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約束の場所へ

 寄せては返す波の音が、静かに、だがはっきりと聞こえてくる。

 瞼に当たる眩しい光に耐えかねて、禎理ていりは微かに首を動かした。

「……あ」

 同時に聞こえてきたのは、少女の声。頭に響く海人の声ではない。普通の人間の声、だ。

 では、ここは『陸』なのだろうか?明るい少女の声に誘われるように、禎理はゆっくりと目を開いた。

「良かった。気がついた」

 禎理の視界一杯に、大きな瞳をした少女の顔が映し出される。逆光で顔はよく見えないが、海からの風に揺られてゆらゆらと流れる金髪が、どこか『普通の人』とは違うような気がする。そんな少女だった。

 助かったのだ。やっと実感がわく。おそらく、あの海人の少女がここまで運んでくれたのだろう。禎理は心の中で少女に感謝した。

「でもここじゃ、波に攫われてしまうわ。フィン兄様」

 その声と共に、少女の視線が禎理から離れる。

 少女の視線を辿っていくと、傍にもう一人、ヌボーとした感じの大柄な男が膝をついているのに気が付く。その男の、短く刈った髪の間に見えたものに、禎理はあっと言葉を失った。

 普通の陸人とは明らかに違う、尖った耳が、風に煽られて微かに揺れているのが、確かに見える。よくよく観察してみると、二人が着ているものも、チュニックの上に長い布を巻いた『森人』特有の服である。間違いない。この二人は『森人』だ。と、いうことは、ここが『森人の土地』。当初の予定とは違うとはいえ、着いたのだ、目的地に。

「どこか高台に移さないと」

「ああ。……しかし」

 禎理の戸惑いをよそに、二人は禎理をどうするかについて話し合っている。

 喋っているのは少女だけで、フィンと呼ばれた男の方は相槌を打っているだけなのだが。

「ん、そりゃあ、まあ。土地神様を追い出した陸人は憎ったらしいけど」

 懸念声を出す男に、少女ははっきりとした声を放つ。

「海人の姉様に頼まれたんだから。助けてくれって。だから、ね、フィン兄様」

「ああ」

 少女に見つめられて、男がこくんと頷く。

 次の瞬間、禎理の身体は中空に持ち上げられた。

 今まで横たわっていた砂浜が、ずっと下に見える。目を少し動かすと、今度は大男の漠とした表情がはっきりと見えた。

 男に抱き上げられたまま、海が遠ざかる。小さな崖を上がるとすぐ、森の中だ。

「私たちの家じゃ、すぐ見つかってしまうわね」

 先導していた少女が、振り向いて兄に問う。

「『隠れ家』の方が良いかしら」

「ああ」

 幾許も歩かないうちに、小さな木造家屋が目に入る。その小屋の、今にも倒れそうな雰囲気に、禎理は目を背けた。

 『土地神』が居ない影響が、既に出ているのか。

「……やっと着いた」

 少女の言葉に、瞳を前に向ける。

 目の前には、崖にぽっかりと開いた洞窟が見えた。

 その中に設えられた、苔の褥の上に、そっと乗せられる。

「ここなら、大丈夫ね」

 薄暗い中、横になった禎理の顔をまじまじと見つめながら、少女は嬉しそうに笑った。

「あとは、何か着る物と、毛布と、あ、食べ物もいるわ」

 そう言い残し、少女が消える。おそらく、あの崩れかけた小屋かどこかに、要る物を取りに行ったのだろう。

 少女が居なくなると同時に、大男が禎理の側に膝をつく。

 そして禎理の右腕を取ると、巻かれていた包帯を解き、怪我の様子を確かめてからまた包帯を巻き直した。

 そういえば、海に落ちる前に右腕を刺されたんだっけ。溺れかけたからか、疲れたからなのか、何故か思考の定まらない頭で、そう、考える。少女はともかく、この男性も、無口で無表情なだけで悪い人ではなさそうだ。禎理はほっと肩の力を抜いた。

