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街守り

 水滴の落ちる音で、はたと目を醒ます。

 ゆっくりと瞼を上げると、赤黒く汚れた石壁が、禎理ていりを出迎えた。

 天井近くに設えられた、鉄格子付の小さな窓の周りだけが明るい、薄暗く狭い部屋。石造りの壁はざらざらで湿っており、土間の床は臭い茶色の水に半分ほど侵されていた。

 ここは一体、何処だろうか? 全く見覚えのない光景に、禎理のぼうっとした頭は確かに戸惑って、いた。

 とりあえず、起き上がってみようと、濡れた床に手をつく。その時初めて、手首の辺りに違和感を覚えた。

 ゆっくりと下を向き、現在の自分をまじまじと観察する。いつも身に付けている革鎧と、武器と小物入れをを配したベルトは外されており、代わりに、一枚の板を鉄で補強した手枷が手首に、重い鉄鎖が石壁に繋がっている足枷が右足首に付いているのが、確かに、見えた。

〈えーっと、これ、は〉

 自分の置かれている状況に、しばし、頭を働かせる。

 しかし、ずきずきと痛む頭では、どうしても思考が定まらない。だからその代わりに、禎理は自分が覚えていることを思い出すことにした。確か、天楚てんそ市の夜を守る夜警団の仕事中に、他人の家に侵入しようとした酔っ払いの大学生達と一戦交えたことだけは、しっかりと覚えている。そこまで思い出して、禎理ははたと手を打った。

 多分、自分は現在、天楚市の治安を維持することが仕事である第九平騎士隊に拘留されているのだ。いつもの如く。非は大学生側にあったとはいえ、市内で騒動を起こしたことは、確かなのだから。

 だが、平騎士隊に捕まった時にいつも閉じ込められる部屋は、こんな汚い部屋ではない。と、すると、本当に、ここは一体何処なのだろうか? 禎理は思わず首を傾げた。

 と、その時。

 禎理の疑問に答えるかのように、部屋の鉄扉が嫌な音を立てて開く。そこから現れたのは、鉄鎧の上に平騎士隊の袖無し上着を来た、身分の高そうな一団、だった。

 その中で、装飾過多な面頬の無い兜を被った奴には、見覚えがある。平騎士隊の副隊長で、無限流の師範代も務めている男、矩角のりすみだ。

〈……何で、あいつが?〉

 我知らず、身構える。その途端、右足首から痛みが生じ、禎理は思わず顔をしかめた。

 そんな禎理を、矩角は鼻で笑うと、手に持っていた羊皮紙を広げた。

「……さて、この度の市参事会の決定を伝える」

 勿体を付けた矩角の声が、石壁に反射して耳障り悪く聞こえてくる。その声に再び顔をしかめた禎理だが、次の瞬間、耳に響いた言葉に、思わず我を失った。

「天楚市民禎理、この者、市内で騒動を起こすこと数十回にして反省の色無し。よって、明朝、絞首刑に処す」

 殴られたような衝撃が、頭の中に広がる。

 ……へ、今、何て? 絞首刑……? 明朝……?

 言葉が、耳の中をぐるぐる回る。呆然とし過ぎて、言われたことの意味が頭の中に浸透するまでかなりの時間が、掛かった。

「まあ、そういうことで。……あと一日の命、せいぜい大切にすることですね」

 侮蔑の言葉も、去っていく足音も、全く耳に入らない。

 勢いよく閉まる牢の扉の音で、禎理はやっと我に帰った。

〈そんな……〉

 死は、常に身近に有ったし、覚悟もしていた、筈だった。

 しかし、こんな形で終わりが来るとは。

 涙も出ない。

 禎理は膝を抱え、蹲る他、なかった。


「……り、禎理!」

 どのくらい、そうしていただろうか?

 聞き知った呼び声と、抱き締められる感覚に、禎理ははっと我に帰った。

「大丈夫か、禎理!」

 ゆっくりと、顔を上げる。

 禎理の目の前には、世話になっている冒険者宿三叉さんさ亭の主人六徳りっとくの、心配そうな顔が、あった。

「徳、さん……」

 六徳の顔を見た途端、大粒の涙が禎理の目から次々と湧き上がる。

 倒れこむように、禎理は六徳の大きな胸に顔を埋めた。

「大丈夫だ」

 六徳の大きな手が、震える禎理の背を静かに移動する。

 その温かさが、今の禎理には嬉しかった。

「……ほら、相棒もいる」

 その言葉と共に、六徳の服のポケットから、黄色い塊が飛び出してくる。

模糊もこ!」

 胸に飛び込んできた、キイロダルマウサギ族の魔物、模糊を、手枷と共に優しく抱き締める。

 この場所に居なかったから、禎理が平騎士隊に捕まった時にはどこか安全な所に居たのだろう。

「夜警団の奴らが『禎理がいなくなった』って言うから、夜通し探していたんだが、……まさかこんなことになっているとは」

 大急ぎで仕入れた話だから、信憑性は分からない。そう言い置いてから、六徳はぽつりぽつりと言葉を紡いだ。

 その話を総合すると。

 次の春から、現在の第九平騎士隊の隊長である大円たいえんを王の近衛隊の一員にする話が、六角公の辺りから出ているそうである。大円のこれまでの働きぶりからすると、この昇進は当然のことなのだが、それと共に問題になってくるのが、次の隊長人事である。

