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第十九話:急接近

第十九話

「あちー……」

 六月後半にもなればプールを使用しての体育があるわけだ。

 もっとも、ここは女学園なので男の俺は駄目だろう……そう思っていた。

「あら、何をしているんですか?」

「自習の準備ですよ。ほら、次の授業は体育ですからね」

「ええ、そうです。夢川さんも準備したほうがいいですよ」

 信田さんにそう言われて首をかしげる。

「俺、男ですけど?」

「心配しなくていいわ。私の方がちゃんと頼みましたから」

「頼む?」

「ええ、特別教室にクラスメート全員を言ってみてください」

 そう言われて机を見る。

 相変わらずの三つだけだ。

「俺と、信田さんに椿たん」

「そうですね」

「それが何か関係、あるんですか?」

「先生に聞いてみたところ夢川さんが水泳の授業に参加する条件は同じクラスの女子が許可すること……石見さんもわたしも別に構わないと告げたら参加を許可してくれましたよ」

「え、マジですか!」

 暑くてじめじめしている六月後半……水泳を諦めていただけあって、これは嬉しかった。

「本当です。嘘をつく必要は無いでしょう?」

「あの、信田さん、ありがとうございますっ」

 両手を掴んで上下に揺さぶった。

「そ、そんなに嬉しい事ですか?」

「ええ、そりゃあもうっ。水泳終わったらシャワーとか浴びられますからね。汗でべたべたしていたのも流せます」

「確かにそうですね」

 俺の気持ちが伝わったのか、苦笑しながら信田さんは笑っていたりする。

「さ、夢川さんプールサイドへ行きますよ」

「はいっ」

 そして意気揚々と俺はプールサイドへ向かうのであった。

「……はぁ」

「何だ、夢川は見学か?」

 プールから顔だけ出した椿たんが無表情でこっちを見てくる。

「ああ、そうだよ。泳ごうにもパンツがねぇんだ」

「なるほどな。ま、精々そこで日光浴でもしているといいさ」

 そして俺から離れていった。

 くっそー、冷静に考えてみればわかっていたのにな。

 今日が泳げないだけで明日以降の体育は泳げるのだ。ぬか喜びではなかっただけでもよしとしよう。

「夢川さん……なんだか悪い事をしてしまいましたね」

 スクール水着姿の信田さんが気まずそうに話しかけてきた。うん、胸がすげぇな。

「いや、いいんです。今日は泳げませんけど信田さんのおかげで今度からは泳げるんですからね。それに、退屈はしていませんよ」

「泳げないのに?」

「ええ。見学は見て学ぶってやつです」

 もっとも、初っ端の水泳の授業で真面目な事はしない。先生も先ほどから一心不乱に六のコースで泳ぎ続けていたりする。

「なるほど。先生の泳ぎ方を参考にしているのですね?」

「まぁ、そんなところです」

 椿たんの水着姿や信田さんの水着姿を拝んでいたとは当然言えるわけもないがな。

 言ったら即たたき出される事だろう。

「ではわたしも泳ぎつかれたので見学をします。よいしょっと」

 そういって俺の隣に腰掛けて信田さんは先生を眺めていた。

「夢川さんは今日の放課後どこに行くんですか?」

「今日ですか? うーん、今日は特にどこにも寄ろうとは思ってません。信田さんはどこか行きたいところってあります?」

「少し考えます」

「わかりました」

 信田さんが俺の事を調査すると言って結構経っている。学園がある日はほぼ毎日、一緒に帰って居るので色々なところによって遊んだりしているのだ。

 おかげで、羽津女学園の生徒達は俺達の事を誤解してしまっている。完全に、つきあっていると思い込んでいるのだ。

「えっと、西羽津遊園地に行きたいです」

 そう言われてぎょっとする。

「遊園地って……あの廃遊園地ですか」

「はい」

 人がいる遊園地は東羽津市にあるので電車を使わねばならない。もっとも、信田さんなら執事さんを呼び出せば車が使える。

「わかりました」

「我がままに付き合ってくれるんですか?」

「いいですよ」

 俺の調査ノートも二冊目に突入したとか言ってたな。うーん、一体何を調査しているんだろうか。

 そしてその日の放課後、歩いて俺たちは西羽津遊園地へとやってきた。

 当然、立ち入り禁止になっているが……車の通りが少なく、辺りに人もいないような場所だ。山を削って造られた珍しい感じの遊園地である。

「さ、行きましょうか」

「でも、一体どこから入るんですか?」