 それと同時に、思い出したのは、六華りっかのこと。そもそも、禎理がこの場所に向かった目的は、あの蛇神をここに送り届ける為ではなかったか。

 あの騒ぎの中、六華と模糊もこは大丈夫だっただろうか? 多分、大丈夫だろう。そんな気がする。まだ知り合って間がないが、『無限号』の船長ダインと副船長エルグは非常に信頼できる人間だ。禎理が行方不明のままでもおそらく、二人は六華を守り、この場所へ連れて来てくれるだろう。

〈……そうだ、六華のこと、を〉

 傍らの男に話した方が良いかもしれない。そう思うより早く、禎理の思考は闇の中へと落ちて、いった。


 次に目が醒めた時、洞窟の中には禎理一人しか居なかった。

 だが、禎理が二人のことを探そうと首を廻らせるより早く、洞窟の入り口から少女の顔が覗く。

「どう、調子は?」

 重そうな桶を掛け声と共に洞窟内へ運び入れながら、少女が問う。

 まだ身体中がだるく、動くことは億劫だが、何とか元気だ。そう感じた禎理は、少女に向かってこくんと頷いた。

「そう。……なら良かった」

 桶を禎理の足元に置いてから、禎理の傍に座り込み、その大きな瞳で禎理を見つめ続ける少女。その表情に何か切羽詰ったものを感じ、禎理はどうすれば良いか分からなくなった。

 こういう場合は、何か話したほうが良いのだろうか? でも、何を? ……そうだ、六華のことを話そう。

 だが、禎理がそこまで考えるよりも早く。

「あなたも、『冒険者』って云うヤツなの?」

 いきなり、少女がそう問う。

 少女が喋り始めたことよりも、その問いの中身に、禎理は正直面食らった。

 そういえば。不意に思い出す。前の『土地神』を苛め、この場所から追い払ったのも、陸人の冒険者達だったと聞く。海人に頼まれて禎理を介抱しているとはいえ、やはり、この少女も、自分たち『陸人』のことがどうしても許せないのだろう。『森人』達の怒りを感じ、禎理の心は沈んだ。

 しかしながら。

「だったら、自由にいろんなところに行けるんだ」

 次に発せられた少女のこの言葉に、禎理は違う意味で面食らった。

 この少女は、一体?

「……えっと、あの」

 戸惑いながらも、何とか言葉を紡ぎだす。

「土地神様のことなら、大丈夫。信頼できる人が、ちゃんと保護してるから」

「え……!」

 薄暗くとも、少女の顔に驚きの表情が広がったのがはっきりと分かる。その少女の瞳に向かって、禎理はぽつぽつとこれまでのことを語り始めた。

 大陸東側の『蛇神の森』で卵を預かったこと。孵化した蛇神に六華という名前を付けたこと。北の土地で、前の土地神の遺体を見つけたこと。西へ向かう帆船『無限号』に乗っている途中で、海に落とされたこと。そして、現在六華は『無限号』に居るだろうということ。

「……本当なの、それ!」

 禎理の話を聞いていた少女の瞳が、徐々に大きくなる。

 そして少女は、明らかに安堵の表情を浮かべた。

「良かったぁ……」

 少女の話によると、幾人かの森人が、行方不明の『土地神』を探しに出たらしい。その中には少女の上の兄も混じっていると、少女は溜息と共に吐き出した。しかしこれで、森人達の懸念は大部分解決したことになる。

 話せてよかった。少女の笑顔を見て、禎理は心からそう思った。

 だが。

「でも、ダインとエルグ? その人達って何時来るの?」

「えっと、それは……」

 思いがけないことを聞かれ、言葉に詰まる。

 『無限号』は帆船だから、風の調子によって速度はかなり違う。しかも、先の嵐で破損している可能性もあるのだ。『無限号』が何時北西の港町リーマンに到着し、何時頃ここに来ることができるかなんて、予測不可能だ。

