第一話:淵の濁水
第一話
「みなさん、おはようございます。今日は転校生が来ています」
俺がこれから通う場所……羽津女学園という場所だ。
そうはいっても、既に二月の終わり……もう、本年度は殆ど残っちゃいない。
そして先生、来ていますじゃなくて、今日から皆さんの仲間になる……とか、そういう説明じゃないのかよ。何だよ、来てますって。
「それでは夢川冬治君入ってきてください」
「はい」
俺は先生の呼び掛けに応じて教室へと入る。女学園だけあって、女子生徒ばかりだった。
みんながびっくりして俺の事を見ている。そりゃそうか、何せこの学園唯一の男子生徒だからな。
「驚いている人もいるかもしれませんが、彼は男の子です」
二年G組。それが俺の新しい教室である。担任の先生は女の先生だった。女学園だから教師も全員女性なのだろうか。
「来年度からこの羽津女学園は共学になります。その試しとして夢川君が姉妹校から転校してきたのです。では自己紹介をお願いしますね」
先生が教壇中央からどいたので俺が代わりに教壇に立つ。
「えーっと、羽津学園……じゃ、なくて東羽津学園から転校してきた夢川冬治です。結構転校していますが、元女学園ってのは初めてですのでよろしくお願いします」
ま、ざっとこんなもんか。あまり喋りすぎるのもよくないからな。
「……」
普通に事故紹介しても、男子生徒は俺一人だ。この学園で調査するのなら何故、女子生徒にしなかったのだろう。調査の基本は目立たない事だと教わってきたのだが、そこのところどうなっているんだ。
何やら女子生徒が静かな声で話し始めた時、先生がそのおしゃべりをやめさせた。
「質問は休み時間にお願い。席は……石見さんの隣ね。」
そう言った瞬間、クラスがざわついた。
何だ? さっきの雰囲気は少し警戒というか、転校生が珍しい奴だった時に起こる雰囲気だった。しかし、今回のそれは違う。哀れな子羊にさよならを告げるような雰囲気だ。
「可哀想に……」
「え?」
誰かがそんな事を口走ったのでつい、声が出てしまう。
そして、俺の声に先生が反応した。
「あ、聞こえなかった? 石見さん。石見椿さんの隣ね。あの子の隣」
そういって先生は一番後ろの席を指差す。とりあえず、殺気の雰囲気は置いておこう。気のせいかもしれない。
一番後ろの開いている席は転校してきた中で大体多いからな。妥当なところだろう。
「……先生もひどいよね」
「うん」
そんな声が聞こえてきた。
「……」
何だか教室が静かになった気がする。
教壇に突っ立っていても仕方が無いので指定された場所へ向かい、椅子に座る。隣の少女は石見椿さんか。
じろりとこっちを見られた。
「何だよ?」
そして、凄く不機嫌ですと眼が語っていた。
これまたクラスが静かになる。
「あの人、運が無いよね」
「ついてないよねぇ」
その声は確かに石見さんに聞こえているはずなのだが、彼女は再びこちらを睨んできていた。
う、うっわ、こえぇ……切れ長の瞳に黒髪の少女って怒ると怖いんだなぁ。
しかし、この程度で心が折れていては駄目だ。
「石見椿さんか。椿たんって呼んでいいか?」
「ふっざけんなっ」
持ってたバットを俺の机に叩きつけた。
机は見事、真っ二つ。
いや、待てよ……バットを机に叩きつけただけじゃ、机なんて真っ二つになるわけないだろ?
「……センセー、ちょっとトイレに行ってきてもよろしいでしょうか?」
「あ、う、うん。その間に新しい机を準備しておくね。あと、トイレは職員室前の男性教師用のところが一番近いよ」
「はい、ありがとうございます」
鞄はそのまま椅子の上に乗せて俺はトイレに向かうのであった。
断じて、ちびったわけではない。