第九話:心温まるお話
第九話
「あ、もしもしお兄ちゃん?」
「ん?」
「この前調査対象を見つけたーみたいなことを言っていたけど、調査は進んでるの?」
「あ、ああ……進んでるよ」
「本当に―?」
「本当だよ。危険かなって思ったらアリスにすぐ連絡するってば。そうなったら好きなようにしてくれ」
「うん、準備しておくね」
「ああ、じゃあな」
放課後、アリスに電話しながら帰っていたら椿たんが不良に囲まれていた。
「……よくあるよなぁ」
創作とかでよくあるよな。石見さん、今助けるよって突っ込んでったら石見が不良を一人で倒すとかさ。
俺は椿たんにばれないよう、驚かせようと背後に立った。
しかし、いきなり風が吹いてよろけて彼女にぶつかってしまった。
「何ぶつかってんだ?」
胸倉を掴まれるのではない、肩をそのまま掴まれて持ち上げられてしまった。
「もうちょい優しく持ち上げ……いててててっ」
「い、石見さんっ。ただの男子生徒に手を出すのはまずいっすよ」
「そうっすよ」
「ただぶつかっただけですって」
ここの不良たち、めちゃくちゃいい人達だなー。このままなら怪我することなく事が収まるのではないかとつい期待してしまう。
「ちっ、夢川か」
ほら、知り合いだからきっとそのまま降ろしてくれるに違いないね。
「ふんっ」
俺が夢川冬治である事をしっかり確認すると、そのままゴミ箱に放り投げる。
「いてぇっ」
派手な音と共に俺は無様に尻を向ける状態で転倒。生ごみの匂いの袋に頭まで突っ込んでしまった。
激しい音がしたものの、思ったより痛くなかったのは彼女が手加減してくれたあかしなのだろう。しかし、音に反応して何事かと周りの人たちがこちらを興味深そうに見てくる。
「大丈夫か?」
「はぁ、何とか……」
不良たちが俺を助け起こしてくれた。彼らの影を見て、頭から角が生えている事に気づく。
「……お前ら、もう行け。こいつはあたしの知り合いだ」
「そ、そうなんですか?」
「おい、石見さんの言葉をうのみにするな。この前は知り合いだって言って淵に沈められてたんだぜ?」
「そうだったな……」
ひそひそとそんな会話が俺の耳に入ってくる。
「石見さん、えーっとっすね。この少年は俺らの方できっちり落とし前つけてもらいますんで、今日のところは帰ったほうがいいですよ」
落とし前をつけるとか言いながら眼でさっさと逃げろと言ってくる。
「いい。お前らには関係ない」
「しかし、石見さ……」
「さっさと行けって言ってるだろっ」
「ひっ、出過ぎた真似をしてすみません。
椿たんは軽くアスファルトを踏んだ。
たったそれだけで、ぐにょりという擬音が聞こえてきそうなほど足がめり込んだ。さすがに、其処までされたら不良さん達も俺を助ける気が無いのか俺の後ろへと対比している。
「……助けてー」
不良さん達が震えていた。
ここまで助けてくれようと努力したのだ。それなら、今度はこっちが手を貸す番である。
「椿たん、公共の物を壊すと怒られるぜ?」
「ああ?」
非常に機嫌が悪いらしい。眼が金色になった。壁に映る陰は人間の形をしていなしなぁ。
鬼には生贄が必要だろうよ。この場合は俺の財布が妥当かな?
「そう怒るなよ。実はここらへんでクレープがおいしいののの屋って店を見つけたんだ。これからどうだ?」
「……」
じーっと見られる。周りの人たちも固唾を飲んで見守っていた。
「夢川の奢りならな」
「よし、じゃあ行こう」
ぽかんとした不良さん達を置いて俺たち二人はののの屋へと向かうのであった。
ののの屋についてクレープを頼み、席に着く。
「さっきの人達は何だ?」
「夢川には関係ないだろう」
「ふーん、ま、そうかな。じゃ、何者か当てていい?」
「好きにしろ」
「鬼」
「……」
じろりと睨まれた。その目は金色に輝いている。
何やら不穏な空気を感じたのか、ののの屋に居たほかの客たちが帰り始めた。店員さんも何かあったのかとこちらを見ている。
それほどの存在感が彼女にはあるのだ。十人のうち十人が振り向いて再び目を逸らす存在、それがおそらく椿たんだ。
「そんで、お前さんは牛鬼だろ」
「そんなわけ無いだろ」
椿たんの影を見た。鬼の顔が口を開けて俺の頭を狙っているようにしか見えなかった。
「陰見ろよ」
「……」
「目、金色だぜ?」
「ああ?」
「あと、俺を一発殴ってくれ、椿たんっ!」
俺はそう宣言した。
「は、はぁ?」
「ほっぺをぶってもいい。足で踏んでもいい……とりあえず、一発どうにかしてくれ」
クレープをもってきてくれた店員さんも驚いていた。
「……出るぞ」
「ああ、いいよ」
椿たんは店員からクレープを奪い取って歩いて出て言った。俺もその後に続く。
それから三十分程度歩いて山までやってきた。
「ここなら人がいないから好きにやれるだろ?」
俺は鷹揚に手を広げる。
気付けば椿たんの顔が俺の目の前まで迫っていた。
「っ」
「ぐほっ」
息を吸っているときに殴られたら非常に痛い。
拳が背中から貫通しているんじゃないかというぐらい痛かった。
「……」
「……げほっ」
俺はそのまま膝から崩れ落ちた。
「うう……」
心の底からクレープを食べていなくてよかったと思えた。
「……満足か?」
「あ、ああ……満足だ。ありがとう、椿たん」
「ふんっ」
「ぎゃふっ」
今度は頭を踏まれた。それでも、まだ腹部の方が痛い。
「お前、一体何なんだ?」
「俺? 俺は……椿たんの事が気になってる男子生徒だ。今日はデートに誘った上に殴られて踏まれるなんて嬉しすぎて涙が出そうだ」
口から出てくる軽口は絶好調だと思いたい。
「……変な奴」
頭の上に置かれていた足がどけられる。
「ふー、椿たん、踏んでくれてありが……いなくなったか」
すぐさま頭を向ければパンツでも拝めるかと思えば、そうじゃないらしい。
まるで透明人間みたいに彼女はいなくなっていた。
「……ま、手加減できるんなら別に危険じゃないだろ」
身をもって体験したけれど、彼女は優しいようだ。
「あと、甘いものが好きなんだろうなぁ」
何も、俺のクレープまで持って行くことはないんじゃないか。




