呪の行方
「お願いです! 姉を助けて下さい!」
初対面の少年にいきなり土下座されて、正直戸惑う。
「詳しく話してみろ。でないと分からんぞ」
冒険者宿三叉亭の主人六徳が、禎理の代わりに声を出した。
「はい……」
六徳に勧められるまま、禎理の隣のカウンター席に腰掛ける少年。だが、少年は禎理を一度見た後、俯いたまま。カウンターの上に置いた両手をせわしく動かすだけで、一言も発しようとはしない。
この少年は、一体何者? そして自分に何を頼みに来た? 当惑の感情が、禎理に容易に口を開かせなかった。
「おいおい。黙ってちゃ分からないぜ」
見かねた六徳が、再び少年に声をかける。
「はい。……でも」
聞き取れないほどの小さな声で、少年はぼそりと話した。
「本当は、頼って良いかどうか分からないんです」
「何故?」
ここでやっと、禎理自身から声が出る。
だが、少年の次の言葉に、禎理はびくっと肩を震わせた。
「姉は、……禎理さんを呪っていたんです」
少年の姉は、天楚市内の別の冒険者宿に属する冒険者の一人。何故かは分からないが禎理に恨みを持ち、怪しげな異国の妖術師から教わった呪いを、禎理に向けて放った。だが、『人を呪わば穴二つ』という言葉は正しかったようだ。呪いは姉自身に跳ね返り、現在姉は治癒不能の病に苦しんでいる。
「それは、自業自得だ」
禎理も一瞬思ったことを、六徳がはっきりと口にする。だが、少年の震えと蒼い顔を見た禎理は、少年をはねつけることができなかった。
非は少年の姉にある。第一、妖術師でも魔術師でもない禎理には、呪の解き方なんて分からない。それでも。
「分かった。お姉さんの所に案内して」
ゆっくりと、承諾の返事を口に出す。
「禎理!」
「あ、ありがとうございます!」
驚く六徳の声は、少年の高い声に掻き消された。
馬鹿なことを。そう、六徳が思っているのは、顔を見ずとも分かる。長年の付き合いなのだ。だが、困っている人を見殺しにすることは、禎理にはできない。それが、禎理の性。
しかしながら。……逢ってどうするというのだ? その点では、禎理の考えも六徳と同じだった。
「でも、僕が行っても何もならないかもしれない。それでも、良いのか?」
確かめるように、少年にそう、尋ねる。
少年は禎理を見つめ、そして静かに頷いた。
少年とその姉の住居は、市の南隅にあった。
少し傾いた二階家の、窓の無い小さな部屋に、少年の姉は寝かされていた。
とりあえず少年には部屋の外で待機してもらい、禎理一人でその女性と対面する。その姿を一目見ただけで、禎理は彼女の症状の深刻さを悟った。
全く初対面の女性だったが、憐れさが募る。禎理はそっと、汗ばんだその額に触れた。
すると。禎理のその動作が誘ったのか、女性の目がかっと見開かれる。鬼のようなその表情に、禎理は思わず一歩後ずさった。
次の瞬間。
「うわっ!」
先程まで苦しそうにベッドに横たわっていたはずの女性が、禎理に飛びかかる。避ける時間も、空間も無い。禎理の身体は、薄い壁に叩きつけられた。
全身を駆け抜ける衝撃と共に、息苦しさを感じる。冷たい感覚が、禎理の首を絞めて、いた。
首に絡みついた女性の指を解こうと、何とかもがく。だが、冷たい感覚は執拗に禎理に襲いかかる。視界が徐々に暗くなる。もう、ダメか。諦めの感覚が、禎理の全身を支配した。しかしながら。これで、この女性は『恨み』を晴らしたことになるのだろう。それはそれで良いのかもしれない。意識が消える寸前、禎理はそんなことを感じていた。
と。首に掛かっていた力が、急速に消える。
「えっ……?」
驚きと共に微かに身をよじると、禎理の上で、件の女性が安らかな寝息を立てていた。
どういう、ことだ? 疑問が、頭を支配する。だが、女性の安らかな顔を見て、禎理は何故か納得した。
……終わった、のだ。全て。
「姉さんっ!」
大声と共に部屋に入ってきた少年を、指を唇にあてることで制す。
禎理は女性をベッドに運ぶと、眠りを邪魔しないように優しく、側の毛布を掛けてやった。




