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いわくつきの部屋

 背の低い禎理ていりでも頭を天井にぶち当てそうな、狭くて急な階段を登りきったその先に、その部屋はあった。

 ここに来るまでの階段の窮屈さとは対照的なその部屋の『広さ』に、禎理は口をぽかんと開けたまま、信じられない思いで辺りを見回した。

 奥行きの割に間口の狭い切妻屋根の家。その最上階の屋根裏部屋のため、真ん中より両側の方が急激に低くなっている天井は、防火の為石膏で白く彩色され、眩い光を放っている。急な屋根を支える為の梁も、防火対策に石膏で白く塗られて露出しているが、そのうちの一本を利用して、部屋の奥側に小さなロフトが作られていた。

 ゆっくりと、ロフトの方へ近づいてみる。ロフトの下は、立ち上がると小柄な禎理でも頭がつかえてしまいそうだが、横になる分には広すぎるくらいの藁布団付きベッドが作りつけられていた。しかもちょっとした小物が置ける棚と、脱いだ服を描けておく横木付きである。更にその上、ベッドの周りが戸棚のようになっているので、扉さえ閉めればベッドだけの小さな空間になり、冬の防寒対策もばっちりだ。

 窓は南側、ベッドの横とロフトの上側に貴重な硝子細工が嵌っている。

 ベッドの横には長櫃が置かれており、その向こうには小さな暖炉が見える。二階以上に暖炉がある部屋の方が少ない現状において、この暖炉は小さくともかなり貴重な部類に入る。

 全体的に狭い部屋だが、日当たりといい暖炉といい、禎理一人が暮らす部屋としてこれ以上の好条件は無い。

「これで、本当にタダなんですか、家賃?」

 信じられない思いのまま、傍らに立つ大柄な男、この部屋を紹介してくれた冒険者宿『三叉さんさ亭』の主人六徳りっとくにそう尋ねる。

「ああ」

 返ってきた答えは、ここに来る前に三叉亭で訊ねたときの答えと同じだった。

 『強く』なる為に、十三の時からここ天楚てんそ市の道場で武術を習ってきた禎理だったが、天楚で冒険者宿に登録できる下限年齢の十八になったその日に冒険者宿『三叉亭』の門を叩き、冒険者となった。それからまだ数日と経っていない。

 才能と家事能力の面から、道場側は禎理を引き留め、また幾つかの仕官の口をも示された。だが、大陸中を旅して回る『流浪の民』出身で、一つの事に縛られるのが苦手な禎理はそれを固辞し、抱えている冒険者の質と美味しい料理とで、市内にいくつか有る冒険者宿の中でも一際有名な冒険者宿『三叉亭』で冒険者になったのだ。

 しかし、それまでずっと住み込みで道場の家事を行う傍ら武術を修行してきた為、道場を辞めるとたちまちにして住む場所に困ってしまった。

 六徳が紹介してくれたこの部屋のある、官許の遊楽街『一柳町』は、禎理と同じ『流浪の民』出身者が創り上げた町で、同族に対しては色々と援助してくれるのだが、やはり頼ってばかりでは駄目だと思う。だからとりあえず六徳に相談してみたのだが、まさか天楚市の基準からいってもかなり良い部屋を紹介してくれるとは禎理自身思ってもみなかった。