「……じゃあ、あなたが良くなったら、フィン兄様と一緒に迎えに行きましょ」

 悩む禎理の耳元に、再び、思いがけない少女の言葉が降ってくる。

「え……?」

 少女の言葉に絶句した禎理だが、次の少女の言葉に、絶句度は更に深まった。

「こんなところ、出て行きたい」

「どうして?」

 森人は、大陸北側のこの土地で閉鎖的な生活を送っている種族である。その一員である少女が「出て行きたい」と口にするのには、よほど深い訳があるのだろう。

 だから、禎理は少女にそう、訊ねずにはいられなかった。

 禎理の問いに、少女はしばらく黙ったままだった。だが、やがてゆっくりと、重い口を開く。

「私達は、あの人たちとは違う種族、なんだって」

 しかし少女が口にしたのは、禎理の理解の外にある言葉。

 少女とその兄以外の『森人』を、禎理は先の土地神が見せた夢の中でしか見たことがない。だが、彼らとこの兄妹を比較しても、違う所など全く無い。そう、禎理には思えるのだが。

「見掛けはそっくりなのに、ね」

 禎理の戸惑いを見抜いたのか、少女が少しだけ苦笑する。

「私の曾お祖母さんが、陸人なんだって。だから、私達も陸人の仲間だって……」

 なるほど、そういうことか。禎理ははたと納得した。

 『森人』はただでさえ排他的な種族だと聞く。おそらく、自分たちと大部分同じで少しだけ違う少女達兄妹を疎ましく思っているのだろう。そう考えると、通り道で見た廃屋のことも理解できる。そして勿論、少女の気持ちも。

「……いつか、私を外へ連れて行ってくれない?」

 しかし、少女の言葉に、禎理は首を横に振った。

 外に連れて行くのは一向に構わない。だが、『その後』のことには、責任を持つことができない。自分が向こう見ずで無茶が多く、戦闘でもそんなに強くないことは、禎理自身が一番良く知っている。自分は、人一人守ることができない人間なのだ。

 だから、冷たいようでも、首を横に振ることしか、禎理にはできなかった。

 だから、それ故に。

「だめだよ。……自分で、行かなきゃ」

 日頃思っていることを、ゆっくりと口にする。

 誰かに頼っているばかりでは、いけない。自分の道は自分で切り開かなければ。

「えっ……?」

 その禎理の言葉に、きょとんとした表情を見せる少女。

 だがしかし、少女はやがて、禎理に向かってこくんと頷いて見せた。

「うん、そうね。そうだよね」

 自分に言い聞かせるように、少女は何度も頷く。

 そして少女は、禎理の怪我をしている右手に、自分の手を重ねた。

「私は、ヴィラ。あの大きいのはフィンスラー兄様。……あなたは?」

「禎理」

 いきなりの質問に多少戸惑いながらも、自分の名を名乗る。

 少女はしばらく禎理を見つめた後、全く唐突に、花のような笑みを見せた。

「そう……。ありがとう、禎理」


 話しすぎて疲れたのか、少女が右手の包帯を換えてくれている間に、いつの間にか眠ってしまう。

 次に目が醒めた時には、洞窟の中も外も暗闇の中に沈んで、いた。

 少女もその兄も、洞窟にはいない。

 不意に、耳障りな金属音が遠くから聞こえてくる。何だろう? 横になったまま、禎理がその音に耳を澄ませた、次の瞬間。

「……逃げてっ! 禎理!」

 ヴィラの甲高い声が、耳を打つ。

 はっとして起き上がった禎理の周りは、いつの間にか、背の高い影に囲まれてしまって、いた。

「こいつ、か?」

 幾つもの松明の灯りが、暗闇に慣れた目には眩しすぎる。思わず目を細めた禎理の手は、次の瞬間、かなり強引に引っ張られた。

 引き摺られるように、洞窟を出される。そしてそのまま、禎理の身体は森の奥へと運ばれていった。

 自分を匿っていることが、他の森人たちに知られたのだ。ぼうっとした頭で、何とかそれだけは理解する。

 あの兄妹は、無事だろうか? 森の中を引き摺られながら、禎理は大急ぎで辺りを見回し、兄妹の姿を探した。だが、禎理の目に映るのは、松明の炎と、人々と同じ位細い木々の影のみ。兄妹の姿は、何処にもなかった。

