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いわくつきの部屋・三度

「……へぇ、『絨毯』か」

 禎理ていりの部屋に入った途端、エクサはそう言って好奇の目を禎理に向けた。

「珍しいな。どうしたんだ?」

「うん、まあ」

 そのエクサの視線を軽く受け流しながら曖昧に笑う禎理。

 実は、この絨毯の下には『魔物を召喚できる魔方陣』がある。いや、有ったと言った方が正確だろう。

 禎理がここに引っ越してくるずっと昔に作成されたというその魔方陣は、月の光によって発動し、いつも不機嫌そうな顔をした人型の魔物が召喚できるようになっていた。だが、禎理の努力により、今は魔方陣としての効果はなくなっている。

 エクサにだけは魔方陣のことを気取られないようにする必要が、ある。

 自分の不注意で死なせてしまった友を蘇らせる為に禁断の魔法を使い、神官国家であるフビニ帝国を追放になった『破戒神官』エクサに、魔物を召喚できる魔方陣が昔ここにあったことを教えるのは危険すぎる。ただでさえ、エクサは今でも『人を蘇らせる』という、『この世界』の『自然の理』に反する物事を成そうと躍起になっているのだから。

「……ここに、もとから有った物なんだ」

 だから禎理は、慣れない嘘をつく。

「ふーん」

 そんな禎理の嘘に気付いたのかどうか、エクサは気がなさげに相槌を打つと、そのまま絨毯の話題から離れた話を始めた。

〈……良かった〉

 どんな人間でも、『自然の理』に反することを行わせてはならない。それが、禎理の信条。

 だから、エクサの気が絨毯からそれたことに、禎理は正直ほっとした。


 だが。

「……聞いたぞ、禎理!」

 いきなりの大音声が、部屋で手紙の代筆をしていた禎理の耳を打つ。

 顔を上げると、蹴破られたドアの横に、興奮で顔を真っ赤にしたエクサが、居た。

「この部屋に『魔物』が出るらしいな」

 禎理につかつかと詰め寄り、上ずった声でそう叫ぶエクサ。その言葉に、禎理は思わず唇を噛んだ。おそらく、この近所の噂好きの人間から聞き知ったのだろう。人の口に戸は立てられないとはいえ、エクサも耳ざと過ぎる。禎理は内心頭を抱えた。

 禎理を覗き込むエクサの瞳は希望に輝いている。でも、その『希望』には、答えられない。魔物が召喚できるその『魔方陣』は、禎理がとうの昔に『中和』してしまったのだから。

