第二十四話:偽兄の一日は偽妹の千秋
第二十四話
神の世界の住人なってどのくらいがたったのか、想像がつかない。
この世界はどこかおかしい。
さっきまで夕暮れのはずが瞬き四回の間に夜、朝、昼、夕暮れと変わった。それに加え、夏の蝉みたいな耳朶を責める音が聞こえてきたかと思うと何も聞こえてこなくなる。
どこまでも堕ちて行く浮遊感に苛まされる。
「ふー、やれやれ」
しかし、せっかく神の世界にやってきたんだ。精神的にまだ余裕がある今のうちにうろつくか?
「でも化け物がでたら嫌だなぁ」
神の世界に住む化け物のことだ。人間じゃ、相手にならないだろう。
一か所に留まると胃の中が出て来そうになるので場所を変えることにした。
近くにあったコンビニに入ってみても、当然ながら人がいないし、物も触れない。触ろうとすると向こう側へとすり抜けるのだ。
「まるで透明人間か幽霊だな。その割には大地には落ちて行かないしなぁ……」
自分で言ってもしかして昔話と関係あるんじゃないかと考えたりする。
「……まさかな」
まぁ、昔話通りだったとしても疑問点はあるのだ。
神社に住んでいた連中は現実世界から消えたとしても戻ってくる。人の行動を見ることができるのなら当然、他の人間を認識することができる。
「俺には見えないし、聞こえないぞ。触ることだって出来ないしなぁ」
よくわからないので、神の世界からでも人間の世界に干渉できる血筋って事にしよう。
「つまるところ……あっちの世界では消えているように見えるけれど、こっちの世界に人間がいればその血筋は特定できるって事か。普通の人間はこちらの世界を認識できないので干渉し放題……透明人間かよ」
適当な妄想はこのぐらいにして、次は宝具について考えてみるか。
「牛のようになって消えた……だよな」
牛ねぇ。
牛……顔が伸びたのか、はたまた角が二本生えていたから牛に見えたのか。
「ん?」
牛のように、は牛じゃないかもしれないよな。何より、暗がりだ。月明かりで見えたとしても判別するのならやっぱり、影で判断するしかないだろう。もっとも、四つん這いでもーと鳴けば牛だと思うかもしれんが……影ならやっぱり角かな。
その時、地響きがした。
「地震か?」
外へ出るのもどうかと思ったが、仕方が無い。
車の通らない、人気のないと思っていた道路を蜘蛛みたいな何かが動いていた。
「何だ、ありゃあ……」
其処に居たのは蜘蛛の身体に牛の角を生やした俗に言う牛鬼という奴か。そして、その後ろには数名の鬼を連れている。
気付かれたら厄介なのでコンビニに隠れる。確か、牛鬼に会って(気付かれて)逃げおおせた人間って殆どいないんだよな。
携帯電話が変に空気を読んで鳴る事もなかった。それから五分後、地鳴りが去ったのを確認して、外へ出る。
ちりーん
今度は鈴の音が響いた。
「今度はどんな奴だ?」
恐いもの見たさで首を出す。
俺の視線の先に居たのは少女のシルエットをした光だった。
凄く魅かれる何かを感じ、それでいて危険な香りのする代物だ。近づいて触れれば、全てが終わる予感のするのだ。
シルエットを中心に半径五メートル程度は渦を作っていた。その範囲に入りこめば、逃げることはできない気がする。
「……やめとこ」
見るのも危ないな。見ているだけでそのサークルの中に自ら行きたくなるのだ。
虫が青色の電灯に近づいて燃え尽きる……おそらくそんな感じなのだろう。
これ以上異形の者たちを見ていてばれたらどうなるのかわからない。
駅前から移動すると危ないのがよくわかったので大人しく駅前へと戻ってきた。武器になりそうなものなんて何一つないし、素手で怪物相手に大立ち回りなんて出来やしない。
「ん?」
何も変わらないと思ったらそうでもないようで、駅前神社跡地の説明プレートがへしゃげていた。何か事故でもあったのだろうか?
まぁ、そんなことは些細な事だな。
「……この世界、最初は気持ち悪かったのに今じゃ悪くは無いんだよなぁ。この世界に存在しているだけで居心地いいし、喉も乾かないし、腹も減らない」
いるだけで気分が満たされる不思議空間だ。
眼を閉じて、この場所の事を冷静に考えてみるのもいいかもしれない。
この世界と一体になれる……確証があった。
早速眼を閉じようとしたら携帯電話が鳴りだした。
「もしもし?」
「お兄ちゃん……まだ、大丈夫?」
アリスの声は曇り始めていた俺の頭の中を一気にクリアにさせていく。彼女の声の感じは普段のそれより大人しく、どこか影を帯びていた。
「大丈夫って何がだ?」
「よかった」
少しだけ安堵したような声が聞こえてくる。
「あれからもう、一カ月経ってる」
「一カ月? おいおい、何言ってんだ。体感的には一時間程度だぜ」
「時間の流れが違うの」
「それはまぁ、そうだとは思うけどさ」
じゃあ、何か、コンビニに行って帰ってきたら一カ月経ってましたって事かよ。なるほど、あの人達もそれが原因で年を取らず、死んでいないのか?
