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第二十三話:狐と人と

第二十三話

 廃れた遊園地、俺は只今縦二メートル横三メートルぐらいのメスに押し倒されてます。

 そして、そんなところに巫女がやってきました。

 どういう展開だよ、おい。

「あれが西羽津の巫女か」

 右肩に置かれている狐の左足を触りながら(もふもふしているかと思ったんだ)、巫女を見る。

 ただコスプレをしているようにしか見えない……そう思った矢先、彼女を中心にして半径五メートルぐらいが目に見えておかしくなった。

 巫女を中心に時計回りに回る真っ白い空間が出来あがった。

「信田さん……あれは?」

「あの中に入ればどこであろうと、巫女に行きつきます。渦のようなものです」

「巫女に辿り着いたらどうなるんですかね」

「存在をすりつぶされるんだと思います」

 存在がすりつぶされる? よくわからない表現だ。

「よくわかっていませんが……細胞を異世界に飛ばすだとか言っていた気もします」

「え?」

「異世界の門を半端に開けた状態と言えば納得してもらえる……そう思います。もし、首だけ上を異世界に吹き飛ばされればこちらの世界では生きられませんよ」

 何気にエグイフィールドなのね。

 俺の事を無視しているのか、巫女はこちらへ一歩近づいてくる。俺自身も巻き込まれたらやばいんじゃないのかよ。

 残り三十メートル、そこで巫女は立ち止まった。

「……約一年前、ここで二度と西羽津の人間には手を出さないと約束しましたよね?」

 ピンと張りつめた空気に怒りを多分に含ませた声が響き渡る。

 静かに、しかし怒気のこもった視線は信田さんへと向けられていた。

「え、ええ……しました。あれから一切手を出していませんよ」

「では、その方は……その態勢は何ですか。頭から食おうと言う考えでしょうか」

 信田さんは俺を見て、こちらも頭上の狐を見る。

 なるほど、確かにそう見えなくもないな。

「い、いえ、これは……」

 うまく説明できないのか、信田さんはまごついている。

 巫女の視線は怒気から違うものへ……とりあえず友好的ではないとても冷たい視線へと変化して行った。

 言い淀む信田さんの左足をどけて俺は立ち上がる。

「そう言うプレイです」

「プレイ?」

「はい。彼女が狐の種族だと知ったのでえーと、何と言うか……信田さんは狐になると身体が大きいです。だから、そう言う事をするときは広くて、誰も来ないような場所じゃないと出来ないと言うか何と言うか……見られるのも嫌なので」

 落ちつけ、俺。確か西羽津の巫女は俺らが人外と呼んでいる連中にとって天敵だから俺がしくじったら信田さんがやられる。

「……あれです。俺、女性に襲われるのが趣味でして……その、さっき食われそうに見えたのは俺が好き好んで信田さんに望んだものなんですよ」

「ゆ、夢川さん?」

「話を合わせてくださいって」

 鼻先で突いてきた信田さんへと告げる。

「わ、わかりました」

 確か西羽津の巫女は羽津女学園の生徒だと聞いている。

「俺らがつきあっているのは羽津女学園じゃ有名なはずですっ。それに、放課後よく一緒にいるところを見られていますのは知ってますよね?」

「……」

 思い当たることがあるのだろうか。

 巫女は顎に手を当てて考えているようだった。

 よし、もうひと押しか。

「俺の事を助けようとしてくれたのはお礼を言いますが……その、そういうタイミングで出てこられるのはちょっと……恥ずかしいです」

「……す、すみません」

 巫女は頬を染めて走って去っていった。うーん、意外と可愛い子だったぞ。

 さっきまでの謎空間も巫女が居なくなったので消滅したようだ。

「ほっ」

「……」

 何だかものすっごい事を言ってしまった気がする。ああ、恥ずかしくて信田さんの方をちゃんと見る事が出来ないぜ。

「夢川さん……すごいのですね」

「その場のノリと、勢いです。今日はもう、帰りましょうか?」

「まだ待ってください」

 おいおい、これ以上ここで何か話をしようものならさっきの巫女に確実にやったと思われちまう。

「わたしの家に来ませんか? そこでならゆっくりと話せます」

 だったら最初から連れて言ってくれればいいのになぁ。

「駄目ですか?」

「わかりました。ここまできたら俺も聞きたい事がありますからね。それで、どうやっていくんですか。近いなら歩いていきますけど、遠いのなら少し時間がかかるのでは?」

「このまま行きます」

「え」

 俺を口にくわえ、そのまま、動こうとする。

「まずいですって!」

「え? 何がでしょう」

「さっきの巫女が見てたら間違いなく獲物を巣にもって帰るって思われます。俺を背中に乗せてください」

「で、ですが……男性を背中に乗せるなんてはしたない」

 口にくわえるほうが何だかえっちぃですよ……と言える空気でもない。

「こほん、割り切ってください」

「……はい」

 信田さんは犬で言うところの伏せの態勢になり、俺は彼女の背中にまたがった。

 黄金に輝く体毛はふさふさしているのかと思っていればそうではなかった。ごわごわした感じで毛の先は針金のように硬く、鋭かった。

 もし、ハリネズミのように逆立てば突き刺さること間違いなし。

「しっかりつかまっていてくださいね」

「あ、ちょっ……」

 どこを捕まれと言うのだ。手綱があるわけじゃないのである。馬に乗った事なんてない(百円入れて動くウサギには乗った事あるが)俺がうまくバランスを取れるわけもない。遊園地の壁を飛び越そうとしただけで落馬(?)し、勢いはそのままで壁にぶつかった。

