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神隠し

 あの禎理ていりが『冒険者』になったと風の噂で聞き、黒犬の魔物九七一くないは休暇の許可が出ると同時に地上界に降り立った。

〈元気に、やってるかな、禎理〉

 魔界の大王、すうの地上界における護衛と探索係である『エミリプ』隊に所属する九七一は、その仕事の中で人間の少年である禎理に出会ったのだが、その時から何故か禎理のことを気に入り、地上界に来るときは仕事抜きで時々会っていた。

 だが、出会ったときは十二歳位だった禎理も今は十八だ。本当に人間の成長速度は速いと、この十年程外見上は全く成長していない九七一は思う。

 だから、何か嬉しいような、こそばゆいような、そんな感じが、確かに、して、いた。


 禎理が暮らす天楚てんそ市は、相も変わらず人間どもで溢れかえっていた。

 その人込みの中を、犬型のままうろうろと歩く。

 この市に暮らす人々は結構多いが、そんな中でも、匂いに敏感な自分の鼻だけで禎理を探し出せる自信はかなりあった。

 現に。

「……あれ、九七一?」

 匂いに頼りつつしばらくも歩かないうちに、九七一は禎理の前に立っていた。

 一瞬驚いた禎理の顔が喜びでいっぱいになる。

「ひっさしぶりっ!」

 禎理に突然飛びつかれ、驚くと同時に呆れる。

 図体は大きくなっても、中味は変わらないんだな。

「……ところで、冒険者の仕事はどうなんだ?」

 道行く人々には聞かれないように小声で聞いてみる。

「うん、なかなか快適だよ。色々大変だけど」

 禎理の方も、九七一の問いに小声で答えた。

「あ、そうだ、これから『三叉さんさ亭』に行くんだけど、九七一も一緒に来ない? 美味しいシチューがあるよ」

 禎理は早口でそういうと、九七一が頷くのも待たずに先に立って歩き出した。

 全く、少し強引なのも『あの人』似だ。

 禎理には気付かれないように溜息をつくと、九七一はちょこちょこと禎理の後を追った。


「……ほら、ここが『三叉亭』」

 不意に禎理が立ち止まる。

 確かに、階段を少し上がったところにある両開きの扉に、三叉の矛が大陸共通語の飾り文字と共に大きく描かれている。その両開きの扉を大きく開くと、禎理は九七一に手招きしてから中に入って行った。

 犬が入って良いものか。一瞬迷ったが、扉が開いているうちに九七一もするりと中に入る。冒険者宿『三叉亭』の内部は、真昼間だというのに通りよりも賑やかだった。

 重そうな鉄鎧に馬鹿でかい剣を背負った者、小柄で抜け目ない視線を持つ者、革鎧で足元に矢筒を置いた者、ざっと見ただけでも色々な格好の人間がジョッキを開けたり揚げ芋をつついたり、はたまた不毛な物事をしゃべったりと思い思いに好き勝手なことをやっている、ように九七一には思えた。

〈こんなんで、何が楽しいんだろうか?〉

 思わず首を傾げる。

 が、まあ、これが、『人それぞれ』というものなのだろう。

「……徳さん、いつものね」

 禎理は、とカウンターの方を見ると、彼は既に背の高い椅子にちょこんと座り、カウンターを挟んだ場所に居る、ここの主人と思しき人間と話をしていた。

「こいつの分もか?」

 その人間が九七一の方を見る。

 何事も見透かすような眼光に、自分の正体は人間なんかには分かるわけが無いと自負している九七一の自信が俄かに揺らいだ。

 人間にも、こんな視線を持つ者がいたんだ。『人間を甘く見てはいけない』という魔王数の戒めを、まざまざと思い出す。しかし、六徳りっとくと呼ばれている主人の方は九七一を一度見たきりで、すぐに奥の方へ引っ込んで行った。

 そして又時間をおかずに深皿二つを手にして戻ってくる。そのうちの一つを、彼は九七一の前に無造作に置いた。

「食べな。禎理の友達なら遠慮はいらねぇ」

 九七一は六徳をじっと眺めてから、おもむろに深皿のシチューに口をつけた。

「……うまい」

 言葉を口に出しそうになり、慌てて俯く。

 その様子を見て、禎理がぷっと吹き出すのが確かに見えた。

 そんな禎理に一瞥を食らわせてから、シチューの皿に戻る。こんなにうまいものを食べるのは本当に久しぶりだった。

「……ところで、徳さん」

 不意に禎理が六徳に話を向ける。

「例の事件、何か進展は?」

「全く、無いな」

「そう」

 禎理はそれだけ聞くと、あとは妙に押し黙ったままシチューを口に入れて、いた。


「……『例の事件』って何なんだ、禎理?」

 禎理の様子がかなり気になったので、シチューを食べ終え、三叉亭を後にするやいなや、九七一は禎理に質問をぶつけた。

「ん、まあ、今調べてる事件なんだけどね」

 人の目を気にしてか、その質問に禎理は独り言のように口を開いて話し始めた。

 その声がどことなく沈んだ調子なのは、気のせいだろうか?

