#1 兄の背中は ①
僕が兄さんの姿を最後に見たのは、今から10年ほど前になる。2022年、その日も雪が降っていたような気がする。
僕は当時、北関東のとある小さな街のアパートで、母と兄、僕の三人家族で暮らしていた。
父親の顔を僕は知らない。僕が生まれて間もなく、父は病気でなくなったのだと言う。母親は若いときからナースとして働いていたから、昼も夜もない仕事だったけれど、そこらへんの父親に劣らない稼ぎで男二人をたくましく育てていった。
兄さんは、僕とは十歳も年が離れていて、僕にとっては兄が父親のようでもあったのだった。夜勤で母の帰りが遅くなっても、手際よく夕御飯を用意してくれたし、お風呂も寝かしつけもしてくれた。
誰そかれそ、僕の境遇を哀れんでくれたけれど、当の僕は、寂しさを感じたこともなかったし、でも今思えば、それは兄の努力があってこそのものだったのだろう。
兄16歳、僕6歳のとき、ことは起こった。
3月、人一倍努力家だった兄は、県内でもトップクラスの公立高校に合格した。
母はとても喜んで、兄にこう言った。
『大したことはしてあげられないけど、何か欲しいものがあったら言いなさい』
基本的に無欲な兄だったが、この時はちょっと考えたあと、決まり悪そうにこう言った。
『週一回のゲームセンター通いを許可して欲しい』
母は大変驚いた。
自宅にはテレビゲームの類いはひとつもなかったし、ましてゲームに嵌まるような性格とも思えなかったからだ。
結局兄は、ゲーム代は小遣いの範囲内で、という条件で、毎週金曜日の夕方、ゲームセンター通いを許して貰うことになったのだった。
まだ6歳だった僕は、まだそのゲームがなんなのかなんて想像もつかなかったけれど、あの真面目な兄さんが懇願してまでやりたいものとは何なのか、幼心に胸がざわついたのをおぼえている。