 しかし。

「……だが、な。ちょっと『難有り』なんだよ、この部屋は」

 冒険者宿では言われなかった言葉が、禎理の耳に入る。

 振り向くと、六徳のいわくありげな顔が見えた。

「まあ、朝までここにいれば分かるさ」

 今日は『下弦』だったかな。そんな訳の分からない台詞を残し、六徳は笑いながら狭い階段を降りて行った。

 後に独り残った禎理は、ただ首を傾げるだけ。


 とにかく、明くる朝までここに居れば、六徳のいう『難』が何なのか分かるだろう。

 そう思った禎理は、とりあえず、その部屋で一晩を過ごすことにした。

 部屋にあった毛布と亜麻布のシーツを出し、それでベッドを綺麗にしてからその身を横たえる。誰かが手入れをしていたのか、藁布団は湿っていず、中々快適だ。

 だが、早春の夜は、まだ寒い。禎理はベッド側から戸棚の戸を閉めてから眠りに就いた。

 と。

 不意に起こった大音声に、はっとして飛び起きる。閉めたベッドの戸が大きく揺れているのが、扉の方を向かなくても分かった。

「誰だっ!」

 一挙動で枕辺に置いておいた短剣を掴み、扉を蹴るようにして開く。

 ベッドから飛び出した禎理はそのまま、短剣を闇に向かって掲げた。

 が。

「……あれ?」

 目の前の光景にしばし唖然とする。

 まだ明けきらぬ薄闇の中に見えたのは、ぼうっとした光。その形は確かに、ほっそりとした『男』の形をしていた。

 禎理もこれまで色々な人間を見ているが、『光に包まれた人間』は見たことが無い。

 そして男の足元には、複雑な紋様。

 と、すると、この『人』、は。

「ふーん、結構度胸があるな」

 戸惑う禎理の目の前で、『男』が口を開く。

「魔導師や法導師の類には見えんが、もしかして、あんたが新しい下宿人か?」

 そのぞんざいな口ぶりに、禎理の戸惑いは更に深まった。

「……お、おまえ、は?」

 短剣を構えたまま、恐る恐るそう訊ねる。

 だがしかし、尋ねる前に、『彼』が何者であるかは大体見当がついていた。

「ああ、俺か? 俺はこの『部屋』の『主』」

 男が言い放った答が、禎理の予測を裏付ける。

 ではやはり、目の前にいるこの男が、この部屋を『難有り』にしている原因、なのか。

「ま、さっきは驚かせちまったけど、とりあえず今は何もする気がないから安心しろ。……俺の望みを叶えられたら、だがな」

 禎理の思考には全く頓着せず、男の言葉が続く。

 その『言葉』の中に、『原因』を解決するヒントがあるかもしれない。そう思った禎理は短剣を腰のベルトに収め、黙って男の話を聞いた。

 それによると。

 男の正体は、魔界に棲む『魔物』の一種。昔ここを借りていた魔導師によってこの地上界に呼び出されたらしい。だが、いきなり呼び出された上に無理難題を口にする魔導師の言動に腹を立てた魔物は、誤って魔方陣に足を踏み入れてしまった魔導師を、これ幸いと引き裂いて食べてしまったのだ。

 だが、召喚者である魔導師を殺してしまっては当然、召喚の術は解けない。だから、男はそれからずっとこの部屋に閉じ込められたままとなってしまった。

「……でも、昼間はいなかったよね」

「ああ、この『魔方陣』の所為さ」

 魔導師が作成した魔物召喚用の魔方陣は特殊なもので、月の光が当たらないとその効果が現れない、らしい。

「これまでも何人かこの部屋に来たヤツがいたがな、……誰も何にも解決しちゃくれん」

 腕組みをしてそっけなく言い放つ。その言葉にどこか凄みがあるように感じるのは、禎理の思い違いであってくれればいいのだが。

「と、いうことで、だ」

 不意に、男の姿が揺らめく。

 しかし命令口調は変わらない。

「次に同じ月が出るまでにこの魔方陣を何とかしろ」

 でないとお前も引き裂いて食ってやるからな。――他の奴等みたいに。

 そう言った次の瞬間、男の姿は綺麗さっぱり掻き消えて、しまった。

 身の毛がよだつような、恐ろしい言葉を残して。

「……なるほどね」

 これでは、家賃がタダでも借り手がいないわけだ。

 魔物がいなくなった薄闇の中で、禎理は正直頭を抱えた。


 魔物からの難題を解決するには、とりあえず、魔物が出る原因となっている部屋の魔方陣をどうにかする必要がある。

 魔方陣は『床』に描かれているようなので、朝になると禎理は早速、部屋の床掃除に取り掛かった。

 下の部屋から手桶と雑巾を借り、内弟子として働いていた武術道場の広い床を磨くのと同じ要領で少しずつ丁寧に磨いてゆく。

 魔導師が描いたという『魔方陣』は月の光が無いと見えないらしく、掃除だけでは魔方陣が本当に消えたかどうかは分からないが、これまでの経験から禎理は自分の掃除の腕を信頼していた。

 だが。

「……あのなぁ、たかが床掃除で済むなら俺はとっくにここからおさらばしてるって」

 明くる日の早朝、再び現れた魔物にそう呆れられる。

 予想はしていたが、やはり、一筋縄ではいかなかったか。

 魔物のせせら笑う顔を横目に、禎理はふうっと溜息を一つ、ついた。


 しかしながら。

 床掃除をしていて一つだけ気付いたことがある。

 擦った床からは、確かに、薬草の匂いがしたのだ。しかも、薬草に詳しい禎理が推測するに、全て市内の市場で手に入るものだ。

 ……と、すると。


 禎理の脳裏に一つの可能性が閃いた。


 そして、次の日。

 禎理は市内にある天楚大学の図書館に、居た。

 大陸中で通じる『共通語』と、古代より使われている『嶺家文字』の読み書きができる禎理は、大学生でないにも拘らず図書館の本を閲覧する許可を持っている。

 この天楚大学の図書館には、古今東西の貴重な本がきっちりと揃っている。だからきっと、あの魔物を呼び出した、天楚の市場で手に入る薬草を煎じてインクとした魔法陣の作成方法を記した書物がきっとあるに違いない。禎理はそう、予測した。

