第二十九話:石見パパと牛鬼
第二十九話
俺は椿たんと共に天井が高く、それでいて体育館並みに広い場所へと案内された。畳から落ちついた気持ちにさせてくれる匂いが漂っている。
今日のアリスは黒と赤のドレスに身を包んでいて、NKKの正式な使者としてここへやってきたらしい。
「誰だあれ」
久しぶりのドレス姿に珍しなーと思っていたら脇を突いて椿がそんな事を聞いてきた。
「言ってなかったか? 妹だよ」
「似てないな」
「まぁ、どっちかというと同居人だけどさ」
「それはどういう……」
椿たんの言葉は上から落ちてきた牛鬼のせいで遮られた。
音もせず、畳がおかしくなる事も無い。
「あれ、お父さんだよな?」
「そうだ」
「目元が似てる」
「……そうか?」
ちょっとぼけてみただけだ。
椿たんの父親がジョーク嫌いだったら命の保証はないため、もっと別の事を聞くことにした。
「大人になっても別に大きくなるわけじゃないんだな」
「家の中で大きくなったら家が壊れるだろ」
それもそうだ。
「夢川君と言ったな?」
「はい」
「私の姿を見てどう思う?」
「……大きいなぁと」
間違ってない解答だよな?
「それだけか?」
どうやら足りなかったようだ。
「……ダンディーです」
「おい、見た目はあたしと変わらないんだろ? あたしもダンディーだって言うのか」
「……椿たんのはセクシー?」
「こっちが聞いてるんだよっ」
「あいたっ」
そんなやり取りをしていると若干呆れたようなため息が聞こえてきた。
「ふむ、本当に驚いてないな」
さすがに初見なら驚いたかもしれないが、一度椿たんで見ているからなぁ。
「そろそろよろしいですか」
「うむ」
アリスは一度頭を下げてから喋り出した。
「駅前神社跡地に関係しているのが石見さんだとは思いませんでしたよ」
「吸血鬼だったな」
「はい」
「それを知ってどうする」
心なしか椿たんより幾分か恐いな。
これが父親と娘の違いだろうか。
ああ、普段は機嫌が悪そうな分、椿たんの方が恐く見えるけどさ。
「いてっ」
「何ニヤニヤしてんだよっ」
肘で小突かれた。
「え、ニヤニヤしてたか?」
「ちょっと気持ち悪いぞ」
「……椿たんの事を考えていただけだよ。ニヤニヤはしてない」
「まさかお前、あたしを嵌めようとか考えてないだろうな」
「おいおい、こんなところでそんなはしたな……」
ここでアリスと牛鬼に睨まれたので俺はお口にチャックした。
いかんな、椿たんが隣にいるとついいつも通りになってしまう。今はシリアスな表情を作らねば……。
「今度はどうした? おしっこをがまんしてるのか」
「してない。真剣な表情をしているだけだ。あんまり話しかけるんじゃない」
「うりうり」
「おい、だからちょっかいをだすんじゃ……」
「ごちゃごちゃうるさいっ」
牛鬼が吠えた。
それはもうタマヒュン状態で俺はつい直立不動へと体位変換してしまうぐらいの恐さだった。
「こほん、個人的に知りたい事です」
アリスが何事もなかったように会話をつづけていた。
椿たんは俺を見て笑っている。くそ、あとで見てろよ……。
「好奇心は猫を殺すと言う言葉は知っているか」
「わたしは猫ではありませんからね。NKKは一切関係ありません」
「おい、アリス。椿た……石見さんのお父さんが困っているだろうが」
目の前にいる牛鬼も石見さんなんだけどな。さすがに父親の前で椿たんだなんて言えるはずもない。
さっきまで椿たんって呼んでいた気がしないでもない。でも、ま、お父さんはそれどころじゃなかったみたいだからな。
石見さんで通そうと思っていたら隣の椿たんが顔を覗き込んできた。
「どうした?」
「どうしたって……夢川……いつもみたいに椿たんって呼んでくれないのか?」
椿たんがまさかの反応をして困惑してしまう。なんだか少しだけ傷ついた表情をしている。
少し馬鹿にしているつもりで椿たんって呼んでいたのに、本人は案外気にいって居たのだろうか。
「……椿たん?」
じろりと椿たんのお父さんから睨まれた。
「吸血鬼のアリスさん。この話は一旦置いておこう。ややこしくて小難しい。まずはそっちの二人の件だ」
「は、はい」
完全に地雷踏んだよ。
地雷あるのわかっていたら迂回しようとしたら椿たんが踏んじゃって、それを俺が喰らうみたいな?