 天楚市を守る平騎士隊の隊長は、市の政治を司る市参事会が決める。その市参事会が、新しい隊長として決めたのが、矩角なのだ。

 矩角は現在、隊長代理として平騎士隊の統轄に当たっている。その矩角が、隊長と同じことが出来るという権限を自分の為に利用しない訳がない。天楚のトラブルメーカーである禎理を捕らえ、処刑すれば、市内のトラブルは確実に減少する。そうすれば、自分が隊長に適していると世間に知らしめることができる上に、先の公開試合で被った屈辱を晴らすこともできる。

 多分、大学生による騒ぎも自作自演だろう。そう呟いた六徳は、盛大な溜息を漏らして更に付け加えた。天楚で罪を犯したものの処刑を決定するのも市参事会だが、矩角はここにも賄賂を贈っているらしい、と。貴族身分であり、かなりの資産を持っている彼なら、そんなことはお茶の子さいさいである。ここに更に、貴族たちの武術指南をしている旧無限流の師範、一名かずなのコネによる尽力も加わっているという噂も、六徳の耳には入っていた。

「そう、ですか……」

 話を聞けば聞くほど、溜息すら出ない。二進も三進もいかない、周到に張り巡らされた罠の中にいることだけは分かったが、その罠からどうすれば出られるのか、禎理には全く見当がつかなかった。

 と、いうことは、自分が明日、処刑されて命を落とすのは、確定された運命なのだろうか? 無力感が、全身を包む。六徳がしっかりと支えていなければ、汚れた床の上に倒れていただろう。

「大丈夫さ」

 そんな禎理の気持ちを見抜いたのだろう。六徳の手が強く、禎理の背を叩く。

「何とかする。……いや、してみせる」

 その、揺るぎない言葉に導かれるように、ゆっくりと顔を上げる。見上げた六徳の、その黒い瞳は、何時になく輝いているように、禎理には感じられた。

「だから、禎理、お前も気をしっかり持て。いいな」

 不意に、六徳の瞳が、禎理を強く見つめる。

 その強さに促されるように、禎理はこくんと頷いた。

「それでいい」

 再び禎理を見つめ、笑ってから、六徳はおもむろに立ち上がった。

「それならば、こちらも策を練るか」

 とにかく、気を落とすなよ。それだけ念を押して、牢を出る六徳。

「……あ。徳さん、待って!」

 その背が完全に見えなくなる前に、禎理はあることを思い出してその背に呼びかけた。

「どうした?」

 戻ってきた六徳に、腕の中の塊を渡す。

「……模糊、連れて帰って」

 森の中で、魔物捕獲用の罠に掛かっていた小さな模糊を助けてから、これまでずっと禎理と模糊は一緒に暮らしていた。天楚に居るときも、冒険の旅に出た時も。

 だが、……今回のことに模糊を巻き込みたくはない。

「駄目だ」

 しかし六徳は、模糊を禎理の胸に押し戻した。

「一緒に、いてやれ。……模糊も、それを望んでいる」

「……え」

 俯いて、模糊の黒い瞳を見つめる。

 模糊も、禎理をじっと見つめてから、離れまいと禎理の服の中に飛び込んだ。

「模糊……」

 胸が、温かくなる。

 涸れたと思っていた涙が、再び禎理の頬を濡らした。


 六徳が去ってからしばらくして、再び鉄扉が錆び付いた音を立てる。

 微かに開いた扉の隙間から現れたのは、二つのしかめ面。

「何これ。汚い所」

 辛辣な女声が、そのしかめ面の理由をまざまざと明かす。

「仕方ないじゃろう。平騎士隊には詰め所を建て替える金が無いんじゃ。全部市参事会へ持参しとるからの」

 それよりも辛辣な皮肉で答えたのは、老人の声だった。

 三叉亭の二階に診療所を構え、禎理もしばしばお世話になっている医者の師弟、ゆづる七生ななお。その二人が発する相変わらずの漫才に、塞ぎこんでいた禎理も思わず笑わずにはいられなかった。