 しかしながら。

 図書館にこもり、可能性のありそうな書物を片っ端から漁ってみたのだが、『薬草』を用いたそれらしき魔方陣の作成方法に関する書物はどこにも見当たらない。

 既に月は新しくなり、魔物の出現時間も『昼間』になっている。太陽の為に『月』が見えなくても、放出されている『月の光』が部屋の床に届くと魔方陣は必ず発動する、ようだ。そして召喚された魔物は、禎理が部屋にいようがいまいが構わず部屋中の小物を念力で投げ散らかし、せせら笑いながら消えてゆく。

 毎日のその片付けがあまりにも煩わしいので、『月の光が無いと出て来ることができない』という性質を逆手にとって、部屋の窓を光が一筋も入らないように全て塞いでみたのだが、そうすると今度は部屋に光が全く入ってこなくなり、禎理自身が難儀をしてしまう。蝋燭は高いのだ。

〈うーん、どうしよう〉

 鎖の付いた重い本を本棚に納めながら、禎理は正直途方に暮れていた。

 と。

「……おや、禎理じゃないか」

 聞き覚えのある声に、はっとして振り向く。

 本棚のずっと向こうで、禎理の被後見人であり天楚大学の言語学教授である金衡かねひら教授が禎理に向かって手を振っているのが見えた。

「久しぶりじゃな」

 老人にしてはしっかりとした足取りで、にこにこしながら禎理に近付いてくる教授。

 そういえば、この人も自分が冒険者になるのには反対していたよな。禎理はふと、そんなことを思い出した。もちろん、冒険者になる前に、しっかり説得したつもり、なのだが。

 禎理の考えすぎかもしれないが、もしかしすると、教授は今でも禎理に助手として自分の側にいて欲しいと思っているのかもしれない。『嶺家文字』は複雑な表意文字であり、その読み書きができる禎理は『貴重な存在』なのだから。禎理がこのところ図書館に通いつめていることを聞き、その望みを新たにしてここにいる可能性だって無いわけではない。

 しかし、教授のことは尊敬しているが、やはり、冒険者として世界中を旅してみたい気持ちの方が強いことは自分でもしっかり分かっている。だから禎理は、教授の笑顔に対して曖昧に笑った。

「おお、そうそう、新しいお茶が手に入ったんじゃ。わしの部屋で飲んで行かんか? 新しい資料もあるぞ」

 そんな禎理の気持ちに関わらず、教授は禎理の気を引きそうな言葉を並べる。そして半ば強引に禎理の手を取ると図書館の横にある自分の部屋へと禎理を引っ張って行った。

 老教授の部屋は勿論、下層の禎理の部屋に比べるとかなり豪華だ。所狭しと羊皮紙や写本途中の本が並んでいるが、それでも、禎理と教授が差し向かいでお茶を飲むのに十分なスペースがある。

 教授に無理難題を言われないよう、禎理はなるべく大人しく出された茶を啜った。

 と。

 教授と目を合わせないよう下を向いた禎理の目が、ある一点で止まる。

 座っている椅子の下に敷いてある、起毛した『厚い布』にはっとしたのだ。

「ああ、それは『絨毯』じゃよ」

 禎理の問いに、老教授は目を細めて答えた。

「それを床に敷いておくとな、下からの冷えが来んので重宝しとるぞ」

 天楚より南の国で生産されているその『絨毯』を、教授は調査旅行の土産に購入したらしい。

「確か天楚の市にも最近出てたのう」

 そうだ、これだ……!

「お茶ありがとうございます、先生」

 禎理は不意に立ち上がると、呆然とする教授を後ろに大急ぎで部屋を出た。


 窓を塞ぐのがだめなら、床の方を塞げばいい。


 そのあくる日。

 昨日市で買い求めた絨毯を床に敷き、禎理は月が出てくるのを慎重に待った。

 絨毯は、なるべく目の積んだ物を買い、隙間のできないように敷いたのだが、それでも『月の光』を通さないかどうかには自信が無い。

 昼が過ぎ、夕方になる。

 だが、部屋が闇に包まれても、男は部屋に現れなかった。

「……よしっ!」

 暗闇の中で、思わずにんまりと笑う。

 男に言わせると『姑息な手段』かもしれないが、とりあえずこれで、男は毎日の召喚から解放されるに違いない。『魔方陣を消す』という、『根本的な解決』には至っていないが。

〈まあ、これでいいよね〉

 明日、月が南中する頃に絨毯を上げて、男に会おう。

 そして何とか納得してもらうんだ。

 そう考えた禎理の口から、大きな欠伸が漏れる。

 このところ『魔方陣』のことばかり考えていた為、きちんと眠っていなかった反動が今になって来たようだ。


 ベッドまで行くのも億劫になり、敷いた絨毯の上にごろんと横になる。

 亜麻布のシーツを敷いた藁布団のつるっとした感覚とは全く違うふわふわした感覚に、禎理は気持ちよく眠りへと誘われて、いった。

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