表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/100

不死鳥

 夏の陽が重い午後の山道を、禎理ていりは汗を拭き拭き登っていた。

〈……重い〉

 いつもの歩調より幾分ゆっくりなのは、背中の荷物がやけに重い所為。大きな箱形の荷物を、禎理は背負っていた。

 ここは、大陸南西部、『茶人ちゃひとの土地』と呼ばれる場所にある、休火山の一つ。

 大陸を巡る旅の途中、大陸南部の大帝国シューアの首都ベクト市で出会った茶人族の男性に頼まれて、ベクトからこの場所まで船と徒歩で荷物を運んでいるところだった。茶人族ばかりが暮らしている、禎理からすると珍しい土地の様子を見ておきたくてこの依頼を受けたのは良いのだが、荷物が重いのには正直閉口した。

 もう、少し。この休火山を登った先に、荷物を渡すべき茶人がいる。坂道に足が滑りそうになり、禎理は慌てて踏ん張った。

 と。

〈……ん!〉

 一瞬だけ張り詰めた空気を感じて、頭を僅かに左に傾ける。

 その右頬を何かがかすめた。

〈矢……!〉

 とっさに腰の短剣を抜く。

 そしてそのまま、禎理は周囲に神経を尖らせた。しかし、辺り一面木が生い茂っているからか、どこにも人の気配は感じない。

〈では、誰、が……?〉

 禎理が首を傾げるより早く。今度は、何か赤茶色のものが禎理の胸に向かって飛び込んできた。

「うわっ!」

 その不意打ちに思わずよろける。背中の荷物の重みも手伝ってか、禎理はそのまま仰向けにひっくり返ってしまった。

「……こっちに逃げたぞ!」

 と同時に、近くの草原が揺れ、何人かの人間が顔を出したのが、見えた。

「いたぞ!」

 茂みから出てきたのは、プレートメイルに身を包んだ戦士二人と、目つきの鋭い盗賊風の男と、短弓を持った射手。彼らは、仰向けの禎理の周りを囲むと、禎理の胸のあたりを指差した。

「こいつか?」

「見えないから分からんが」

 ……何なんだ、こいつらは? 答えを得るために、とりあえず起き上がろうと禎理は腕を動かした。

 その時になって始めて、何か柔らかいものを抱いていることに気付く。おそらく、彼らが言及しているのはこの物体のことなのだろう。禎理はそっと腕を広げ、そしてあっとなった。

 禎理の腕の中にいたのは、一羽の鳥。しかもその翼には小さな矢がしっかりと刺さっていた。

 むらむらと怒りがこみ上げてくる。おそらく、この小鳥を射たのも、さっきの矢も、こいつらの仕業だろう。禎理はさっと起き上がると、その四人をきっと睨みつけた。

「……何だ、おまえ」

 禎理の行動に、戦士達から蔑みの声が上がる。

 確かに、皮鎧しかつけていない禎理は、小柄と女顔も手伝って、彼らからは取るに足らない人物に見えるのだろう。それでも禎理は睨む事をやめない。

「やろうってのか」

 戦士の手が腰の柄に伸びた。と見る間に、禎理の鼻先に剣の切っ先が突きつけられる。その剣捌きは、かなりの速さと鋭さを持っていた。

「やる気なら、いつでも切り刻んでやるぜ」

 剣を構えた戦士の口元が微妙に歪む。その嫌味な顔が禎理の怒りに油を注ぎ込んだ。

 だが。

〈待て……!〉

 冒険者としての冷静さが働く。ただでさえ、相手は四人。しかもこっちは背中の荷物と手の中の鳥がハンデになっている。ここはおとなしく引くべきだ。禎理の理性がそう告げていた。だから。禎理は心の中で歯を食いしばり、相手をきっと睨むに留めた。

 禎理が行動を起こさないのを見て取った戦士達は、それを臆病の所為だと見て取ったらしい。構えを解くと、口だけだのだらしないだのと散々な悪口を撒き散らしながら再び森の中へと去って行った。


「……まだいたのか、あいつらは」

 山の中腹に建つ丸太小屋で、荷物の受取人、茶人のグラムはその茶色の髭を震わせた。

 やっとのことでグラムの小屋に辿り着いた禎理は、グラムに四人組の話をしたのだ。

「いい加減消えてもらいたいと思っておるのに」

 手先が器用で職人が多い種族である茶人の中でも特にその腕を見込まれているグラムは、溶岩の熱が利用できるこの山の頂上近くに自分専用の作業場を持っており、中腹のこの小屋とを毎日往復している。その行き帰りにしばしば矢を射掛けられ、非常に腹が立つとこぼした。

「何でも、『不死鳥』なるものを捕まえたいそうな」

 鼻を鳴らしながら、グラムは心底馬鹿にしたような声を発した。

 この山の向こうにあるとある王国の王が、その病弱な身体を克服して不老不死を得るために、この山に昔から棲んでいると云われている『不死鳥』を捕らえた者には高額の報酬を与えるとお触れを出しているらしい。そのお触れの出た当初は、この山に一攫千金目当ての冒険者達がひしめきあって大変だったとグラムがぼやいた。

