雪玉遊び
突然の大音声に、思わず振り向く。
所属する学寮から程近い窪地に、一瞬だけ、大きな火柱が上がったのを、禎理は見逃さなかった。
ここは大陸中の神官が修行の為に集まる『エルミの丘』。だから、信仰する神から与えられるといわれる『法力』を修行する者が多くおり、こういった失敗、あるいは『法力の暴走』も珍しくは、ない。だが、やはり『火柱』は危険すぎる。気になった禎理は、踵を返すと大急ぎで雪道を現場に向かって走った。
だが。
窪地近くで聞こえた普通の話し声に、ほっと胸を撫で下ろす。その声が、学寮の学生であるルドルフとブラヴェのものだったからだ。
固まりかけた雪の上を、滑らず、音を立てずに歩き、そっと窪地に近づく。その縁から中を覗き込むと、ルドルフとブラヴェが何やらこそこそと話をしているのがはっきりと見えた。
二人の足元には、幾つもの雪玉。それを目にした禎理は、二人がこそこそと相談している内容をはっきりと理解した。
「何やってるの?」
殊更大きい声を出してから、窪地の斜面を滑り降りる。
突然声をかけられて驚いたのか、二人は目をまん丸にして禎理の方を見た。
「……なんだ、禎理か」
先に我に帰ったのは、十二という年にしては大柄なルドルフの方。
「びっくりさせないでよ」
「ああ、悪い」
でも、気になって。足についた粉雪を払いながら、禎理は先ほどの質問をもう一度繰り返した。
「ああ、『雪合戦』の作戦を立てていたんです」
その質問に答えたのは、武官志望なのにひょろひょろと頼りない体格をしたブラヴェ、だった。
彼らの話によると。
つい昨日、学問所からの帰りに、隣にある『水の神殿』の学生たちと口論になり、何故か『雪合戦』で決着をつけることになってしまったらしい。しかしながら、こちらの人数は、どうみたって戦力外の玄理を含めて三人のみ。ルドルフとブラヴェそれぞれで相手を五人以上やっつけないと話にならない。
「だから、雪玉に工夫しようって話になったんです」
でも、中々上手くできなくて。そう言ってブラヴェは軽く苦笑した。
確かに、雪玉の中に『法力』で作った火球や水球、雷球を仕込むことができれば、不利な戦も有利になるだろう。二人の思い付きには、禎理は正直感心した。
だから。
「別に『法力』を使わなくても」
禎理はゆっくり身をかがめると、足元の雪を一掬い取った。
「雪玉を強化する方法ならある」
両手に余るほどのその雪をぎゅっと握ってから、温かい息をはあっと吐きかけて少しだけ溶かす。そうした上でまた力強く握り固めてから、禎理はコチコチに小さくなったその塊をルドルフの額めがけてぴっと投げた。
「痛っ!」
額のど真ん中に雪球が当たり、ルドルフが呻く。
「すごい」
友が見せた顔に、ブラヴェははっきりと驚きの表情を見せた。
「投げ方にも、工夫があるんだけどね」
短剣術と手裏剣術を身の守りにしている禎理には、雪玉を威力ある武器にするのは朝飯前だ。
「教えてくれよ、その技」
額を押さえたままのルドルフが禎理に飛び掛るほどの勢いでそう頼む。
「いいよ」
そんなルドルフに、禎理は思わずくすっと笑った。
そしてしばらくは、禎理の指導で雪玉を投げる練習が続いた。
が。
「……でもさぁ」
投げるのに飽きたルドルフが、ぼそっと呟く。
「雪玉を投げるのは、やっぱり二人じゃ足りないよなぁ」
「じゃあ、『工夫』のほうを頑張る?」
これも投げる練習に疲れたのか、ブラヴェもルドルフに同調した。
「でも……」
黒い上衣についた雪を払い、首を捻りながら、ルドルフがその双の手を胸の前に持ってくる。小さな声で火の神に祈りを捧げると、忽ちにしてその手の間に小さな火球ができた。
だが。
ルドルフが祈るのをやめると、火球はたちまちにしてしぼむ。
「これじゃ、無理だろ」
「そう、だね」
ルドルフに続いて、ブラヴェも双の手を胸の前へ持ってくる。今度は水の神に祈念したらしい。ブラヴェの手の間に、小さい空色の球ができた。
だがこれも、祈りをやめると消えてしまう。
「祈りが弱いとすぐ消えちゃうし、強すぎると、さっきみたいに爆発しちゃうしなぁ」
