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第三十一話:彼女なりの試験

第三十一話

 部屋に朝食が運ばれてきて(和風メイドが持ってきた)、俺は焼き魚に箸を伸ばす。

「ふぁ、寝むっ……」

「冬治さん」

「はい?」

 半分眠ったような頭で葛ノ葉さんを見る。すでに黄色と白の着物に着替えていた。

「結局何もしてくれなかったんですね?」

 その一言で目が覚める。出来れば魚が口の中に入る前に言ってほしかったぜ。

「げほっ……し、してませんよっ」

「何故?」

「何故って……そんな、寝ている相手をその、襲うみたいなことは……」

 真正面から見られてたら困るしかない。

「据え膳食わぬは男のなんとやら……そう言うのではないでしょうか」

「どうでしたかねー……」

 怒られるかなと葛ノ葉さんを見てみるとそうでもなかった。

「……紳士なんですね。ご飯粒ついてますよ」

 俺の頬を彼女の指が撫で、そのまま葛ノ葉さんは自分の口へとご飯粒を持って行く。

「と、ともかく。そういうのはあれです。今日の午後五時に決めましょう。さ、ご飯を食べて出かけますよ」

「そうですね」

 これ以上話をしていたらまた変な方向へ話を持って行かれるからな。

 朝からそういうのはよくない……だったら、夜ならいいのかと聞かれたら微妙だ。

「あ、そういえばアリスに連絡してなかったな」

「妹さんですね? ちゃんと対応していますから安心してください」

「え、でも……」

「大丈夫です」

 目の前に迫って葛ノ葉さんが笑っていた。

「そ、そうですか……あ、ありがとうございます」

 葛ノ葉さんがちゃんと連絡してくれているのならいいだろう。

 いいよな?

 懸案事項が減ったので俺は葛ノ葉さんの事に集中することにした。

 さて、今日はどこに行こうか。

「それで、どこに行くのですか?」

 葛ノ葉さんが期待した目でこっちを見てきていた。

 遊園地、動物園、植物園にちょっと時期的に早いけれど海って選択肢もある。

「遠出なら車もこちらで準備しますよ?」

 でも、違うんだよな。

 デートはデートだ。でも、俺の選択いかんによっては会う事もなくなるのだろう。

「……今日は俺達が放課後周った場所を順番に行きましょうか」

「え?」 

「車は要りません。電車も使いません……必要なのは俺と、葛ノ葉さんだけです」

 何か言われるかなと少しだけ待つ。

「わかりました」

 俺の言葉に葛ノ葉さんは頷いてそれっきりだった。

 それから学生服を着て、俺と葛ノ葉さんは一緒に外へと出る。待ち合わせも悪くないかな―と考えて、時間が減るのはよくないと結論付けた。

「さ、行きましょうか」

「はい」

 手をつなぐとか、腕を組むなんて事はしない。

 俺葛ノ葉さんは友達だ。友達はおそらく、そんなことしない。

「どこに行くんですか?」

「最初はののの屋です」

 開店時間にはまだ早いが、葛ノ葉さんの家から歩けばののの屋の開店と同時に入りこむ事が出来るだろう。

 ののの屋へと近づいている間も、葛ノ葉さんは積極的に話しかけてきてくれる。

「平日だから人が少ないでしょうね。わたしが学園をサボるなんて思いもしませんでしたよ」

「俺もです。葛ノ葉さんが狐だと言うのは知ってましたが……まさか、今日一日で結婚する相手になるか、それとも会えなくなるのかなんて両極端すぎますよ。あの、葛ノ葉さんがたとえ居なくなったとしても会いに行こうとすれば会えるのではないんですか?」

 俺の質問に葛ノ葉さんは首を振ってしまう。

「そういう話はやめましょう」

「すみません」

 ちょっと考えれば困らせるような質問だとわかるはずだ。

 それでも質問してしまったのはやっぱり俺が彼女ともっと仲良くなりたいと思っているからだろうか?

