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第二十八話:吸血鬼と人

第二十八話

 アリスにとって夢川冬治は住み込みのお手伝いのような存在だ。

 NKKに所属しているときも研究室で一緒に暮らしていたが、からかい口調のお兄ちゃんという呼び方を続けている。

 本来はアリスの姉の知り合いであった。

 色々と紆余曲折を経て、NKKに冬治が入った後は顔見知りという理由で一緒にいるのである。

 冬治の仕事は研究部門の清掃だ。しかし、アリスの研究室に住んでいるので彼女の世話も自主的に行っている。

 彼が西羽津市に赴くときも気まぐれで同行しただけだ。

「もうっ、わたしの世話をするのがお兄ちゃんの仕事じゃないのっ」

 冬治があっちの世界に行ったその日の晩、家に帰ってきてカップラーメンを準備する。アリスはまともな晩御飯を作れないのだ。それどころか、炊飯器の使い方も興味が無い。

 天才なのだから少し勉強すれば出来そうなものだが……どうにも相性が悪いようで以前試したときに何度か炊飯器を壊し、他の吸血鬼に笑われた。

 プライドが高かったため、もう二度と炊飯器に触れることが無かった。土鍋で炊いた時は何とか食べられる……でも、出来る事なら食べたくないような代物が出来た。

 由乃という吸血鬼と組んでいた時はそちらが準備してくれていたし、冬治がNKKに居る時は料理を担当してくれていた。

「ほーんと、お兄ちゃんが居ないと不便だー」

 ぶーたれながらカップラーメンをすする。

「うん、これおいしー。お兄ちゃんの料理よりおいしいかも? 別に居なくなっても料理じゃ困らないかな」

 からかうようにそう言っていつも冬治の座る場所をつい見てしまう。当然、居るわけが無いので返事は無かった。

「うーん、血でも吸ってくるかな」

 最近は有無を言わせず冬治が肩を見せてくるので探す手間が省けていた。

 冬治のものは味わえば味わう程不思議な血で吸う度に美味しくなるのだ。

 血を抜いて何度か研究してみたが特別と言われている割には拍子抜けするほど普通の血であった。

 ただのAB型でCCDeeだ。

 居ない人間の血が吸えるわけでもない。癖になるような味だとしても、味さえ気にしなければ人間は腐るほどうろうろしている。

 今日も一人の人間を気絶させ、手際良く血を頂く。

「まずっ」

 吸えたものではなかった。

 一応、飲み込んでみたもののまるで泥水を啜ったような気分になった。

 気絶させた人間はいつものように放置した。

 近くのコンビニで水を買ってうがいをし、捨てる。

「……もうお風呂に入って寝よう」

 そしてその日はあっさりと寝てしまうのであった。

 次の日、目を覚ますと時計の針が十二時を指していた。

「……えーっと」

 眼をこすり、時計が壊れているのではないかとリビングのテレビをつける。

 お昼の情報番組が流れていた。

「もーっ。なんでお兄ちゃん起こしてくれないのっ」

 叫んでみて思い出した。

 そういえば消えているのだ。

「学園は……もう行かなくていいや」

 適当に風邪でもひいたと連絡を入れようと決め、NKKへ向かう事にした。

 勿論、便利なお手伝いさんをこっちの世界に引き戻すためだ。何より、NKKからの保護対象として登録されている人間である。無碍に扱うと懲罰部隊がやってくる可能性がある。

