クラスメイト 後編
昼休み。
おれの机の上には封筒の山が築かれていた。
加藤が倒れたのは片桐との対決のせいだけではなく、日頃のハードなバイト生活で本人が思っていた以上に体に負担をかけていたようだった
片桐との対決はきっかけにすぎなかったのかもしれない。
保健の先生は、加藤に早退を勧めた。
おれもそうすべきだと思った。
しかし加藤は内申に響くから授業に出ると喚いた。
おれと保険の先生は二人がかりで加藤を説得し、どうにか早退することを納得させた。
それはいいのだが、加藤には内職があった。加藤は家に持って帰ると言い張ったが、おれが届けてやると言って加藤を学校から追い出した。
あのアホのことだ。内職を持って帰れば、寝ながらでもやるに決まっている。
「なあ、舞ちゃん。なんでおれまで糊張りしなきゃいけねーだよ」
片桐は封筒に糊を塗りながら、愚痴った。
「いいから黙って糊塗っとけ」
ダンボールにはまだ腐るほど封筒が入っている。
どうせやるなら全部片付けてしまいたかった。
〝それに加藤には借りがある〟
自分が女だと言うことを忘れて、片桐みたいなヤクザ者に文句なんかつけやがって。やっぱあいつは馬鹿な女だ。
「そういやよう舞ちゃん、加藤のところの餓鬼の世話って、何時までやるんだよ?」
「さあ、よくわからねーけど。八時までには終わるじゃないか。チビの世話だけだって言うしよう」
――それがどうかしたのかよ? おれは片桐に問い返した。
〝まさかおれがいない時間を調べて、加藤に意趣返しでもしようってのか?〟
普通の友達ならありえない心配だが、残念なことに片桐は普通の友達ではなかった。
片桐は、おれの顔色の微妙な変化に気づいた。
「うんなに警戒するなよ、舞ちゃん。もう加藤のことなんざ気にしてねーよ」
片桐は糊張りの手を止めちょっと黙った後、「――まあおれも急ぎすぎた。ヤクザやるには腹の一つも括らなきゃいけねえしな。舞ちゃんよう、卒業までに考えておいてくれや」
片桐はおれの返事を聞く前に糊張りを再開した。
「――おれは冗談抜きで誘っているだからよ」
糊張りをしているせいで、片桐がどんな面して言ってるのかわからなかった。
〝でも、ガチなんだろうな〟
「――わあったよ。おれも真剣に考えてみるわ」
「ありがとうよ、舞ちゃん。ところで話戻すけどよう、舞ちゃんウチでバイトする気ねーか?」
「バイト?」
「堅気のバイトよ。舞ちゃん、うちが土建やってるの知ってんだろう?」
「ああ。片桐建設だろう? 土方の手伝いか?」
おれはツルハシを振るフリをした。
「いや、そっちじゃねーよ」
片桐は手を振って否定すると、急に声を落とした。
「――実はよう、組の恥だからあんまりデカイ声で言えねえだが、ウチの資材置き場から、資材や道具をパクっている野郎がいるんだよ」
おれに話しをして怒りがぶり返したのか、片桐の額にはミミズのように太い青筋が浮かび上がった。
片桐は怒りを堪えるため、歯を強く噛みしめた。
〝命知らずの泥棒もいるもんだ〟
「シメてやろうと思って見回りしているんだけどよう。人手がたりねえだよ」
「組のほう忙しいのか? 千葉で一番デカイ組なんだから、若い衆だって一杯いるだろう?」
「若い衆はいるけどよう、夏祭りやら工事やらが重なって、見回りに組員さくほど組も暇じゃねーだよ」
「そこでおれか」
「そう。そこで舞ちゃんの出番よ。忙しさが一段落するまでの間、見回りを手伝ってくれよ。日当二万だすからさ」
「二万もっ! いいのかよ、片桐」
〝一日働けばソープいけるじゃねーか〟しかも釣りまで出る。
「そんぐれえ出すよ。危険手当も込みの値段だからな」