石見パパはこっちを見た。
「椿たん、とはどういう事だね」
その目は嘘は許さないと言う……有り体に言ってしまえ娘を貰いに来た時に父親がするそれと同じだった。
「それは……そのー」
くそうっ。からかって呼び続けたから罰が当たったのかっ。
窮地に陥った俺を助けてくれたのは……椿たんだった。
静かに俺の前へ出て父親を見つめている。
「愛称だよ。夢川はいつもあたしをそう呼んでくれてるんだ。夢川はあたしが知らなかった事を色々教えてくれる……いろんな場所、たとえば静かな場所でな」
「ほぉ?」
椿たんは多分、勉強を教えた事を言ってるんだろうなぁ。でも、お父さんの方は完全に誤解しているようだ。
アリスも黙って俺たちを見ている。
「お父さんが考えているようなことは一切していません!」
「君からお父さんと言われる筋合いは無いな」
何だよ、このやり取りは。
くそっ、ここはいつも通り自然な形にするしかない。
「えーと、椿たんと俺は……」
どう答えればいいんだ。
「親友です」
これでいいだろうか。
「そうだな。無二の親友だ」
椿たんからオーケーが出た。
「ふむ……そうか。椿がそう言うのならそうなのだろう」
お父さんの方も何とか抑える事が出来たようだ。
「それで、さっきの牛鬼の件なんですけど」
これ以上の突っ込みを抑えるためには話を変えるしかない。
椿たんと同じで激昂させたら何するかわからないからな。
「さっきの件? 君も知りたいのか?」
「えー、そりゃあ、椿たんに関係している事でもありますんで……知っておいて損はないかなーと」
「ま、いいだろう」
牛鬼は俺を値踏みするような目をして頷いた。
「今ある西羽津の神社と以前の西羽津の神社は全くの別物……」
「別物?」
「そうだ」
何だか関係のないような所から話が始まったようだった。これは関係あるのだろうか。
「以前の西羽津の神社では牛鬼の姿が神として崇められたのだ」
「え? 神として崇められてたのですか」
どうみても化け物にしか見えなかった。神様ならもうちょっと神々しい感じがでそうだけどなぁ。
「非常に古い頃の話だ。ここの地域を収めていた者たち……村長達は神の力を借りて姿を消し、村を納めてきたのだ。いつからか彼らは宝具とやらを作りだし、それを今で言うところの神社に納めたのだ」
「宝具が牛鬼の像ということでしょうか」
俺の質問に石見さんは首を振った。
「いいや、違う。あくまで牛鬼は像として設置されたものだ。宝具に関しては富木から教えないようにと契約しているから教えられない」
「はぁ」
「それから、神の力を欲するなんて恐れ多き事だと宝具に近寄るものはいなかった。村長達を調べる者が出たとしても、まずは宝具と呼ばれる方を調べるだろうと村長達も思っていたのだろう。それは宝具ではなく罠だったのだ」
「罠ですって?」
今度は俺ではなくアリスが食いついた。
「そうだ。その罠は実に巧妙……というよりは人智を超えた何かだ。人の意思を読み取る代物。神の事を考えて触れれば神の世界に飛ばされる。こっちの世界では認識することができず、あっちの世界は一見するとこっちに繋がっているからな。普通の人間が飛ばされると他の人間を認識することができず、広い牢屋に入れられたようなものらしいぞ」
あっちこっち言われたってよくわからない。
そもそも、人智を超えた物ってどうやって作りだしたんだろう。
「なるほど、効果的ね。神の力が欲しいのならいっそ、神の世界に閉じ込めようってことか」
アリスはしきりに頷いていたが、俺はいま一つ理解できていない。