「んがっ……」

 どうやら当たり所がよかったようで俺は気絶してしまったのだった。

 そして、次に気付いた時は高そうな布団に寝かせられていた。

 クーラーのよく利いている部屋で、蝉の声も聞こえちゃ来ない。

「はて?」

 ここは一体どこなのだろう。

 辺りを見渡すと純和風の部屋で十六畳ぐらいの部屋のようだ。俺の布団の隣にはまた別の布団が置かれている。

 部屋の中央には囲炉裏があり、掛け軸や高そうな壺があった。時計は無いが、外は暗い。もう夜だろうか。

 どこからかシシオドシの音が聞こえてくるが、日本家屋にしては天井が高い気がした。

「あ、眼が覚めたのですね」

 襖があいて白い着物を着た信田さんが現れた。

 うん、やっぱり着物はいいね。太股とか胸元が丸見えの着物を着ている奴の気がしれないよ。

「あ、俺……そうか。落ちて気絶しちゃったんでしたね」

「そうです。その危険性があったので夢川さんを口にくわえると提案したのですよ」

「すみません……えーと、それでここは信田さんの家ですか?」

「はい。わたしの離れです」

 きっと外に出たらびっくりするほど広大な土地があるんだろうな。それで、ここから見える全ての景色が屋敷の敷地ですよって言われるんだろう。

「夢川さん?」

「あ、ちょっとぼーっとしてました」

「やはり頭を強く打ち過ぎていたのでは?」

 信田さんが俺の方へと近づいて後頭部を見てくれる。

 シャンプーのいい香りが漂ってきた。

 何だか恥ずかしくなったので先を促すとしよう。

「大丈夫です。それで、話って何ですか」

「一年前の話を聞いてもらいたいのです」

「はぁ、わかりました」

 居住まいを正して信田さんへと視線を向ける。

「一年前、わたしは西羽津の巫女に勘違いされて襲われたのです」

「……勘違い?」

「こちらからは勘違いではないのです……まず、先に行っておくことがあります。わたしは友人になる方全員に狐の姿を見せているのです」

「なるほど」

 巫女さんに姿を見せて襲われたのだろうか? うーん、違うよなぁ。

「一年前、友達になれそうだった男の友人がいたのですが……わたしの姿を見て化け物だと叫びました。羽津女学園に男子生徒はいませんのでげーむせんたーというところで出会いました」

 肩を落とし、こうべを垂れた信田さんを見てふと思う。

 ナンパされたのではないかと。世間知らずのお嬢様っぽい雰囲気がきっと漂っていたに違いないね。

「その方が仲良くしよう、人の居ないところで話そうと仰いました。ですので、早速廃遊園地に向かったのです」

「……」

 その後の展開はまぁ、想像できる。

 信田さんと会ってその日に狐の姿を見せられたのなら……逃げるだろう。

「待ってほしいと追いかけて捕まえたところを見られたのです。転倒させてしまったのは悪いとは思いますが怪我をさせるつもりではありませんでした」

 狐の化け物に押し倒されて人間が助けてくれーとか叫べばそうなるな。

 俺だってその場面だけを切り取られて見せつけられれば男性を助けようとする。

「信田さんの本当の姿は……どちらなんですかね?」

 なんとなく思った事を口にすると困っていた。

「どちらが本当というわけじゃありません」

「どういう意味です?」

「人の姿をして生まれる者もいれば、狐で生まれる者もいます。わたしのばあいは……狐の耳と尾っぽが生えてきた状態で生まれてきたそうです」

 これまたマニアックな生まれ方をしたもんだ。

「まずは狐の姿になってもらえますか?」

「わかりました」

 言うが早いか、彼女の姿が狐へと変わる。

 やっぱり、二メートルの高さは狐にしてはでかいなぁ。

「どうでしょう? やはり怖いと思いますか?」

 立ちあがり、右頬辺りを撫でる。

「俺は、怖くありません。信田さんがどういう人なのか知っていますからね。可愛いと思いますよ、狐の姿も」

「か、可愛い……」

 照れた狐も可愛いもんだ。

「狐の姿を見て、友達になってくれた人はどれくらいいるんですか?」

「三名です」

「今年に入って?」

「いいえ、通算です。狐の種族や他の妖怪の知り合いもいます。これだけではなく、わたしが金持ちの娘という事もあってかなかなか友達らしい友達はいないのです。でも、わたしが特別だから仕方ありません」

「特別……ねぇ」

 なるほど、確かに特別と言えば特別か。

 狐で、金持ちで、変わった性格をしてる人だ。

「えーっと、信田さんの話はこれで終わりですかね?」

「まだです。わたしは夢川さんの返事を聞いていません」

「返事?」

 一体何の返事だろうか。付き合う……は、ないな。そんなことは一切話していないぞ。

「友達になってくれるかどうかです」

「……ああ、そう言えばそうでしたね。ふざけてたら巫女が来て有耶無耶になってました」

「しっかりしてください」

「すみません。えーっと、俺はもう信田さんとは友達だと思ってました。だから、改めて言われなくても大丈夫です。もちろん、狐の姿を誰かに言う事はありません」

「そう言ってくれると思ってました」

 大きな狐が俺を見て笑っている。ああ、狐って笑えるんだなぁ……。

「じゃ、そろそろ俺は帰りますね?」

「……まだ、待ってください。重要な事が残っています」

「重要な事?」

 俺の前に立ちはだかるようにして狐は言ったのだった。

「明日……いいえ、こんぎを行います」

 こんぎ? こんぎって……こんぎつねの事か? いや、まて、婚儀……。

「えっと、結婚の婚に儀式の儀でしょうか?」

「はい」

 あっさりと承諾した信田さんを見て俺は絶句したのであった。


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