「ああ、案外元気ね」

 禎理を見つけた七生が、垂れてきた長い髪を後ろに跳ね上げてから、禎理の横に診療鞄を置く。

「六徳に言われてな」

 その後方では、早速、弦が白い髭をしごきつつ、禎理の右足首を見つめていた。

「不潔な場所で怪我をしたまま放っておくわけにはいかないって」

 そう言いながら、七生は不意に、禎理の頭を抱き締める。

「痛いとこない? 頭とか、胸とか、おなかとか?」

「う、うん」

 七生の指先が、禎理の頬を静かに撫でる。その冷たさが、心地良かった。

「うん、頭はよし。頬が腫れてて、……肋骨は、折れてないわね」

 七生の指が、禎理の頬から身体の方へと降りて行く。その指が微かに震えているのを、禎理は見逃さなかった。

「七生」

 思わず、その赤い髪を見上げる。

「禎理……」

 その禎理の視線に、すぐに気付いた七生は、次の瞬間、禎理をひしと抱き締めた。

「禎理。……ああ、何故」

 七生の震えが、禎理にも強く伝わってくる。

「泣かないで、七生」

 泣きそうになるのをぐっと堪え、ゆっくりと、七生の細い指を見る。自分の為に泣かれることが、こんなにつらいことであることを、禎理は初めて知った。

「俺は、大丈夫だから」

 やっとのことで、それだけ口にする。

 禎理のこの言葉に、七生ははっとしたように顔を上げた。

「そ、そうね。……駄目ね。慰めに来たのに、私が慰められちゃ」

 瞳に付いた涙を拭った、七生の指が、もう一度禎理の頬に止まる。

「頬の腫れは、冷やせれば良いんだけど」

 ここでは無理ね。そう言うように、七生は弦の方を向いて肩を竦める。

「では、後の問題はこの右足首じゃな」

 それまでずっと禎理の足を診察していた弦は、七生の言葉にそう、返した。

「しかし足枷が邪魔じゃな。……七生」

「あ、はい」

 弦に呼ばれて、七生が禎理の足首の方へ回る。七生が懐から取り出した針金で、足枷の鍵は簡単に外れた。

「どう?」

 そういえば、七生も、禎理と同じ『流浪の民』出身者だった。今更のように、そのことを思い出す。野に暮らす生活上、器用でないとやっていけないのだ。

「……今なら、逃げられるわよ」

 ふと思いついたように、七生が禎理を見つめる。

 その七生の顔をじっと見つめてから、禎理は静かに首を横に振った。

 死ぬのは怖いし、ここから逃げたいのは山々だが、今ここで逃げたら、七生にも弦にも、そして六徳にも迷惑が掛かるのは自明の理だ。

「……そう」

 禎理の返答に、肩を落とす七生。

「やはりな。禎理ならそう言うと思っとったよ」

 対して弦は、禎理に向かってにやりと笑って見せた。

「そう。そうね」

 それで七生も納得したらしい。先刻外した足枷を手に取ると、腫れていない禎理の左足首にそっと嵌めた。

「まあ、これくらいならばれないでしょう。……他にどっか痛いところない?」

 再び、七生の指が禎理の身体を確認するように動く。何となくくすぐったくなり、禎理は思わず口の端を上げた。

 と、その時。

「もう、いいでしょう。……今生の別れは」

 鉄扉の軋む音と共に、嫌な声が耳を打つ。矩角だ。

「あ」

 禎理と同時に顔を上げた七生は、次の瞬間、矩角を指差して素っ頓狂な声を上げた。

「この間の試合で、わざと須臾しゅゆに怪我させた人」

 その場の空気が、一瞬にして凍りつく。

 確かに、この前の無限流の公開試合において、矩角は貴族騎士で禎理の仲間である須臾に怪我をさせた。だが、こんなところで言う台詞ではないだろう。禎理は内心、七生に突っ込みを入れたくなった。

 案の定。七生の言葉で、矩角の額に青筋が立ったのを、禎理ははっきりと、見た。

「言いがかりはよしてください。……下賎の者が」

 矩角の声が、石壁に低く反射する。次の瞬間、伸びた矩角の右腕が、七生の腕を捕らえて、いた。

「七生!」

 思わず、立ち上がる。

 だが、矩角に飛びかかるのは模糊の方が速かった。

 模糊の身体が、矩角の右手首を強く打つ。

 その打撃で、七生を掴んでいた矩角の手は確実に緩んだ。

「今のうちに!」

 禎理の言葉を理解した弦が、七生の腕を掴む。そしてそのまま、弦は七生を引っ張り、矩角の横をすり抜けて逃げて行った。

「くうっ……」

 赤く腫れた腕を掴んで呻いた、矩角の目が、禎理を睨む。

 その鋭さに、禎理の背は一瞬にして、凍った。

 だが。

「隊長、参事会の方が見えておりますが」

 丁度良いタイミングで、平騎士の一人が顔を出す。

 矩角はもう一度禎理を睨み付けると、口を真一文字に引き結んだまま出て行った。

〈良かったぁ……〉

 鉄扉が閉まった途端、安堵の息をつく。

 禎理の足元に隠れていた模糊が、安全を確認するように影から首を伸ばしているのが、はっきりと見えた。

 包帯を巻かれた右足首が、今更のように痺れてくる。

 禎理はずるずると、濡れた床に座り込んだ。


 静かな、午後だった。

 明り取りの窓から聞こえてくる、微かな雑踏以外は、何も聞こえてこない。

 こんなに静かな午後は久しぶりだ。ふと思う。森や荒野と違い、天楚の街はいつも活気に満ちて騒々しい筈なのに、何故だろうか?

