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雪山の宴

 ふと気がつくと、禎理ていりは何故か雪景色の中に、居た。

〈……?〉

 驚くよりも呆然とした面持ちで、白一色の辺りを見回す。

 さっきまでは確かに、天楚てんその自分の部屋で、暖かい夜具にくるまれていた筈なのに。何故いきなりこんなところに? しかも、この寒さはどうだ。禎理が今着ているのは、寝巻き代わりのシャツ一枚。当然、吹き荒ぶ白い風は防ぐことはできない。

 全身を震わせて、禎理は何とか寒さを堪えた。

 とにかく、ここに居ては凍え死んでしまう。一刻も早くどうにかしなければ。何か寒さを防ぐ方法はないだろうか。そう考えつつ、禎理はもう一度真っ白な景色を見回した。

 と、その時。

「……おお、来たか」

 不意に背後から、冷たい女の声が響く。

 すっかりかじかんでしまった身体をどうにか振り向かせると、白いローブを緩やかに身につけた黒い髪の女の人が自分の背後に立っているのが見えた。

 助かった。禎理は思わず胸を撫で下ろした。『人』がいるのなら、この難局は何とかなる。

 だが。

「そなた、『楽人』か?」

 この状態には不可解な質問をする女。首を傾げつつも、『歌』で生活費を稼ぐことのできる禎理は次の瞬間、思わずこくんと頷いて、いた。

 その禎理の答えに、女は華のように笑う。

「なら、こちらへ」

 そして禎理の方へ、その白い手を差し出した。

 誘われるように、禎理も無意識に腕を伸ばす。だがしかし、なんだか触ってはいけないような気も、確かに、する。だから、でもないが、女の手に触れる寸前で、禎理はその腕を下ろした。

「……ほう」

 禎理のその行動に、女は一瞬、戸惑いの表情を浮かべる。

 だが、禎理の心に後悔の念が浮かぶ前に、女の口から感心の声が漏れた。

「賢明な判断じゃな。……わらわに触れたものは、心まで凍る。そして一生、わらわのものじゃ」

 その言葉で、目の前の女が誰なのか、『異界』に詳しい禎理にはすぐにピンときた。

 彼女はおそらく、マース大陸の冬と雪を司る『冬の女王』、だ。

「まあ、良いわ。……今日は、特別な日、じゃからの」

 その言葉と同時に、不意に、女王が軽く右手を動かす。

 次の瞬間、禎理は自分が大広間のど真ん中に立っているのに気付いた。

 だだっ広いその大広間の中には、満員の人。その人々全てが、白地に銀の刺繍を施したローブを身に付けていた。その服の色と、大広間の白さで、ここが『冬の女王』の住む城だと見当がつく。おそらく、ここにいる彼らは皆、大陸各地に雪と寒さをもたらす『女王の眷属』、なのだろう。

 白い壁に、松明とは違う明かりが反射して眩しい。禎理は思わず目を細めた。

「見よ」

 そんな禎理の耳に、色の無い女王の声が響く。

「今日は、我らの旅立ちの宴じゃ」

 いつの間にか、女王は禎理の横に、居た。

「明日、それぞれの担当する場所へ旅立ったら、季節が巡るまでこの中の誰にも会えぬ」

 この言葉に、禎理は思わず女王を見つめる。声の感じからは分からなかったが、その表情からは確かに、一抹の『寂しさ』が感じられた。

 だが、女王の表情はすぐに変わる。

「……さ、歌っておくれ」

 今度は明るい声が、禎理の耳に届いた。

「冬と雪を讃える歌を」

 女王が傍に居る所為か、何となく寒気を感じたが、風が無い分ここは外より暖かい。

 禎理は息を整えて身体の強張りを解くと、女王やその部下達に求められるまま、自分が知るありったけの歌を歌い続けた。


 東の空が、ゆっくりと白む。

 気が付くと、何も無い大広間の真ん中に、禎理は立っていた。

〈……あれ?〉

 何故自分は、こんな所にいるのだろうか? 昨日の宴は、いや今のこの状況も、もしかして、夢、なのか?

「……もう、夜明けじゃ」

 しかし、夢ではない証拠がある。

 禎理の目の前には、ゆったりした調子の『雪の女王』が、確かに、居た。

「昨夜は楽しかった」

 艶冶な女王の姿に、思わず見とれる。

 そんな禎理に、女王は傍に置かれたテーブルの上に合ったグラスを差し出した。

「疲れたであろう、飲むが良い」

 グラスの中には、泡の立った透明な飲み物が半分ほど注がれている。咽喉が苦しいほど渇いていた禎理は無意識にグラスを受け取ったが、そのグラスの冷たさが怖くなり、口をつけるのはやめにした。

「……ほう、やはり、飲まぬか」

 禎理の様子に、女王がくくっと笑う。

「そんなに、わらわの眷属になるのが嫌か」

「……いえ」

 それがどんなに素敵な『場所』でも、縛られるのは禎理の性に合わない。だから禎理は丁重に、女王に向かって断りの言葉を述べた。

「そう、か」

 そなたが居れば退屈する事はないであろうに。女王のこの言葉を、禎理は褒め言葉として聞き、内心とても嬉しかった。

「仕方のない。……天楚まで送って行こう」

 大きな溜息を一つついてから、女王が右手を動かす。

 次の瞬間、禎理は灰色の雲の上に、居た。

 微かに透けている雲の下は、初雪の降る天楚の都。朝日に光りながら静かに降り行くその雪を、禎理は女王の傍らで声も無く、見つめた。


 だが。

 女王と別れ、自分の部屋に戻った禎理の口から漏れたのは、派手なくしゃみ。


 結局、その夜から三日三晩、禎理は風邪と高熱で寝込んでしまった。

〈……まあ、仕方ないか〉

 あの『雪山の宴』に呼び出された楽人の中には、下界に帰って来ることができなかった者もいると聞く。それに比べれば、帰って来ることのできた自分は幸運だった。

 それに、……結構面白かったし。

 しっかりと被った暖かい夜具の中で、禎理は一人、くすりと微笑った。

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