第三十五話:好きな相手は試してみたい
第三十五話
黒服の女性達に囲まれて、俺はその向こう側に居る葛ノ葉さんへと視線を向ける。
「こ、この人達は一体何者ですか!」
「わたしと冬治さんのクピドです」
「はぁ?」
どうみても悪魔の使いか、その類なんじゃないのか? 全員、グラサンに黒いスーツなんだぜ?
「これから冬治さんが本当にわたしの事を愛してくれているのか……テストをします」
「テスト?」
「連れて行って」
葛ノ葉さんの指示で女性達が動き出す。徐々に近づく包囲網に俺はただ声をかけるしかない。
「こんなのおかしいですって! 俺の言葉が信じられないんですかっ」
俺の事を少しでも信用してくれているのなら……彼女は俺の言葉を聞いてくれるはずだ。
「はいっ」
「くそ、言いきったよ。せめて少しでも悩んでくださいって」
大人しく捕まるのも癪だ。
にじりよってくる女性たちを睨み、俺は歯をむき出しにして威嚇する。
「言っときますけど、抵抗します。怪我したって知りませんよ?」
「冬治さんは人間なのでしょう?」
「やってみなきゃわかりませんよ」
不敵に笑うと少しだけ葛ノ葉さんが歯噛みしていた。
これは効果があったようで、黒服の女性達も動きを止めた。
「お嬢様如何いたしましょう」
「構いません。こちらの方が数で有利です。捕まえてください」
飛びかかってくる黒服さん達を見て俺は思った。
「やっぱり、男なんだから格闘技の一つや二つ、習っておけばよかった」
口だけじゃ、切り抜けられない時もあるからね。
結構乱暴に捕らえられて、縄に縛られた。そしておまけとして俺の顔にスプレーのようなものまで拭きつけてきやがった。
「ふにゃ」
それは非常に眠くなる類のガスで、俺の意識も吹き飛んでしまったのだった。
「冬治さん」
「ん?」
眼が覚めて身体を動かそうとする。
昨日まで出来ていた事が出来なかった。
「あれ?」
腕が椅子の肘かけに縛られていた。
身体も、頭も、足もどこもかしこもだ。
「これから……テストをします」
「テスト?」
暗がりの部屋、俺が見る先には黒と赤の着物を着た葛ノ葉さんがいた。
狐の耳が生えていて、大きな尻尾も健在だ……そして、普段は閉じられている糸目が開いていた。
どきっとするような綺麗な顔だった。妖艶な印象を与えているのは背中近くに浮かんでいる鬼火のせいでもあるかもしれない。
「一体俺の何をテストするんですか?」
信じられない程大きなモンスターと戦えと言うのだろうか。
「わたしの質問に答えて頂くだけで結構です」
「なんだ、それなら簡単ですね」
自分の予想が外れたことにほっと胸をなでおろす。
「でも、嘘をついたら電流が走ります」
「え?」
椅子から離れようとして手足をばたつかせてみる。
その程度で壊れるようなものでもないのか、椅子は音もしなかった。
「では何問か練習でやってみましょうか」
「ちょっと……電気って身体にあんまり良くないんですよ? 俺の息子が……」
「夢川冬治はえっちである」
「ノー……ぎゃああああっ」
俺も知らなかった新事実だ。エロ本そんなに持ってないんだけれど、駄目か。持ってる時点でアウトなのか。
「女の子より男の子のほうが好きだ」
「ノー」
椅子が電気を発しなかった。
よかった、俺はノーマルだ。
「信田葛ノ葉との出会いは運命だった」
「イエス……ぎゃあああああっ」
葛ノ葉さんが喜んでくれるような答えをすれば走るのか……。
「冬治さん……別に運命だなんて気を利かせなくていいんですよ?」
「……それでも男は見栄を張りたい生き物なんです」
「運命なんて俺が切り開くと言えばそれなりにかっこいいのでは?」
ああ、言いようがあるのね。