 九七一は首を傾げながらも禎理の話に耳を傾けた。

 それによると。

 今年に入ってからずっと、天楚市では、普通の人々が突然行方不明になる事件が頻発していた。行方不明になった者たちに接点は全くなく、中には人前で忽然と消えてしまった者もいたという。

「で、市内にある冒険者宿全てにお触れが出たんだ。高額の賞金つきで」

「それで、賞金に目がくらんだって訳か?」

 お金に執着する禎理を意外に思い、九七一は禎理を見上げた。

「ん、それもあるけど」

 そんな九七一に対し、禎理はふと立ち止まって答える。

「ある人に、友達を探して欲しいって頼まれたから」

「なるほど」

 確かに、その理由の方が禎理を突き動かす理由として相応しい。

 九七一は心で頷くと、再び歩き出した禎理の後を追った。

 と。

「……ちょっと、禎理、ストップ」

 ある路地裏で何かを感じ、九七一ははっと立ち止まった。

 この感じ、は……!

「どうしたの、九七一?」

 しかし、九七一が感じている違和感を、禎理は感じてはいないようだ。

 小首をかしげながら、禎理はくるりと九七一の方を向いた。

 その時。

 不意に禎理の周りの地面が鈍く光る。

「うわっ!」

「禎理!」

 しかしそれも一瞬だけ。

 九七一の目の前で、禎理はあっという間に消えて、しまった。

「うそ、だろ……」

 後に残ったのは、先ほどと同じ地面と、呆然とする九七一。

 しかし呆然とするだけでは何も解決しない。九七一は恐る恐る、禎理が消えた辺りの地面に触れてみた。

 が、何も起こらない。くんくんと匂いを嗅いでみても、他の路地と何ら変わらない。

 違うのは、先ほど感じた『違和感』だけ。


 その場で少し考えた後、九七一は冒険者宿『三叉亭』にとって返した。

 あの『違和感』から考えると、あの路地には魔力か法力かその他何か邪悪な力を用いて一回だけ発動する罠が仕掛けられていたと考えられる。とすると、誰かその力が使える者が、何らかの目的を持って人々を捕らえているに違いない。『魔法革命』後、魔力を操れるものは極端に少なくなったし、法力のほうも扱える人間は神官経験者だと決まっている。だから、そんな力を持つ者がいたら冒険者宿では把握している筈だ。そう考えての行動である。

 だが。

 三叉の矛が描かれた扉の前で、はたと立ち止まる。

 まだ犬型を取っていたのに気付いたのだ。

〈ふう、危ない危ない〉

 人間は理不尽で怖がりだから、犬が喋ると間違いなく恐れる。下手をすると自分の命が危ない。

 九七一はいったん人気の無い路地に入ると、魔界の大王の法力で人間の姿をとった。服装も、数を真似たいつもの黒服ではなく、先ほど垣間見た『普通』の冒険者の格好をしてみる。それが全く似合っていないような気がするのは、気のせいだろうか。