 そのことを、静かに正直にエクサに話す。忽ちにして、エクサの目の色が失望に変わった。

「そんな……」

 思わず禎理の襟を掴むエクサ。

「嘘だと思うのなら、証拠もあるよ」

 そのエクサの手をおもむろに振りほどくと、禎理はのろのろと筆記用具を片付け、テーブルを脇にのけると床に膝をついた。

 そしてゆっくりと絨毯をめくる。絨毯の下には、安いインクの所為で汚い茶色に変色した魔方陣の残骸が広がって、いた。

「……ね」

 うなだれるエクサを見上げ、諭すように笑いかける。

 見つめたエクサの顔は、今にも崩れそう、だった。

 だが。

「……そうか」

 案外冷静な声で、エクサが呟く。

「でも、本当に、使えないのか、この魔方陣?」

「確かめて、みる?」

 もう少しで、エクサを説得できそうだ。その予感が、禎理を大胆にした。

「月の光で発動する魔方陣、だったから、今日は大分待ってもらう必要があるけど」

 だから、もう一押しの意味を込めて、禎理はエクサにそう提案した。

 今夜の月暦は『下弦』。南中して天窓に月が掛かるのは夜明けごろだ。

 禎理の言葉に、エクサは大きく頷いた。


 それから夜明けまでは、いつもよりかなり時間が掛かったような気がする。

 眠たかったので、禎理はベッドで少しだけ眠ったが、エクサの方は、絨毯を剥がした床の上で、禎理が貸した毛布に包まったままずっと起きていたようだ。

 そして、空が少しだけ白み始めた頃。

 青みがかった暗い空に、月が高く上る。

「……ほら、ね」

 天窓から半分の月が覗くと同時に、禎理はエクサの方を向き、床を指し示す。

 汚れにしか見えない魔方陣の紋様は、月の光が床を照らしても、昔のようには光らなかった。

「インクと、俺の血で、『中和』したんだ」

 その紋様を見下ろしながら、魔方陣を中和した方法を説明する。だが、禎理の説明を、エクサは殆ど聞いていないようだった。

 ただただ、汚い紋様に見入っている。

「……分かった」

 やっとのことで、エクサがそう、呟く。

 そしてのろのろと立ち上がった。

「今日はもう帰る。……悪かったな、ドアを壊して」

 その言葉を残し、悄然と部屋を去るエクサ。

 その後姿の小ささが、禎理は気になって仕方なかった。


 その二、三日後。

 依頼がないときの日課にしている薬草摘みの為に、禎理は朝早く天楚市を出た。

 深い森の奥にある薬草を摘むのは骨が折れるが、森も、朝の空気も禎理は好きだし、そして何より、人の役に立つのが嬉しい。だから禎理はうきうきと、森への道を歩いていた。

 だが。

 不意に、眼前に影が立つ。

 避けなくては、と判断する間もなく、禎理はあっという間に体格の良い五人組に囲まれてしまった。

「……あんたに恨みは無いが」

 目の前に立つ男が、拳を振り上げる。

「これも金の為なんでね」

 周りの男達もそれぞれ得物を構えているのを、禎理は気配で感じ取った。

 これは、一体。確かに、これまでに大分、人に恨まれるような揉め事や騒動に首を突っ込んではいる、が。

 禎理の戸惑いは、しかし一瞬で消える。

 とりあえず、この囲みから脱出しなくては。禎理は少しだけ息を吐いて心を落ち着けると、前の男を睨むと同時に腰に差した手斧と短剣に手をかけた。

 しかし、短剣を抜くより早く、男の拳が禎理に近づく。その拳は何とか避けたが、周りの男達がくりだす攻撃は引きも切らない。予測して避けるのが精一杯だ。

 そして、その予測能力にもついに限界が来る。後ろの男が突き出した棒に、禎理の足が絡まったのだ。

「わっ!」

 足首を捻り、腹から地面に落ちる。受身を取ったおかげで地面からの衝撃は最小限で済んだが、禎理が倒れたのを見て取った男達の攻撃が容赦なく禎理の身体を傷つけた。

 囲まれているので、地面を転がって避けることができない。禎理は完膚なきまでに叩きのめされた。

「……まあ、こんなもんでいいか」

 やっと、男達の攻撃が止む。

 男達のはしゃいだ声が、起き上がれない禎理の耳に痛く響いた。

「よし、飲みに行こうぜ」

「おう、金はたっぷり貰ったし……って!」

 だが。

 男達の口調が突然変わる。

「何だこれは!」

 首を何とか動かして男達のほうを見ると、彼らはポケットの中から銅貨を出して叫んでいた。

「銅貨じゃねーか!」

「貰った時は確かに金貨だったのに!」

 男達の言葉に、思考を巡らす。

 確か、『錬金術』というものなら、一時的に銅貨を金貨に見せかけることが可能な筈だ。実際に、錬金術の達者であるエクサがやるところを見たこともある。そこまで考えた禎理は、エクサの名にはっとした。

 ……まさか。でも、有り得る。エクサなら。

 元々、魔法陣に施した中和法は、エクサの師匠であるボルツァーノに教わったもの。エクサがそれを知っていてもおかしくはない。……中和した魔方陣を『元に戻す』方法も、知っている可能性のほうが高い。

 悪い予感が、する。禎理は体中の痛みを総無視して立ち上がると、驚愕に呻く男達を尻目に城門の方へと痛む足を引きずった。


 禎理の予測通り。

 主のいなくなった部屋で、エクサは魔方陣を『元に戻す』術を行っていた。しかも、『月が無くても魔物が呼び出せる』術も付け加えた形、で。

 足止めするためとはいえ、街中をうろつくごろつきに禎理を襲うよう依頼したことを、後悔していないといったら嘘になる。しかし、心の中にある『想い』は、エクサ自身にも止めることができないのだ。

 呪文を唱えるエクサの目の前で、魔方陣の色がどんどん明るくなってゆく。やはり、これは帝国に伝わる方法で中和されたものだ。禎理の言葉を実際に確かめたエクサは、自分の呪文の出来に内心ほくそえんだ。