 ……やはり、明日のことが、響いているのだろうか?

 そこまで考え、溜息をついた禎理の膝の上に、模糊がいきなり飛び乗って、来た。

〈模糊……?〉

 心配して、くれているのだろうか? 温かい気持ちになり、模糊の少し汚れた黄色い毛を優しく撫でる。しかし、禎理の手を無視して手枷を食べようとした模糊の行為に、禎理は模糊の真意を知った。……おなかが、空いているのだ。

 それを知った禎理の腹も、ぐうと鳴る。どうやら、死の瀬戸際にあっても、おなかというものは空くものらしい。

 そういえば、朝から何も食べていない。しかし、あの矩角が、禎理に食事を供給してくれる訳が無い。

 六徳が来たときに頼めばよかった。禎理は大仰な溜息をついてから、不満そうに手枷を齧る模糊を優しく撫でた。

 と、その時。

 明り取りの窓に、影が立つ。はっとして見上げた禎理の目に、見知った顔が映った。

「ヴァルガ!」

 茶人ちゃひとの冒険者、ヴァルガが、茶色の髭の向こうからこちらを見ているではないか。

「大丈夫か?」

 覗きこむような格好のまま、心配そうな声を上げるヴァルガ。どうやら、地面は明り取りの窓のすぐ下にあるようだ。この時になって初めて、禎理はそのことに気が付いた。

「大丈夫です」

 とりあえず、それだけ口にしてから、右足首を庇って立ち上がり、明り取りの方ヘ向かう。

 だが、足枷の鎖が短い所為で、ヴァルガの近くまで行くことが出来ない。

「ヴァルガは、大丈夫なの?」

 鎖の届くギリギリまで窓に近づいてから、そう、声をかける。

「儂のことより自分のことを心配するべきだろう、そこは」

 禎理の言葉に、ヴァルガの髭が笑った。

「いやあ、六徳に頼まれて差し入れを持って来たんだが、あいつら入れてくれなくて」

 ヴァルガが手に持ったブリキ缶を見て、模糊が飛び上がる。そのまま、模糊は明り取りの格子を抜け、ヴァルガが持って来た六徳特製のシチューにありついた。……模糊が羨ましいと思ったのは、ここだけの話。

 だが。

「無理に入ろうとしたら槍を向けられたさ」

 ヴァルガの言葉に、気持ちがずんと沈む。

 こんな自分の為に、仲間を危ない目に巻き込んで良いのだろうか?

「……あ、いやいや、怪我はない。だから、そんな顔はせんでくれ」

 俯いた禎理の耳に、ヴァルガの、極力明るくしたような声が響く。

 気持ちは沈んだままだったが、ヴァルガに心配を掛けたくない。禎理は努力して顔を上げた。

「だけど、ここから差し入れするのは無理だよなぁ。どうすればいいのか」

「あ、いえ、気持ちだけで嬉しいです。……模糊は、食べられたし」

 再び禎理の所へ戻ってきた模糊が、禎理を見上げてから服の中へ入り込む。その、可愛らしさに、禎理は何時になく和んだ。

「ああ、そうそう。『細工』の方も、何とかしているぞ」

 不意に、ヴァルガが話題を変える。

「え」

 その言葉を聞きとがめ、禎理は思わず小首を傾げた。……『細工』とは、一体何だろうか?

 だが。

「六徳を先頭にして、みんな頑張ってるしな」

 次のヴァルガの言葉で、全てを理解する。

 六徳達は、明日の処刑時に、何かやらかす気なのだ。

「……でも、それは」

 止めて下さい。その言葉が、口をついて出そうになる。

 六徳の気持ちは、分かる。だが、自分一人の為に、六徳や他の者を危険に曝す訳には、いかない。

「お前が気に病む必要はない」

 その禎理の気持ちを察したのか、ヴァルガの口調が、急に真面目になる。

「お前さんが天楚と、ここに居る人たちを守りたいように、儂らも、お前さんと、お前さんの好きな天楚を守りたいだけだからな」

 そして再び、いつもの口調に戻って一言付け加えた。

「ま、お貴族出身のお馬鹿騎士どもには知られんよう、上手くやっとるから、そんな顔色はするな、な」

 ヴァルガの言葉に、こくんと頷く。

 心の中が温かくなるのを、禎理は確かに感じて、いた。


 しかしながら。

 六徳達は一体、何を企んでいるのだろうか?

