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恩を知る者

 獣の気配に、はっと眠りから覚める。

 ここは、武術道場『無限流』の宿坊。居るのは自分と、腰巾着であるキイロダルマウサギ族の魔物、模糊もこだけの筈だ。なのに、何故? そう思いながら目を開けた禎理ていりは、自分の上にのしかかるように立っている四つ足の影を見て思わず叫んだ。

「だっ……!」

 次の瞬間。

 獣の前肢が、禎理の首を締めるように掴む。

 離せっ! 苦しい。そう思いながら掴んだ獣の前肢は、酷く熱かった。そして何故か、獣のくせに毛が少ない。まるで人間の、しかも女のような腕と手首だ。苦しさに喘ぎながらも、禎理は思わず首を傾げた。この、獣、は?

 と。苦しかった息が、不意に楽になる。次の瞬間、獣の影は別の影によってベッドから弾き出された。

「何をするっ!」

 ベッドの外から聞こえてきたのは、甲高い悲鳴。

「それはこっちの台詞だ、千古ちふる

 そして禎理のすぐ横から聞こえてきたのは、聞き覚えのある声、だった。

九七一くない?」

 痛む首を、横に向ける。暗くとも確かに、九七一の大柄なシルエットが禎理の目に映った。

「大丈夫か、禎理?」

 顔を覗き込むようにして、禎理を一瞬だけ見つめる九七一。次の瞬間、九七一の姿は、先程床に飛ばされた獣の横に、有った。

 ベッドの上から、襲ってきた相手をまじまじと見つめる。しかしどう見ても、目の前にいるのは垂耳の黒犬。先程感じた疑問とはほど遠い姿、だった。

 だが、その姿には見覚えがある。黒犬の横にいる九七一――実は、彼も本名は千早ちはやという名の、犬型の魔物である――の、人型を取っていない時の姿に似ているのだ。目の前の獣の方が、九七一より一回り小さいが。

 と。

「何見てんだよっ!」

 再び、獣が禎理に牙を剥く。だがすぐに、横の九七一によって取り押さえられた。

「止めろ、千古。何度言ったら分かるんだ」

 九七一の力強い腕の下でも、ばたばたともがく獣。その獣に憐憫の情を感じて、禎理はそっとベッドから降り、二人の方へと近づいた。

 次の瞬間。

「わっ!」

 九七一の腕から飛び出した獣が、禎理に飛びかかる。構える間も無く、禎理の身体は床に強く叩きつけられた。

 重みと痛みに、呻く。重みの方はすぐに無くなったが、痛みの方はじんじんと禎理を襲った。

「離せっ! 離せったら! 千早」

 九七一に再び取り押さえられた獣の方は、もがきながらも叫んでいる。痛みを堪えながら起き上がった禎理は、次に耳に響いた言葉にはっと身を強ばらせた。

「奥方様の敵を取るんだっ!」

 奥方様。魔物にここまで慕われている女人で、禎理も知っている人物といえば、一人しか、居ない。

「止めろ、千古。それも何度も言ったろ」

 九七一の言葉が、遠くに感じられる。次に出てくるであろう言葉に、禎理の心は思わず耳を塞いだ。

珮理はいり様が亡くなったのは禎理の所為じゃない」

 珮理。この世界を滅ぼそうとする『力ある石』を滅する為に、自ら死を選んだ女性。そして、その『死』に、力を貸したのは、自分。

 不意に、辺りが一瞬だけ明るくなる。

 明かりが収まった時には既に、獣の姿はなかった。おそらく、九七一が魔界の法力によって獣を魔界に転送したのだろう。

「済まない。禎理」

 九七一の手が、禎理の肩に触れる。

「千古は、俺の双子の妹なんだけど、珮理様に可愛がって貰ったから」

 幼い頃に母親を亡くした千早と千古。その二人を育ててくれたのが、魔王数の妻として魔界に暮らしていた珮理だった。そう、九七一が禎理に説明する。だが、その説明を、禎理は半分も聞いてはいなかった。

 『珮理』。この名前だけで、禎理の胸は後悔で締め付けられるのだ。

 だから。

「大丈夫か、禎理」

 九七一の言葉に、首を横に振る。

 今はただ、眠りたかった。

「また千古が来るかもしれないから、側に居てやるよ」

 九七一に抱きかかえられるようにして、ベッドに戻る。

 後悔しても、しかたないのに。でも、それでも。

 横になってからも、禎理の頭の中では、固執した想いがぐるぐると回って、いた。

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