第十一話:尾行嬢
第十一話
授業中、右側からの視線が痛い。
「……」
俺の事をじっと見ている信田さん。
彼女と知り合って三日、常に誰かの視線を感じていた。
チャイムが鳴って、お昼休みに突入したら椿たんはすぐさま出ていってしまう。
三人しかいない特別教室だからな。必然的に二人になってしまう。
「さぁ、お昼ごはんを食べましょう」
「……そうですね」
そして、意外にもこうやって誘ってくれるのだ。
机を正面にくっつけてお弁当を広げる。
「信田さんは今日も立派なお弁当ですね」
「え? ああ、これ? 凄いでしょう?」
信田プレミアム弁当です、と言われた。
「誰が作っているんですか?」
「わたしですよ」
「それ、信田さんが作ってるんですか」
驚く俺に当然だと頷かれた。
「他に誰が作ると言うのですか?」
「お抱えのコックが作るんじゃないんですかね?」
「そこまでお金持ちではありませんっ。それに、実家にはジョンがいるけれどわたしの家にコックはいないの」
実家? わたしの家だと?
まるで実家とは別に家を持っているみたいな口ぶりじゃないか。
「二件目が立ったんですよ」
「え……」
「そして忙しい時にはメイドが作ってくれます」
「は、はぁ……」
特別を自称しているだけあって、俺の弁当なんてかすんで見えた。アリスの分もお弁当を作っているけれどあの子は口に入れば(ニンジン以外は)何でもいいと考えている子だから張り合いが無い。
「あなたのお弁当はお母様が作ってくれているのでしょう?」
「え、あ、いや……」
母さんは俺が行方不明になっていると聞いているだろう。
「俺が作ってます」
「へぇ、凄いじゃないですか。見たところ卵焼きとウインナー以外はレンジでチンしたものですが。それでも、頑張るのですね」
「ありがとうございます」
俺を褒めながら何やらノートに書き記している。
「お弁当は自分で作る……っと」
「そのノート、何ですか?」
知っているけれど、聞いてみた。
「これは貴方の調査ノートです。まぁ、男性の例としてとっていますが……まだ完ぺきではないけれど、あっているかどうか聞きたいですね。聞いて頂戴」
調査相手に情報を漏らすのはよくないんじゃ……いや、俺も信田さんに話しちゃったけどさ。
「名前は夢川冬治。特別教室の三年生……二月の終わりにこの羽津女学園に転校してきた。性格は少しいい加減なところがある。誕生日は十一月十日。好きな食べ物は甘いものより辛い物……好きな女性のタイプは幼い女の子。どうかしら? ここまでは完璧でしょう?」
大体はあってるけど、違うところもある。
「惜しいです。でも、違うところがありますよ」
「どこ?」
「好きなタイプです」
「……まさか、一桁?」
軽蔑するような目が俺へと向けられる。何だよ、一桁って……。
「違いますっ。逆ですよ、逆っ」
どちらかというと年上の方が好みだ。
「……幼い男の子? し、信じられないわっ」
「年上ですよ、年上っ」
「あら、そうなの」
「そうですっ」
全く、この人は……。
「けど、本当に信田さんが俺の事を調べているなんて思いませんでしたよ」
「約束したのだから当然でしょう? 約束も守れないようならそれは特別な存在としてふさわしくないわ」
そう言うものなのだろうか。
「貴方は気付いていないようだけれど、放課後も尾行しているのよ?」
「へ、へぇ……それは気付かなかった」
黒塗りの車が最近俺の後ろを尾いてきているのはそう言う理由か。NKKを狙っている輩かと思ったぜ。
「あの、信田さん」
「何?」
「調査対象には言わないほうがいいと思います」
「……」
信田さんは少しの間、固まっていた。
「あ、でも、あれですよ。他の方法を考えれば大丈夫です」
「他の方法?」
「そうです。ここでばれたのならもう尾行しないと相手に言うんですよ。そうしたら相手もなーんだ、尾行されないのかと安心します」