「罠が完成して、数年が経った。その村は他の村とも交流していたし、旅人が暮らす事もあったのだ。旅人には宝具の事を話していたが、絶対に触れないよう告げたそうだ。宝具の噂を聞きつける前に、村の子どもがどうやら宝具を持ち出そうとしたらしい」
御座敷が静まり返る。
「その子供はどうなったんですか?」
「たまたま、旅人の子どもがそれを見つけてな。その宝具に触れないよう教えに言ったそうだ。しかし、間に合わなかった。男の子は行方不明になり、神の世界へ連れて行かれたのだ。その場面を見たほうの男の子にも影響があった」
俺は手を挙げた。
「よくわかりません」
「私も初めてこの話を聞いたときは作り話だと思ったさ。話が伝えられる過程で変わってしまった場所もあるかもしれない。根本的なところはかわっていないそうだ。あちらの世界へ人間を放り込む時鍵穴のようなものがいるらしい」
「鍵穴?」
「そうだ。鍵穴でわからないのならパズルでも何でもいい。人間の姿ではあちら側へと行けない。だから、形に合わせるために人間の形を変えたそうだ」
「え」
人間の形が変わる……か。
「例えはこのまま鍵穴にしておこうか。連れて行かれた男の子が鍵となり、扉を開けた時にどうも向こうの世界から何かが出てきたようだ。そして、それは一番近くにいた我々の祖先と同化したのだ」
「じゃあ、妖怪というより椿たん達は……」
「そうだな。神様と言ったほうがいいのかもしれない」
隣の椿たんをみる。
「ん? 何だよ」
「……はぁ」
何だか残念な神様だ。
「あとはこの土地に住みついて神社側と連携してまとめてきたのが我が一族だ」
「何かしていると言うわけじゃないんですね」
「そうだ。何かするほうが駄目だろうからな」
そりゃそうか。神様がちょっかい出したら面倒である。
「じゃあ、椿た……石見一族は半神と言う事でしょうか」
「そうだな。今この状態は確かに神様だ。しかし、こうやって……」
今度は人の姿へと変わる。
「こうなると人間だな。正確には半神ではないと思うが……」
「ふーむ……」
その話が全部本当だったとしてもいくつか疑問点は残る。まず、その宝具を作った村長とか言う連中なんだよなぁ。
俺の疑問を感じとったのか、石見さんが口を開いた。
「村長達は既にこの町から殆ど姿を消している。何名かは残っているようだ……しかし、感じることは出来ても特定はできない」
感じるって……それも神様の力なのだろうか。
「探すのはやめておいた方がいい。あちらへ放り込まれる恐れがあるからな」
「わかりました。でも、その村長たちって何者なんでしょう」
「私が思うに人の身でありながら神の世界でも五感を維持できる者たちだと思う」
「五感を維持する?」
「そうだ。あちらの世界に連れ込まれた人間はこちらを認識できなくなるそうだ。こちらの人、音、匂いが分からなくなる。しかし、村長達は向こうに居ながらこちらの世界の人達を認識し、干渉することが可能だそうだ」
「ほぉ」
透明人間って事か。
「私たちは姿が透明になる代わりにこうやってあちらの世界の半身を呼び出すのだ」
瞬きの間に今度は牛鬼になっていた。
「なるほど」
大した芸当である。
「まだ駅前神社の跡地には宝具……いいや、罠が残っている。駅前跡地のプレート周辺にある。そこに気をつけてくれればいい」
もしかしてそのプレートが宝具……ってことはさすがに無いよな。
考えないようにするのは難しそうだ。
覚えている間は近づかないほうが無難だろう。
「わたしからもう一つあるんですが」
「何だ」
アリスが話し始めた時、脇を突かれた。
「飽きた。もう行こうぜ」
「え、あ、ちょっと……どこへ?」
まだ話を聞きたかった俺は退室する椿たんに引っ張られるのだった。