腕を組んで考え込むルドルフ。そんなルドルフに、ブラヴェも考え込むように相槌を打った。
「ボルツァーノ師匠なら、どんな種類の、どんな大きさの球も自由自在に作れるんだけど」
「まあ、あいつは化け物だから」
二人のやり取りを聞きながら、禎理も、自分の双の手を胸の前に持って来てみる。しかし、信仰する『神』を持たない禎理に、どんな『法力』が使えるのだろうか。
いや、『神』を信仰していないといえば嘘になる。一応は、『十三神派』を信仰している禎理なのだから。だが、この神派は、『十二神派』を信奉するこのエルミでは異端とされている上に、その主神である『風神』はこの世界に『いない』ことになっている。だから、ある意味当たり前なのだが、禎理の手の間にはもちろん、どんな色の『球』も生まれてはこなかった。
「禎理には無理だって」
そんな禎理のしぐさを見て、ルドルフが笑う。
「『法力』は、信仰と修行によってしか得ることのできない『力』なのですから」
ブラヴェの顔にも笑みが浮かんでいるのを、禎理ははっきり認めた。
「そう、だよね」
照れ笑いを浮かべながら、腕を下ろす禎理。
しかしながら。
では、この前起こったあの『風』は、一体何だったのだろう? 禎理は心の中で自問した。
禎理は『風神』の子孫であり、『風神』と同じ力を使える『素質』を持っている。そのことは、昔の事件で分かっては、いた。だが、禎理の血の中にある『魔力要素』はかなり弱いらしく、これまでその『力』をきちんと使えた例がない。
自分は本当に、『風』の力を持っているだろうか? これは確かめる必要がある。
そう考えた禎理の身体は、無意識のうちに再びその手を、先ほどと同じ位置に持って来ていた。
と。
「……えっ!」
「禎理、さんっ!」
ルドルフとブラヴェの叫び声にはっと我に帰る。
いつの間にか、双の腕の間で強い旋風が沸き起こっていた。しかもその旋風、刻々とその強さを増しているではないか!
「早く、止めてっ!」
ブラヴェが叫ぶ。
だが、作った禎理にも、これがどうやったら消えるのか皆目見当がつかない。
地面の雪を巻き込み、旋風はますます大きく、強くなる。このままでは、ブラヴェとルドルフがこの風に飲み込まれてしまう。だから禎理は一生懸命、この旋風を止めようと、した。
でも、作り方が不明のものを、どうやって止める?
と。
「……全く」
溜息とともに訪れた、一瞬の光。
次の瞬間、禎理の腕の中の旋風は、綺麗さっぱり掻き消えて、しまって、いた。
「放っておくとろくなことをしないな、お前らは」
禎理の背に、緊張が走る。
恐る恐る振り向かなくても、その声がボルツァーノのものだということは、はっきりと分かった。
そういえば、ボルツァーノから頼まれた用事もまだ済ませていない。次の雷を予期し、禎理はボルツァーノに背を向けたまま心の中だけ身構えた。
「さっさと自分の仕事に戻れ。ブラヴェ、ルドルフ、お前たちも、だ」
いつも通り凛としたボルツァーノの言葉が、大荒れに荒れた雪の大地に響く。
これ以上お小言を喰らわない内にと、禎理は大急ぎで窪地から這い上がると、ボルツァーノの横をすり抜けて学寮の方へ帰ろうと、した。
と、その時。
横に来たボルツァーノの腕が、不意に禎理の腰を掴む。
次の瞬間、耳元で囁かれたのは。
「無用心に自分の力を使うな」
「……何故?」
その理不尽な言葉に、思わずむきになる。
アクセの件といい、何故ここまで何もかも黙っていなければならないのだろうか?
しかし、ボルツァーノの次の言葉が、禎理の心を冷ました。
「ここに一生縛られたいのか?」
確かに、禎理の持つ『風』の力は、『風神』がいないこの世界では稀有のもの。禎理がその力を使うことができることを聞き知り、密かに研究材料として狙っている輩がいることを、禎理もうすうす感づいては、いた。
そして、その噂を全て、このボルツァーノがもみ消していることも。
「だから、な」
念を押すボルツァーノの言葉に、今度は禎理もはっきりと、頷いた。