 遊園地のチケット売り場から少し進んだところならなんとか入れる。しかし、それ以降は重い鉄の扉があって進めそうにない。

「任せてください」

「任せるったって……」

 俺の隣にいたのは信田さんだ。

 いつもと様子が違っていて口根の耳、尻尾が生えて鬼火が辺りを飛んでいた。

「見ていてくださいね」

 たったそれだけ。

 手をかざすでもなく、呪文を唱えるわけでもない。

 鬼火が飛んで鉄の扉の一部を壊したのだ。

「すげぇ」

「さぁ、行きましょう」

「あ、はい」

 信田さんの後を追って俺も遊園地の中へと入った。

「……錆びれていますね」

「そうですね」

 廃遊園地だけあって機械は錆つき、人がいない。時折無く烏の声は哀愁を感じさせるには充分であった。

「それで、ここまで来た理由は何ですか?」

 懐かしそうに壊れた馬を撫でる信田さんに訊ねる。

「……見てもらいたいものがあります」

「見てもらいたいもの?」

 馬か?

 あ、もしかしてこの遊園地には何か思い入れがあるとかだろうか。

「これです」

 馬の方へ視線を向けていた俺は変身を見逃した。

 そう、信田さんが変身したのだ。

「……どうですか?」

 目の前に現れたのは大きな狐。二メートル近い体躯に、立派なふさ尾が生えていた。

 鬼火をちらつかせ、俺を見据えている。

「尻尾、すっごくふさふさしてますね。触ってもいいですか?」

 許可を得ずに触ろうとしたら鋭い牙の生えた口蓋が迫ってきた。

「駄目です」

「そ、そうですか」

「こういうものは……その、やすやすと触らせていいものではありません」

 恥ずかしいのか、俺の方から視線を外した。

「ですよねぇ」

 きっと特別な関係になったものが触る事を許されるのだろう。

「この狐の姿を見てどう思われますか?」

「どう、とは? よくわかりません」

「怖くはありませんか?」

 確かに、でかい狐だからなぁ……。

「あ、胸毛もふわふわしてそうですね。触っていいですか?」

「駄目に決まっているでしょうっ。わたしの話をちゃんと聞いているのですかっ」

 怒ったのか、鬼火が青色から真っ赤に燃えあがった。

 本気モード?

「こほん、失礼しました。そうやって怒ると少し怖いです」

「怒らせたのは夢川さんでしょう?」

「そうでしたね」

 こほん、一度咳払いをして俺は緩んだ気持ちを切り替えた。

「えーっと、姿に関してですが……別に怖くはないです。信田さんは狐の姿を見せるために俺を連れて来たんですか?」

「そうです」

「何故?」

 見たことは無いけれど、俺は彼女が狐の種族であるのを既にNKKから教えてもらっている。彼女だってそのくらいは知っているだろう。

「友達になっていただきたいからです」

「友達? 信田さんではなく、狐の種族全てって意味ですか?」

「いいえ、わたしとです」

「別に見せなくても友達にはなれるでしょう?」

「怯えられたらショックを受けてしまいますから……」

 過去に何かあったのだろうか。凄く落ち込んだ声が響いてくる。

 そこら辺は突かないほうがよさそうだ。

「俺はもう信田さんと友人関係だと思っていましたよ」

「ですが、やはり知ってもらいたかったのです」

「そうですか。まぁ、そっちの事情はわかりました。しかし、俺と友達になって両親とか怒りません?」

「何故ですか」

 狐と話す内容じゃないなと思いながら、俺は首をすくめる。

「俺、貧乏ですもん。こんな教養のない人間と一緒に居たら貧乏が移るって言われるかもしれませんよ?」

「馬鹿にしないで下さいっ」

 それはもう本当に一瞬だ。怒気をはらんだ声は鬼火の燃え上がる音でかき消えた。

 二メートル近くの狐の前足は強力で、押し倒された。

 信田さんに押し倒されたと言うのに、頭をかじられれば昇天するこの状況……さすがに驚いてしまった。

 狐って意外と恐いんだなーと心の中でため息をつく。

 ただ、驚いてしまったのは俺だけではないようで俺を前足で押さえつけた信田さんも驚いていた。

「す、すみません……つい、カッとなってしまって」

「あ、いえ……」

 俺の方も言いすぎました。

 そう言おうとして、耳に鈴の音が鳴り響いた。

「鈴?」

 押し倒されたまま、首を動かす。

 鈴の音をした方向に巫女服を着た少女が立っていた。

「西羽津の……巫女」

 恐怖の代名詞……そんな雰囲気の声が狐から漏れたのだった。


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