第二十七話:狐の意趣返し
第二十七話
婚儀、婚儀……あ、一文字違ったら難儀になってたね。
現実逃避をしている場合ではないのだ。
「婚儀って、本気で言っているんですか? そもそも、婚儀の意味、わかってます?」
「はい。わかってますよ。結婚式です」
照れたような仕草で狐状態の信田さんが目を伏せた。
あ、可愛い。
「信田さん」
「葛ノ葉と呼んでください」
「……葛ノ葉さん」
「はい?」
「どういう理由で俺と結婚するつもりですか」
俺には納得が出来なかった。
何せ、出会ってまだ半年もたっていないのだ。確かに一緒にいることが多かったし、この人が彼女になったらいいかもしれないなぁと思った事もちょっとはある。
でも、いきなり結婚だなんておかしすぎる。
「こういうのは順序が必要でしょう。そもそも、俺が結婚を決断させるほどいい男だとは思えません」
自分で言って悲しくなるさ。だがね、いきなり結婚だ、なんて言われても見ろ。
まずは鏡でチェックだ。そこには惚れ惚れする男が居るか?
え? 女が写った? それはとある作者もたまに写ったりするから鏡とか常に伏せておいた方がいい……ともかく、見た目で女性に持てるかどうかはわからない。
「一体、いつ、結婚を……」
「昨日の出来事、覚えていますか?」
「昨日ですか? 昨日は……えーと、どこに行きましたっけ?」
「廃遊園地です」
「え? それは今日の事じゃ……」
俺は携帯電話で今が一体いつなのか、確認した。
既に日付は変わって午前三時だ。
「……えと」
改めて部屋を見直す。
そう、俺の隣には布団が一組敷いてある。そして、葛ノ葉さんはどこからか戻ってきたようだ。
「……トイレにでも行ってたんですか?」
「そうです。はっきり言わせないで下さい……少し恥ずかしいですよ」
全然恥ずかしそうでも何でもないな。
まぁ、それはさておき……。
「俺と結婚するなんて何を企んでいるんですか?」
言っちゃなんだが俺はたんなる人間だ。お金持ちというわけでもなく、アホみたいな特殊能力が使えるわけでもない。
さっきも言った通りイケメンというわけでもないのだ。
「何も企んでいません。心奪われたと言ったほうが伝わると思います」
「心奪われる? 俺のどこにそんな要素があるんですか」
成績も至って普通、運動神経もおそらく平均的(何せ周りが女子ばっかりでわからない)、特別と言えば女学園唯一の男子生徒だと言う事か?
葛ノ葉さんなりの冗談かと彼女を見ればそうじゃないようだ。
「わたしの事を助けてくれました。これだけです」
「たったそれだけで?」
「はい」
言いきった葛ノ葉さんに俺は唖然とする。
「えっと、それはあれじゃないですか? 命の危険に瀕したら相手の事が好きになる……吊り橋効果……」
「夢川さんは……いいえ、冬治さんはわたしと夫婦になるの、嫌なんですか?」
狐の姿から人間の姿へと変わった葛ノ葉さんが近寄ってきた。
「そう言うわけじゃ……だって、こういうのはいきなり結婚するものじゃないでしょう? 葛ノ葉さんだってまだ十八ですし」
「明日十九歳になります」
毅然とした態度で言い放った。
「六月二十九日……わたしの誕生日です」
「そうですか」
「はい。わたしの家では十九歳になった時、一度だけチャンスが与えらるのですよ」
「チャンス?」
結婚式をやるチャンスか?
「好意を抱く相手に、告白をする機会です。失敗すれば……次はありません」
「次が無いってどういう事ですか」
「後は親の決めた相手と結婚するのです」
「……そんな馬鹿な」
ああ、でも葛ノ葉さんはお嬢さんだ。しかし、今どきいくらお嬢様と言え政略結婚みたいなことが起こるはずないよな。
「駄目ですか?」
葛ノ葉さんの話が本当なら、俺がここで駄目ですと言ってしまえば終わりだ。
「今が駄目でも……また考えませんか? いつだって会えるんですし」
「もう、無理です」
「無理?」
「はい。巫女の件もありますし、わたしはここを去る可能性が高いでしょう」
「……」
そうだよなぁ。お金の力で何とかなるなら羽津の巫女に襲われるはずがない。
グループを継ぐ可能性とか、お金持ちとの身分の差とか……極力考えないようにして、俺は葛ノ葉さんの事だけを考えた。
「葛ノ葉さん」
「はい」
期待したような目を向けられて居心地が悪くなる。
「いつまでに答えを出せばいいんでしょう?」
「……本日の午後五時です」
「わかりました」
正直、俺が葛ノ葉さんの事を好きなのかどうかわかるわけもない。
「今日、デートをしましょう」
「え? でも学校が……」
「そんなこと、いいんです。一日サボったって問題ありませんよ」
特別クラスが一人になっちまうけどな。
「いきなり結婚してくれと言われたってよくわかりません。貴女が経った数十分の出来事で俺に心を奪われたのなら俺の心を奪ってみてください。本当は友達として助けてあげたいのですが……無理ならそのチャンスとやらを使ってみましょうよ」
俺の言葉を聞いてすぐさま葛ノ葉さんは頷いた。
「わかりました……それでは、今から頑張りますね」
「え? まだ深夜三時ですよ?」
「今日の午後五時がタイムリミットです。一分たりとも、無駄には出来ません。寝ましょうか」
「はぁ、わかりました」
葛ノ葉さんの言葉に頷き、俺は横になる。
「ふつつか者ですが、失礼致します」
「え?」
三つ指ついて頭を下げた葛ノ葉さんが俺の布団の中へと入ってくる。
「えっと……こういう事は結婚した後にするのでは?」
「わたしには次がありません。それに、何も変なことはしませんよ」
ちょっと残念だ。
そう思ってしまうのはあれだ、俺も健全な男の子だからだ。
「ど、どうせなら狐の姿になってくれませんか?」
それなら変に興奮する事もない。
しかし、俺の願いでに葛ノ葉さんは首を振った。
「狐になって寝てしまえば間違って冬治さんを潰してしまうかもしれません。この状態なら軽いでしょうが、狐になると重くなってしまいますからね」
「そ、そうですか」
体重を大観させようとしてくれているのか、ひっついてきた。心を奪ってくれと言った手前、無碍にできないのが辛い。
「冬治さん」
「何でしょう?」
「ただ呼んでみただけです」
俺の腕を枕にし、近距離でこちらを見てきた。
数十分、葛ノ葉さんは俺の事を見ていたが直に目を瞑ってしまった。
「すー……」
「うう、辛い」
そして俺はと言えば、へたれなもので何もできなかった。
あっという間に時間は過ぎて空が白けてくる。