 自分を匿った所為で、あの二人に危害が及んでしまった。こうなることは予測できた筈なのに。自分の不甲斐なさが、悔しい。禎理はきっと唇を噛み締めた。

 と。

 木々の陰が、急に途切れる。

 禎理はいつの間にか、森にできた大きな広場の中に、いた。

 その広場の周りには、十一個の大きな石が、一つの石碑を守るように立っている。その石碑も、それを囲む石柱も、その外に穿たれた水路も、全て、禎理が夢で見た光景と同じである。

 ……間違いない、ここが六華の『居るべき場所』。

 そして、そこには。

「あっ……!」

 思わず、声を上げる。

 石の間に、フィンスラーの大柄な身体が転がっているのが、確かに見えた。

 かなり抵抗して、反撃されたのだろう、松明の灯りでも、酷い怪我をしていることがはっきりと分かる。そしてその傍らでは、華奢な身体を太いロープで縛られたヴィラが、屈みこんでしくしくと泣いていた。

「陸人を、匿っていたとは」

 禎理の傍に居た、リーダー格らしい男が、兄妹に向けて唾を吐きかける。

「やはり、お前達は」

「何よっ!」

 ヴィラの甲高い声が、広場の空気を震わせた。

「禎理は、ちゃんと、土地神様を守ってたんだから!」

「ふん」

 不意に、身体を地面に押さえつけられる。

 首筋に刃が突きつけられているのを、禎理は確かに感じ取った。

「陸人の所業は、陸人の血で購ってもらう!」

「だめっ! やめてっ!」

 絶望を帯びたヴィラの声が、禎理の耳を打つ。

 ここで殺される訳にはいかない。兄妹の為にも、六華の為にも。ありったけの力を振り絞り、身体を押さえつけた手をむりやり引き剥がす。落ちてくる刃より一瞬早く、禎理は兄妹の傍へと跳んだ。

 と、その時。

 幾本もの松明に照らされた石碑の表情が、禎理のある記憶と合致する。

 あの、石碑は、まさか。……海人の神殿にあったものと同じもの、なのでは。

 仮説を確かめるべく、本能のままに、石碑の方へ跳ぶ。森人達に背を向けた時に、背中に痛みが走ったが、そんなことに構ってはいられない。

 息を切らせつつ、森人達より早く石碑の前に立ち、両手を石碑に押し付ける。

 思った通り、禎理の知らない言葉で紡がれた『歌』が、堰を切って禎理の口から飛び出した。


 森人達が騒いでいた、ちょうどそのころ。

 北の海、『森人たちの土地』の沖合で、『無限号』の船長ダインは物思いにふけっていた。

 思い出すのは、嵐の日のこと。

 禎理を海中に落としたあの男は、エルグが海に落とした。だがそれで、禎理が帰ってくるわけではない。しかし、あの後すぐに、本当に唐突に嵐が止んだことと、海に響いたあの荘重な歌のことを考えると、もしかすると禎理は生きているのではないかという錯覚に囚われてしまう。ダインは大きく溜息をついた。

 禎理のことはともかく、今は目先の問題を考えなくては。さし当たっての問題は、禎理の『荷物』をどうするか、である。船長室の机に頬杖をつきながら、ダインは再び溜息を漏らした。

 そのダインの目の前では、キイロダルマウサギの模糊と蛇神の六華がじゃれあって遊んでいる。

 その二匹の頭を撫でてから、ダインはもう一度腕組みをしなおした。

 模糊はともかく、六華には『帰るべき場所』がある。リーマンの港に着いたら、『森人の土地』までちょっくら行ってやるのも悪くない。「面倒に巻き込まれるから止めろ」と、エルグには言われそうな気がするが。そこまでダインが考えた、正にその時。

