第八話:吸血鬼の生活
第八話
授業も終わり、校門へ向かっていると手を振るお馬鹿さんを見つけた。
「お兄ちゃーん」
「アリス……」
近づいて頭に軽く手を置く。
日ごろの恨みとばかりにがしがし撫でてやると腕を振りほどかれて睨まれた。
「もう、何だか馬鹿にしてない?」
「……アリス、お前は自分が言った事を忘れてるんじゃないよ」
「え、何の事?」
自分の言っていることは忘れる。そして俺が言ったことは忘れない……それが、アリスだ。
揚げ足ばっかりとっていると、ろくでもない大人になるんだぞ。あんまり関係ないけどさ。
未だに自分が言った事を忘れているアリスに俺は思い出させてやることにした。
「羽津女学園ではわたしに話しかけないでね? 接点があると思われたくないからって、どこの誰が言ったんだ?」
「言ったっけ?」
きょとんとしている。
ああ、こりゃもう完全に忘れてるな。まだ覚えてしらを切るほうがよかったんだが……。
「それに、ここはもう学園の範囲外だし」
「だとしても、ほら、人が多いだろう?」
アリスは黙っていれば可愛いので女子生徒達が誰だろう、あの子可愛いと呟いていた。
「どれもおいしそうな子たちだね」
その目が一瞬、赤く光る。やれやれ、これだから吸血鬼は……。
「俺は吸血鬼じゃないからわからないよ」
「そう? じゃあ買い物に行こうか?」
「へいへい」
二人で歩いて並ぶと兄妹みたいだ……そういったのは俺たちがお世話になっているリバーサイド満開というアパートの管理人さんだ。
アリスは一応、妹という設定なので満足していた。しかし、俺の方は違う。どう見ても髪の毛とか顔立ちとか全然違うんだ。違和感を覚えない奴がいないとは思えない。
こっちに転校してきてアリスの存在がクラスメートにばれたとき、周りの人に訊ねた事がある。
「俺達って兄妹に見えるかな?」
「えー、見えるじゃん」
「どこからどうみても兄妹だよ?」
肌とか、髪の毛の色とか眼とか……全然違うのにそんなもんか? どこら辺が似ているのかと聞いた時の答えを俺は未だに覚えている。
「我がままそうな妹を持って苦労する兄」
実に的を射た意見だと思ったね。
「さーて、それじゃあ妹君。何が食べたい?」
「血」
周りの人に聞かせるようにして訊ねてみれば、これだ。
マジにマジで返すなんて天然の所もあるのだろうか。それとも、俺が知らないだけで何かしらの血を使った料理がこの世に存在するのだろうか。
「動物の血を使った料理ってあるのか?」
「え、人間の血が吸いたい」
そうだったな。料理が出来ないアリスが知っているわけないな。
「お兄ちゃん、血が吸いたい」
「そうか。じゃあ今日はニンジンのオンパレードだな」
「えー」
アリスは確か、俺の一個下だから今年で十七。吸血鬼だから殆ど成長しないんだと。NKKに所属している十五、六歳ぐらいの女の子で充分こいつを超える見た目の子もいる。やっぱり、栄養をちゃんと摂らないと駄目なんだろう。
ニンジンが嫌いって駄目だろ、十七歳。
「でもお兄ちゃんが自称料理得意でよかったよ」
「そうか、料理は食べるためにあるからな。食べてくれる人がいるとニンジンも嬉しいだろうよ」
そういってニンジンを籠の中に入れる。しかし、ニンジンが籠から取り出された。
「ニンジンは食べられたくないと思ってる」
「……」
代わりにトマトやもも肉なんかが籠に投入されて行く。
「……やれやれ」
その日の晩は野菜炒めになった。
八時を過ぎるとアリスは黒いマントを羽織って準備する。勿論、血を吸いに行くための準備だ。
「鍵は?」
「持った」
「気をつけてな」
「人間に捕まるようなへまはしないってば」
アリスは人間の血を吸いに夜出かける。日中でも行動できるようにNKKでは日焼け止めを完成しているのだから、適当な人間を襲って血を吸えばいい。
しかし、そこはアリスのこだわりがあるようで吸血鬼なんだから夜に血を吸わなくてはいけないと考えているそうだ。風呂上がりはバスローブ、寝るときは棺桶で寝るんだから吸血鬼としてのイメージを俺にちゃんと植えつけてくれている。
俺の血を吸えばいいんだけれど、どうやらアリスは飲みたくないらしい。中毒性の強い血らしく、一度飲んだら鳥子になるんだとか。苦みの強い癖のある血だそうだ。
アリスが血を吸いに出かけている間にお風呂へ入って今日習ったところの復習をリビングで行う。
「ただいま」
「ああ、お帰り」
吸血鬼だけあって空も飛ぶ。変身するかどうかは聞いた事が無いので不明だけれど、人間を襲うのは簡単だそうだ。
「どうだった?」
「まぁまぁかな……人が多くて血を吸う時間があまりなかった」
「ふーん? 誰にも見られなかったか」
「当たり前だよ
そういってお風呂に入りに行く。
「ふー……復習はこんなところでいいかな?」
本でも読もうかなと思っていたらチャイムがなった。
俺とアリスが住んでいる部屋に誰かが来ることはほとんどない。夜になればなおさらで、吸血鬼すらアリスには近寄りたくないそうだ。
「はいはい」
そう言う理由で、外に出る場合は相手を確認してから行くようにNKKから言われている。なんでも、この近くには狼男達の群れがあってちょっかいをかけてくるかもしれないそうだ。
「どちらさん?」
覗き穴から覗いてみると一人の少女が立っていた。にこにこと笑っているところは非常に友好的だ。
彼女は、羽津女学園の制服を着用していた。覗き穴に見えるように一枚の写真をひっ付けた。
「……ん?」
それにはアリスが女性を襲っているところがばっちり写っていた。
外に出ようとしたら首を振られる。一枚の紙が再び覗き穴に向けられる。
「……この少女の事が大切なら、あの子に知られず明日の放課後、屋上へ……」
少女は満足したようで消えてしまった。
文字通り、その場で消えたのだ。
リビングに戻って勉強道具を片づける。
「ふー、やっぱりシャワーだね。お風呂は熱くなって嫌だ」
そんな風にのんきに出てきたアリスを俺はじっと見る。
「どうしたの? もしかしてわたしを襲うつもりなのかな?」
敵うわけないでしょ、眼がそう語っていた。
今はそれどころじゃない。
「……アリス。今後は俺の血を吸わないか?」
「どうしたの? お兄ちゃんがそんな事を言うのは珍しいね」
「そんなことはいいんだ。で、どうだ?」
「んー、お兄ちゃんがどうしても飲んでほしいってわたしに頭を下げるならいいかな」
かなり馬鹿にしたような視線を向けられた。
こんな奴の為に頭を下げるのもどうかと思う。でも、正体がばれたらやっかいだ。アリスは勿論の事、俺にも飛び火する。アリスは吸血鬼だからいいとして、俺は何の変哲もない人間だ。
誰かに襲われたら面倒な事になる。
「俺の血を飲んでくれ」
「ぶっ……」
頭を下げたらアリスは飲んでいた牛乳を吐いた。
「これでいいんだろう? 約束したからな」
「ちょ、ちょっと待ってよっ」
しかしまぁ、何だか厄介そうな相手に見つかったぞ。
羽津女学園の女子生徒にばれたってのもまずいなぁ。