 薄暗い牢の中で一生懸命考えても、それだけはどうしても分からなかった。


 鉄扉が軋む音に、はっと目を醒ます。

 ヴァルガが去ってから、腹の虫を紛らわせる為に眠っていた禎理の瞳は、有り得ない人の姿を見た。

「……案外元気そうですね」

 夕闇の中、禎理をねめつけるように見下ろすのは、あの矩角。

「そう?」

 その、明らかに禎理を蔑んでいる表情に、禎理の口は何時に無い皮肉を紡ぎだして、いた。

「用がないんだったら出て行ったら。忙しいんでしょ、隊長代理は」

 次の瞬間。矩角の右手が、禎理の襟を掴む。吊り上がった矩角の目が、禎理の眼前に広がった。

「なめるな」

 大音声と共に、口の中に塩辛いものが広がる。

 右頬の痛みを自覚する間もなく、今度は左頬に衝撃が走った。

「ふん、余裕な顔をして」

 それでも睨むことを止めない禎理に、矩角は今度は不敵な笑みを浮かべる。

「六角公や須臾が助けてくれると思ったら大間違いですよ。公も貴族騎士も、市参事会の決定に口出しはできないのですから」

 そんなことは、分かっている。天楚市は天楚国の一部だが、市の政は市参事会が司っている。勿論、天楚王が制定した法に従って政は行われているのだが、市参事会の決定には、王も、王に使える貴族たちも口出しは普通できない。

 だが、反論する代わりに、禎理は矩角の顔に血の混じった唾を吐きかけた。

「なっ……!」

 思わぬ攻撃を受け、矩角の右腕が禎理の襟から外れる。その虚を突いて、禎理は手枷を矩角の顎にぶち当てた。

 だが。……禎理の攻撃は、これが限界。次の瞬間には、禎理の身体は床の上に落ちていた。

「やりましたね」

 背中の衝撃に呻く禎理の腹を、矩角のブーツが踏む。

「別に、明日まで待たなくてもいいのですよ」

 ブーツの踵が、禎理の腹に食い込む。

 身体に力が入らない。痛みすら、感じない。禎理の意識は急速に闇に溶けて、いった。

 と、その時。

「矩角様、参事会の方が……って、何を!」

 知らない男の声が、耳を打つ。次の瞬間、腹に感じていた圧迫感が消えた。

 ゆっくりと、目を開ける。矩角と禎理の間に、二人の騎士が立ちふさがっているのが、薄暗い中でもはっきりと見えた。

「罪が確定した囚人を更に苛めるのは禁止じゃなかったのか、隊長代理殿」

 騎士の詰問に、矩角が禎理から目を逸らす。そしてそのまま、矩角は何も言わず牢を出て行った。

「……大丈夫か?」

 騎士の一人が、禎理の身体を助け起こしてくれる。

 背中と腹に走った痛みに、禎理は思わず顔をしかめた。

「全く、嫌なことをしますね、あの人は」

 腕組みをしたまま、もう一人の騎士が、眉を顰める。

「同感だ。あんなのが隊長になるなんて、やりきれないぜ」

 禎理を助け起こした騎士は、同僚のその言葉に深く頷くのが、確かに見えた。

 そんな二人のやり取りを聞いて、俄かに心配になる。こんな、矩角に逆らうようなことをして、この二人は大丈夫なのだろうか?

「……問題ありませんよ」

 その禎理の心を見抜いたかのように、腕組みをした騎士が口の端を歪めて笑う。

「どちらにしろ、あの人が隊長になれば、我々のような不良上がりの隊員は辞めさせられますしね」

「その前にこちらから辞めてやるさ」

 現在、平騎士隊の隊員の半分は、大円隊長がその心根を見込んで集めて来た平民出身者である。身分至上主義の矩角が平騎士隊の隊長になれば、彼らには、辞めるか辞めさせられるか、どちらかの選択肢しかない。彼らの気持ちを察し、禎理の心は暗くなった。