 さあ、もう少しだ。高まる期待に、エクサの胸は震えた。

「……何だ、お前は」

 不意に、耳慣れない声が耳を打つ。

 顔を上げると、不機嫌な顔をした男が、半分ほど元に戻った魔方陣の上に立っていた。

 魔方陣の上にいるということは、これが件の魔物か。呪術が成功したことに、エクサは満面の笑みを浮かべた。

 だが、しかし。

「そのローブ、神官だな」

 いきなり、男の腕が神官の印である灰色の肩布を掴む。

「俺は神官は特別嫌いなんだ。呼び出しの代償は高くつくぜ」

 そして魔物は自分の方へとエクサを強引に引っ張った。

 光り輝く魔方陣の中に入ってしまったら、魔物に命令するどころか自分の命が危ない。だからエクサは、引きずり込まれまいと必死に抵抗する。

 だが、腕力に関しては、魔物の方が断然強かった。忽ちにして、魔方陣の中に引きずり込まれる。これまでか。エクサは観念して目を瞑った。

 と、その時。

「エクサ!」

 聞きなれた叫び声と共に、エクサの咽喉が自由になる。

 いつの間にか、エクサの身体は魔方陣の外に飛び出して、いた。

 そして、エクサと魔物の間にいたのは。

「禎理!」

 思わず叫ぶ。

 だが、禎理はエクサに背を向けると、魔物に向かって膝をついて頭を下げた。

「ごめん、呼び出すつもりは無かったんだ」

 酷く破れた服に、血が滲んでいる。そのぼろぼろになった背中を見て、エクサの心は何故か痛んだ。

「いいさ、禎理なら」

 禎理の言葉に、魔物がにやりと笑う。

 明日までに魔方陣を消しといてくれよ。そう言うと、魔物はあっさりと二人の前から姿を消した。

「……助かった」

 禎理と二人きりになった途端、エクサは思わず安堵の溜息を漏らした。

 そんなエクサの手を、不意に禎理が掴む。自分が受けた暴力について、首謀者の俺を詰るのか。そう考えたエクサの予感は、ものの見事に外れた。

「エクサ、お願いだから、『自然の理』に背くのだけは止めてくれないか」

 真剣な目をエクサに向ける禎理。その勢いに、エクサはあろうことかたじたじとなってしまった。

 何故かは知らないが、こいつは、『自然の理』を壊す行為を嫌っている。それだけは確かに、エクサにも分かった。

「……分かった」

 だから仕方なく、頷く。

「なら、良いんだ……」

 エクサが頷くのを確認するや否や、言葉半ばで、禎理の上体が揺らぐ。

 次の瞬間、禎理の身体は床の上に倒れて、いた。

「あ……」

 思わず、ぐったりとしたその身体を抱き上げる。良く見ると、背中だけではなく、肩も腕も足も、体中が傷だらけだ。

 この状態で、市の外からここまで短時間で戻ってくるとは。禎理のこの『心の強さ』は何だ? エクサは首を捻らざるを得なかった。

 だから、というわけではないが、禎理の泥に汚れた額に優しく触れながら、厳かに誓う。

「……お前を傷つけるようなことは、もう二度としない」


 目を開けると、高い天井が見える。

 少し手を動かすと、柔らかい毛布に当たった。

〈……えーっと〉

 動かない頭を、急いで動かす。自分の部屋の床の上に寝かされていることに気がついたのは、しばらく辺りを見回してから、だった。

「……よお、起きたか」

 そんな禎理の傍には、いつもと変わらない顔をしたエクサ。

 色々有ったけど、とにかく、エクサが無事で良かった。禎理はほっと胸を撫で下ろした。

「怪我、大丈夫か?」

 エクサにそう訊ねられて初めて、体の痛みが全て消えていることに気付く。おそらく、エクサがお詫びを兼ねて魔力で治してくれたのだろう。感謝の意を込め、禎理はエクサに笑いかけた。

「大丈夫なようなら、俺はもう帰るわ」

 その禎理の顔に照れくさくなったのだろう、つと立ち上がり、すたすたとドアに向かって歩くエクサ。

 そんなエクサの背中を、禎理は笑って見つめた。

 だが。


「でも、俺は……」


 去り際に、エクサが漏らした言葉。

 その言葉を、禎理は聞き漏らさなかった。

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