「危険手当? なんか危険なことでもあるのか?」
おれの言葉を聞くと、片桐は呆れ顔になった。
「舞ちゃん、ウチはヤクザだぞ。泥棒野郎が青竜刀もったチャイニーズマフィアでも、警察呼ぶわけにゃいかねーだよ」
「――そりゃあそうだな」
ヤクザが警察を呼んだんじゃ格好がつかない。
それによく考えてみれば、片桐のところに泥棒に入るような命知らずの馬鹿なんだから、頭がイカレている可能性は十分にあった。
「舞ちゃんなら喧嘩も強いし、相手がやばくてもなんとかするだろう。人数が多くてフクロにされそうだったら、おれに電話くれよ。すぐに若い衆つれてすっ飛んでいくからさぁ」
――わあったよ。と返事した後、あることが心配になった。
「なあ片桐。捕まえた泥棒野郎殺すとかないよな?」
おれがそう言うと、片桐は吹き出した。
「いくらウチでも、泥棒なんかイチイチ殺さねーよ。シメて、金にして終わりよ。泥棒野郎もそのほうがいいだろう。懲役いくよりかはよう」と言った後、片桐はぼそりと「──まあ、おれはぶち殺したほうがスッキリするんだがな」と呟いた。
〝片桐ならやりかねん〟
「これなら安心だろう、舞ちゃん」
イマイチ安心できないだが。
おれが返事を濁していると、それまで黙々と内職をしていた亀吉が口を開いた。
「おれからも頼みますよ、直人兄貴。おれも見回りやるんですけど、一人じゃどうも心細くて」
「なんだ亀吉もやるのか?」
亀吉は頷いた。
〝心配だな〟
連み始めた頃に比べれば、亀吉は強くなった。
亀吉が弱い自分を恥じて、格闘技を習ったと言う訳でもない。
トラブルメーカーの片桐と、何故かよく喧嘩に巻き込まれるおれと連んでいれば、いやでも喧嘩の場数を踏むハメになる。
その結果、亀吉は喧嘩慣して強くなった。
ただそれだけの話である。
今の亀吉なら、そこらのヤンキーと喧嘩をしても滅多なことでは遅れは取らないであろう。
だが玄人、もしくは相手がイカレてるとなれば話は別であった。
「――やってやるか。亀吉一人にやらすにはたしかに不安だもんな」
「ありがとうございます、直人兄貴」
亀吉は椅子から立って深々と頭を下げた。
そこまで頭下げなくてもいいのに。
「決まりだな、舞ちゃん。さっそくだけど子守りが終わったらウチにきてくれよ」
おう。おれは返事をした。
「――それとよ。これで加藤となんか美味いもんでも食ってくれよ」
片桐は鰐皮の財布から諭吉先生を出してきた。
「――いいのかよ、片桐?」
「こんぐれい別に良いよ。加藤になんか含んでると思われるのも嫌だしよ。かといって加藤の馬鹿に頭下げるのはもっと嫌だからよう、これでチャラにしようや」
片桐は諭吉先生をヒラヒラと振った。
「わかった。貰っとくよ。ありがとうな、片桐」
やった。今日はすき焼きを食うぞ。
ひさしぶりのすき焼きにテンションが上がってきた。
「よし、内職がんばんぞ、オメー等!」
すき焼き、すき焼き。おれはルンルン気分で、糊を塗り始めた。
「まだやんのか、これ」
片桐は露骨に顔をしかめた。
「やらなきゃ、おれの格好がつかねえだろう」
「――おれに任せろよ、舞ちゃん」
片桐はニヤリと笑うと、封筒を放り出し勢いよく立ち上がった。
クラスの連中の視線が片桐に集まる。
「おう、テメー等! よく聞けよ。昼休みが終わる前に、加藤の内職全部終わらせとけや。終わってなかったらオメー等全員焼き入れるからな」
実に片桐らしい解決方法だった。
「――舞ちゃん、おれ等は苺牛乳でも飲んで一服入れようぜ。堅気の仕事なんかしちまったから、おれ疲れちまったよ」
――やっぱ堅気なんざやるもんじゃないな。片桐はそう言うと吠えるように笑った。