 せめて、努力しましたが駄目でした―という姿勢は見せなくてはならない。

 それからNKKの本部まで赴いて資料室へと向かう。

「おはよう、アリスさん」

「西羽津の駅前神社跡地についての資料ってある?」

 資料室の司書をしている吸血鬼に訊ねると首をかしげられた。

「あら? それはあなたの相棒の夢川さんが調べていなかった?」

「……どうも行方不明になっちゃったみたいで」

「調査中に?」

「うん」

「保護を兼ねた監視をしてたんじゃないの?」

「ここに来てたから別行動。お兄ちゃんがわたしの為を思って勝手に動いてたみたい」

 本当は渋る冬治に無理やりさせていたのだが、本人は行方不明になっている。ばれることはないだろう。

「妹さん思いねぇ」

「可愛いからね」

「私だったらそこまでアリスさんのためには動けないよ。彼、人間でしょ」

「そう、力も弱いし、頭も悪い。わたしの世話をするために生まれてきたようなものだよ」

「ふーん、まぁ、そう言っていられるのも女が出来るまでね」

 にやけた表情で見てくる司書にアリスは首をかしげる。

「え、何で?」

「たとえ夢川君がアリスさんの事を妹だと思っていても所詮はそれまで。彼女が出来たらそっちにかかりっきりだと思うなぁ」

「……お兄ちゃんに関しては無いんじゃないの」

「そう言い切れる?」

 心当たりが一つ頭の中に浮かぶ。しかし、その相手と冬治が連絡していないのは知っている。

 いくつか他にもヒットしたが、そんな話を聞いた事もなかったのでもみ消しておいた。

「そんな事より、早く資料出して。仕事してよ」

「はーい」

 首をすくめて司書は資料を探して持ってきた。

「特に役に立つ物は無いと思うけど?」

「読まないとわからない」

 ぱらぱらっと捲って五冊の資料を戻す。

「駄目。じっくり読んでみたけれどどれも役に立ちそうにない」

「そう、残念ね」

 あっという間に読んでしまうのはいつもの事だから司書は驚かない。

「西羽津の巫女さんに聞いてみたら?」

「……聞いても多分、意味が無い。たまたまた生まれた人間が偶然巫女の能力を手に入れたんでしょ。そんなただのラッキーガールが理屈とか理論とかわかるわけないじゃん」

「それもそっか」

 二人とも頭を悩ませていた。

 ちなみに、彼女達の考えていることは冬治の事や駅前神社のことではない。アリスは懲罰部隊がやってくるかもしれない、面倒だ。

 司書の方はこの事を上に報告したほうがいいか考えていたのだった。



「夢川君は今日も休みか……家にも連絡がつかないし。二人とも何か聞いてないかしら?」

「さぁ? サボりだろ」

「知りません。サボっているのでしょう」

「心配だわ……何だかよくない事が起こってる気がするの」



 この時、冬治の事を心配していたのは担任の先生だけだったりする。

「一カ月だけ時間を頂戴」

「え?」

 司書の考えている事等お見通しだとばかりにアリスは言った。

「そうしたら上層部にちくっていいから」

「……うーん、わかったわ」

 それから一週間、色々と調べてみたが結果はよくなかった。

「はぁ、ただいま……」

 ねぐらとしている場所に戻ってきてもお帰りを言ってくれる相手なんていなかった。カップラーメンも買い置き分が無くなってしまった。

 買いに行くのもおっくうで、ゴミを捨てるのも面倒だ。挙句に、洗濯ものまで溜まってきていて、適当に放り込み、洗濯機をさっさと洗えと蹴ったらうんともすんともいわなくなった。

