第三十四話:お忘れ
第三十四話
柊の家庭教師になって四日目、俺は屋敷へと続く道でデジャヴを覚えた。
「……以前通った事がある道だよな」
勿論、今日で四回目だ。見える景色は変わらないし、家に近づくにつれて寒くなっていくのも昨日と同じ。
何と言うのだろうか、もう少し低い位置から見ていた気がする。
小学生ぐらいの身長で、見る事が出来たならこの変な感じも無くなるだろう。
時間まで余裕があるし、眼と鼻の先だ。俺は腰を屈めて道を見てみた。
「痛っ……」
そうすると今度は頭が痛くなった。
激しく揺さぶられるような痛みの痕に、吐き気を催すような代物だ。
何かいに入れていたらリヴァースしてしまいそうな気分になりながら、俺は柊の家へと歩いて向かう事にした。
屋敷を目の前にすると吐き気と痛みは引っ込んだ。
「ふぅ」
二日酔いになったことはまだ無いけれど、おそらくこんな感じになるのだろう。
数十秒、近くの木に背を預けて頭痛が去ってくれるのを待ってから俺は再び柊の家へと向かうのであった。
呼び鈴を押して中から柊が出るまで俺は着てきたコートやマフラーを着用する。
一度目の時は緊張から寒さをあまり感じなかったけれど、二日目からは寒かった。夏真っ盛りだと言うのにさすが雪女の屋敷といったところか。
「お兄さん居らっしゃい」
「お邪魔するぜ」
「どうぞー」
柊に招かれて俺は屋敷の中へと案内される。
先ほど感じていたものは消え失せており、気分が悪くなる事もない。
「何だったんだろうなぁ」
「え? 何が?」
「さっきデジャヴっていうの? 何だか見たことあるなーってこの道を来る時に思ったんだよ」
「最近来ているよ?」
至極尤もな事を言われて俺は頷く。
「でもな、違うんだ。今は目線が高いんだよ。もっと小さい頃に見た事がある気がするんだ」
俺がそう言うと柊は簡単だとばかりに手を叩いた。
「記憶が戻りかけるんだよ! うん、そうだ、そうに違いないっ」
柊の手の叩きようはまるで子どものようで(体つきは未だに子どもだが)可愛かった。
まぁ、柊が可愛いのは今に始まったことではないけどな。
「お兄さん。夏だし、かき氷を準備するね」
夏真っ盛りと言えど、家の中でコートを着込むようなところだ。
「お前は俺を……」
「待っていてね」
人の話を聞かない柊は右手を広げて氷を作りだした。そしてこれまた氷でかき氷をつくる道具を作成……手先の器用な? 奴だな。
「はい、完成。かき氷プレーン味だよ」
何だよ、かき氷プレーン味って。
「氷の味そのものを楽しむ通な食べ方だよ」
「通すぎるわっ」
氷の味ねぇ……そもそもこのかき氷の氷、柊が作り出した奴だろ。つまり、柊の味を楽しむって事じゃねぇか。
「何だかエロいな」
「え?」
「あ、気にするな」
「シロップあるけどどうする?」
「練乳あるか?」
「あるよー」
冷蔵庫から練乳を持ってきてもらい(この屋敷に冷蔵庫は必要ないと思う)かき氷へとぶっかける。
「柊を汚してしまった」
「僕は汚れてないよ?」
首をかしげる柊の応えに曖昧に頷き、俺は改めてかき氷を見た。
「……さすがに悪ふざけが過ぎたな」
しかし、冷静に考えてみたらかき氷に練乳だけか。
ま、何とかなるだろ。
たかだかかき氷だ。何も恐れることは無い。
「いただきまーす……」
恐ろしい程冷たくなった金属スプーンを手渡され、氷を掬う。
ぱくっと口の中に放り込んでみると甘さの後に寒さが、シベリア寒気団ばりの寒さが俺の体内を蹂躙して行った。
「あふふふふ……」
マフラー、コートなんて関係ない雪女印のかき氷。腑の芯から凍らせる様な寒さだ。
「どう? おいしい?」
「しゃ、寒いっ」
「……じゃあ僕が温めてあげようか?」
「何でもいいから頼む」
「えいっ」
そういってぴったりと身体をくっつけてくる。
余計寒くなった。
そりゃそうだ、柊は雪女なのだ。
「全く、また俺にかき氷を食べさせやがった。しかも、あの時と同じ手法で俺にくっつこうとするなんて柊も進歩が……?」
期待するような柊の視線を俺は見た事がある。
あれはいつだったか……。確か、小さい頃だ。小学生だったと思う。
出会ったその日に仲良くなった確か男の子? だったかな。
あの時の俺はであったその相手の事を男だと思っていた。
こことはまた違う屋敷の布団に寝かされていたはずだ。
「お兄さん? 思い出せた?」
記憶の中に現れた少年と、今の柊はやはり、どこか重なっている。
おそらく俺は非常に失礼な勘違いをしていたのだろう。
「それとも、冬治君って言ったほうが思い出せるかもしれないね」
淡く笑った柊の顔を見て、体の芯まで冷え切った俺は震えながら首を縦に振ったのであった。




