表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/100

三角のケーキ

 天楚てんその冒険者宿『三叉さんさ亭』を訪れた禎理ていりが見たのは、一種異様な光景だった。

 『三叉亭』の主人六徳りっとく、同じく見習いコックのリューロート、そして常連の冒険者三人組、アルバ、エック、チユがある物体を前に難しい顔でうなっていたのだ。

「……あのう」

 少しばかり唖然とした禎理に最初に気付いたのは六徳だった。

「ああ、禎理」

 六徳は禎理を認めて顔をほころばせた。

「丁度良いところに来た」

 他の四人の顔も一様に元に戻る。

 一体何を悩んでいたのだろう。禎理は彼らの様子を見て少し訝しく思った。

「ちょいと、こっちに」

 そんな禎理を、六徳が手招きして呼び寄せる。そして目の前の物体を右手で指し示した。

「これを見てくれ」

 六徳が指し示した物体を見た禎理は、次の瞬間、開いた口が塞がらなくなった。

 その物体からは、禎理がいつも菓子店で嗅ぐような匂いがした。が、しかし、表面は黒い物体で覆われ、しかもその形状は底面が正三角形の角柱である。

「……な、何なんですか、これ?」

 禎理はそれだけ言うのがやっとだった。

「ケーキ、らしいぜ」

 禎理のそんな様子を見て、優秀なシーフであるアルバがくすりと笑う。

「上にかかってるのは『ちょこれーと』とか言ってたな」

 六徳の話によると、南方から帰って来たリューロートの知り合いが届けてきたものらしい。

 その話に、禎理の口に唾がわく。『チョコレート』は、南の国でしか採れない実から作られる非常に貴重なものだ。それを食することができるとは。

〈しかし、何でわざわざケーキを三角に……?〉

 禎理は心の中で小首を傾げたが、それはあえて口には出さなかった。

 世の中には色々な趣味の人がいる。

「まあとにかく、これできっちり分けられるってわけだ」

 禎理をちらりと横目で見て、別の冒険者が言う。

 確かに、底面が三角形のケーキ(四角形でも、だが)を、上にかかっているチョコレートの面積も同じになるように分けるのは至難の業だろう。しかし禎理を加えて六人なら、正三角形の頂点から中心に向けてナイフを入れ、三等分したのちにそのそれぞれを二等分すれば、チョコレートもケーキもみんなに平等に分けることができる。

「そうと決まれば、早速分けるとしましょう」

 喜色満面の笑みを浮かべ、リューロートがよく研いだ包丁を振りかざす。

 と、その時、禎理の袖が何かに引っ掛かるような感じがした。

「……?」

 振り向くと、いつの間にポケットから出てきたのだろうか、キイロダルマウサギの模糊もこがしきりに禎理の袖を引っ張っている。

「どうした、模糊?」

 禎理は模糊を掴まえてそう尋ねたが、大体のことは分かっていた。模糊もケーキのお相伴に預かりたいのだ。

〈うーん、でもなぁ……〉

 禎理は内心頭を抱えた。

 模糊に禎理の分のケーキをあげれば良いことは分かっていた。しかし禎理だってケーキは食べたい。

 そんな禎理の逡巡に気付いたのか、模糊はぱっと禎理の手から飛び上がるとリューとケーキの間に立ち塞がった。

「おい、模糊!」

 包丁を振り下ろそうとしたリューが大声を上げる。

「おやおや、この食いしん坊は、自分にも取り分があるはずだと主張してるぜ」

 大柄な戦士エックがからかうように言う。

「ちびの魔物にやるもんなんてこれっぽっちもねえのによ」

「ちょっと待て」

 エックの物言いにむっとした禎理は、エックをきつく睨んだ。

 と。

「まあ、模糊が欲しいと言うんなら、やってもよいがな」

 六徳の言葉に、禎理以外の人間が色めきたつ。

「本当に、徳さん?」

 禎理は嬉しくなって思わず六徳に念を押した。

 しかし。次の六徳の言葉に、禎理は黙りこんだ。

「ああ。……但し、七等分できたらな」

 『七』というのは本来、分割しにくい数である。禎理はうーんと考え込んだが、そう簡単に答えがでるわけがない。

「出来なきゃ六等分で我慢してもらうが」

 六徳がリューロートに目で合図を送る。その合図を受け、リューは模糊をその大きな手で追い払うと、三角形の一つの頂点から中心に向けて包丁で切り込みを入れた。

 その様子を見て、禎理にひらめくものがあった。

「ちょ、ちょっと待って、リュー」

 禎理はリューにそう言うと、六徳から紙とペンを借りて図を描き始めた。

「……えーっと、この三角形をケーキにみたててっと……」

 図を描きながら説明をはじめる。

 禎理の手元を皆がじっと覗き込んだ。

 まずはじめに、三角形の外周が七等分されるように印を付ける。そしてその印から三角形の中心に向かって切り分ければ、チョコレートもケーキもきちんと七等分出来る。禎理は図を描きながらそう説明した。

「でも、それで本当にチョコレートもケーキも七等分されたの?」

 それまでずっと黙っていた神官チユがそっと尋ねる。

「もちろん」

 このようにして切ると、ケーキは五つの三角柱と二つの四角柱とに分けられるが、その二つの四角柱を元の三角形の頂点から中心に向かう線で切り分けてから全ての切片を並べると、それぞれの三角形は高さが同じであることが分かる。底辺は元の三角形の外周を七等分したものなので、三角形の面積の公式『底辺×高さ/2』を用いれば、どの切れ端も同じ面積を持つことはすぐに分かる。角柱の体積は『底面積×高さ』で求めることができるのだから、底面積と高さが同じ角柱の体積はどれも同じになる。

「……ふーん、なるほど……」

 禎理を取り巻いていた男共は一様に納得顔で頷いた。

「これなら、喧嘩することはないな」

 六徳が再びリューロートに合図を送る。

 リューロートは再び研いだ包丁を振りかざした。

 が。

「……あれ?」

 その場にいた人間全てが素っ頓狂な声をあげる。

 先ほどまでケーキがあったところには、いつの間にか、口の周りにケーキの粉を一杯に付けた模糊が満足そうに座っていた、のだった。


 その後の落胆は、……言うまでもないだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