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目が覚めると、アキはざらりとした琥珀色の木綿布団にくるまれて寝かされていた。
いつもどおりだ、と起き抜けの脳内で声がする。これが日常なのだと。
緩慢な動きで体を丸めようとすれば、太ももに粘着質な感触を覚える。それも、いつもどおり。
すん、と鼻をすすって、アキは丸くなる。膝小僧に鼻をくっつけて、自分の体温で頬が蒸気に濡れる。それに紛れて、涙をこぼした。
泣いてスッキリすればあとは早い。アキはキビキビと身支度を整える。裸のまま備え付けの簡易な風呂で体を洗い、清潔な衣服を身に付け、窓を開ける。
窓を開けてもそこには暗闇しか存在しない。アキが住んでいるのは地下街だ。窓を開けたところでお天道様が覗くわけでもない。それでも空気を入れ替えるために窓を開ける。充満していた空気とは違う空気を吸って、毎日履くことはない靴を履こうと窓に背を向ける―――今日は月に一度の外出許可が下りている日だから。
この国では貧富の差が極端だ。そして、誰が見てもわかるように差別、―――区別されている。身なりや住む場所、その他様々なところでそうされている。共通しているのは言語くらいなものだ。そしてその最下層にアキはいた。生まれた時からそこにいたのに、アキは今、そこよりは幾らかましな場所にいる。
最下層から抜け出せたのはいつの頃であったか。体を売ればお金が入る。お金が入れば地位を買える。金と地位があれば、家族と一緒に幸せに暮らせる。そう両親に諭されて始めたくせに、アキの家族はとうに死んでしまっていた。母も父も弟も妹も。
アキだけが残された。
ひとりぼっちで。
悲しいといえば悲しいし、苦しいといえば苦しいけど、じゃあどうしたいのか言われればなにか浮かぶことがあるわけでもなく、のうのうと今の今までアキは生きてきた。
靴を履いて、帽子をかぶりアキは外に出れる唯一の外門まで歩いて向かう。そこでいつものように証書を見せて外に行く。特に行くあてはないから、フラフラと歩き続ける。
あまり人には会いたくないから、人気のない方へと向かえば自然と足は地下の方へと向かっていく。上に行くのは色々と難しいが、下に下がるのは容易い。なんの許可もいらないからだ。上に上がるにはいちいち各門で証書を貰ったりする必要がある。
アキは下り続けた。歩くのは好きだった。もくもくと歩き、疲れたら唯一持ってきた水筒から水を飲んだ。小さい頃水だけで何日も飢えをしのいだから、水さえあれば平気だという認識がアキにはあった。だからどこにでも、水筒は持っていく。
しばらく淡々と歩いていたら、随分下まで下がったようで、気温がぐん、とさがっている。深く息を吸って吐いて、満足したらまた歩き始める。まだ昼にはなっていないだろうから、もっと進んでも平気だろうと思ったのだ。
そうして歩いていると、少し疲れてきて、アキはそのまま地面に座り込む。水筒を出して水を飲んだら、残りの水が僅かなことに気づく。―――地下水を探そう。そして、アキに目的が生まれた。
地面を凝視して、アリがどこかにいないかと探し回る。アリは水のある場所に巣を作るからだ。これも小さい頃に知ったこと。
地面とにらめっこしながらそろそろと歩き回れば、しばらく回ったあとにアリを見つけた。彼らを追って、巣を見つけ、地面に耳を当て水の音がしないか耳を澄ます。
なんとなくの勘で方角を決め、歩いていけば、やっぱりそこに、細い川とも呼べない水の流れを見つけた。
もう少し広くないと水筒に入れるには面倒だ。アキはその水の流れに逆らってたどっていく。
アキにとってそうすることは必然だった。
アキにとって、そうすることは当然だった。
必然で、当然で、そうしてアキも不思議な場所にたどり着く。
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