裁きの炎
背後から聞こえた罵声に、禎理は思わず振り返った。
林の間に開けた道の少し向こうに、争っているような砂埃が見える。
一体何事だろうか? 禎理は砂埃を見透かすようにその目を凝らした。好奇心はあるが、厄介ごとならばあまり関わりたくはない。その為の、観察。
しかし、一生懸命背伸びまでしたにも拘らず、人が大勢集まっている以外、そこで何が起こっているかをはっきりと見定めることができなかった。
それならば、とりあえず離れておこう。砂埃のただならぬ様子にそう感じた禎理は、喧騒にくるりと背を向けようと、した。
と、その時。
不意に、人だかりの中から一人飛び出してくる。両腕に何か重そうなものを抱えたその男は、持ち物の重さをものともせずに全速力で禎理の傍までやって来ると、思わぬ出来事に虚を突かれた禎理の胸に持っていたものを押し込んだ。
「……あ、おい!」
しかし禎理が戸惑ったのはほんの一瞬だけ。
すぐに、全速力で逃げようとした泥棒の腕を抑える。
「何をする気だ!」
禎理の腕の中にあったのは、いかにも高価そうな金色の杯。多分これは、この男が何処かで盗んだか奪ったかした物に違いない。その行為が本来の持ち主にばれ、追いかけられていたのが砂埃の正体なのだろう。禎理はそう直感した。
予測どおり、すぐに禎理の周りに人が集まってくる。禎理は悪党面をした男の腕を一回捻りあげてから、集まってきた者のうちで一番屈強そうな男にそいつを引き渡した。
だが。
「おまえも来い!」
ちゃんと杯を返したにも拘らず、禎理自身も集まってきた群衆にその腕を掴まれ、あっという間に取り押さえられる。
「な、何を!」
状況が分からない禎理は、それでも精一杯抵抗した。しかし男達は、禎理も泥棒の共犯だと思っているらしく、全く聞く耳を持たない。
確かに泥棒は禎理に杯を押し付けたが、禎理は結局彼らにその泥棒を引き渡し、彼らの手助けをした筈だ。なのに、この仕打ちはどうだ。
〈……冗談じゃない〉
一段と激しく身体を動かして抗議の意を表す。
しかし、多勢に無勢。禎理はあっという間に縛り上げられ、泥棒と一緒に林の中を引きずられるように連行された。
泥棒と禎理が連れて行かれた先は、林の中にある、神殿らしき建物の中。
石造りの壁に囲まれた中庭らしき広場の真ん中に、禎理は泥棒と共に引き出された。
〈……ここ、は〉
目を上げると、一段高くなった説教壇を飾る布の赤い色が禎理の目を射る。
〈炎神の、神殿?〉
その炎のような緋色と、足元に見える、焦げた土の色から禎理はそう判断した。おそらく、横にいる泥棒が持っていた杯は、この神殿の所有物だったに違いない。
「泥棒を捕まえました」
ここからどうやって逃げようかと思案する禎理の前に、濃い影が立つ。ゆっくりと顔を上げると、朱色のローブを纏った白い髭の老人が、その鋭い視線を壇上から二人に投げかけているのが見えた。
ここの長老らしきその老人は、二人を一瞥すると落ち着いた調子で口を開いた。
「そこの二人、何か申し開きはないか」
「俺は泥棒じゃない」
老人の言葉に、禎理は間髪を入れずそう叫んだ。
こんなところで濡れ衣を着せられるなんて、冗談じゃない。
「ほう」
禎理の言葉に、老人はその長い髭を撫でて唇の端を上げた。
「それは、真か」
「はい」
老人に向かって力強く頷いてみせる禎理。
「しかし、長老」
その禎理の言葉に、禎理たちを取り囲んでいた群衆が動揺の声を上げた。
「こいつはこっちの奴から我々の杯を受け取っています!」
「なるほど」
群集に向かって鷹揚に頷いてから、老人は再び禎理のほうを見、口を開く。
「そなたは、自分が無罪だと信じているのか」
「信じているわけではありません。真実を言っているだけです」
老人の問いに、禎理ははっきりとそう答えた。
「ならば」
不意に老人の右手が上がる。
「吾等の神に真実を問う。皆のもの、用意してくれ」
老人の言葉に、周りにいた信者達がいっせいに動き出す。
みるみるうちに、禎理の目の前に、燃えやすい干草で作った小さな小屋が現れた。
小屋を作成した信者達は次に、後ろ手に縛られたままの禎理と泥棒をその小屋の中に押し込むと、入り口までしっかりと干草で封をした。
一体、彼らは何をする気なのだろうか? 予想外の展開に戸惑う禎理の思考がある一点で止まる。
まさか。
〈……試さ、れる?〉
神殿では、罪を犯したと疑われる者の潔白を試す時に、その神の領域にその人を置き、そこで起こる事によって罪の有る無しを判断する、という方法がよく行われているという。禎理たちをここに閉じ込めた彼らは、これからその『試し』を行う、らしい。
と、いうことは。
〈火!〉
禎理がそう直感するとほぼ同時に。
突然、周りがぱっと明るくなる。
やはり、そうだ。
「うわぁ!」
それまで黙り込んでいた泥棒が不意に騒ぎ出す。
火はみるみるうちに小屋全体に広がり、その熱と煙で意識を低下させようとしていた。
ここに居るわけにはいかない。禎理はズボンの裾に隠し持っていた手製の小刀で自身を縛っている縄をかき切ると、傍でぎゃあぎゃあと騒いでいる泥棒の服を掴み、泥棒自身の運動力を利用して炎に包まれた壁に彼の身を思いきり投げつけた。
そのおかげで、炎の壁にうまい具合に穴が開く。その穴が再び炎に包まれる前に、禎理はさっと外へと飛び出した。
周りで見守っていた信者達のどよめきが、禎理の耳にしっかりと入ってくる。
「……これで、罪のないのは、明らか、でしょう」
肩で息をしながらそう言うと、目の前の長老が頷くのも待たずに禎理はくるりと踵を返し、堂々と神殿を去って行った。
しかしながら。
後になって、禎理はふと考え込んだ。
自分があの炎の中から抜け出せたのは、本当に機転と偶然のおかげなのだろうか?
あの時、衣を舐めた焔は確かに、禎理を包むことなく後退したのだから。