「……」

 何と無く、冬治の部屋のドアノブを捻る。

 鍵がかかっていたけれど遠慮なく力を込めてひねったらあっさりと開いた。

「……そうだよね、いないよね」

 無性に寂しくなる。

 今日もカップラーメンかと思うとため息が出た。

「人間だもんね、別に、あれだし……人間なんていなくても、寂しくなんてないもん。外に一杯いるからねー」

 それはある意味、認めているようなもんだろと誰も突っ込んでくれなかった。

 その日はなんとなく、棺桶で寝たくなくて冬治の布団をリビングに引きずって眠りについた。

 無為に時間が過ぎていき、冬治が居なくなって既に一カ月近く経った。何もしていなかったわけではないが、その間面倒な事が起こったのだ。

「……携帯が無い」

 たまには連絡しないとあっちで寂しがってるよね、そう思って連絡しようとしたのだ。

 ポケットに入れていたはずの携帯電話が無くなっていた。

「……やばっ、どこに落としたっけ」

 家の中で無ければ匂いで探せていただろう。

 部屋を散らかし、携帯電話を探すが見つける事が出来ない。冬治の部屋もひっかきまわしたが見つける事が出来なかった。

 家を飛び出し、思い当る場所を探しても見つかることは無い。

 それから一週間……冬治が居なくなって二週間目は携帯電話を探し続けた。仕方が無いので警察に紛失届を出したのは三週目に入ってから。

 向こうを調査しているだろうから近況と、打開策を聞こうとして非常に必要なものだ。冬治の携帯電話の番号を知っているのは今のところアリスしかいない。

 冬治は一カ月が過ぎてしまった。

「……はぁっ」

 すでに四日間、家に帰って居ない。入浴も近場の銭湯で適当にシャワーを浴びるだけだった。

「くそっ」

 冬治を誰かに取り上げられたみたいでいらいらしていた。駅前までやってくるとその気持ちは加速して駅前神社跡地の説明プレートに遠慮なく一撃を喰らわせる。

 それで冬治が出てくるのなら安いものであるが、そんな奇跡は起こらなかった。

「……人間が飲まず食わずで過ごせるのは三日? うーん、一週間ぐらい持つよね……」

 さすがにあっちにも何か食べるものがあるだろうと考えた。

 しかし、早く探してあげればよかったと諦めの気持ちが浮かぶ。それと同時に何だか悲しくなってきた。

「うう……うわーん」

 子どものように泣き始めたものだから駅前の派出所からお巡りさんが出動。一目に付くと言う事もあって交番へと連れて来られた。

「あれ? 君はこの前携帯電話を無くした子じゃないか?」

 警察の顔なんて覚えていない。

「ひぐっ……ぐすっ」

 泣くだけで話にならなかった。

 警官も察したのかすぐさま携帯電話を見せた。

「これかな?」

「……うん」

「よかったね、見つかって」

「……うん」

 頷いて、携帯電話を持って外へと出る。

「すー……はー……すー……」

 顔を洗って何度も深呼吸をした。

 これでようやく冬治がどんな状況なのか知ることができる。勿論、向こうのバッテリーが切れていなければ、だが。

 命の消えた人間が電話に出ることは無い。

「まさかね……」

 誰かが倒れる、居なくなるのは何度でも体験した事がある。

 耐えられると思っていた。悲しむ人を見た事もあるし、なぜそうなるのか理解が出来なかった。

 そもそもアリスは友達や知り合いが極端に少なかった。話しても事務的な話だけ。それでいいと思っていたし、変人だと指を指される事が多かった。指さなくても我がままだと言われて離れていくことが多かった。

 アリスは携帯電話が繋がるまで、恐ろしかった。

 こんな事になったのはお前のせいだと言われるのが怖かった。

 繋がらない、電話を取ってくれない事も怖かった。

 何より、電話に出る事が出来ない程衰弱している、あるいは手遅れではないか……そんな不安の方が大きかった。

「もしもし? アリスか」

 だから、数秒後に聞こえてきた声がまるで危機感のないものだったのでその場にへたり込んでしまう。

 嬉しくて涙が出そうになったのをこらえて、まだこっちに戻ってきたわけじゃないと気持ちを引き締めた。

 話したい事が沢山あった。それでもバッテリーが切れたら終わりだと言う直感があったのですぐさま冬治から言われた事を実践するつもりだった。

「間山椎子……」

 それが何者なのか今一つ知らない。友達だろうか、それとも何かしらの研究者かはたまたこの神社に関係のある人物なのか……。

 その日は興奮して眠れなかった。最近、血を飲んでいないので身体が重くなりつつある。

 そろそろ本格的に飲まなければまずい。

「……まだ大丈夫」

 その次の日、学園へ向かったが生憎日曜日で休みだった。

 全く行っていなかったので曜日感覚もくるっていたりする。

 出鱈目に探してもうまくいかず、ようやく家を見つける事が出来ても何故だか家に誰もいなかった。

 冬治から連絡があった次の日、事前に調べていた間山椎子の教室へ向かい、捕まえた。

 相手は非常に驚いて変な事を口走っていたりする。

「ははぁ、冬治君の奴め……逃げたばかりか、本人にちくるとは見下げた奴だねぇ」

「うっさい。お兄ちゃんの悪口言うなっ。こっち来てよっ」

 一体何の騒ぎだと首をかしげる人達を押しのけて駅前へと向かった。

 まだお店の開いていない時間とは言え、駅前に人は多い。

「もしもし、お兄ちゃん?」

 その後、数度やり取りをして連れてきた人間へと携帯電話を貸す。

 こちらをちらりと見たが、すぐさま姿を消した。

「……透明人間か」

 そういえばここは自己否定をすることによって消えると言う非常識な透明人間がいると何かの資料で読んだ事があった。

「……ふー」

 眼を瞑って、あけたら冬治がいるんじゃないか。

 そんな気持ちで静かに目を開ける。

「ふいー、戻って来られたか」

 そこには待ち人が少々疲れた顔で立っていたのである。

「お兄ちゃんっ」

 後はもう、居ても立ってもいられなくなった。


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