俺がまだまだ葛ノ葉さんの事を知らない証拠だな。
「そろそろ本番へ行きましょうか」
「無駄に二発喰らってますが」
「では第一問」
「スル―ですか」
俺の言葉をさらりと無視して彼女は問題を出し始めた。
「夢川冬治は信田葛ノ葉が好きである」
「イ、イエッスっ……ぎゃああああっ」
何故だか電気が流れた。
そんなはずはない。俺は、彼女の事が好きなんだと思う。
「と、冬治さん……嘘をついたと言う事ですか?」
「も、もう一度聞いてみてくださいっ」
絶望的な表情を見せる葛ノ葉さんに俺は懇願した。
「お願いしますっ」
「……夢川冬治は信田葛ノ葉が好きである」
「イエス」
電気は流れなかった。
「気持ちにムラがある? わたしの性格が気にいらないのかな」
多分、こんな事をする相手の事を好きになるのは……なかなか難しいんじゃないでしょうか。
「多分……イ、イエスと言ったのが『いいえっす!』と聞こえた……つまり、ノーだと機械が判断したと思いますよ」
それでもまぁフォローしてしまうのは俺が、葛ノ葉さんの事を好きだからだ。
「夢川冬治は信田葛ノ葉が好きである」
「イエス」
電流は俺に走らなかった。
ほっとしているのは俺より、葛ノ葉さんのようだ。
「夢川冬治は信田葛ノ葉と結婚がしたい」
「……」
「冬治さん、答えてください」
恐い顔でこっちに近づいてきた。
俺は葛ノ葉さんの顔を見て言う。
「葛ノ葉さん。俺はまだ……何も出来ない学生です。自分の気持ちを偽って、イエス……のほぉぉぉぉ……」
電流が流れた。
「……くそっ、人が真面目に喋っているのに電流が走るとか気がきかねぇなっ。俺が好きだって告げた時……将来的には結婚も考えていました。でも、こうやって人の気持ちを引きずりだすのはあまり良くないと思うんです」
今更ながら抗議して見せた。
流されやすいと思われたら敵わないからな。
「冬治さんの気持ちは受け取りました」
「葛ノ葉さん……」
やっぱり、話せばわかってもらえるんだ。
ほっと口から安堵の息が漏れた。
「でも、本当は冬治さんの困った顔がみたいだけなんですっ」
「え……」
「冬治さんはこうやってわたしにいじられる事が好きになりつつある」
「ノー」
びりりと来たら大変な事になってたぜ。
「今ほっとしました?」
「の、ノー……ぎゃあああっ」
そろそろ身体から焦げ臭いにおいがしてくるんじゃないだろうか。
それからいじめられるだけの目的で電気が流され続けた気がする。
「……ぷしゅー」
「最後の質問です」
歓声を挙げ続けていた葛ノ葉さんが俺の手を掴んだ。
「……今、冬治さんはわたしとキスがしたいと思ってる?」
えー、正直に告白しますと今すぐに逃げ出したいと思っている所存です。
つまり、ここでノーと答えれば電流は流れません。しかし、イエスと言えば……電流が流れる。葛ノ葉さんを巻き込むことになる。
「キス……ですか。もっと普通の場所でしたいんですけど……ムードって大切だと思いますよ。俺、キスなんてした事ありませんけどね」
「わたしもありません。でも、ファーストキスが暗がりで、灯りと言えばろうそくだけ……ムードがあると言いませんか?」
「ノー」
電流は当然走らない。
「電気椅子に座っている状態じゃ、嫌です。これじゃ俺の方から出来ませんからね」
「わかりました」
俺はこうして電気椅子から解放されたのだった。
「冬治さん」
「はい」
「してください」
「……わかりました」
暗くて灯りと言えばろうそくだけ……記念すべきファーストキスはムードがあるとは言えない場所だった。
いずれ、思い出す時が来るんだろうな。
ああ、あの頃はよく葛ノ葉さんに電気を流されたなーってさ。




