く頭を振り、水を雲うと水面に近づいておかしなことに気がつく。
水面に映るアキの向こうにも湖があったのだ。
エマニュエルは滑っていた。
足を滑らせたのである。迂闊であった。声にならない悲鳴を頭の中で響かせながら、決して急ではない角度の坂をお尻で滑っていく。痛かった。けれど止まってくれなかった。
無様に汚れながら落ち着いた先は穴の中だというのに明るかった。その光がエマニュエルに正体不明な安心感を与える。エマニュエルは軽く乱れた息を整えてから、腰を上げる。服についた汚れを落とすように両手で衣服をはたく。
この間は兄が手伝ってくれたことを思い出す。なぜだろう、その思い出が、ざわり、と胸を荒らした。
しぶとい土汚れは綺麗にはなってくれず、エマニュエルは少し気分が落ちる。唇を突き出し、いかにも不満です、といった表情で目の前に広がる明るい場所へと足を向けた。
光の真ん中、中央にはなぜだか水が湧き出ていた。エマニュエルの顔くらいの大きさの。不思議に思い、その水たまりを覗き込む。
特に何の面白みもないみずたまりで、そこには少し唇を突き出したエマニュエルがいるだけだった。その顔を見て、いけないいけない、と自分に言い聞かし、顔の表情筋を動かすようにいろんな表情を作る。そして気づく。
湖の自分の後ろに、同じように水たまりがあることに。
アキは一瞬、何が何だかわからなかった。一度水面から自分が見えない位置まで戻り、再度覗き込む。すると、そこに、
エマニュエルは、うん?と思い、水たまりから視線を外して考えた。なんで頭上に湖が?もう一回確かめようと湖を覗き込む。そして、
―――人の頭を見つける。後ろ頭だ。黒い短い髪を持った後頭部と、金色の長い髪の毛を持った後頭部。
ぎょっとして湖から上半身だけ逃げる。え?え?え?とエマニュエルとアキは挙動不審になり、そしてまた湖を覗き込む。
頭だ。
二人はゆっくりと、おそるおそる、けれどしっかりと、
上を見上げた。
ようやく出会う。
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