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紅く濡れる

 逃れられない状況に、唇を噛む。

 右手には絶壁。左手は深く穿たれた谷。そして狭い道の前後には得物を持った男達がいる。現在置かれている状況を目だけ動かして確認すると、七生ななおは前方の男達に鋭い視線を向けた。

 『弟』として可愛がっている禎理ていりと一緒に山向こうの森に薬草を摘みに向かう途中、この辺りを根城とする山賊達に行く手を阻まれたのだ。

 七生のすぐ前には、その禎理の細い背中がある。七生を庇うように横に伸ばしたその細い腕は、先ほどいきなり受けた男達の攻撃で赤く染まって、いた。

 敵は前に二人、そして後ろに一人。おそらく、女二人――小柄で女顔の禎理は、街でもよく女の子に間違えられる――の良いカモだと思っているのだろう。粗野な顔には余裕の笑みすら浮かんでいる。

 だが。七生も禎理も『流浪の民』出身である。大陸中を放浪し、己の知識と腕だけで生きている一族の人間は、生き残る為に、たとえ女でも小さい時から武術を叩き込まれている。しかも禎理は、天楚の道場で正式な武術訓練も受けている。こんな奴らに負ける筈が無い。――怪我さえ、していなければ。

 少しずつ、だが確実に大きくなっていっている禎理の袖の血の染みに、もう一度きゅっと唇を噛む。

 禎理の怪我の治療も、しなければならない。しかし、この状態、では……。七生がそう、思った、ちょうどその時。

「後ろ、頼みます」

 禎理の声が、微かに響く。

 次の瞬間。怪我をしていない左手で腰のベルトに挟んであった手斧をするりと抜くなり、禎理は前方の男達に向かって飛び出した。

 禎理の、足を狙った的確な攻撃に、男達がよろめく。無茶な事を! そう思う間も無く、七生は後ろの男に背中を向けたまま肘鉄砲を食らわせた。

 うまく腹に入ったらしく、男の呻き声が耳に響く。その男の足を、振り向きざま横蹴りにすると、七生の背後にいた男はあっけなく谷底に向かって落ちて、行った。

 やった。

 息を吐いて、振り向く。

 だが、次に見えた光景に、七生はあっと叫んだ。

 禎理が、男の一人と一緒に崖から落ちて行くではないか。

「禎理!」

 叫んで、駆け寄る。

 谷を覗くと、かなり下の所に、川らしき青い筋が見えた。だが、先ほどまで野卑な顔を浮かべていた男達も、愛しい禎理の姿も、どこにも見えない。

「……そんな」

 ペタンと、地面に尻餅をつく。

 今まで何人も、大切な人を失ってきた。そして、その悲しみから七生を助けてくれた禎理まで、失ってしまうとは。

 呆然と、七生は青い空を見上げた。

 と、その時。

「……七生」

 弱々しい声が、七生のすぐ傍で聞こえた。

 空耳……ではない。

 恐る恐る、崖下を覗く。

「あ、上げて……」

 七生のすぐ下で、崖石の小さな突起にしがみ付いて震えている禎理の姿が、はっきりと見えた。

 大変、早く助けなければ。

 大慌てで、携行していたロープを近くの岩に固定し、禎理の傍に垂らす。少し時間は掛ったが、それでもすぐに、禎理は七生の傍に現れた。

「た、助かった……」

 上がってくるなり、道端に大の字になる禎理。

 よほど疲れたのか、目を瞑ったまま動こうとすらしない。

 しかし、触れると壊れそうな、小柄で儚げなその姿が、何故か七生を安心させた。

 本当に、向こう見ずで、無茶をする。だけど……。

 七生はほっと息を吐くと、自分の鞄から包帯を出し、まだ血の滲む禎理の右腕に優しくそれを巻いた。

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