 こんな平騎士隊は、嫌だ。天楚を守る第九平騎士隊は、明るく正義感溢れる隊員で成り立っていてこそ、なのに。

「……ん?」

 いきなり、鐘の音があたりに響く。

 その音に弾かれるように、騎士の二人は顔を見合わせた。

「呼び出し? ……何か嫌だな」

「大方、処刑場となる広場に変な仕掛けを作られないように見張れとか言われるんでしょう」

「あいつを失墜させる為の罠なら、幾らでも仕掛けてもらいたいがな」

「それで処刑が失敗すれば、我々の所為にされるのでしょうね」

 そう言いながら、牢を去って行く二人。

 第九平騎士隊に所属する騎士達の、溜息にも似た悲鳴が聞こえたような気が、確かに、した。


 眩暈を感じ、思わず呻く。

 日が沈んで寒くなったからなのか、先ほど矩角に殴られた場所がじんじんと痛み出した。

 冷たい石壁に背中を預け、身体の熱を下げる。だが、身体のだるさは、どうしても取れない。身体の感覚が、どんどん無くなってゆく。禎理は途方にくれ、静かに目を閉じた。

 どのくらいそうしていただろうか。

「……り、禎理!」

 揺さぶられる感覚に、目を開く。

「ああ、良かった。気がついた」

 禎理の横には、犬型の魔物九七一くないの、黒くがっしりとした身体が、確かに、あった。

「済まない。……本当は、もう少し早く来るつもりだったんだけど」

 心底すまなそうな声が、禎理の耳にやさしく響く。九七一はそう言ってから、禎理の腫れた頬をそっと舐めた。

「まあ、禎理を襲うような馬鹿が次ここへ来たら咽喉笛を噛み切ってやるから、安心しろ」

 そう言った九七一の瞳が、不意に、禎理の顔を覗き込む。

 次に聞こえたのは、昼間の七生と同じ言葉。

「逃げるか? 今すぐ」

 そして、七生にしたのと同じ仕草で、禎理は九七一に否を告げた。

「やっぱりな」

 だが九七一は禎理の答を予想していたらしい。くすっと笑うと、禎理の背中に回りこんだ。

「六徳の言う通り、だな」

 独り言のようにそう、呟いてから、九七一は可笑しそうに口の端を上げる。

「まあ、六徳も面白い事をやっているようだし」

 そう言ってから、寄り掛かるのを促すように、九七一は禎理の背を軽く叩いた。

 九七一に誘われるまま、その黒い背に身を預ける。忽ちのうちに、眠気が襲ってきた。

「仕掛けは昼間にできてるから、今広場を見張っても何も出ないさ」

 頭上で時々響く足音を聞きとがめて、九七一がそう呟くのが遠くに聞こえる。

「今夜はずっと居てやるから、ゆっくりお休み、禎理」

 その言葉を最後に、禎理の意識は急速に温かい闇へと落ちて行った。


 身体を強く揺さぶられる衝撃で、目が醒める。

 腫れた瞼を頑張って開けると、矩角の冷たい瞳が、はっきりと、見えた。

「さて、時間ですよ」

 足枷を外されても、自力で立ち上がることすらできないぼろぼろの禎理を微かに睨みつけてから、連れて来るよう部下に顎で合図して立ち去る矩角。その口の端が、微かに上がっているのを見て、禎理の心に苦い物が広がった。

 こんな奴に嵌められて、何もできずに死んでゆくのが、悔しい。

 手枷に付けられた紐に引っ張られて、禎理は俯いたまま立ち上がった。

 昨日の弦の治療が良かったのか、右足首の痛みは無いが、その後で矩角に殴られたあちこちがずきずきと痛む。

 歩くのも、外へと向かう階段を上がるのもやっとだ。一度など、不意の眩暈で、不様に膝をついてしまった。

「……大丈夫か?」

 朦朧とする意識の中で、聞こえたのは、九七一の声。

「九七一?」

 おそらく、法力で姿を隠しているのだろう。姿は見えない。だが、傍に居る、その気配は、確かに感じられた。

 その九七一に半ば支えられるようにして、第九平騎士隊の詰所を出る。

 一日ぶりの街は、濃い霧に包まれていた。

 まだ、夜は明けきっていない。薄明の空が、霧の街をぼんやりと明るく見せていた。

 何故、こんな朝早くに? まだ、街の門は開かない時間だ。見物人がいないところで処刑したら、見せしめの意味がない。

 だが、禎理のその疑問はすぐに氷解した。おそらく、天楚市民が何か策謀しているのを知って、まだ誰も動き出さないうちにけりをつけようと考えたのだろう。陰険な矩角らしい、嫌な策だ。禎理は心の中で顔を顰めた。

「嫌な時間だな。……まだ整ってないんじゃないのか、六徳の方は」

 九七一も、同じ懸念を抱いたらしい。

「見てくるよ。心配だから」

「あ、じゃあ、……模糊をお願い」

 周りにいる騎士達に気付かれないように、親指で胸を叩く。すぐに、渋々顔の模糊が顔を出し、九七一の居る方へ飛んだ。

「確かに。しばらく預かるぜ」

 その模糊を受け取った九七一は一度禎理にその温かい身体を押し付けてから、気配を消した。

 六徳と街の人のことが、にわかに心配になる。何をしようとしているのかは分からないから、なおのことだ。そんな禎理の横で、矩角はさらりと馬に跨り、身振りだけで騎士達を並ばせた。

 矩角を先頭にして、二列に整った騎士隊の行列が、静かに出発する。その列の間に立たされた禎理は、二本の綱がくくりつけられた手枷に引っ張られるようにして、のろのろと歩を進めた。

