第二十五話:その地では畏怖の対象
第二十五話
七月四日、巫女に仕返しをする何とも罰当たりな作戦決行日となった。
俺の大気ポイントへ鈴の音が聞こえてくる。
「おい、来るぞ」
その表情はこれまでの不機嫌そうじゃなくて悪戯を思いついた子どものそれだった。
「なぁ、椿たん」
「何だ」
「終わったら椿たんに聞きたい事があるんだ」
「わかったよ。聞いてやるから……さ、行って来い」
「りょーかい」
嬉しそうな椿たんに送りだされて巫女服姿の少女の前に躍り出る。
場所は椿たんや鬼の不良グループがたむろしている場所だ。
椿たんとこの鬼の不良グループは種族的には近しいものらしいが、場所を貸してくださいと言う前に睨みを聞かせて隅へと追いやってしまった。
巫女さんは俺を見て身体をびくつかせた。
しょうがないな。今は椿たんの気が済むまで協力してやるかな。
「よぉー、ねーちゃんよー、俺と一緒に合わせ目を消さねぇか?」
「え? な、何?」
「よし、いいぞ。巫女は困惑してるっ」
物陰から身体を出してガッツポーズを出してしまううっかりさんめ……。
そんなに嬉しい事かね。
「もうひと押しやれっ」
「換気の行き届いた部屋で朝までエアブラシしねぇか?」
「えと……」
うん、さすがにこんな事を言われたら困惑するしかないな。
後ろを振り返るが、そこに椿たんの姿は無い。その代わり、巫女の後ろに巨大な何かが降ってきた。
一体何がしたかったのは……俺にはわからない。
「う、牛鬼っ……」
「椿さん……」
「おい、逃げろっ」
そこにいたのはアリスが所持していた資料に乗っていた化け物……牛鬼だった。こうしてちゃんと見るのは初めてだ。
体長はおよそ十メートルだろうか。頭だけで俺と同じ身長だ。
浅黒い肌に、金色に輝く二つの眼。乾燥した頭部からは鈍く光る二本の黒い角が生えていた。口は半開きでこれまた鋭利な歯が不規則に並んでいた。
滴るよだれはアスファルトに流れると徐々にそれを溶かしているようだ。
「……」
確かにそれは吠えたはずだ。
しかし、声は聞こえずそのまま西羽津の巫女へ近づいて一発かました。
「きゃっ」
「っと」
そのまま巫女は小突かれて俺に激突。
あの巨体から繰り出されたとは思えない実に優しい一撃だった。
だというのに、鬼の不良たちは全員逃げ出していた。
牛鬼は動かず、俺を見ていた。
俺もぶつかってきた巫女さんをアスファルトに置いて牛鬼へと近づく。
「おい、馬鹿っ。あぶねぇって」
不良さんが声をかけてくれるが、何で危険なのか今一つわからなかった。
「なぁ、椿たん」
「……」
両目が俺を捕らえて離さなかった。
「満足したか?」
おそらく鼻があるところを右手で撫でてみる。
「……ああ」
不思議なもので、瞬き一回のうちに牛鬼から人の姿へ戻っていた。
その時ふと、上の方を見るとビルの上に黒スーツの何者かが数名いたような気もした。おそらく、アリスがNKKを呼んだんだろうなぁ。
それならさっさと椿たんが無害であると教えなくてはいけない。ちらっと見た限りでは手にとても危なそうな代物を持っていたからな。
「椿たん」
「何だよ」
「椿たんは喧嘩が好きかね」
「したこともねぇよ」
その目は嘘をついていなかった。
「ま、いいや。これからお茶でも行くべ」
「……お前の奢りならな」
「わかった。んじゃ、失礼します」
ぽかんと口を開けて俺たちを見る鬼の不良グループと西羽津の巫女さん。
椿たんは西羽津の巫女をじっと見て言った。
「どーだ、これがあたしの実力だ。お前は一人かもしれないけれど、こっちは二人いるんだぞ。もうちょっかい出してくんな。面倒くさいんだよっ」
「え、あ、うん」
「約束したぞっ。絶対襲ってくんなよ? 絶対だぞっ」
椿たん以外の全員の頭の上に疑問符が浮かんでいる事だろう。
そして、次に椿たんは隅っこで丸まっている鬼の不良グループを睨んだ。
一歩踏み出そうとすると全員が身体をびくつかせる。
「ひいっ」
一人が情けない言葉を挙げたのでそこで歩むのをやめた。
「お前らもあたしに二度と話しかけんな。ヘッドだとかトップだとか迷惑なんだよっ」
「さ、さーせんっ」
「ふんっ。夢川、このまま次に行くぞ」
「次?」
腕を引かれて、俺は首をかしげた。
そもそも、彼女は一体何のためにこんな事をしているのだろうか。
椿たんに連れて行かれたのは西羽津市の山の方にある富木神社だった。
「おいっ」
富木神社の近くに建てられた家までやってくると乱暴に玄関を開ける。
表札には石見と書かれていた。
「親父―っ、出てこいっ」
玄関は確かに人型サイズなのだが、天井が十メートル近くあった。ちょうど牛鬼になった椿たんがあるいても廊下で困らないぐらいのサイズと思われる。もしかしてそっちを基準に作ってあるのだろうか?
「親父っ」
「何だ、うるさいぞ」
恐そうな顔をした男性が静かに現れた。
「西羽津の巫女を叩いてやったぜ」
さっきまで恐い顔をして叫んでいた割には凄く嬉しそうな顔をしていた。まるでそれはテストでいい点数を採って親にほめてもらえると思っている子どもの表情だ。
「あぁ? お前はまた乱暴な事をして……お隣さんだろう」
「え……」
隣の椿たんをみると無視された。
「あと、友達が出来た」
「また不良だろう」
「違う。見た目はまともな奴だ」
そういって俺を前に出す。
「あ、こ、こんにちは」
「ほぉ、君が? 羽津女学園は女の子だけじゃなかったのか」
「今年から共学になったんです」
無理やりねじ込まれたんだけどな。
俺をじーっと見てきた後、首を振った。
「あれを見たらこの子も逃げ出すだろう」
「あれ?」
「いいや、こっちの話だ。これは君の為でもある……友達関係を解消しな……」
「親父、夢川はあたしが牛鬼だって知ってたんだぜ?」
まるで自分の事のように得意げだった。
「何?」
俺を見る目が変わった。
その目は爛々と輝いて警戒心をあらわにしている。
「ああ、それにあの姿を見ても驚かなかった」
「ふむ……君はいったい何者だ?」
警戒心はとけたようだが、今度は首をかしげられる。
ただの人間です……は、違うよなぁ。NKKについて説明しないと行けなくなるし……どうしたものか。
「その事についてはわたしから説明します」
「アリス……」
後ろを振り向くとそこにはアリスが立っていた。