「まあ、今ではあいつら一組だけになってしまっただけまだいいのかもしれんが」

 しかしながら、鳥を見かけるとその毒矢でめくらめっぽうに射掛け、鳥類やその他の生物に多大な存在を与えているのはかなりたちが悪い。

「不死鳥に毒矢が効くわけがないだろうに、こりゃあ、骨折り損のくたびれもうけ、ってやつだな」

 そう皮肉るグラム。

「そう、ですか……」

 拾った小鳥の怪我を手当てしながら、禎理はふつふつと怒りが湧いてくるの止められなかった。この小鳥は、手当てが早かったから多分助かるだろう。しかし、彼らの犠牲になった鳥たちは一体どれくらいになるのだろうか。

「しかし、本当にあいつら何とかしないと、そのうち森が破壊されるぞ」

 溜息とともにグラムが呟く。

 同調するように、禎理の口から出たのも、溜息だった。


 そして、次の日。

 傷の癒えた小鳥を放すために、禎理は再び山道を歩いていた。

〈あいつらには、余り会いたくないな〉

 なるべく周囲に気を配り、人気のないのを確認しつつ歩く。

 だが。

 再び、禎理の後頭部すれすれを、鋭い風が通り抜けた。

「いたぞ!」

「追え!」

 振り向くと、やはりあの四人組だ。

 彼らの先には、また、矢が刺さって動けなくなっている小鳥がいる。禎理の胸に再び怒りの感情が湧き上がった。

「待て!」

 そう叫びながら、小鳥と四人組の間に立ちはだかる。

「何だ、またおまえか。臆病者のくせに」

 ふてぶてしい顔をした四人組は、禎理を見て小馬鹿にしたように鼻で笑った。こんな奴らを許しておくわけにはいかない。

「今すぐここから出て行け!」

 禎理は治療した小鳥の入った籠を地面に落とすと、右手で腰の短剣を抜いて構える前に左手に隠し持っていた手裏剣を彼らに向かって投げつけた。一対多では、卑怯などという言葉は通用しない。幸いなことに、手裏剣は後ろの射手に当たりその短弓を弾き飛ばした。

「この野郎!」

 怒った戦士二人が剣を抜く。しかしその前に、禎理は戦士の一人に肉薄すると、その腕を掴んで力いっぱい捻り上げた。

「何を……!」

 禎理の体術は相当の腕である。たちまち、戦士は剣を取り落とした。そしてもう一人の戦士の剣が禎理に向かってくるのを短剣で止める。

 が。

「うわっ」

 不意に背中に痛みが走る。

 いつの間に背後に回っていたのだろうか、盗賊が禎理の背後にぴったりとくっついて、いた。しかもその手にある刃は、禎理の左肩にしっかりと刺さっている。

「……くっ」

 そのまま肉薄する盗賊を、蹴りを使って何とか引き離す。だが、戦士達が見せた妙に勝ち誇った表情に、禎理は嫌な予感に囚われた。

 と。

〈……え?〉

 視界が急にくるくると回る。

 立っていられなくなり、禎理は地面に膝をついた。

〈まさか!〉

 盗賊に刺された左肩が痺れるほど痛い。多分、短剣に毒が塗ってあったに違いない。矢に毒を塗って小鳥を射るのに躊躇しない奴らだから、人間に対しても毒を使うだろうと考慮しても良かったのに。禎理は後悔のほぞを噛んだ。

 だが、今ではもう遅い。禎理の意思に反し、上半身も頭から地面につく。

「……ふん、馬鹿な奴だ」

 戦士達がそうせせら笑うのが遠くに聞こえた。

 だが。

「な、何だ?」

 不意に、戦士達の口調に戸惑いが加わる。

 と同時に、辺りが急に明るくなったように禎理には感じられた。

 次の瞬間。

「うわぁっ!」

 叫び声と多量の火が燃える音が同時に響く。

〈な、何が起こったんだ?〉

 薄れゆく意識の中、禎理は様子を見ようと何とか努力してその目を開いた。

 その瞳に映った光景に瞠目する。焦点が定まらない瞳に飛び込んできたのは、ほっそりとした身体に炎をまとった鳥のようなもの、だった。

 これは、まさか……!

「仲間の為に怒ってくれてありがとう」

 その『鳥』は涼やかな声でそういうと、少し羽ばたいて禎理の傍によって来た。

「でも、怪我までさせてしまって……」

 既に痛みも感じなくなってしまった傷口に、何か温かいものがあたる。

 と同時に、体中に新しい力が満ちてくるように禎理には感じられた。

〈これは……!〉

 しかし、それを確かめる前に、禎理の意識は再び闇の中へと堕ちて、いった。


 どれくらい倒れていただろうか。

 小鳥の声に、禎理ははっと目を醒ました。

 そしてそのまま起き上がる。

 肩の怪我は、痕跡がないほどすっきりと治っていた。

〈あれが、『不死鳥』……?〉

 辺りを見渡すと、焦げたような地面の染みが四つ、見える。

 そして、その間に、きらきらと光る一片の羽が、あった。

〈やはり、そうだ〉

 禎理は炎をまとったような色をしたその羽を拾い上げると、記念にと服の袖にしっかりと差し込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