 裸足の足に、通りの石畳が痛い。

 しかし、騎士達の足音以外何も聞こえない街の状態に、禎理の心は不思議な気持ちに覆われて、いた。

 これは。……まるで廃墟の中を歩いているようだ。

 静けさと霧の所為か、街全体が泣いているように見える。

〈……ああ〉

 泣かないで。無意識のうちに、心の中でそう、呟く。自分は、活気のある、明るい天楚が好きなのだから。

 その、禎理の声に答えるように、騎士達の行列が最短経路で処刑場である広場に辿り着く頃には、霧は殆ど消え、いつもの街らしい表情が少しだけ戻ってくる。

 しかし、禎理の心は落ち着かない。

 とうとう、来てしまった。……殺される為の、場所に。

 だが。

 俯いた瞳を、少しだけ上げて、辺りを見渡す。

 目の前にある筈のものが見えなくて、禎理はぽかんと口を開けた。

「なっ……!」

 前方から、馬から下りた矩角の狼狽の声が聞こえてくる。

「これは、一体……!」

 禎理を絞首刑に処す為に、広場に作られている筈の絞首台が、何処にも見えない。

 目の前にはただ、何もない空間が広がって、いた。

「処刑台は何処ですか!」

 昨夜のうちに作成しておくよう、言った筈でしょう。明らかに戸惑いを含んだ矩角の声が、虚空に響く。

 だが、その矩角の言葉に、禎理の周りにいた騎士達は一様に目を伏せた。

 これは、一体。思わず小首を傾げる。しかし、少しだけ明るい兆しであることは確かだ。

 禎理が微かにそう思った、まさにその時。

 霧が完全に消え、夜明け前の光が広場の様子をはっきりと映し出す。

 そこに見えたのは、正しく『人の影』だった。しかもたくさん!

 普段、死刑などの大々的な処刑が行われる際のように、処刑場用の少しの空間を残し、広場全てが天楚に暮らす人々によって覆われて、いた。しかも、皆、一様に押し黙ったままだ。ただ、その鋭い視線だけを、矩角の方に向けている。

 無言の民衆の、とてつもない『力』を感じ、禎理の心はびりびりと震えた。

「こ、これは……!」

 不謹慎にもわくわくしている禎理に対し、矩角は明らかに戸惑っていた。

 圧迫感を感じたのか、一歩、又一歩と、矩角が禎理の方へ下がってくる。

 と、その時。

「……これが天楚市民の総意だ」

 押し黙った群衆の中から、大柄な影が二つ、矩角の前に立つ。

「六徳! 九七一!」

 その影に向かって、禎理は思わず叫んだ。

「禎理は、天楚の為に闘っている」

 六徳の声が、広場に朗々と響く。その言葉に、一瞬の揺るぎもなかった。

「だから、誰が何と言おうと、この街で禎理を死刑に処すことは認めない」

「あ……!」

 その言葉に、胸が熱くなる。思わず、禎理は六徳の方に一歩、歩み寄った。

 対して、六徳の言葉は、まだ、続いていた。

「それが、貴様の私欲の為とあれば、なおさらだ」

 そう言いながら、広場の端を指し示す六徳。

 そこには、身分有りげな、立派な服を着た人物が十二人、平騎士隊の槍に囲まれるようにして座っていた。

「さっきやっと吐いてくれたぜ。貴様の賄賂に目が眩んで、禎理を絞首刑に処す為の書面にサインしたとな」

「なっ……!」

 矩角の横顔が、見る見る蒼白になる。

 次の瞬間。矩角の腕が、微かに、動いた。

「あっ……!」

 誰にも判別できないスピードで、矩角の槍が動く。

 その切っ先が六徳に向けられていると知った途端、禎理の身体は自然に、六徳と矩角の間に割って入って、いた。

 その次に感じたのは、背中から胸に抜ける、鋭い衝撃。

「禎理!」

 耳を打つ大声と共に、六徳の顔が大写しになる。

「この、バカっ!」

 続いて聞こえたのは、禎理の身体を支えた人型の九七一の、悲しみの混じった罵り声、だった。

「忘れたのかっ! 六徳は魔物だっ!」

 そういえば、そうだった。今頃になって思い出す。人間の姿をしているが、六徳は魔界の生物。少々の攻撃なら楽々と避けられた筈だ。

 でも。……守りたかった。この街と、この街に住む、心優しき人々を、守りたかっただけ。

「ふん。……こんなに簡単に片が付くなら、始めから、こうしていればよかった」

 そう言って鼻を鳴らす、矩角の嫌な声も、ずっと遠くに聞こえる。

 禎理の意識は、引き摺られるように、冷たい闇へと落ちていった。

 だが、次の瞬間。

 いきなり襲ってきた痛みが、禎理の意識を引き戻す。

 はっとして目を開けると、六徳と九七一の向かいに、フードを深く被った小柄な人物が立っているのが、はっきりと、見えた。そして、その人物の右手から、温かい光が禎理の胸に向かって降りて来ているのも。

 この感覚は、覚えている。この『力』、は……!

「あ……」

 思わず口を開いた禎理を、その人物は左の人差し指を口に当てることで諭す。そしておもむろに禎理から離れると、矩角の前に立ち、その灰色のフードを外した。

 丁度昇ってきた朝日が、その人物の黄金色の髪を神々しく輝かせる。

「……王」

 その人物こそ、天楚の王にして『癒し手』でもある、『無言王』活破かつは七世、その人だった。

「……え?」

「お、王様!」

 その神々しさに打たれたのか、広場中の人物が微かにざわめきながら地面に跪く。

 立っているのは、王自身と、六徳と、九七一と、九七一に支えられたままの禎理、そして矩角のみ。

「な、何故、あなた、が」

 逃げ出すかのように、一歩、又一歩と後退する矩角。その退路を塞いだのは、広場に飛び込んできた二頭の馬、だった。

「『もし、市参事会の決定に不満があれば、天楚市民は天楚を統治する王に直接、訴え出ることができる』。そう云う法があるんですよ、矩角殿」

 ゆったりとした法服を纏った、六角公真まことが、振り向いた矩角に向かって薄く笑う。その後ろには、キラキラと輝く貴族騎士の鎧を着けた須臾しゅゆが、口を真一文字に引き結んで立っていた。