 自分の気持ちに整理をつけるため、今日のデートを考えたはずなんだけどなぁ。一日で心の整理なんてつくとは思えないぞ。

「あ、つきましたよ」

 葛ノ葉さんに手を引かれ、俺たちはののの屋へと入ったのだった。

 思ったより人がいて(買い物帰りのおばさま方)、三十分程度あの頃を懐かしがった。

「次はどこへ向かうのですか?」

「そうですね、次は本屋さんに行きましょうか」

 これまた放課後一緒に行った場所だ。

 ののの屋を出てすぐに、俺の腕を葛ノ葉さんが掴んだ。

「デートだからいいですよね?」

「どうぞご自由に」

 これはもう、傍から見たら友達に見えないよな。

 押しつけられる胸の感触に『このまま抱きしめて愛の告白をしちまえよー』と脳内の黒い悪魔がいやらしく笑っている。

 まぁ、それに『もっとボインがいるはずだぜー』と白い悪魔が横やりを入れる。

「冬治さんどうかしました?」

「いえ、その……ちょっと恥ずかしくって」

「私もです」

 ふにゃっとした笑顔を向けられて、脳内悪魔が手を取り合って頷き合っている。

『可愛ければいいじゃん』

 実に的を射た意見だ。

 そんな二人の時間に、携帯電話が鳴り響いた。

「あ、俺だ。すみません、ちょっと電話してきますね」

「はい」

 俺は葛ノ葉さんから離れて、電話を取って相手と少し話したのであった。

 電話がかかってくると言うトラブルはあったが、それからも放課後行った場所であの時はこんな事があった、こっちではこういったことがあったと懐かしんで話をした。

「一日早いなー」

 時刻は四時半だ。残り三十分になったが、葛ノ葉さんは別に焦った様子を見せたりしなかった。

「冬治さん。次でおそらく終わりになるでしょう」

「そうですね」

「私は悔いが無いように、貴方について行きます」

「わかりました」

 俺が最後に選んだ場所は学園の三年特別教室だ。

 本当はまだまだ向かいたい場所があったし、お客さんが多くて行けなかった場所もあった。

「教室ですか?」

 現在の時刻は四時四十五分。残り十五分だ。

「はい。あまり一緒に勉強していたわけじゃありませんがね。やっぱり、ここがなかったらこんなことはしていなかった、そう思います」

「いいえ、そうでなくてもわたしは冬治さんの調査をしました」

「葛ノ葉さんならそうでしょう」

 俺は苦笑するしかない。

 しかし、そろそろこんなやり取りも終わりにしなければ時間が差し迫っているからなぁ。俺は手帳を取り出して読み上げるような仕草をする。

「信田葛ノ葉。特別という言葉に重みを置く狐のお嬢様。性格は初対面の相手には警戒心が強いものの、親しいものには優しく丁寧な態度を取る。好きな物は甘い物、特にののの屋のクレープストロベリー味を好む。嫌いな物は油揚げ。自身が狐の種族である為に頑張っているが努力は微妙なところ……」

「冬治さん?」

 話しかけようとする葛ノ葉さんを手で制し、俺は続ける。

「出身地は信田。葛ノ葉狐の種族で、悲恋の昔話を一族の掟としている。一度家を出たら伴侶が決まるまで家には帰れず、一度きりの告白が失敗すれば親の決めた相手と結婚することになる。ちなみに、信田葛ノ葉の結婚相手は……」

 俺はごくりと唾を呑んだ。

「俺です」

 時刻は四時五十三分。

「あの時の電話はカンニングの為ですか」

 葛ノ葉さんは思ったよりも喜んでくれない。

「違います。葛ノ葉狐について、その、十九歳についての誕生日ですか? そういった事を詳しく聞いておきたかったからです」

「そうですか……わたしと婚儀をしてくれるのは憐みからでしょうか?」

 嘘を見透かすような目をしてきた。嘘を言うつもりはないものの、ついたじろいでしまう。

「正直に言って、俺はまだ葛ノ葉さんの事を愛しているのかわかりません。でも、葛ノ葉さんが居なくなって、他の誰かと結婚すると思うと非常にイライラします」

「そんな理由で?」

「俺はまだ、葛ノ葉さんと一緒に放課後帰りたいんです。海や市民プール……はお嬢様だからあり得ないですね。山とか、動物園……廃れた遊園地じゃなくてちゃんとした遊園地に行きたいっ」

「……」

 時計に一瞥する。

 時刻は四時五十六分になっていた。

「冬治さんは本気ですか?」

「本気です」

「……ありがとうございます」

 葛ノ葉さんは真面目くさった顔で手を叩いた。

「え?」

 まるでそれを合図にしていたかのように……教室の扉が開いて、黒服の女性達が現れたのであった。


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