第三十七話:おそらくそれは勢いで
第三十七話
三年の期末テストが始まるって事は夏休みが近いって事だ。
特別クラスでは夏休み返上で勉強をするらしい。
といっても、俺がこの羽津女学園に居るのは一学期まで。つまり、夏休みのお勉強はしなくていいのだ、わはは。
「……はぁ」
「なんだ、元気ないな」
「あ、おはよう」
「おはよう」
俺の隣に座った椿たんが珍しげに俺を見ていた。
「どうしたんだ」
「うーん、何と言うかだな」
アリスからここを去ると告げられたのは昨日だ。まだ三週間ほど余裕があるとはいえ、先生たちをうまく納得させられるか不安だ。今日中に俺が言わなければアリス側から伝えられる。
だから、無視しても大丈夫なんだけどな。
俺は元々この場所にNKKから派遣されてやってきたのだ。正式な学園の生徒ではないし、去ることに対して異議もない。
ただ、椿たんのことは気になっていた。
俺がいなくて大丈夫か、みんなとやっていけるのか、ちゃんと受験勉強は続けるのか……NKKに戻ってしまえば確認するのも難しくなる。
「冬治? 体調でも悪いのか?」
「何でもない。心配してくれて、ありがとな」
「あたしの勉強に関わるからな。冬治は家庭教師って奴だろ」
こうやって冗談を言ってくれるようになったんだ。それに、椿たんなら……これからも何気に勉強を続けるはずだ。
俺が居てもいなくても、変わらないことはある。
「……椿」
「何だよ、改まって」
「俺、転校することになったんだ」
「……は?」
これが冗談だったなら嘘だよと言っただけどな。
最高に面白い顔をしている椿たんに笑うしかない。
「冗談言ってるとその面に拳が入るぞ」
「冗談じゃないんだ。悪いな。せっかく仲良くなれたって言うのに……家庭の都合で転校なんだよ」
「家庭の都合?」
「本当の事は放課後、話す。まだ俺もうまく話をまとめられていないんだ。待っててくれ」
「……ああ、覚悟しとけよ」
さぁて、波風立てずにどうやって伝えようかね。
やれやれ、中学を卒業してから……転校しまくりだったな。まさか三年になってもまた転校するとは意外だったが……。
将来についてはNKK行き決定である。
元より、本当の戸籍は行方不明の状態だ。一所に居続ければばれるかもしれないしなぁ。
考えることは椿たんのことばかり。
最初会った時はとても暴力的な人物だった。
それから彼女が牛鬼だと知って近づいたりもした。そういえば、怪我もしていたっけ。
俺がからかい続けた椿たんという言葉を椿は知らないままなのか……ま、それはどうでもいいかな。
そして、気付けば椿たんのことばかり考えて放課後になっていた。
「全く、二人ともどうしたんです? ろくに授業も聞かずぼけーっと……」
「ああ……」
「本当にどうしたんですか?」
信田さんが俺たち二人に話しかけてきても椿たんはどこか上の空だ。
「えーと、実は俺……転校するんです」
「は?」
信田さんが眉根をあげる。
「貴方、受験生でしょう?」
「そうです」
「それなのに転校するの?」
「家庭の事情という奴です」
「……ふーん、そう。家庭の事情なら仕方がないわね。わたしもよく振り回されるから」
信田さんはそう思えないんだけどなぁ。
ま、信田さんがあっさり納得してくれるのは想定済みだ。
「それで貴方の彼女が落ち込んでいるわけね」
「え?」
「知って居るわよ。この前告白して……今ではつきあっているのでしょう? お似合いのカップルですね」
ああ、そんな事もあったなぁ。
「彼女が行かないでって言ったらどうするの?」
信田さんの言葉に俺は首をすくめるしかない。
「そうですね、もし言われたらその時考えます」
「それで、いつからいなくなるの?」
「一学期中はいますよ」
「ふーん、残念ね。夏休みの間こっちで勉強できないなんて」
「確かに」
しばらく話をすると信田さんは帰っていった。
「椿たん」
「ん」
元気のない返事をされる。
「実はな、椿たんに話しておきたい事があるんだ」
「転校の話か? 聞いたぞ」
どこか不機嫌そうだった。
彼女が牛鬼だと言う事を知った。
椿たんは隠し通したかった事なのだろう。どうせ、俺はいなくなるのだ。それなら俺がここに来た本当の理由を教えておこうと思った。
「……俺がこっちに転校してきた事だよ。実は俺、羽津市に住んでいたんだ。その時に吸血鬼の事件と言うか何と言うか、そういったものに関与してそれから日本吸血鬼協会、通称NKKに……」
「難しいっ」
一喝された。
「もっとわかりやすく説明してくれ」
「あ、ああ。すまん。俺、本当は隣の市で行方不明状態なんだよ。NKKに入っているからな。一旦戻ることになる………って、これでわかるか?」
俺の言葉を全く椿たんは聞いていない。
じっと俺を見ているだけだ。
「……なぁ。お前、転校するんだろ?」
「うーん、転校って言うよりはやめるって言ったほうがいいかな」
「進学するんだろ。一緒に勉強してたじゃねぇか」
「……そうだな」
大学だって受けられないだろうからな。
「楽しかったよ。椿たんと一緒に勉強できて」
「……」
無言で見てくる椿たんは最初の頃とは打って変わって寂しげな表情をしている。
「さっき、信田が言ってたろ?」
「何を?」
「彼女が引きとめたらどうするのかって」
「ああ、言ってたな。それが?」
「あたしをお前の彼女にしてくれよ。そうしたら、居てくれるんだろ?」
さっきのあれは信田さんなりの冗談だと思ったんだがね、椿たんはそう思っていなかったらしい。
「あたしがお前の彼女でも友達でもあまり変わらないだろ?」
「変わるぞ」
「何がだよ」
真剣な表情だ。
茶化したら殴られるか、泣いて逃げられるかのどちらか……あるいは、その両方か?
椿たんが泣くなんてありえねぇよと自分の考えを一蹴する。
石見椿を女と意識した事なんてなかった気がするのに、離れると寂しいと感じちまう。単なる友達の延長戦のはずなのにな。
「いいかー、恋人ってのは腕を組んでデートしたり、キスしたり、いちゃいちゃするもんだ……んぷっ」
いきなり椿たんが唇を奪ってきた。
「これでいいんだろ?」
「……お、おい椿たん」
「こんなに頼んでも駄目か?」
俺の考えは正しかったようで……眼に涙を溜めていた。
そんな椿たんはみた事が無いし、見たくもなかった。
決心したはずなのにあっさりと俺の心は椿たんのキスによって折れてしまったのだった。
「わかった、残れるかどうかアリスに聞いてみるよ」
「駄目だったら……NKKって組織を潰すからな」
椿たんなりの冗談かと思ったら眼が笑っていない。
牛鬼対吸血鬼か……NKKがつぶれないように俺が尽力する必要がありそうだ。