「遅くなって申し訳ありません、王」

 六角公と須臾が、王に向かって深く頭を下げる。

 それから、須臾は高々と右手を上げ、天楚中に響くような大声を出した。

「天楚国貴族騎士須臾。只今より一刻の間、『王の口』として、王の言葉のみを口にすることを、ここに誓う!」

 幼い頃の熱病により声を失った王に代わり、王の言葉を告げるのが、『王の口』の役目だ。その職務を全うする為に、須臾は恭しく、先ほどまで王が一生懸命何かを書いていた巨大なスレート板を受け取った。

「第九平騎士隊隊長代理、矩角に問う。そなたは何故、この禎理なる者を死刑に処そうとする?」

 受け取ったスレート板を高めに掲げ、須臾の声が矩角に問いを投げかける。

「そ、それは。……この者が我々の言葉を聞かず、街中で騒動ばかり起こして天楚の治安を悪化させるからです」

「他の者はどうなのだ? この者より大暴れをしたり、善良な者から財産を巻き上げようとしたりする不逞の輩は少なくないと聞くが?」

「そ、それは……」

 判断にえこひいきがないのかと遠回しに聞かれ、矩角の声が焦りの色を帯びる。

 その矩角を更に叩くように、須臾の声は更に続いた。

「それに、天楚で騒動を起こした者に対する刑は、『晒し台』のみの筈。『法以上の物事は、良心によって裁く』が、平騎士隊と市参事会の権限だったはずだが、この者を絞首刑に処すことが、そなたの良心だというのか?」

「う……」

 矩角が、絶句する。

 沈黙の時が、流れた。

「ではその沈黙を持って答とする」

 須臾の横で、六角公がそう、口にした、まさにその時。

 突然、矩角の持つ槍が赤い円を描く。

 だが、禎理の血がついた槍は、須臾が王の方へ伸ばした腕に掲げられたスレート板を割っただけ。次の瞬間には、六角公の剣が、矩角の暴動を止めていた。

「贈賄の罪に、職権乱用、プラス王殺し未遂。この場で殺せないのが、惜しいくらいだ」

 皮肉を込めて、六徳がそう評する声が、禎理の耳に響く。

 自分の命が狙われたにも拘らず、王は平然とした姿勢のまま、半分に割れたスレート板に新しい文言を書き込み、再び須臾に渡した。

「王の裁定を伝える。第九平騎士隊隊長代理、矩角は身分剥奪の上、天楚追放。市参事会も今日限り解散し、今後は市の二十四の町内会から一人ずつ、市政を司る代表を選ぶよう、法を変えることとする」

「王の裁定が下りた。平騎士隊はすぐに作業に掛かれ!」

 須臾の声に、六角公の声が重なる。忽ちのうちに、矩角は部下であった平騎士隊に取り押さえられ、広場の外へと連れて行かれた。

 おそらく、今日のうちに天楚の国境まで連れて行かれ、二度と逢えないだろう。複雑な気持ちで、禎理はその憔悴した後姿を見送った。

「王様、万歳!」

「さすが、我らの王!」

 不意に、群集から大音声が上がる。

 これまで静かだった広場が、一瞬にして喧騒の渦に変わった。

「え、何故……?」

「あ、法力が解けたか」

 禎理の戸惑いを、六徳が解決する。

 と、すると、あの沈黙も圧迫感も、六徳の仕業だったのか。妙に納得して、禎理は六徳を見上げた。

 その時。

「王、六角公様。遅くなって申し訳ありません」

 群衆の声の中に、聞き知った声を見つける。

 振り向くと、六角公と須臾の間に、平騎士隊の隊長大円が立っていた。

「すまないな。俺が話を受けちまったばっかりに、大変なことになっちまって」

 禎理のほうにつかつかと歩み寄り、そう言って頭を下げる大円。

 そして、くるりと六角公のほうに振り向くと、大円は公に向かって深く頭を下げた。

「六角公様、ご好意はありがたいのですが、自分には平騎士隊隊長としての責務があります。……このトラブルメーカーに対処するという」

「そうか。……残念だが、仕方あるまい」

 微かな溜息をつきつつ承諾する六角公の後ろで、須臾が禎理と目を合わせ、そして吹き出す。

 禎理自身も、大円が言った台詞に唖然とし、そして思わず苦笑して、いた。

 自分は、こんなに温かい人たちに、守られている。

 だから。……これからも、頑張って、この街も、街の人々も、守れるだけ守っていこう。


 ようやく明るくなった、初秋の青空に向かって、禎理はそう、誓った。

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