力の在処
「何故、本気を出さない?」
何度目かの問いを、口にする。
「出してるよ、本気」
そして、いつもの通り、須臾のこの問いに、禎理は笑って首を横に振った。
大陸の東にある都、天楚。大貴族六角公の後継者である須臾と、大陸を放浪する『流浪の民』である禎理は、身分の差こそあれ、天楚市内の同じ武術道場で起居を共にする兄弟弟子だった。須臾の方が二年ほど後輩になる。その『二年の差』が無くなったのは、何時からだろうか? いつの間にか、武器を使わない組手でも武器を用いた試合でも、須臾はいつも禎理に勝てるようになっていた。
それを『素質の差』だと片付けるのは、容易い。しかし、心の隅で納得がいかない。道場の他の修行者に対しては、禎理は負けることももちろんあるが勝つことの方が多い。負け続けているのは須臾に対してだけ。禎理は「本気を出している」と言うが、須臾に対してだけ手加減をしているようにしか思えない。馬鹿にされたような気がして、須臾は悔しかった。
だが。
「これは……」
天楚の門から市外に出た瞬間、目にした光景に唖然とする。
近郊の村へと続く細い小道の脇にある草ぼうぼうの空き地には、大の男が十人ほど、様々な格好で横たわっていた。仰向けに倒れた身体にも、俯せの身体にも、ぱっくりと開いた傷が見える。そして空き地は全て、血の赤黒に覆われていた。
その空き地の、真ん中に、ただ一人立っていたのは。
「禎理!」
叫んで、駆け寄る。
須臾の方を振り向いた禎理の表情は、あくまで平静。周りの状況に動揺してもいないし、驚愕が高じて虚ろになっているわけでもない。満足げに笑ってもいない。禎理の表情に、須臾は何故か、背中が震えた。
「ひでえな」
須臾の後から現れた、天楚市内を守護する第九平騎士隊の隊長大円の声が響く。
「皆殺しかよ」
改めて、禎理を見る。禎理の右手には短剣が、左手には柄が折れてしまった手斧が、ある。どちらも禎理の得物だが、短剣も手斧も両方とも、空き地と同じ色に染まっていた。そして禎理自身には、一筋の傷も、無い。
こんな残酷な事を、禎理が? 俄には信じられない。普段の禎理は、天楚のトラブルメーカーとして知られてはいるが、それでも、無用な命のやり取りはしない人間だ。その事は、禎理の弟弟子である須臾が一番良く知っている。第一、自分は全く傷を負わずに、倍以上の図体の大男を十人以上殺せるような芸当ができる人間なんて、いるのだろうか?
信じられない思いで動けない須臾の耳に、大円を呼ぶ声が聞こえてくる。呼ばれた大円が部下の方へ動くのを、須臾は見るともなしに見詰めた。
部下のところに辿り着いた大円が、足下の箱を蹴る。箱から出て来たモノに、遠くの須臾も思わず吐き気を催した。箱から出て来たのは、変色した人間の遺体。腕に紫色の斑点が見えるところから推測するに、何らかの伝染病にかかっていると思われる。こんなものを市内の井戸に投げ込まれたら、伝染病はあっという間に広がり、市内は死者ばかりになるだろう。
もしかすると。もう一度、平静に佇んでいる禎理を見る。この男達がこの場所で悪巧みの最終調整をしている時にたまたま通りかかった禎理が、男達を止めようとした結果が、この光景なのでは?
「そうだろうな」
須臾の推測を聞いた大円は、溜め息をついて頷いた。
「生者が一人もいないんじゃ、確かめようが無いがな」
その時。傍らの影が崩れる気配に、はっとする。禎理が地面に頽れる前に、須臾は禎理の身体を支えた。
「……しかし」
禎理が取り落とした短剣の血を拭い、鞘に納めながら、大円が呟く。
「この身体の何処に、こんな事をやれる力があるのかねぇ」
微かな震えが、止まらない。
これが、禎理の「本気」だ。怒りや哀しみに我を忘れたときにだけ、現れる。
これは、……自分では、敵わない。
それだけ、認めると、須臾は禎理のぐったりとした身体をそっと抱き上げ、市内へと引き返した。