〈……ま、いいか。高々『人間』の格好だ〉

 九七一は自分を納得させるように一人頷くと、今度は堂々と扉を押して三叉亭の中へと入った。

「いらっしゃい」

 そんな九七一を、六徳の鋭い眼光が出迎える。

 その視線に、変身術が解けやしないかと一瞬危ぶんだが、そんなことはもちろん、ない。

 落ち着いて見えますようにと心の中で祈りながら、九七一は禎理と同じ動作でカウンターに腰を下ろした。

「なかなかの手練だな」

 そんな九七一を六徳がそう評する。

 人間に褒められても、とは思ったが、褒められて悪い気はしなかった。

「名前は? 何の用だ?」

 しかし名前を聞かれ、背中を冷や汗が流れる。

 どうしよう。『九七一』の名は、禎理が犬型の自分を紹介するのに使ってしまったから今は使えない。と、すると。

「……千早ちはや、だ」

 九七一はエミリプに入隊する前の、自分の本名を名乗った。

「用件は?」

「市内の魔導師か法導師を知りたい」

「分かった」

 六徳は一度カウンターの下に身を屈めると、すぐに小さなメモをくれた。

「代金は、そうさなぁ、事件が解決してから頂こうか」

 拍子抜けするほど簡単に、自分の知りたい情報を得る。

〈……こんなんで、大丈夫なのか、この冒険者宿〉

 人間社会をあまり気に入っていない九七一がそう、評したほどだ。

 しかしながら。ともかく。

 あとは、この魔導師と法導師の家を一軒一軒調べればよい。

 九七一は六徳に頭を下げると、大急ぎで三叉亭を後にした。


 三叉亭で得た情報を元に九七一は天楚市内を歩き回った。

 時には人型で、そして時には犬型に戻って、密集する天楚市の家々をその隙間まで丁寧に捜索する。

 と。

「……ん?」

 違和感を覚え、ある家の前で立ち止まる。

 その妙な感じは、禎理が消えたときに感じたものと同じもの、だった。

 と、すると。

「ここか」

 辺りを見回すと、地面からすぐのところに、地下室用の明り取りとみられる隙間が見える。

 人型のままだった九七一は、誰もいないことを確かめてから犬型に戻り、そばにあったがらくたの影に隠れるようにしてその小窓から中を窺った。

 が、格子に覆われたその隙間は小さすぎて、中の様子は何も見えない。

 しかし九七一の鼻は、禎理の匂いを確実に捉えていた。

〈……やはり、強行突破、か?〉

 敵が何かさえ分からない状態で、この選択は無謀だ。だが、禎理がここに捕まっていると分かっているのに、悪戯に手を拱いているのは九七一の性に合わない。

〈……よし!〉

 九七一は自分を奮い立たせるように一つ頷くと、呪文無しで人型を取った。

 服装も今度は、魔王数を真似た黒服だ。

 その服が、自分の威厳を高めてくれることを願いながら、九七一は正面の扉を蹴り一つで開いた。

「……誰だ!」

 破壊した扉の向こうにいたのは、骸骨のような風貌の男。

 おそらく、『死霊術師』。そう、九七一の勘が告げていた。

 冥界に行くことのできなかった『迷える魂』をむりやり捕らえ使役する『死霊術師』は、『自然の理』を乱す存在である為、地上界でも魔界でも忌み嫌われている。しかし敵に回すとかなり厄介な相手だ。だから九七一は、侵入者に対し一瞬油断した死霊術師の隙を突いて襲い掛かると、配下の亡霊を呼ばれないようにその口を塞いだ。

「さて、地下の人間どもを解放してもらおうか、死霊術師殿……」

 作戦の成功に九七一の気が緩みかけた、その時。

 背後に肌寒さを感じ、九七一は一瞬動きを止めた。

〈……来る!〉

 九七一は弾かれたように飛びのき、壁を背に立ち上がった。

 顔をしかめながら起き上がった死霊術師の傍に、フードを被った亡霊がいる。しかも三体も。おそらく、口で言う呪文以外で使役できるようにしてあったらしい。

 ……万事休す、だ。

「くそっ!」

 内心歯ぎしりしても、もう手遅れ。死霊術師と亡霊が、じわじわと九七一に近づいてくる。

 余りにも不利すぎる状況に、九七一は法力を使うことすら忘れた。

 と。

「……九七一!」

 禎理の声に、我に帰る。

 と同時に、死霊術師の身体が前に倒れるのがはっきりと見えた。

「禎理!」

 それで死霊術師を殴ったのであろう長箒を持った禎理の姿を確かめる。それと同時に、九七一の口は亡霊を滅する呪文を唱えていた。

「光の数、七の七乗!」

 その法力で、亡霊たちは一瞬にして消え去る。

「……やっぱり九七一だったんだ!」

 内心ほっとする九七一に禎理が飛びついて来た。

「上でバタつく音がしたから、もしかして、と思って」

 その物音だけで、腕と足を縛っていたロープを隠し持っていた小刀で切り裂いて脱出したらしい。そんな禎理の無鉄砲に九七一は内心呆れた。


 ……いや、自分もかなり無鉄砲だったような気が、する。

 そんな思いが一瞬よぎったことは、勿論、自分だけの秘密、だ。


「……いやあ、事件が解決してよかったよ」

 三叉亭の主人六徳が禎理を褒めるのを、犬型で禎理に付き添った九七一は誇らしげな気持ちで聞いていた。

 何でも、あの死霊術師は、人の血の内部にある『魔力要素』を得る為に、天楚市中の路地に『魔力要素』の強い者だけを自分の隠れ家に転送する罠を仕掛け、人々を捕らえていたらしい。

 もしあのままあそこに閉じ込められていれば、おそらく近いうちに血を全て抜かれていただろうと、事情を知った禎理は九七一に小声で話した。

「だから、助けに来てくれてありがとう、九七一」

 禎理を助けて当然だと思っている九七一にしてみれば、その感謝には戸惑ってしまうが、正直嬉しいことも確かだった。

「……でも、解決したのは俺だけの力じゃないんです」

 そんな九七一の横で禎理が言い淀むのが聞こえてくる。

 おそらく、九七一の活躍の事も六徳に報告するつもりなのだろう。いい奴なんだが正直すぎるところも玉に瑕なんだよな、と九七一は内心呆れた。

 だが。

「知ってるさ」

 禎理の言葉に六徳がそう返すのを聞き、はっとして思考を現実に戻す。

 六徳の視線がこちらに向いているのは気のせいだろう、か?

「確か、千早って言ったか。背の高い黒髪の男」

 六徳の口から出る言葉に、九七一の全身が総毛立つ。

 まさか。

「あれ、禎理の友達だろ?」

「え……?」

 禎理の当惑がその表情から分かる。

 さて、これを禎理にどう説明しようか? でも、ちょっと面倒だ……。

 九七一は誰にも分からないようにそっと溜息をついた。

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