「ふんふん」
「でも、まだ尾行するんですよ。相手は安心しきってますからね」
「なるほど……」
「もしかしたら普段しない行動をするかもしれませんよ」
「それは興味深いわ」
信田さんは満足したようで、教室から出て行った。
「……うーん、すんなり受け入れたのは彼女なりのボケだろうか。それとも、流されただけか?」
出て行った信田さんの事を考えながら俺はお茶を飲むのであった。
放課後、何と無く後ろを見た。
「……」
電柱から体半分を出した信田さんがいた。
慌てて彼女は電柱に身を隠した。
「……っ」
顔を出して俺がまだこっちを見ている事に気付いたようですぐさま隠れた。
「はぁ……」
あの人、暇なのだろうか。お嬢様だよなぁ……お嬢様って忙しいんじゃないんだろうか。
そのまま歩いていると、後ろから男の声が聞こえてきた。
「ちょっとお姉ちゃん」
「何? 今は忙しいの」
俺はすぐさま振り返る。もしかして不良か?」
「警察だ……」
信田さんの前に居たのは警官だった。
「君、さっきからあの男の子を尾行しているようだけれど?」
「ええ、そうです。尾行してます。今忙しいから後にしてください」
警察の質問に堂々と答えた。何か起きたのかと道行く人達も足を止める。
「そういうわけにもいかないよ。お遊びかい?」
「違います。遊びではありませんっ」
ムッとした口調で信田さんは警官を睨んだ。
「真面目です。本気で彼を尾行していますっ」
「彼は知っているのか?」
「知るわけないわ」
何だか非常にまずい展開だ。
警官は無線に向かって何やら話して、信田さんをみる。
「後の話は派出所の方で聞くから」
「何故です? わたしはいま、いそがし……」
「あのー」
見ていられなくなったので俺は二人の前に出ることにした。
「すみません。信田さんが変な誤解を受けているみたいで」
「君はこの子の事を知っているの?」
「はい、特別な関係でして……その、実は彼女、むきになっちゃうところがあるんですよ」
「向きになってはいません」
むっとした表情が俺へと向けられる。しかし、そんな事を気にしている場合じゃない。
「夢川さんから仕掛けてきたのでしょう?」
「仕掛けてきた?」
これ以上ばらされると酷い事になるのは間違いない。なにせ、彼女のプライベートを知っていたのだ。派出所に連れて行かれるのは俺になる。
「はい。まぁ、何と言うか……喧嘩ではないんですけれど意地の張り合いですね。お互いがどのくらい相手の事を知っているか言い合って、彼女は俺の事を調べていると言うわけです。そうですよね、信田さん?」
俺の言葉に信田さんはこっくりと頷いた。
「そうです」
信田さんが認めたことにより、警官は凄く呆れた表情になった。
「なんだ、そう言う事なの」
「はい、そう言う事です」
「いちゃつくのはいいけどね、他の人には迷惑をかけないでよ」
「すみませんでした」
警官はそう言って去っていった。周りからの何だ、ただのバカップルかという視線が痛かった。
「全く、あの警官はなんですか。おかげでばれてしまいましたっ」
そして憤慨している信田さんが残されて行った。
「あのー、信田さん」
「言っておきますけど、これは偶然です。たまたま夢川さんの後ろにいたら警官に話しかけられただけですからね」
そう言うのなら夢川冬治調査ノートをしまってください。
「放課後、暇がある時俺と一緒に帰りませんか?」
「え?」
「そうすればさっきみたいに誰かから声をかけられる事も無いと思いますよ」
「……」
しばらく彼女は考えていたが、しきりに頷いていた。
「なるほど、それはいい考えね。一緒にいればより詳しく調査出来るわ!」
先ほどの不機嫌はどこに行ったのやら、彼女は超がつくほどご機嫌になった。




