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06章……それはまるで映画のように


 長方形の白線の中にひとり、幸永が棒状の物を構えて立っていた。

 対峙する相手は、手に白い粉を満遍なくまぶし、球状の物を投げようと腕を頭上に大きく振り上げ、流れるような動作を終え、投じた。

 幸永が、投じられた球状の物を捉えんと、ヘルメットの中から炯々(けいけい)とした眼がより一層炯々とさせ、棒状の物で思いっきり振り切った。

 快音を残して球状の物は、左の方向へ飛んで行った。打球は、ポールに見立てたカラーコーンのすぐ近くを飛行している。切れるのか切れないのか――。


「助っ人……ですか!?」

「うむ! その通り!」

 進平の呵々大笑が居間内に響いた。

「助っ人も何も、野球をやっていたかさえも憶えてないんですけど、それでも助っ人なんですか?」

「なあに、脳味噌が憶えていなくても、体が覚えているもんだ! 心配すんなって!」

 進平が幸永の背中を平手でぶっ叩いた。幸永の背中に、強い衝撃と痛みが走り抜けた。

「そんなもんですかねぇ……」

 幸永は、痛む背中を擦りながら自信なさ気に答えた。

 そこへ、風呂敷に包んでいる4段ほどに重なった箱を両手に抱えるように持って、江里が台所から居間に入って来た。

「まぁまぁ、お父さん、そんな無理に誘っては駄目ですよ。万が一、幸永さんが怪我でもしたらぁ……」

 江里が眉を少し八の字にしつつ心配事を言った。風呂敷に包まれた箱をテーブルの上に置き、忙しいのであろう台所に戻った。

 進平は、顎を外さんばかりに笑いながら、台所の方を向く。

「母さんは心配性だな! その辺は大丈夫だぞ! 助っ人と言っても9回まで出ろとは言わん! ここぞって時に代打で出すか、リリーフをやってもらうだけだからなっ!」

「そ、そうなんですかっ!?」

「お、何だ? フルで出たいのか? やっぱり、わけーもんは違うのう!」

「い、いえ、今回はできれば代打でお願いします」

 幸永が、申し訳なさそうに頭を下げた。

「そうかい。まあ、初参加だし仕方あるまいな!」

 進平が仕方ないといった顔をしつつも、笑い飛ばした。

「有難う御座います。ですが、リリーフなんてできますかね……」

「全力投球で何とかなるさ! まあ、リリーフも要らないかもしれないから、安心しといていいぞ!」

(友江さんも卒業論文が終わるまでは、暇がないって言ってたし……今日は進平さんについて行ってみようかな)

 脳内で会議を行った結果、ついて行く派が多数を占めた。幸永は決意を固める。

「分かりました。宜しくお願いします!」

「よっしゃ! そうこなくっちゃな! 今日はいざと言う時頼んだぞ!」

 進平が右手を差し出した。

「はい!」

 手を差し出されたからには、握手せねば失礼に当たる。幸永は、力強く進平の右手を握った。

「おお!? 人は見た目じゃないとよく言ったものだが……まさに今がそうだな! 幸永くん、結構握力あるじゃないか!」

 進平も負けじと二頭筋を震わせながら、手に力を込めた。

「いいえ、進平さんほどじゃありません……よっ!」

 幸永が渾身の力を込め、あわよくば手を折らんと、手先に力という力を集中させた。

 そこへ、ほぼ睨み合いの状態になっているところに、江里が入ってきた。今度は両手にはクーラーボックスを持っていた。

「まぁまぁ、仲のよろしいことで。幸永さん、行くことにしたのねぇ。くれぐれも無理せず、体調が悪くなったらお父さんに言って下さいねぇ」

 江里は、クーラーボックスをテーブルの横に置いた。

「は、はい……!」

 幸永は、歯を食いしばりつつも、歯の隙間からうめくように返事を返した。

「甘いなっ!」

 進平が更に力を入れた。その力は幸永の渾身の力を持ってしてでも、最早対抗できそうにもなかった。

「ぐっ……!」

 幸永の握力に限界が生じてきた。段々力が抜けていくのを感じる。

 一方、進平の握力は増すばかりで、少し顔を赤くしているもののまだ笑っていた。

「さあ、そろそろとどめといくか!」

 進平は、豪傑笑いをしながら、幸永の手を潰さんばかりに握った。その瞬間、幸永の手が開かれた。

「ぐう――……っ!」

 一方的な蹂躙を受けて、声にならない悲鳴を挙げる幸永。

 進平はその声を聞いて降参と悟ったのか、手をぱっと放す。

「どうだ幸永くん! わしを倒そうなど、現実的に考えてあと32年早い! 出直してこ――い!」

「ま、参りましたっ!」

 幸永は震える右手を左手で押さえながら、片膝をついて叩頭した。

「男の人ってすぐ争いたがるんだから、困ったものねぇ」

 その様子を見ていた江里は、独語しながら台所へ戻って行く。

 幸永はふと、クーラーボックスに目を見やる。先ほどテーブルの横に江里が置いた物だ。結構大きく、350ミリリットルの缶ジュースが20本ぐらいは入りそうな大きさである。