「ねぇ、お兄ちゃん」
「何だよ」
「戻ってきてよ」
その言葉は何故だか悲痛なものだった。理由なんて、わからない。
戻れるんならとっくに戻ってるわいっ……そんな言葉もアリスの落ち込んだ声のせいで引っ込んでしまった。
いかんな、設定とは言え、妹を不安にさせるのはよくない。
「わかってる。俺もそっちに戻るためこっちを色々と探しているよ。牛鬼がいたし、触れたらやばそうな精霊みたいなのもいた」
「他に何か、変わったことは無い?」
「そうだなぁ、特にないけど……強いて言うなら瞑想したら神様になれそうかな」
「……駄目だよ?」
何が駄目なのかは聞かなくても何となくわかった。一度瞑想したら後は近くにいる人達みたいになるのだろう。
「わかった……なぁ、アリス」
「なぁに?」
「お前さん何だか元気ないな」
「お兄ちゃん……わたしは吸血鬼だよ?」
それがどうかしたのか? そう言おうとして忘れていた。
俺の血は吸血鬼にとって中毒性が高く、一度飲んでしまうとおいそれと他の人間の血で満足できるようなものじゃない。
そして、アリスの吸血場面を椎子とか言う透明人間に見られた事が原因で、俺の血を飲むように言っていたのだ。
「お前、じゃあ……一カ月も飲んでないのか」
「うん、でも、大丈夫」
とても大丈夫だとは思えなかった。
こっちの世界で助けを待っていればいいと考えていた自分を恥じるしかない。
アリスの我儘よりも性質の悪い我儘……。
あの子はまだ若いのだ。俺はアリスが家事を出来ないのを知っているし、その世話をNKKから……いいや、自分が好きでやっている。
「飯はちゃんと食べてるのか?」
「……覚えてない」
この場所にいちゃいけないな。
それまで素晴らしい世界だと思っていた神の世界が何だか酷く寂しい場所に思えてきた。
「もう、切ったほうがいい?」
「いや、まだ大丈夫だよ……俺たちは同じ場所にいるんだよな?」
「そうだよ。でも見えないね」
「まるで俺は透明人間だぜ」
そういえば椎子も透明人間だったか。
いや、待て。
間山椎子がこの場所で透明になれば俺は認識できるんじゃないのか?
そうすれば脱出できる……出来なかったとしても、この状態より前に進めるはずだ。
「なぁ、間山椎子ってやつを連れて来てくれ」
神の世界に居るからなのか、それは天啓としか思えないタイミングだった。
この考えは間違いなく正しい……そんな気がするのだ。
「え? 間山椎子……? 誰それ」
「よし、名前は覚えたな。それで、今は何時だ?」
「四時……ぐらいかな」
「まだ学園に居るかもしれない。とりあえず、今日じゃなくてもいいから間山椎子を連れてきてくれ」
「わかった」
俺の心が伝わったのか、落ち込んだ雰囲気は吹き飛んでいた。
「お兄ちゃん」
「何だ」
「帰ってきたら我がまま言うからね」
「ああ、心待ちにしてる。じゃあな」
「うんっ」
そしてそれから数十秒。思ったより早く着信があった。
「もしもし、お兄ちゃん?」
「俺だ。椎子はいるか?」
「いるよ」
「ちょっと変わってくれ」
「もしもし? いきなりどうしたの? すんごい剣幕で吸血鬼が来たから怖かったよ」
「頼みがある」
椎子の言葉も無視して俺は告げた。
「ちょっとその場で透明になってくれ」
「え? ここで?」
「ああ」
「やだ、人が見てる……という冗談を言ったほうがいいでしょうか」
「既に言ってるぜ。じゃ、よろしく頼む」
「はいはーい」
瞬きをしなかった俺のすぐ隣に椎子が現れる。
「え? あれ? なんで冬治君が?」
彼女は耳に携帯電話を当てて、首をかしげていた。俺はようやく拝めた人らしい人を見て胸をなでおろす。
「悪い。そのまま俺の手を掴んでもらえるか?」
「え、あ、うん」
「そのまま透明状態を解除してくれ」
「はいよー」
それと同時にさっきまでの気持ちいい空間が吹き飛んだ。
汚い空気に人々のうるさい声、車の通る音……。
「お兄ちゃんっ」
「っと、アリス……ただいま」
そして俺の胸へ飛び込んでくる吸血鬼が待ってくれていた。
立派な黒と赤色のドレスは何故だかぼろぼろで小汚かった。
一カ月……着っぱなしならこんな感じだろうか。まさか……な。
「うっ、うあああああっ……」
「え、ちょ、何で泣きだしたの?」
「……色々とあったんだろうよ」
人目を憚らず泣きだしたアリスにそんな事を聞けるはずもない。
ただ黙ってアリスを抱きしめ、頭を撫で続けてやるしか出来なかった。
次のアリス編は冬治が消えた約一カ月何をしていたのか、ということになります。口うるさいお母さんがいなくなれば子供は最初清々したと思うことでしょうね。