 不意に、六華のオレンジ色の身体が、眩しい光を放つ。

 あっけにとられたダインの前で、その光は一気に強くなったかと思うと、次の瞬間には、船長室の窓から外へ向かって飛び出して、行った。

 後に残ったのは、呆然とするダインと、大きく目を見開いたままの模糊のみ。


 自分に向かっていた人々の声が、不意に、上に向かう。

 ぼうっとした視線を上に向けると、細長い光がこちらに向かって降りてくるのが、確かに、見えた。

「土地神様!」

「帰って、来られた!」

 安堵の声が、辺りに響き渡る。

 その声に答えるように、細長い光はますますその強さを増していった。

 光の中に、オレンジ色の鱗と赤みを帯びた白い翼がはっきりと見える。母親くらいの大きさになってはいるが、あれは間違いなく、六華だ。

「ああ」

 無事だったんだ。

 ほっとした途端、禎理の全身から力が抜けた。

「禎理!」

 駆け寄ってくるヴィラの姿が、暗闇に霞む。

 彼女の後ろでは、フィンが足を引きずっている。

 二人とも、無事で良かった。

 その思念を最後に、急速に、視界が暗転する。

「ありがとう、禎理」

 しかし、ヴィラでもフィンでもない誰かの声は、確かに、禎理の耳に優しく響いた。


 そして、その、十数日後。


 大陸北西部の港町リーマンの波止場に、一艘の帆船が泊まっている。その姿を認めるや否や、禎理は後ろの大柄な人間の制止を振り切って走り出した。

 禎理の目の前にいたのは、『無限号』のダインとエルグ。

 二人の前に飛び出した禎理の胸に、模糊の黄色い身体が飛び込んで、きた。

「やっぱり生きていたか、禎理」

 模糊をぎゅっと抱き締める禎理に向かって、ダインが大きく笑う。その横で、禎理の荷物を持ったエルグも、ダインと同じように笑っていた。

「まあ、そう簡単にくたばるような奴じゃないとは思っていたがな」

 いつもの調子で毒づくダインの言葉に、禎理も思わず笑ってしまう。だが、次の瞬間。背に走った鋭い痛みに、禎理は思わず顔をしかめた。

「だめじゃない」

 そんな禎理の背後から、甲高い声が聞こえてくる。

 それと同時に、禎理の右腕はフードを被った大柄な影に掴まって、しまった。

「怪我が酷いのよ。分かっているの?」

 同じくフードを被った、小柄な影が、禎理を覗き込む。

「大丈夫だよ、ヴィラ」

 そう言いながら、禎理は脱げかけたヴィラのフードに、大慌てでその左手を掛けた。

 ここは『森人の土地』ではない。陸人が優勢である場所だ。陸人とは明らかに違うヴィラやフィンスラーは、ここでは目立ち過ぎる。

「大丈夫よぉ。心配性ねぇ、禎理は」

 そんな禎理の手を取り、ヴィラが笑う。

「でも、ありがと」

 笑ったり、動いたりする度に、切られた背中の傷が引き攣れて痛むのだが、華の様なヴィラの笑顔に、禎理もつい引き込まれて笑ってしまった。

 そして一息ついてから、ダインとエルグに向かって頭を下げる。

「ありがとうございます。荷物のことも、模糊のことも、六華のことも」

「いや、別に。私達は何もしてませんよ」

 にこっと笑うエルグの横で、だがダインは、こほんと一つ、咳払いをした。

「で、禎理君。その、荷物の預かり賃、なんだが、……俺の代わりにこの街の酒場で働くっていうことで手を打たないか?」

 ダインの言葉に、一瞬、場が静まり返る。

 その静寂を破ったのは、ヴィラとエルグの言葉。

「やめてください。情けないですよ、ダイン」

「ダメよ。まだ怪我が治ってないんだから」

 甲高いヴィラの声に、静かなエルグの言葉が重なる。その後ろでは、フィンスラーの大きな腕がダインから守るように禎理の身体を包み込んで、いた。

「いや、そこを何とか」

 ダインとエルグ、そしてヴィラの他愛無いやりとりが延々と続く。

 フィンスラーに腕を掴まれたままその光景をみていた禎理は、思わず、その丸顔を綻ばせた。

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