「……ピクニックにでも行くんですか?」

「何を言ってんだ幸永くん! 勿論野球をしに行くに決まっているだろう! 今日こそ隣町のチームをギッタギタのメッタメタにしてやらんと、気が済まんからな!」

 進平は、突き出た腹を太鼓のように叩き、鼻息荒く宣言した。

 そこに来客を告げる高い音が居間に響く。

「進さ――ん! お迎えに参上しましたよ――っ!」

 続いて野太い声が、玄関から聞こえてきた。

「お、たけの野郎が迎えに来たみたいだ!」

 進平は、居間からひょこっと顔だけ出す。

「今行くからちょっと待っててくれ! すぐ行くからな!」

「了承で――す!」

 多久はおどけて敬礼を取りつつ、怒鳴り返すように答えた。

 進平は振り返ると、ユニフォームが入った鞄と段となった弁当箱を両手に持ちつつ、こう告げた。

「スーツや俺のパジャマでやる訳にいかんから、ひとまず予備のジャージを貸して差し上げよう! 幸い背丈は一緒みたいだし、丁度良かったな!」

 因みに、この時の幸永の格好は、進平の私服を借りて着ていた。心身ともに未だ若いせいか、少々派手ではあったが、贅沢も言ってられなかった。

「あ、有難う御座います!」

「因みに、ジャージは俺の鞄に入っている! だから幸永くんは、クーラーボックスを持ってきてくれい!」

「分かりました」

 進平は一足先に居間を出て行った。

「俺も行くか。だいぶ右手の感覚も戻ってきたことだし」

 幸永が、クーラーボックスを担ぐように持とうとする。しかし、思っていた以上に重く、何度か苦心したものの結局は両手で持つことにした。

「よくまあ江里さんは、にこやかにしながら持っていたな……。ある意味尊敬ものだわ」

「呼びましたぁ?」

「ええっ?」

 幸永が思わず飛び退くと、いつの間にかすぐ傍に江里が立っていた。それもクーラーボックスを持って。

「まぁまぁ。ふふ、そんなにびっくりされなくても、いいんじゃないかしら」

「す、すいません。独り言を言ってて気づかなかったんです」

「まぁまぁ。幸永さん、もうひとつ持って行ってもらってもいいですかぁ?」

「ええ、構いませんよ。因みに何が入っているんですか?」

 幸永が江里からクーラーボックスを受け取る。こちらもずしっと重いのか、受け取った瞬間少し下に落ちたほどだった。

「おっとっと……結構重いですね。何が入っているんですか?」

 幸永は、ごまかすかのように苦笑した。

「それは秘密です。試合が終わる昼頃に開けて見て下さいねぇ」

「おおーい、幸永くん! そろそろ行くぞ――っ!」

 玄関先から催促の大声が聞こえた。

「あ、はーい! では、行ってきます!」

「はいはい。くれぐれも怪我には気をつけてねぇ」


(気をつけるも何も……)

 多久が荒々しく運転するタクシーは、某タクシー映画に出れそうなほどのものであった。法定速度を超過なんかは余裕で、人が居ないと思い込むや、そのままの速度で角を曲ったり、近道だからと狭い路地に入ってみたり。

 ブレーキは急過ぎるほど思いっきり踏み込まれ、よくもまあABSアンチロック・ブレーキ・システムが作動しなかったと思えるほどであった。

 前部座席の進平と多久は当然のことながら、しっかりとシートベルトを締めて、哄笑しながら話していたし、時折進平が煽って無茶な運転を指示していた。

 後部座席に乗っていてシートベルトをし損なった幸永は、本当に災難だった。減速を時々しかないから曲るたびの余勢で右に左に体をぶつけ、まるで洗濯機の中に入っているような感覚に陥った。しかもブレーキを急に踏んだ時には、その度前に引き寄せられ、幾度ともなく前部座席にヘッドバッドをくらわす始末。

 なぜこうなったのか。それもこれも進平が煽るせいなのか、今回は友江が乗っていないのか、今回は野郎ばっかしだからか、それとも多久がスピード狂なのか……おそらくは全てなのだろう。

 暴走タクシーがようやく停まった。運が良いのかこの暴走タクシーは、一度も警察に目をつけられることも止められることもなかった。多久にとってはラッキーなのだろうが、幸永にとってはアンラッキーの極みであった。

「よーし、城里しろさと川河川敷公園に着きましたよ! おっ、もう他のメンバーが居ますね!」

「おー、そうみたいだな! にっくき対戦相手も居ることだし、早く行くか!」

 進平は、シートベルトを外して車外に出ると、トランクから荷物を持てるだけ持ち、脱兎のごとく野球場に駆け去って行った。

 多久もシートベルトを外して降りようとする。ふと、バックミラー越しに後ろを見ると、座席に幸永が居ないことに気づいた。

「あれ? おーい、あんちゃん、大丈夫か?」

 すると、その声の反応したのか、座席の下から幸永がむっくりと体を起こした。どうやら、体をぶつけ過ぎてショックが蓄積し、一時的に傾眠けいみんに陥っていたらしい。

「どうだい? あわよくば、記憶が戻ると思ったんだが」

 多久は、白々と嘘だと分かる言い訳を笑いを堪えて言った。

 幸永は、意識を顕然とさせる為に頭を盛んに振っている。

「記憶が戻る前にあの世に行きそうでした……」

 多久は堪らず盛大に噴き出す。

「はっはっは! 言ってくれるじゃねえかっ。大丈夫、大丈夫。つい最近なんて80過ぎの婆さんを病院まで連れて行ったんだが、兄ちゃんのように気絶こそしたが、死にゃせんかったよ」

「きっと、そのお婆さんが、俺よりもかなり丈夫な方だったんですよ」

 幸永がぼそっと言った言葉に、しばらく爆笑していた多久だったが、何ごとかを思い出したらしく、ふいに爆笑を止めた。

「そんなことより進さんも行ったことだし、そろそろ俺等も行くぞ。これ以上待たせる訳にはいかんからな!」

「そう言えば、そうでしたね。早く行きましょう!」

 ふたりは車から降りて、トランクから各々の荷物を取り出して持つと、全力疾走で野球場へ向かった。


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